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12話「アカチャンマン」


「茜たん、ちょっと僕の部屋に来ないか?」


 茜はキモい台詞に驚き、とりあえず翡翠(ひすい)を一発ぶん殴ってみた。

 それでも、必死にやましい気持ちではないと言うもんだから、仕方なく話だけでも聞くことにしたのだが。


 茜自身、翡翠の部屋に入ったことはないし、いままで興味もなかった。

 こんな不摂生な奴の部屋なんて、ごみ溜めに決まっていると、たかをくくっていたからだ。

 しかし、人感センサーで部屋の照明が点くと、想像以上に綺麗な部屋が広がっているのに驚いてしまった。

 見た目に反して割と几帳面なようだ……もしかしたら茜の部屋より綺麗かもしれないし、酒ビンを避けて通らなくては入れないような、ローズの部屋は比べるに値しないほどだ。


「なんだよ、てっきりごみ溜めに住んでいるのかと思ってたぜ」


 思ったままの事を口にしながら、あからさまに鼻をひくひくさせて犬のように匂いを嗅ぐが、引きこもり特有のこびりついた汗の匂いもしない。


「部屋が散らかっている人間は、整合性の取れた考え方が出来なくなるんでござるよ」


 そう言いながら、奥からミネラルウオーターのペットボトルを持ってきた。


「おお、気が利くな」


 さっきまでお酒を飲んでいたので、少し喉が渇いていた。フタを開けると一気に半分ほど流し込む。

 先程の桃海のカミングアウトで、喉に何かつっかえた感じになっていた気持ち悪さも、少しは解消された気がする。


「ところで、話ってなんだよ」


 未だ警戒心を緩めずに、茜は翡翠の目を睨む。

 しかし、それに真っ向から合わす翡翠の目には、恐れはなく。むしろ必死さを見て取れた。


「茜たんは、長官の事をどう思う?」


「たん言うな。……長官? なんだよ急に」


 茜にとって長官こと、長岡のおっちゃんは育ての親と言っても過言ではない。

 感謝さえすれど、悪意など持っていない。

 それを知らない翡翠ではないだろうに。


「長官は何かを隠している」


 だがいつになく真面目にそう語る。

 まるで怪人との戦闘の際に指示を出すときのような口調だ。


「そりゃぁ、言ってもうちらは下っ端だ。上には上の苦労ってもんがあんだろうがよ」


「例えば、同僚の娘だったからと言って、10年も君たち姉弟の面倒を見るかな?」


「はぁ? 喧嘩売ってんのか? 人間が出来てんだよ!」


「そんな出来た人間が、MAST前任者の誰ひとり素性が知らされていない状況で、急に姉を表舞台に引きずり出すんだい?」


「そりゃぁおめぇ……なんか、なんかあんだろ事情が」


 茜もそれについて疑問がないわけではなかった。

 2年という時間で、毎日のように顔を合わす桃海が危険にさらされるのは、本当は避けたいと考えていたから。


「とにかくこれを見てくれるかな」


 翡翠は話の方向を変え、何台かあるうちの一台のノートパソコンを開いて見せる。


「これはこの施設のIPアドレスを経由しない、僕独自の回線で構成されているパソコンなんだけど……」


「いい、いい、難しいこと言うんじゃねぇ、でどうした」


 ネットを開くと、掲示板らしきところに画面が飛んだ。


「これを見ながら少し話をさせてくれるかな」

 翡翠は、茜にも分かりやすく語り始める。



 掲示板に書き込む人物「PN;アカチャンマン」は、翡翠の師匠みたいなものらしい。

 二年前にこのMASTのメンバーになったのも、このアカチャンマンが勧めてくれたからだそうだ。

 本人すら知らない情報、兄妹ともにスーツへの適性が有ることを、何故か知っていた。


 もともと適性があるとされるのは、100万人に一人程度だと言われており、DNA検査によって判別されている。兄妹で二人同時にその枠が埋まるのであれば、政府としても御の字だったのだろう。

 もし二人に断られると、また200万人の志望者の中から選ぶというのは骨のいる仕事だから。

 そうでなければ、こんな太ってろくに動けない翡翠が戦隊ものに駆り出されることはないだろう。



 話を戻すと。

 彼らを見出(みい)だしたアカチャンマンは、翡翠に怪人のいろはを叩き込んだ。

 ネットに転がっていない怪人のデータや、弱点など、一般人では知り得ない情報まで。


 そこで翡翠はひとつの結論に達していた。


「アカチャンマンはたぶん、元MASTの隊員だと思う」


「へぇ、確かに現役引退した元メンバーがいてもおかしくはねーけどよ、それがどうかしたのか?」


「そのアカチャンマンが、長官には気を付けろと言ってるんだよね」


 茜は沈黙している。

 父の同僚であり、茜の育ての親と言っても過言ではない人物を、どこの誰ともわからない人間が非難しているという現状に、苛立ちを覚えていたからだ。


 茜は残ったミネラルウォーターを口に運び、喉を潤した。

 冷えた水が、喉だけでなく頭も冷やしてくれるのを期待して。


 翡翠はデブだが、気遣いの出来る奴だ。何の意味もなくこんなことを言う筈がない。そう思うと次の言葉が出た。


「それで……翡翠もそう思う根拠が有るんだろ?」


 顔色を伺って居た翡翠だが、そう問いかけた茜の顔を見ると、決心したように言葉を紡いだ。


「僕達は監視されてるんだ。初めは、普通じゃない職場だし仕方がないと思っていた。僕達に渡されているスーツは特殊な物だろう? 秘密の漏洩(ろうえい)を危惧して、そうしてるのかなと……」


