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沖田奏音は眠らない  作者: 若蛙
1/6

第1話 野良犬

少女は泣きながら目を覚ました

ひとりぼっちで

 

 10歳の誕生日の日、私は母親に捨てられた。子供ながらにホームレスとなった私だったけど、そんな状況でも頑張って一人で、真面目に生きていたと思う。

 私はまだ子供だったから何もわからなくて、いつかきっと自分も大人になれると思って過ごしていた。

 けどもしかしたら、そんなことは無かったのかもしれない。

 あの人が私を見つけてくれなかったら私は今頃きっと――



 ――お腹が空いたらゴミを漁る。

 捨てられる食べ物だってまだ食べても大丈夫。

 変なものを食べてお腹を壊したりしたこともあったけど、何か食べなきゃお腹が減って死んでしまう。

 殆どの食べものは入れ物を開けられちゃうけど、たまに誰かが面倒くさがってそのまま捨てたりしてくれる。そういう物は食べてもお腹を壊さないから大丈夫。

 私はそうやって色んな事を経験から学んでいった。

 

 服は……もうボロボロだから替えなきゃダメかな?あ、廃品回収はまだ少し先だから無理かな。でも色々見えちゃいそうだし……

 こんな生き方だけど流石に見えちゃうのは恥ずかしい。


 ご飯を探して街を一通り歩き回ったら私は自分で作った“秘密基地”へ戻る。

 街から少し離れた林の中、ここなら誰も来ないと知っている私の秘密の場所。

 子供がなんとなくで作ったダンボールハウスだからそんなに頑丈じゃないけど、林の中なら木があるから少しくらいの雨なら大丈夫。


「うーん、やっぱりもうボロボロだね。着替えあったかな」

 捨てられていた服やタオルを拾ってダンボール箱に詰めた私の“衣装ケース”の中を探す。

 私の着る服はすべてゴミ捨て場を漁ったもの。新しい物を買うお金なんてないから廃品回収の日にこっそり袋や箱を開けて貰っていく。罪悪感が無いわけじゃないけど、捨ててあるものだからきっと大丈夫なはずよね。

「これは…うんしょ……あれ?こんなにこの服小さかったかな」

 何度も感じることだった。私は少しずつだけど身体が大きくなっている。

「背が伸びるのってもっと嬉しい事だったはずなのにな」

 今は煩わしい。隠れながら生きる私には身体の大きさなんてジャマなだけだ。

 街で拾ったゴミ回収の予定を見る。

「廃品回収は来週かあ」

 服は洗って着たいと思うけど、洗剤はもちろん買えないし水だけじゃそんなに綺麗にはならないからどんなに長くても2週間くらいしたら捨てちゃう。匂ったりすると人に気付かれやすくなるものね。だからいつもは沢山貯めてるんだけど今回だけは少し足りなかったみたい。

 キツい服は嫌い。ワガママかもしれないけど、私はユルく生きたいものね。

「そろそろ匂うかな……?」

 服とは別に自分の身体を嗅ぐ。まるで犬みたい。

「明日は公園行かなきゃ」

 暑い季節は水浴びをするけど、そうじゃないときはタオルを濡らしてそれで身体を拭く。

 いつだったか冬に水浴びをしてしまって、その日は服やタオルを何重にも巻いて1日中凍えてたっけ。

 私はこうしてまた失敗から学びながら生きるのだ。

 

 廃品回収の日。私は減ってしまった服などをまた増やすためにゴミ捨て場を漁る。

 ゴミ捨て場には監視カメラがあったりするから場所選びも慎重。いくつか見えにくかったりカメラが無い場所を覚えていて、順番に確認に行く。

「タオルはこれだけもらっていって、服は……あんまり無いかな」

 こうして一つ目の場所を終えて次の場所へと急ぐ。

 歩く距離は長いけど、家もお金も家族も持たない私にとっては必要な事だから行くしかない。一度“秘密基地”へ拾ってきたタオルを置きに戻り、そうしたら次の場所へと向かう。

