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教室にてサマーロマンス  作者: アキノセ 遙
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1・窓際の席から

~この物語はフィクションです。

登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。~


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第一章・~貴方と二人の夏が~


***************


 放課後、誰もいない音楽室の扉を開ける。

遠くのほうから微かに聴こえる蝉の声が、よりこの空間に静寂を生み出していた。

足音がコツコツと鮮明に耳を通り抜けていく。

僕は部屋中の窓をすべて開け放った。

窓の外から、陸上部らしい掛け声が聞こえてきた。


…これでグラウンドに音が届くだろう。

僕は古びた椅子に腰かけ、グランドピアノの蓋をそっと開けた。

うっすらと鍵盤に積もった埃を優しく撫で払ってから、古びた椅子に座る。

蝉の声が激しくなった。

深く息を吸って、吐く。

貴方の耳に僕の曲はどう響くだろうか?

そもそも本当に窓の下に貴方は居るだろうか?

そんなことを考える暇もなく、僕は白鍵に指を触れた。


1・窓際の席から


 彼に対して慕情が芽生えた瞬間は記憶していない。

ただ、小学生の頃、下駄箱で彼とすれ違いざまに目が合ったことだけが妙に忘れられないのだ。


 彼とは幼馴染で、幼いころからよく遊んでいた。

きっかけは家が近かったことで、仲良くなるのに長い時間はかからなかった。

近所の住宅地でかくれんぼをしたり、少し離れたところにある草っぱらでバッタを捕ったりして遊んだ。

虫眼鏡で落ち葉に光を集めていると煙が出てきて、親に怒られたこともあった。

今では隠れ場所に使っていた路地は閉鎖され、草っぱらがあった場所には新築の家が建っている。

まるで僕らの過去がもみ消されていくように。


 あの頃はいい意味でも、悪い意味でも何も考えなくて良かった。

ややっこしい世間体も、将来に対するビジョンも何も必要なく、

ただぼんやりと、徒然なるままに、時間を使うことを許されていた。

…ただ、本当にその時間を有意義に使うことができたかと問われれば、僕は口を噤んでしまうだろう。


 僕は昔から、一々考えなくていいようなことまで考え込んでしまう、悪い癖があった。

あの日、自分の中に芽生えた感情が何なのか、当時の僕には到底理解する由もなく、非常に苦しんだ。

彼の顔が直視できない、うまく言葉が出てこない、前まで出来ていたことが何故難しいのか。

彼と“友達”であり続けたい。

そんな僕の望みとは裏腹に、日に日に心のうちは熱く、脈打ちながら膨らんでいった。


 いっその事、自分の想いを打ち明けられていれば、結果はどうであれ、心のうちは幾らか収まったはずだ。

だが、心に余裕のない当時の自分にそんなことは出来る筈もなかった。

 嫌われたくない。

 気味悪がられたくない。

何よりも相手は同性だ。異性に告白するのとはまた訳が違う。

…それでも、彼に「自分は今とても悩んでいる」と相談することくらいはできたのではないか。

それなりに月日が経ってしまった今では、彼と話すタイミングも掴めずにいた。

一人で抱え込んでしまったこと。

恥ずかしくて言えなかったこと。

思えば、この辺りで僕は選択を誤ってしまったのかもしれない。



 窓際の席にぼーっと座っていると、つい思いに耽ってしまうものだ。

そのせいで、明日の連絡を聞き逃してしまった。

まあ、おそらく前に配布された書類の提出期限とかそこらだろうし、気にしないことにした。



 今日も長かった学校が終わった。

部活は一応テニス部に所属はしているが、

入部初日以降一度も顔を出していない。多分存在も認知されていないだろう。

なので、僕はいつも、誰よりも早くに帰路に就く。誰もいない、静かな通学路を独り占めしたいからだ。


 擦り切れたスニーカーに小石がぶつかる。

少し前まで雨が降っていたので、水たまりがぽつぽつとアスファルト上に点在していた。

 そういえば、今朝の天気予報によると、今週にも梅雨が明けるらしい。


 僕は梅雨が嫌いだ。じめじめとした、重たくて陰湿な空気には毎年うんざりしてきた。

梅雨が例年より長引いた今年は特に。

 ただ僕は夏も嫌いだ。

確かに夏は、寒がりで乾燥肌な僕にはうってつけの気候だし、

澄み切った夏空に佇む入道雲を窓越しに眺めるのも悪くない。


 ただ、どうしても好きになれないのは、夏の暑さでのぼせ上がった頭に突如襲ってくるあの虚無感だ。

奴は、僕の忘れておきたかった記憶だけを器用に抜き出して、まじまじと見せつけてきやがる。

 その度に僕は鉛筆を持って、紙に「あああああ」と書き殴って気を紛らわすのだが、

最早それさえも奴の思う壺のような気がして、一層気分が落ち込むものだ。


 梅雨が明ける喜びと、夏がやって来る憂鬱。

今日の天気はこれら二つの感情が交差したような、何とも言えない曇り空だ。



 …気が付けば自宅まで少しのところまで来ていた。

学校から家までは決して近いとは言えないが、なんせ田舎なのと、行き帰りのバス賃が勿体無いのでいつも歩いている。

ただ、こうして考え事をしていれば長い道のりもあっという間に終わってしまうもので、忘れ物をした際に面倒だという以外に特に苦労していない。

 隣家の松の木を右折すると、僕の家だ。

絡まったキーホルダーに少々手こずりつつも、家の鍵を開けた。


「…ただいま。」

 多分8時間ぶりに喋った。

