11話「打ち上げ 打ち明け」
桃姫の初公演は、歓声に包まれて終えることが出来た。
桃海自身、ここまで沢山の人間が、自分を肯定的に見てくれる事に、未だに実感が沸かないでいたが。現実これだけの人数を楽しませることが出来たというだけで、彼女にとっての強い自信に繋がりつつあった。
「桃姉のライブ成功を祝ってカンパーイ!」
珍しく茜が上機嫌に場を仕切っている。すでに三回目のカンパイだ。
それに蒼士も突っ込むことはせず、素直にコップを掲げた。
「今日は珍しくデブも表に出てきてやがるからな!」
茜はまるでオジサンのように翡翠の横に胡坐で座ると、その肩をバシバシと叩いた。
「うほっ、何のご褒美ですかな茜たん!」
「デブ、その呼び方止めろよな」
もちろん妹である桃海のライブ成功を、みんなと同じように嬉しく思っているのだろう。
普段は部屋から出てこない彼が、多少無理をしているというのはここのメンバーであればわかる。
だからこそ茜が絡みに行ったのだろう。
「みんなはお酒飲まないのぉ?」
ローズさんに至ってはお酒を飲む方が忙しいらしい。右手に徳利を持ち、左手におちょこを持っている。しかし、そのおちょこに酒を注ぐことはせずに、徳利を直接口へ運んだ。きっとちいさなおちょこに注ぎ直すのが面倒になったのだろう。
「公務中なので」
蒼士がそれを軽くいなす。
「私は少しいただいちゃってます」
桃海はライブのために休みを取っていたのもあるだろうが、極度の緊張をほぐすためにと飲み始めて、あれよあれよと「少し」ではなくなっていた。
「良いんだよ、めでたい日なんだからさ!」
────茜は二年前、川浪兄妹が自分と一緒に、このMASTに入った日を思い出していた。
人の目を見ることが出来ずに、ひたすら壁の方を向いている翡翠。
他人を見れば悪人か詐欺師かと言わんばかりの、誰も信用していない目をした桃海。
そんな二人が今や笑顔で輪を作って座っている。
それが茜にはたまらなく嬉しかった。
────7年前の桃海にとってアイドルは『手段』だった。
可愛いキャラクターに嘘の設定を背負わせ、幻想を抱いたバカな男共から生活費を巻き上げるための手段だった。
しかし、続けるうちに純粋な気持ちで応援してくれる顔も知らない人々に対して、嘘を付くことが出来なくなっていった。
ネットの中では、彼女は『彼女』で居られたし、それが唯一の救いだった。
もちろん、現実世界は甘くない事は知っているが、優しい一面もあることも知った。
翡翠のほうはと言うと。
対人恐怖症なのは妹と同じだが、こちらはネットの闇に入り込み、鬱憤を晴らすことで日々を過ごしていた。
自分への自信が無く、内弁慶で居られるネットに依存しているのだろう。
しかしそんな彼もMASTでは大事な仲間として扱われている。
彼の怪人への知識は、MASTに入ってからのもので、彼なりにメンバーの役に立ちたいという想いはみんなに伝わっているのだろう。
その後も宴会は続いたが、どんちゃん騒ぎが性に合わなかったのか、蒼士はそそくさと部屋へ戻ってしまった。
「明日も勤務なので私はお暇しますよ」だそうだ。
部屋は完全防音で、スピーカーを繋げない限り音は気にならない。これだけホールで騒いでいても、睡眠を邪魔されることはないだろう。
もっとも、ローズに至っては、蒼士が部屋に入ってしばらくして、ホールの真ん中で眠ってしまった。
彼女は寝るのに騒音など問題ないようだ。
それに、一番の盛り上げ役であるローズが寝たことで、元来人見知りの二人と、茜だけが飲んでいる状況はさして騒音とも言わないだろうが。
日付が変わる頃には、茜も紅太の事が気にかかったのか少しそわそわし始めた。それを察した桃海は茜に対して真正面に向き合い、声を絞り出す。
「茜ちゃん、今日はありがとう」
そんな桃海はもう昔の目をしていない、本当の気持ちをその言葉に乗せて言えるようになったのだと、茜は感慨深いものを感じていた。
「桃姉、変わったな。ちゃんと自分の人生を進んでるって気がするぜ。ウチも発破かけられた気分さ」
茜はずっと、失踪した父に縛られている思いがあり、前に進んでいる気がしていなかった。だからこそ自分の人生を歩いている桃海が眩しく見えたのも仕方の無いことだ。
いっそ、全て捨てて普通の人生を歩いても良いんじゃないか? とさえ思うが。幼い紅太と母親を捨てた父への怒りと、どうしてそんな事になったのかという疑問が晴れない限り、輝かしい自分の未来など見ることが出来ないのだと感じている。
「私も、ここが出発点だと思ってるの、それに……」
言いよどむ桃海の次の言葉に、茜と翡翠は耳を傾ける。
「まだ公式発表はしていないんだけど……長官から、ピンクと桃姫が同一人物だってカミングアウトしないかって話が来てるの」
二人はその告白に度肝を抜かれた。
「いやいや、待てって! そんな事をしたら変身していない桃姉の事を、エーデルヴァイスが直接狙いに来るだろうが」
「危険でござる」
あわてふためく二人に、桃姫は落ち着くように言った。
「私もそれは考えたけど、今はMASTチャンネルも人気がないし、実際に怪人も弱くなってる……私がどれだけその人気を取り戻せるかわからないけど、みんなのために何かしたいの」
確かに、茜のパンチラだけではいつまでもつかわからない。
MASTは公的機関だが、それにはもちろん税金がたんまり使われている。それを良く思わない人間も多くなってきているのは確かだ。
「それに私は家にいるよりも、ここの部屋にいる時間のほうが長いし、外で狙われることなんてまず無い。いっそここに住んでも良いって思ってるくらいよ」
努めて明るくそう話す桃海に対して、いまだ疑念の思いが抜けない二人。
「それに、またコンサートをやるときには、正式にMASTが守ってくれるって形も取れるでしょ?」
「それでも、ウチらのために人生捨てること無いだろ」
茜は心配そうな目でそれを見ている。
万が一があれば、ようやく踏み出した彼女の明るい未来が閉ざされるかもしれない。
「そこはさ、ウチが守ったる! って言ってよ、余計不安になっちゃうじゃない。私は自分の全てをかけてもここを守りたいのよ」
苦笑しながらも曲げない、彼女なりに決心が固まっているのだろう。
茜も心配ではあるが、彼女の決心を不安に変えたい訳ではなかった。それ以上は何も言わなかったし、翡翠も口を開くことはなかった。
その静寂に耐えれなかったのだろうか。
「さぁ、今日はお開きにしよ? 私も部屋に戻るわね」
桃海はそう言うと、部屋に戻っていってしまった。
その後ろ姿を見送った茜は、静かにテーブルの上に目を落とす。
「長官にも何か考えがあっての事だろうが……」
仲間を危険に晒すような決断を簡単には行わない筈だが……
うつむき、そう呟く茜に対して、翡翠が珍しい言葉を発した。
「茜たん、ちょっと僕の部屋に来ないか?」
週一回土曜日更新しておりますので、良ければブクマしてください☆
今回の更新で二つの話に展開が訪れています。
次回どうなるのか!?
楽しみにしていてください☆