 そうして着いた次のゴミ捨て場は、

――既に回収された後だった。

「間に合わなかったかー」

 着いたのが回収された後というのはよくあることだった。もうこういうのも慣れっこの私はまた次の場所へと向かう。

「やった!まだ来てない!」

 アテを外した後の宝の山は喜びも大きい。

 それに、

「これは……ぴったりかな?」

 今日のこの場所は私が着るに丁度いい服が多かった。

「たくさんある!これでしばらくは大丈夫かも!」

 そういえば、このあたりの住宅地は私と同じくらいの子が結構いたっけ。そう思いながら私は程よく見繕っていく。

 貰った後はちゃんと箱や服を綺麗に直しておく。取られている感じを消してから去るのだ。


 こうしてまた私は“秘密基地”へ戻ってきた。

「これだけあれば1か月くらいは大丈夫かな」

 持ってきた服を整えて私は“衣装ケース”に詰める。

 歩き回って疲れた私は、毛布(これも拾ってきた)をかぶって少しだけ眠ることにした。

 一人で眠るのはいつも寂しいけど、これももう慣れっこだった。



 ママは私が10歳の誕生日の日に居なくなった。死んじゃったわけじゃない。ある日出かけてから帰ってこなかった。

 元々家賃をちゃんと払っていなかったらしくて、ママが居なくなってから1週間くらいしたところで私は大家さんにお部屋を追い出されてしまった。

 

 ――私は10歳で、一人で生きなきゃいけなくなった。


 いなくなる前、ママはお料理の仕方とかお洗濯の仕方とかは教えてくれた。けど、学校には行かせてくれなかったし勉強も読み書きを少しだけしか教えてくれなかった。それと、誰かに見つかるといけないから昼間は部屋から出るなって言っていた。

 私は他の子と全然違う生き方をしていた。私は他の子と一緒がいいといつも言ってたけど、ママはそれじゃダメだったみたい。理由は何回考えてもわからない。

 一人で生きなきゃいけなくなったとき、私の知っている大人はママだけだったから他に誰かを頼ろうだなんて全然考えもしなかったし、誰が頼れるのかわからなかった。

 10歳の時の私はそんな状況でもいつかママが帰ってきて私を迎えに来てくれると信じていた。だから私はママの言いつけを守って良い子にして待っていた。部屋から追い出された私を探してくれていると思っていた。

 人に会っちゃいけないとかお巡りさんからは逃げなきゃいけないとか。でも、それはママが自分を守る為の嘘だった。ママはどうやら私を隠したかったみたい。



 色々学んだ私は、11歳になったあたりだろうか、ママに捨てられたんだと気づいた。

 もっと早く気づけたのかな?でも、気づいた所で今の生活は変わらないと思う。部屋を追い出されて1年したこの頃にはホームレスとしての暮らしにもう慣れ切ってしまっていた。

 元々冷蔵庫に何も入っていないときとかママの帰りが遅い時とかはゴミを漁っていたりしたときもあったから、ホームレスとしての生活に馴染むことに時間はかからなかった。


 お昼過ぎ、やることのない私はいつも図書館に行く。

 学校に行けない私は一人で勉強をするしかない。どんな事でも勉強することは必要だと知っているから本を読んで勉強をする。これもママが居たときからの習慣だ。

「今日はこれにしようかな」

 勉強をするといっても何を学べばよいのかわからないから興味の出た本を読んでいるだけ。でも、その中でわからない事があればまた図書館の本で調べる。そうやって繰り返しながら知識を増やしていくことは結構楽しかった。

「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」

 有名な戦国武将、織田信長の伝記に載っている言葉だ。

 私、まだ11歳だからあと39年は生きるのか、と考えながら大人の自分を想像する。

 ……全く想像が出来ない。今を生きるのが精いっぱいで明日生きているのかもわからない。

 人は“夢”持って生きるのだという。

 私に“夢”はあるのかな?

