15話「ブラックタイガー」
「怪人は!?」
赤渕の眼鏡を装着し、茜は叫んだ。
「家屋の破壊後、西町公園で沈黙しています」
中野さんの声と共に、眼鏡に近くのシューターが写し出される。
「スーツは転送しています、それで目的地へ移動してください」
カプセルに入ると、次々に装備が換装されてゆく。
現場は近く、数秒で目的地へと到着することができた。
「ブルー、状況は!」
すでに前線にいるグリーン以外の三人を見つけた茜は強化された脚力で一気に駆け寄る。
「ばかでかい声で言うなら無線機を使わないでください」
相当うるさかったのか眉をしかめてヘルメットを叩きながら、ブルーがお決まりの文句を言う。
こんなときでも平常運行なのは良いことなのか悪いことなのか……
「見た通りです」
ピンクが代わりにレッドの視線を誘導すると、公園の真ん中に全身黒タイツの怪人が、腕を組んで仁王立ちしているのが見えた。
「気味悪いわね」
出方のわからない相手にマゼンタも戸惑っているようだ。
「おいおっさん! やってくれたなマジで!」
グローブ越しに手をパキパキ言わせながらレッドが近付く。
今までと違う怪人、反応も全く予想だにしないと、手をこまねいていた三人がバカらしくなるほど、好戦的で真っ向勝負だ。
「うぉい! 茜ちゃん!」
「危ないですよ」
その行動に突っ込むが足が前に進まない女性陣。
蒼士も距離を置いているが、こちらは銃を抜き臨戦態勢だ。怪人を半円にして射線にレッドが入らないように移動を始める。
「おいおい、居眠りぶっこいてんのかよ、なんとか言えや!」
背中のバットを抜き取ると、4番打者のように手に馴染ませる。
だが一向に怪人は動く気配がない。
茜が近付くことで、ヘルメットの録画機能が働き、怪人の姿が本部へと送信された。
その姿は筋肉隆々の190cm程度の男性体型をしており、全身が黒いタイツで覆われている。
似たものを知っているかと問われれば、怪人と一緒にでてくるヴァイスそのものだが……
赤いマントをなびかせて、まるでいにしえのヒーローのような出で立ちだ。
しかしそれを見てもヒーローだと感じないのは、その体にドクロの絵が書かれており、どう見ても不気味だったからだ。
今までの怪人は、猫怪人だとか、鮎怪人だとか、バッタ怪人だとか……見た目でそれとわかる特徴があったが、この怪人にはそれがない。
だがその些細な事を気にかける程、茜は神経質ではなかった。
「黙ってんならここで終わりにするぜ」
軽く助走をつけ3m程飛び上がると、問答無用でバットを振りかぶり、叩き付けるように力一杯振り下ろした。
しかし、快音が響かず。
ただヘルメットの中で茜の顔が、焦りに歪んだだけだった。
いましがた振り抜いた筈のバットが、怪人の片手一本で受け止められていたからだ。
「オメェ、なんっつう……」
いままでの怪人ではあり得ない。
この二年間、怪人は弱体化の一途をたどり、知能も高くなく、ただ奇声を上げて突っ込んでくるだけの単細胞だと思っていた。
だが考えてみれば、この怪人はいままで違うのだ。ピンクやマゼンタが、手を出しあぐねいていたのも当たり前である。
殴ってから考えるという茜でなければ、こんな暴挙に出ることは無いだろう。
そんな事を一瞬考えているところに、ブルーの掩護射撃。
怪人は身をかわして軽々避けると、また仁王立ちでそこに立つ。
「驚いて一瞬止まっちまったぜ」
同時にレッドも少し距離を取る。ようやく危機感を感じたのか、冷や汗が流れる感覚がする。
「柄にもなく強えぇじゃねえか、怪人さんよぉ」
それはただの強がりだったのだろう、別段怪人とコミュニケーションを取ろうとしたわけではなかったのだが……
「俺は普通の怪人じゃねぇぞ?」
それは人間のようにはっきりと語られた。
怪人は意識が混乱している事が多く、本能に任せて暴れているものばかりで、会話などとんでもないはずだが。