「監視かよ、気持ち悪ぃな」


 茜も女性である、その手の話に嫌悪感を持つのも仕方がない。顔をしかめて吐き捨てる。


「具体的には、個人端末のデータ、そして部屋の盗聴だね。……流石(さすが)に盗撮はしてないみたい」


「着替えを覗く趣味はねぇって事か。だったらやましいことはなんも無いぞ……ってオイ、この話も聞かれてんだろ!?」


 茜は慌てて口を手で押さえると、キョロキョロと目を部屋の隅々に向けている。


「大丈夫、この部屋の盗聴機にはダミーの声を流してるから」


 茜はほっとしたように手を離す。


「やましいことがあるとするなら、僕達じゃなくて、政府の方なんじゃないかなって思うんだ」


 翡翠は、盗聴を掻い潜っている自信はあったが、つい声のトーンを下げてしまう。

 それを聞き取ろうと、茜が顔を近付けたのに対して、照れたように体を反らし、顔を背けて言った。


「秘密を知ってしまったら、いまのMASTは解散させられるんじゃないかな?」


 茜はその言葉にハッとした。


 自分達がMASTに加入したタイミングは、殆んど同時だった。

 では前任者はどうしたのだろうか……年齢もバラバラ、性別もバラバラの5人が、同時に引退という事が有るのだろうか?

 もちろん、任務中に帰らぬ人になった隊員も居るが、その場合は補充されていた。

 今の怪人の強さで5人同時に死ぬこともあり得ないだろうし、そうならMASTチャンネルやネットにその情報は上がることだろう。


「解散、というか、処分……って可能性もあると、僕は思ってるんだ」


「っ! おいおい……物騒な話だな」


 しかし、それを否定する材料はなかった。

 メンバーは、存在を秘匿されているし、現在生きているのか死んでいるのかは、後継の自分達にも知らされていない。


「だとしたら、このアカチャンマンって奴は知られたくねぇ政府の秘密を知っているって事になんねぇか?」


「そのアカチャンマンが、長官に気を付けろと言ってるんだ」


 茜にとってそれはさっきと同じ言葉だったが、今度は違って聞こえた。


「……具体的には?」


 ようやく話を聞く気になってくれたと、翡翠は一気に言葉を羅列した。


「具体的にはまだ教えてくれないんだ、教えてしまうと僕達まで処分の対象になってしまうから……彼自身も色々と情報を集めているみたい。こちらからもわかることだけは情報交換してる。それで、君の事を教えたときに、アカチャンマンが言ったんだ。『木月燕子(えんじ)は生きている、だがその消息を探るのは止めておけ』って」


「お、おいおい! なんだって?」


 急に出てきた父親の名前に驚き、目を白黒させる茜。

 10年間、探してきた。

 恨みもしたし、正直求めもした。

 生きて目の前に現れることをどれだけ望んだか。


「そいつはウチの親父の事を知ってんだろ!? だったら教えてくれりゃいいじゃねぇか?」


「僕も聞いたよ。だけど、今は無理だって」


 翡翠の表情は真剣そのもので、とても彼や彼の信じている人物を責める気にはなれなかった。


「くそっ、どうせ何か言えない問題でもあるってことだろ」


「ごめん、きっとそういうことなんだと思う」


「いいさ、10年待ったんだ。確実に生きてるって事がわかっただけでも進歩したって思うことにするさ」


「ありがとう。それと、長官の事も気にしておいてくれないかな?」


 そういえば、話の発端はこの話題だった。


「良いけどさ、どう気にしろって言うんだ?」


「君は長官の娘みたいなものでしょ? みんなより近い立場にいるんだ。もし気になることがあったら教えてほしい」


「わかったよ、情報料代わりに気にしておくよ」


 そう言って椅子から立ち上がり、出口に向かった。

 しかし、扉を開ける前に立ち止まり少し思案する仕草を見せる茜。何かを言うか言わないか迷っているような雰囲気を、その背中から察した翡翠は問いかける。


「どうしたんだい?」


 その問いに心を決めるように、茜は息を吸い込んだ。


「……オメーの妹は努力して、自分に自信を持ち始めたみたいだぜ」


 背中越しにそんな言葉を掛ける。

 翡翠は未だにほとんど部屋から出てくることはない。茜にはそれが気に掛かっていた。


「オメーは良いやつだ。何で自分に自信がないのかウチにはわかんねぇ」


「そんな……僕はデブだし、勇気もないし……」


「じゃぁ、まずはデブからどうにかしろよ。できることをやらずに、自信は付いてこねぇぞデブ」


 翡翠の返事を待たずに茜は部屋を出ていった。

 「でも」を聞きたくなかったからだ。

 その言葉を言ってるうちは、何も変わらないんだと、茜は知っていた。



 茜はフロアに戻ると、まだ地面に寝転がっているローズを引きずり、彼女の酒ビンばかりの部屋に放り込む。


「仲間やおっちゃんを疑わなくちゃならねぇのは気が引けるが……嘘が隠れてる方が気持ち悪いからな」


 そう呟くと、帰宅用のカプセルに入っていった。

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