 私は何がしたいんだろう。何になりたいんだろう。

 パティシエ?看護師?学校の先生?

 私にはどれも全く縁が無い。けど、一つだけ思うのは

「普通の女の子になりたいな……」

 そんな他愛のない事が、私にとっては何よりも高い望みだった。


 そんな毎日を過ごしてたとある廃品回収の日、私はあまり目にしない物を見つけた。

「CDプレーヤーかな……?」

 アンテナが付いてるからラジオも聞ける物かな?でも、この辺はこういうのは回収してくれなかったはずなんだけどな。

 天気予報もゴミ箱の中の新聞に頼ってる私にとって、ラジオはとても気になる物だった。

「電池をどこかで見つけないと」

 とりあえず私はそれを貰っていき、次は電池を探すことにした。ラジオを動かすくらいなら捨ててある電池でも動くかもしれない。

 電池は電器屋さんに回収ボックスがあるというのは知っていた。電器屋さんにはテレビがある。やる事もなく暇なとき、音は出ていないけどよく画面を眺めている。今日もついでにテレビを眺める。

神田川日々季(かんだがわひびき)のシングルが初登場1位?」

 神田川日々季というのは今話題の女性歌手の事だ。電器屋さんのテレビは音を出してくれないからどんな歌を歌っているのか私にはさっぱりわからないけども、この人がとても素敵だとは思っていた。

「歌手っていいな。なんだかカッコいいし可愛いし」

 私もあんな大人になれるかな?そういつも思っていたのだった。

 さて、本来の目的は電池だ。テレビを眺める事じゃない。

 私は直ぐに電池回収ボックスに向ったけど、

「やっぱり目立つよね。カメラだってあるし……」

 電池回収ボックスはどこのお店も目立つ場所にある。こんな所を勝手に漁るのは難しい。

 電池を漁りに行くのは初めてだったけども、これもラジオを聴くためだ。女は度胸って何かで言ってたもんね。

 私は意を決し、周りに気を付けながら箱を開け素早く電池を拾っていく。使えるかどうかわからないから兎に角たくさん持てる限り拾う。

 拾い終わったら箱を閉めて走ってお店を退散する。店を出てしばらくしたところで私は安心して息をつく。上手く見つからずにできたかな?

 沢山の電池はとても重かったけど、早くラジオを聴きたい私はつい急いで歩いてしまう。

 “秘密基地”に戻った私は腕も足も凄い疲れていたけど、着いてすぐ早速電池を入れて使えるものを選んでいく。

「これは大丈夫で、これは……使えないかな」

 一度に何個も必要だから選んで確かめていくのも一苦労。1時間くらいかかったっけ。

 使えそうな電池をすべて入れラジオの電源を付ける。

 ザーザー、と音が鳴った。私にとってはそんな何の言葉でもない雑音が久しぶりの物音以外の音だった。

 少し興奮して周波数をいじっていく。

『……の天気は曇り。雨の心配はありません』

 人の声が聞こえた。とても、とても嬉しかった。

 私は遊びを手に入れた。その日から、私の拾いものに電池が増えたのだ。


 ラジオを手に入れ、色んな番組を聴くようになって、私はその中でも音楽ばかり聴いていた。リクエストは出来ないけど、ただ流れてくる曲を聴いているだけで楽しかったし、マネして歌ったりしていた。

 同時に、ラジオを聴くようになってから何も音がしないという事に急に寂しさを感じるようになっちゃって、電池が切れてラジオがつけられなくなった時は一人で歌う様になった。

 歌っているときはなんだか楽しかったし、気がまぎれる気がした。一人で歩いていて周りに誰もいないときや物静かで心細いときは、歌っていればなんとなく心強くなるからずっと歌っていた。