「前からずっと気に入らなかったんだがなぁ! お前ら戦隊なんだろうが。5人集まってから名乗り上げろ! っていうかグリーンはどうしたグリーンは!」
ましてや文句を言ってくる怪人などいる筈もなく、唖然として固まってしまう。
そんなことお構いなしに捲し立ててくる。
「レッド、お前は特にだ! 正義の味方とは思えない慈悲のなさは目に余る。そんなもの正義とは認めんぞぉぉ!」
「うるせえ! 何様だお前は!」
レッドだけが食って掛かる。こういう時空気を読めないのは良いのか悪いのか……まぁ名指しされたのが気に入らなかったのもあるだろうが。
「俺の名前は……ブラックタイガーだ!」
大気がピリピリと震えるような大声で名乗りを上げ、風も吹いてきた事で彼の赤いマントがバサバサとなびく。
「怪人ごときが、格好つけてんじゃねぇ!」
負けじとレッドが応戦するが、ブラックタイガーも黙っていない。
「格好つけてねぇさ……もともと格好良いんだ!」
自信満々にそう叫ぶ怪人。
天を仰ぎながら、腰に手を当てて高笑いまでしている始末だ。
レッドもその様子に、苦笑いを隠せない。
ブラックタイガーはビシッとレッドに指を突き立て。
「今日こそお前らの年貢の納め時だぁ! ……っと言いたいところだが、こっちにも少し事情があってだなぁ」
最後は意気消沈しながら語りだす。
取っつきにくいのは見た目だけじゃなくて、中身ものようだ。
「取り敢えず、これからでてくるエーデルヴァイスの怪人は、俺が全て片付けてやる」
「おいおい、どーいうこった? お前はウチらの仲間になりてぇのか?」
不思議な提案に、またもやその場の全員が呆気にとられる。
こっちまで情緒不安定になりそうだ。
もちろんレッドだけは深く考えずに会話する。たぶん頭で考えずに脊髄反射で悪態が出てくる仕組みなのだろう。
「いや、俺はMASTの敵だ。だが、エーデルヴァイスの敵でもある」
「難しい事いってんじゃねぇ、敵ならブッ殺すぞ?」
その答えも聞かないままに、レッドはバットを振りかぶった。
しかし、その攻撃は簡単に躱されてしまう。
「くそっ!」
叩きつけたバットを、掬い上げるように斜めに振るが、数センチ届かない。
そのまま近付き、今度は横に振るが。ブラックタイガーはその手元に潜り込み、バットを持つ手を止めた。勢いが止まり、つばぜり合い状態になるが、完全にレッドが押されている。
ブルーも掩護射撃を試みるが、レッドと接近しすぎていて手が出せない。
「レッド、君の攻撃は単調だな。MASTチャンネルで見てた動きそのままだ」
「ははっおめぇウチらのファンかよ」
悪態にも力がない。いや、いま気を抜くと押し負けると、必死なのだ。
「ファン……と言えばファンかな」
ブラックタイガーはチラリと目線を外す。
その先には手出しができずに困っているピンクがいた。
「ははーん、おめぇはピンクのファンってか」
そう言いながら、手を振りほどこうと踠くが、どこまでもついてくる。
「君達の時代は終わったのさ、戦隊ヒーローごっこなんか辞めて、普通の生活をするんだな」
ブラックタイガーはその言葉を告げ、片手でバットごとレッドを持ち上げると、ブルーに向かって放り投げた。
ブルーはそれを紙一重で避けたため、レッドは地面を転がって植木に突っ込む。
間髪いれずに植木から飛び出して、バットを構え直すレッド。
「痛ってて……ブルーおめぇいま避けたろ。普通なら受け止めるだろ」
「え、受け止めてほしかったんですか?」
「るせ、葉っぱまみれになるよりはマシだ」
レッドがブルーの方を向いた瞬間、ブルーが胸に一撃をくらい、視界から消えた。
同時にレッドの首にブラックタイガーの右手がかかると、締め上げながら宙に浮かせる。
「キサ……ぐっ」
しゃべろうにも、喉を押さえつけられ言葉がでない。