この家に誰もいないことは把握しているので、僕は徐にリビングのソファに寝転んだ。

そして、ああ疲れた、お腹すいたなぁ、なんてわざとらしく口にしながら、一番手近に置いてあった缶コーヒーを手に取った。


 何だかんだ、自分の家が一番落ち着く。

コーヒーを喉に流し込みつつ、他愛ないことを考える。

多忙な毎日において、唯一心休まる時間かもしれない。

ただ、何を考えていても気が付けば彼のことを気に掛けてしまう。


 …思えば最近、彼の笑顔が見られない気がする。

別にうまく話せないからと言ってストーカーをしている訳ではなく、

学校の生徒数自体がそこまで多くないので、ときどき階段や廊下ですれ違うことがあるのだ。


 幼い頃、二人で遊んでいた時に、彼の顔から笑顔が絶えたことは一度も無かった。

顔がくしゃっとなった、何よりも愛らしい笑顔。

僕は昔からそんな彼の笑顔が大好きで、よく冗談を言っては彼と笑い合ったものだ。

もちろん、僕がちゃんと知っている彼は、もう結構な前になるので、今とは性格や考え方も、まるっきり以前と変わっているのかもしれない。

実際、自分も今では人前で冗談なんてとてもじゃないが言えないし、外に出て思いっきり遊び回ることもなくなった。

…ただ、どうしても彼の顔から笑顔が消えるなんてことは考えにくい。

どうしても、何かあったんじゃないか、と勘繰ってしまう。


 折角のブレイクタイムが、どこかむず痒いまま終わってしまった。

僕は立ち上がって缶コーヒーをぐびっと飲み干してから、課題のプリントをボストンバッグから取り出し、自分の部屋に向かった。



 勉強というものは、一度集中してのめり込むとあっという間に時間が過ぎてしまうものだ。

学校から帰ってきたのは4時過ぎだったのに、気が付けばもう夕飯を食べているような時間になっていた。

 急いで理科のレポートと数学の演習問題をファイルに片づけて、階段を下りる。

今日はやけに親の帰りが遅いな、と不審に思いつつ、さっきまで一階で充電していたスマホの通知を確認する。

母から、『今日は仕事が長引きそうなので、自分で夕食を食べておいてください』とLINEが来ていた。

 …なんだ、そういうことか。

うちの親は、兎に角せっかちなので、家路に焦って事故でも起こしたんじゃないかと少し心配した。


 わざわざ店まで買い物に行くお金も勿体無いので、とりあえず、冷蔵庫を開けて残っていた野菜を適当にまな板に載せた。

こういうのは、適当に切って、適当に炒めておけば、そこそこ美味しくはなるものだ。

あとは、単純に素早く調理できるので、母と同じくせっかちな僕にとってはありがたい。


 よし、できた。ニラともやし炒め。

若干作りすぎたような気もしたが、あっという間に平らげてしまった。

我ながら、成長期の男子の体というものは、想像以上にカロリーを欲しているのかもしれない。

食器を洗いながら、思わずにやけてしまった。


 さて、勉強も終わって、おまけにこの家を独り占めできる時間も延長されたので、折角のこの時間を無駄にするわけにはいかない。

この前買ったばかりのまだ聴いていないCDがあるので、早速ケースから取り出し、ミニコンポにセットした。


 僕は音楽が好きだ。

昔から、若いころにバンドをやっていたという父の影響で、色々な音楽を聴いて育ってきた。

そして、それがきっかけでピアノも習っていた。

今はもう辞めてしまったが、今でも時々、家に置いてあるアップライトを触ったりする。


 それと、彼との仲が深まったのも音楽がきっかけだった。

もうずいぶん前になるが、ある日、僕と彼とで近所の公園に遊びに行ったときのことだ。

2人でブランコを漕いでいたとき、彼が鼻歌で近藤真彦の“ギンギラギンにさりげなく”を歌っていたので、僕が

「その曲知ってる!」

 と思わず声に出した。

 同級生で音楽が好きな人も少なかったので、僕たちはたちまち音楽の話で意気投合した。

小学校の休み時間でも、二人でかくれんぼをした後でも、気づけば音楽の話で盛り上がっていた。

彼から勧められて聴いたミュージシャンの曲は、今までにCDの円盤が擦り切れるほど聴いたものだ。


 実は、先日買った未開封のCDというのも、そのミュージシャンが最近出したアルバムなのだ。

決してそのミュージシャンは有名とは言えないが、彼女の作る曲は全てが生き物のような、温かな歌詞と深い旋律を持っていて、その美しい声に僕は何度も救われてきた。


 …思えば、僕は彼に助けられてばっかりだった。

学校の宿題に苦悩していた時も、階段に躓いて膝を擦りむいた時も、いつも彼が助けてくれた。

 そんな彼の様子が今優れないというのに、僕はそれをただ遠巻きに眺めているだけだった。

例え彼との時間に空白があったとしても、友達じゃないのか。好きな相手じゃないのか。

 途端に僕は今までの自分が悔けなくなった。

ミニコンポからアルバムの最後のナンバーのサビが聴こえてきた。

 …今度、彼に会いに行こう。

力になれなくても、寄り添うことくらいなら僕にだってできる筈だ。


“この夏が終わるまでに、彼の笑顔をもう一度見ること。”

 ──僕の中で、一つの目標がろうそくの火のように灯っていた。


秋之瀬です。

第一作ということで、至らない点も多いかと思いますが、何卒よろしくお願いします。



【登場人物まとめ】


・僕…主人公。

テニス部(幽霊)。

考え事をするのが癖で、いつも悩んでいる。

明るかった小学校の頃と比べて雰囲気ががらりと変わった。

音楽が好き。


・彼…主人公の友達(?)及び好きな相手。

陸上部。

最近笑顔が見えないらしい。

音楽が好き。



【次回予告】

2.見る景色は


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