 音楽がどんなものかは全くわからない。図書館で音楽の本を読んでも音が出せないからさっぱりわからない。私にとってラジオから聞こえるものが音楽のすべてだった。なんとなく童謡や民謡の歌詞を覚えておいて、それがラジオでたまに流れると知ってる曲だと嬉しくなる。でも、オーケストラ音楽も良いと思うし知らないポップスなんかも大好きだ。

 ラジオを手に入れてからの私は今までよりも少しだけ楽しく過ごしていた。

 

 独りぼっちだった日々も少しだけ変化があった。

 暗い夜道、街を歩いていた時の事。それは道の真ん中に不自然に置かれていた。

「なんだろう?」

 コンビニのビニール袋に入った未開封のお菓子、ビスケットとオレンジジュース。そしてメモ帳の切れ端のようなもの。

“いつもかわいい声で歌っているあなたへ”

 メモにはそれだけ書いてあった。

 もしかして私の事かな?けど、誰が私にこれをくれるのかは全く心当たりがない。誰にも見つからずに独りで生きている私が誰かに見つかっていることになるからだ。

 けど、その日はゴミを漁っても食べられるものが無くて何日もご飯を食べられなかった時だったから、全く我慢が出来ず持っていってしまった。普段ならきっと警戒して食べなかったと思う。

 そのお菓子もジュースも何処にでも売っているような物で特に怪しい所もなく、結果的には食べても大丈夫だった。おかげで、私は飢えをしのぐことができたのだった。

 その日からこんなことが度々起こるようになった。

 何日かした後、またそれは不自然に道の真ん中に置かれていた。メモも入っていた。

“いつもかわいい声で歌っているあなたへ”

 前回と全く同じ文章だ。

 その日はご飯が食べられたから多少余裕があった。だから私は少し警戒して、誰かが見ているんじゃないかと周りを色々と探してみたけど見つからなかった。

「誰が私にこれをくれるんだろ?」

 袋に入っていたのはチョコレートとグレープジュースだった。未開封なのを確認し、持って帰った。

 一体誰なんだろう。

 私の事を見ている誰かが置いてくれているのは嬉しいけれども、やっぱり不気味だった。その誰かは私の事をよく知ってくれているようで、いつしかお菓子と手紙以外にも色々くれるようになった。

 或る日は――

「あれ、新品の電池が入ってる」

 私が電池を漁っているのを知っていたみたい。

 手紙には“ラジオでも聞いてるのかな?”と書いてあった。

 さらに別の日は――

「日々季ちゃんのCD?」

 その日の手紙には“日々季がついにベストアルバムを出したんだ”と書いてあった。

 手紙を書いてる人の字はなんとなく嬉しそうに感じた。

 また別の日は――

「なんだろうこれ?髪留めかな」

 布で出来た髪留め。後で知ったんだけどシュシュっていうものらしい。

「そういえばずっと髪を切ってないもんね」

 新品の可愛い髪留めは、ボロボロで小汚い私の服にはとても不釣り合いな物だったけれど、私は嬉しくなってすぐにつけてしまった。頭の後ろでポニーテールにしようと思ったけど上手くいかなくて少し左側にずれていた。でも、これはこれで可愛いからいいか。

「今日の手紙は何が書いてあるんだろ」

“たまにはオシャレするのもいいかもね”

 余計なお世話と感じつつも、私も女の子なんだと改めて感じたのだった。


 そんな日々が1年近く続いた秋の日。10月も終わりだというのにその日は季節外れの台風で、とても寒い日だった。

 その台風は、少なくとも私が独りで生きるようになってから経験した中では一番強かったと思う。ラジオで台風が来ることはちゃんとわかっていて、大切な物や必要な物は雨風をしのげる場所に移したりもしていたけれど、色んなものが飛ばされたり濡らしたりしてダメにしてしまった。