「敵を前にしてグダグダと……怪人も怪人だが、お前達もお前達だ。この茶番劇はここいらでおしまいにしてほしいもんだぜ」
一転して怒りの感情の乗った言葉。
しかし不思議とそれは直接自分達に向けられている感じはしなかった。
その言葉を聞いたレッドは、右手のバットをブラックタイガーに向けて振り回すが。もちろん空いている方の手で簡単に振り払われてしまった。
「今日は挨拶だけだ。もう一度言う。これからは俺が怪人を倒す。お前達の出番はもう無い、早々に解散しろ」
そういうとブラックタイガーは手を離し、レッドが地面に落ち、膝をつく。
殺す気ならいつでもやれるぞという余裕を感じる。
「長官の家を狙いやがったな」
痛めた喉で咳き込みながらレッドがなんとか言葉にした。
「ああ、あいにく留守だったようだが」
「殺すつもりだったのか」
「そうだな、君達のような代えのきく雑魚をいくら倒しても意味がないからな。もっと上をねらえば、政府のお偉方もびびっちまうんじゃないかと思ってな」
ブラックタイガーがマスクの下で不気味に笑う。
「長官はウチが守るっ!」
歯を喰いしばり、立ち上がると同時にブラックタイガーの顔面に拳を振るう。
しかしそれを避けると、足でレッドを蹴り飛ばした。
公園の木に強かに体を打ち付け、レッドは動かなくなった。
それを確認すると、ブラックタイガーはマゼンタとピンクの方を向いた。
「レッドじゃ話にならねぇ、君達は俺の言葉聞いてただろ。無闇に敵対しようってんじゃねぇんだ、大人しく解散してくれりゃ、俺が後を継いでやるからよ」
そういうと、マントをバサッとなびかせ助走をつけると、人間とは思えない跳躍力で三階の建物に飛び乗って、更に奥の屋根へと消えていった。
絶句していたピンクとマゼンタは、我に返ると急いでレッドとブルーの元へと駆け寄った。
「レッド! レッド!」
ピンクが声を掛けると「ウッ……」と小さく唸る。
「レッドは軽傷ですが、ブルーはあばらに損傷が見られます」
モニタリングしていた中野が無線で状況を把握する。
「レッドとブルーをカプセルに!」
────ブルーは治療のために専用の施設に預け。
レッドを彼女のベッドに寝かせたピンクとマゼンタは、基地で呆けていた。
「狙われたの、長官だったんだ」
「今日はたまたま茜ちゃんの弟さんの誕生日会に出席していて留守だったらしいですね」
賑やかな喧嘩の声が聞こえないホールがやけに広く感じる。
取り敢えず着替えて来た二人は、備え付けの椅子に座って頭を抱えた。
今までこんなことは一度もなかった。
どうして良いのか全く判断がつかない。
「敵……なんだよね」
桃海がそう呟く。
「どうでしょう、エーデルヴァイスを潰すと言ってましたし」
未だに彼の立ち位置が理解できないでいるローズも困惑している。
「でも……」
桃海の目線の先には、茜の部屋。まだ目覚めていない。
「ブラックタイガーは第三勢力として考えた方がいいね」
ホールのスピーカーから翡翠の声が響く。
そこにはいつものふざけた雰囲気はなく、むしろ焦りや憤りを感じる。
「だったら、あの怪人ともエーデルヴァイスとも戦わなくちゃいけないのかしら?」
困り顔のローズの質問に翡翠が肯定したことで、場の雰囲気は一気に暗くなった。
「だって、茜ちゃんでも歯が立たないのに……勝てないよあんなの」
桃海が絶望に満ちた言葉を吐くが「そんな事ねぇ!」と根拠もなく言える人間はこの場にはいなかった。
ただ、二人の回復を待つばかりの時間が過ぎるのだった。
毎週土曜日更新の「セイギのミカタ」!!
ついに宿敵ブラックタイガーが姿を見せました!
圧倒的な戦力差になす術もない隊員……
しかし、いまいちはっきりしない立ち位置のブラックタイガーは何を考えているのか!?
MASTを取り巻く環境が変わっていく次号を
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