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10話「幸せな時間」

「まだ始まらねぇの?」

「怪人が出たらしいよ」

「マジかよ迷惑なやつだな!」


 会場は熱気に溢れていたが、同時にざわめいてもいた。


『ご来場の皆様、大変お待たせしました。近辺に怪人が出現しておりましたが、退治されたとの情報が入りましたので、コンサートを再開させていただきます』


「やっとかよ、遅せぇよMAST(マスト)、早く倒せっての!」

 どこからか不満の声が上がる。

 正義の味方も楽じゃないんだなと虎太郎は思った。


 アナウンスが終わると会場の電気が暗くなり、音楽が鳴り始める。今まで文句を言っていたファンも、歓声を上げはじめた。


「現金なものだな」


 そう心の中で呟く虎太郎。

 いままさにその怪人を倒したのが、桃姫本人であろうことを知りもしないで。


 とは思うが、その元凶を作ったのは虎太郎本人なのだから目も当てられない。

 同じ穴の(むじな)というところか。



 ステージ奥の大画面モニターに見慣れたキャラクターが写し出される。

 目がくりくりと大きく、幼い顔立ちの女の子。

 携帯の小さな画面でしか見れなかった、バーチャルの桃姫がこれでもかと大きく動き回る。


「みんなお待たせ! まずは一曲目、私のデビュー曲『桃色の季節』いっくよー!」



 耳馴染みのある歌声と、歌詞まで覚えている曲が、虎太郎のテンションを無理やり引き上げる。

 さっきまで自分が悩んでいた事すら忘れる程に、嬉しさと楽しさで心が溢れていた!



「────ありがとう『桃色の季節』でしたっ!」


 一曲目が終わって、モニター画面が消えると。

 完全に暗転したステージの中心へ一人の女性が歩いていくのがうっすらと分かった。


 桃姫だ。

 本物の桃姫だ!


 実際はさっき見たのだけれど、ステージに立つ彼女を想像すると、興奮が抑えきれない。


「いつも応援してくれてありがとう。私は本当はこんな舞台に立てる人間じゃなかった。でも、みんなが応援してくれて、私も頑張らなきゃって……」


 暗闇の中、桃姫の声がする。

 その一言一句を聞き逃すまいと、会場は誰一人として喋らない。


「こうやってみんなの前でライブが出来るのも、私の回りの人、みんなの励ましのお陰なの」


 スポットライトがうっすらと彼女の輪郭を照らし始めるが、下を向いた桃姫の顔はまだ見えない。

 かなり慎重な演出に、観客も焦れたような空気が広がるが、もしかしたら桃姫にとっても心を整える時間が必要なのかもしれない。


 辺りからゴクリと生唾を飲む音が聞こえる。


「だから、いつも通りいくね!」


 マイク越しに息を吸い込む音が聞こえ。


「はおはお! 川を流れてどんぶらこ、みんなの桃姫こと、ピーチクイーンが見参しましたぁ」


 顔を上げ、飛び上がりながら、いつもの口上を叫ぶ桃姫!


「クイーンなら女王だろー!」

 嬉しくなって虎太郎は叫んだ。いつものやつだ。


 本来だったらここで歓声が起きて、こんな声なんかかき消される筈だが。


 虎太郎以外の観客は、初めて見る桃姫の美しさに見とれており、静寂の中に虎太郎の声だけが響いてしまった。


 それが更なる沈黙を呼び、辺りは完全に静まり返る。


 シーンとする会場から沢山の視線が虎太郎に降り注ぐ。


「え?」


 桃姫も困惑顔。

 折角一番盛り上がるタイミングなのに、虎太郎が空気を読まずに水を注してしまった形だ。

 おずおずといった感じで、桃姫が口を開ける。


「もしかして、コタローさん?」


 名指しで虎太郎のペンネームを問いかけてきた。


「あっ、そ、そうです」


 最前列だということもあって目が合ってしまった。

 確かに一度くらい目が合うと良いなぁと思っていたが、こんなにしっかり認識されるつもりはなかった。


 アラフォーの男が、恥ずかしさと後悔で泣きそうになっている。


「まだそんな事言ってるの、コタローさんだけなんだからね?」


 そんな彼に対して笑いながらおどけた感じで桃姫がそう言うと、会場からどっと笑いが起こった。

 古参なら分かるいつものやり取り。そうしたことで、演出の一部だとだと認識されたようだ。


 取り敢えずは笑い話になって、ライブは滞りなく進んだ。

 はじめは小さくなっていた虎太郎も、最後には大きな体で跳び跳ねるように楽しむことが出来た。


挿絵(By みてみん)



 時間は矢のように過ぎ去り、体力の温存も考えずにただ叫んだ。


 彼にとって最高の……人生最高の一日が終わりを告げる。

 足取りは軽く、いまだに飛び上がっているような感覚に支配されており、叫びすぎた喉が痛いのすら嬉しさに変わるようだった。


「そうか、これが幸福感か」


 ヴァイスになってから……いや、その前から虎太郎にとって幸せを感じたことはなかった。いっそヴァイスを辞めてしまえば、こんな幸福に浸ることもできるかもしれない。

 しかし彼にとって大事な20年間を捧げた事実が、後戻りをさせてはくれない。


 名残惜しさを残しながらも、虎太郎は急いで目的地へ向かう。

 彼は戻らなくてはならないのだ。

 日の当たらないあの穴蔵へ。



 ────彼と引き換えに現れた怪人は、マゼンタによって軽く撃退され。桃姫コンサートもつつがなく終わった。


 虎太郎もこの興奮で燃え上がったやる気を、明日からの任務に向けると誓った。


 だが……

 部屋に戻ると、待っていたヴァイスに拘束されてしまう。


「ああ……バレてたのか」


 そう呟くだけで、抵抗する気力もなく手を縛られる虎太郎。


「何やってんだよ342号」


 その声は同僚。


「人生をかけてでも……一度だけでもやりたいことがあったんだよ」


 悟ったような口調にそれ以上追求はしてこなかったが、虎太郎が無事ではすまないことは同僚にもわかっていた。

 しかし、その身柄を引き渡さなければ二人とも罪を着ることになってしまう。


「すまん」


 そう何度も呟く同僚に。

 返す言葉も無かった。

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