「こまったな……カバンもびしょ濡れ……」

 拾ったリュックサックの中に何枚かのタオルや着替え、それとラジオを入れて背負っていた。万が一に備えて持ち歩いていたけどダメみたい。

「あとはどこで一晩過ごそうかな……」

 広めの鉄橋の下の歩道、雨宿りをしながら私は途方に暮れていた。

「寒い……怖い……」

 今までも台風の日は何度もあった。建物に忍び込んでやり過ごしたり、今日みたいに屋根のあるところでうずくまって止むのを待ったりしていた。

 けど今日は違う。いつもより雨も風も強くて沢山吹き込んでくる。タオルも毛布もダメにしちゃったから暖も取れない。

「おかしいな……何で震えてるんだろ……こんなのいつもの事なのにね……」

 寒い。気温も低いし風も冷たい。びしょ濡れの服を着てうずくまっているだけの私の身体はとても冷たくて、膝を抱えている自分の手から伝わる冷たさでもっと不安になった。

「私、明日までちゃんと生きてるかな……大丈夫だよね……?」

 不安になって独り言も多くなる。いつもなら気晴らしで歌っていたけど、今日はそんな元気もなくなっていた。

 イヤだ。死にたくない。そんな想いが頭の中いっぱいになる。

 いつもだったらこんなに不安にならなかった。寂しくもなかった。

 でも、今でも独りぼっちだと思ってた私は誰かもわからない人から物を貰ってしまっていて、気が付けば私は誰かに助けられて生きていた。

 餌付けされた野良犬はもう野良じゃない。

 独りであることが突然怖くなって、私は寂しくなった。寂しさで押しつぶされそうになった。

「誰か、助けて……」

 そんな都合のいい人は現れない。

 隠れて生きてきた私を助けてくれる人なんていない。私はいつだって独りだったんだから、そんな事を祈っても意味はない。私にいつも色んなものをくれる誰かがきっと私を見つけてくれる。そんな事を考えてもみたけど虫が良すぎる。

 結局私は大人になれずこんな所で死ぬんだ。

 身体の震えは止まらず、眠ってしまえば自分でもわからないかな、と眠ることにした。

 独りで、寂しくて、身体はもっと冷たくなって、死ぬってこういう感覚なのかな。でも、思ったより苦しくないからいっか。

 目をつむると私の意識は無くなった。

 死ぬ前に暖かい夢を見られればいいな――



 その夢はとても暖かかった。

 春の陽気でも夏の日差しでもない、感じたことのない暖かさだった。

 走馬灯ってこんなのだっけ?

 目を開けると、私は誰かにおんぶされていた。私をおんぶしてくれるその背中は大きくて暖かい。

 私を背負ってくれているこの長い髪が綺麗な女の人は誰だろう?

「起きちゃったか?大丈夫だ。もうすぐ着くからな」

 ママはこんな人じゃない。こんなに優しくない。ママは私の手を引いて引き摺ってばかりでおんぶなんて一度もしてくれたことはなかった。

 私は少しだけ力を強くしてその背中につかまる。

「うん……」

 今まで生きてきてこんなに安心したことは無かった。私はその優しい背中に安心して再び眠りにつく。

 これは本当に夢?私は何を見ているの?

 こんなもの、私は知らない。けど、どうせ死んじゃうならいいかって、そのまま夢に甘えようと思った。

 私にとって初めての優しい、暖かい夢。

 

 目を覚ますと、目の前に広がる光景は知らないものだった。

 私はどこかのお部屋のベッドで寝ていた。

「ここ……どこ?」

 窓からカーテン越しに差し込む強い日差しで目が覚めたみたい。

 これは夢?現実?やっぱり私は死んじゃったのかな。でも、死んだら知らない部屋に連れていかれるなんて話は聞いたことはない。

 こういう時はほっぺたをつねるといいって話だけど……

「痛い……」

 現実だ。

 鉄橋の下で眠っていた私がなんでベッドで寝てるんだろう?

 それにしても……

「お布団てこんなにあったかかったんだね」

 アパートを追い出されて以来の久しぶりの感覚だった。いつもはしなびた毛布やタオルを何枚も巻いて寝ている私にお布団は全く縁は無かった。ふかふかのベッドに興奮して楽しくなって、意味もなく転がったり跳ねたりする。

 少しだけベッドで遊んだ後部屋を見渡す。

 それほど広くない部屋に色々と特徴的な形をしたケースらしきものが整えて置かれていた。

「この形なんだろう?」

 ひょうたんみたいな形をしたものや長方形のケースもある。

 部屋の中央に置かれたテーブルにはノートパソコンが置いてあった。

 物は沢山あるけどとても整頓された綺麗な部屋だった。きっと家主は真面目で綺麗好きな人なんだろう。

 そして次に考える事は、

「これからどうしよう……」

 という事だった。

 よく見てみると私が今着ているものはどうやら新品のパジャマで、元々私が来ていた服はどこにあるのか全く見当たらない。カバンは玄関の近くに置いてあったから中身を確認しに行く。

「ほとんど無くなってる」

 ラジオとCDは残ってたけど替えの服やタオルは無くなっていた。

 着替えが無ければ部屋から出るのは考え物だし、今着ている新品のパジャマを勝手に貰っていくのは気が乗らない。

 そう悩んでいると玄関の扉から鍵を開ける音がした。私は急いでベッドへと戻って潜り込む。

「ただいまー」

 女の人の声だ。

「荷物どこ置けばいい?」

 別の女の人の声もする。

「邪魔にならなきゃどこでもいいよ」

「じゃあここ置いとくね」

「うん。ありがと。悪いね、たまの休みに。アタシは女の子の服なんてわかんないからさ」

「あなたも女でしょ。まあ、リュウが私に頼み事なんて珍しいから呼んでくれて嬉しかったけどね」

 このお部屋はリュウって人の部屋なんだ。

「この前のシュシュもそうだったけど、小学校くらいの女の子の服買うって、何かあったの?」

「座敷童を拾ったんだ」

 小学校くらいの女の子?座敷童?

「座敷童?」

「そう。座敷童」

 と、私の被っている布団に手が置かれた。

「寝返りうってるってことはちゃんと生きてるな」

 そうか。私は死ななかったんだ。この人が助けてくれたのかな?

「座敷童って、何拾ったのよ」

「女の子」

「は?」

「訳あって探してた子なんだよ。まあ、この話はまた今度な」

 もう一人の女の人はあんまり納得してなさそうだけど、いつもの事だからって深くは聞かないみたい。

「あとはアタシ一人で大丈夫だから。今日は付き合ってくれてありがとうな」

「うん。今度ちゃんと話してね。またね」

 そういってその女の人は部屋を出て行った。

 私はどうしよう。寝たふりのままお布団から顔を出せないでいる。

 と、家主の女の人、リュウさんは一人話し始めた。

「知ってるか?座敷童ってのは見つけると幸せになれるんだってさ」

 知ってる。図書館でお化けの図鑑を見たときに載ってた。

「アタシがお前にお菓子を置いていくようになってさ、ちゃんと持って行ってくれたのは嬉しかったな。アタシの事に気付いてくれてるんだって」

 あなたが私に色々くれてたんだ。私も嬉しかった。私にとっても、あなたは私に気付いてくれた人。

「でも見つける事は出来なかったよ。いつまでたっても一方通行でさ、アタシの方から物を上げたり手紙を付けたりすることはできたけど、お前はアタシには何も言ってくれないもんな」

 そうだった。私はこの人に貰ってばかりで何もお礼をしてない。

「何が欲しいのか全然わかんなかったけど、いつも聞こえてる歌声で何が欲しいか考えて色々買ってみたけど合ってたか?」

 あれ?私の事を見つけてくれたわけじゃなかったんだ。電池とかCDとか嬉しかったな。でも髪留めは何でだろ。

「アタシさ、色々ダメになっちゃって、全然やる気もなくなっちゃって、もうイヤだってなった時にお前が歌ってるのが聞こえてきて、そしたら元気が出てきたんだ。色々プレゼントしたのはそのお礼」

 違う。お礼をしなきゃいけないのは私の方。何もない私に色んなものをくれたんだもの。

「こんなの寝てる時じゃなきゃ恥ずかしくて言えないよな」

 実は起きてるけどね。

「それでさ、いつかちゃんと会ってみたいって思って一つ目印を作ろうって思ったんだ」

 もしかしてそれがこの髪留め?

「もし髪が短かったらどうしようって思いながら袋に入れといたけど、ちゃんと付けてくれててよかった。そうじゃなきゃ、見つけられなかったから」

 え……

 この人は私を探してくれていたの?

「あんな大荒れになるって聞いて、嫌な予感がしたからあちこち探しまわって、そしたら街はずれの鉄橋の下で寝てる子がいたから見てみれば、アタシが買ったシュシュを付けてたんだ。きっとコイツに違いないって思って。本当、ちゃんと見つけられて良かった」

 この人は私をずっと探してくれていたんだ。それもあの大雨の日だけじゃなくてずっと前から。

 私は何も持ってない。まだ子供で働けない。お金も無い。勉強もしてないから頭も悪い。それでも、私はこの人の為に何かしてあげたいってとても強く思った。

 この人は生まれて初めて私を気にしてくれて、私を見つけてくれて、私を助けれくれた人。

 だから私は勇気を出して、いつもは誰とも話さないようにして隠れて生きてきた私が、とても久しぶりに、人に声をかけることにした。

「あ、あの……」

 布団から頭を半分だけだして声をだす。とってもか細い小さな声。でもこれじゃあきっと聞こえない。私の口はまだ布団で隠れている。

「あれ、もしかして起こしちゃったか?」

 聞こえていた。

 私は寝てる身体を起こして続ける。

「えと、その」

 でも何を言ったらよいのかわからない。人と話す事なんて滅多に無かったから。ママも私とのおしゃべりは全くしてくれなかったから。

「えーと、あの、その」

 ダメだ。全然言葉が出ない。言いたい言葉はあるのに、なんて言ったらよいのかわからない。

 そうだ、思い出した。感謝の言葉だ。まだ私は今まで一度も声に出して人に言った事のない、でも歌ったことはある言葉。

「ありがとう」

 言えた。

 そしたらリュウさんは、

「あたりまえだろ、あんな所で寝てる子供置いていけるわけないじゃないか」

 笑顔でそう言ってくれた。

「もしかしてアタシの独り言全部聞いてた?恥ずかしいな……」

 私の初めての感謝の言葉にその人は喜んでくれて、私も嬉しくなった。

「やっと会えたな、座敷童」

「何で座敷童なの?」

「座敷童みたいだろお前?」

「そうかなあ」

 いろいろと他愛のない会話を続けて、おしゃべりに慣れてきたところで私はその人に質問をした。

「あの、何で私を探してくれてたの?」

 リュウさんは少し考えた後話してくれた。

「アタシは無理して頑張って、何とか結果は出してきてたんだけど、親友の為に絶対に失敗出来ないって考えながらやってたんだ。失敗を怖がっていつもプレッシャーに押しつぶされそうになってさ。アタシはそうするといつも酒を飲みに出かけては呑んだくれて自棄になってた。正気でいるのが嫌で酒で誤魔化してた」

 そう話す姿は少し悲しそうだった。

「それで、夜道を酔っぱらって歩いていると時々綺麗な歌声が聞こえるんだ。その歌は童謡だったり流行りの歌だったり、たまに私の作った歌だったりしてさ」

 今度は少し楽しそうに話してくれた。

「そしたら何か元気が出たんだ。いつまでもこのままじゃいけないって。自分の為にも親友の為にも、それ以外にもアタシ達を気にかけてくれている人達の為にも。だからどっかで決めようって、一生懸命生きてるお前みたいに、惨めな結果でも強がってみようって思ったんだ」

「もしかしてそれって」

「そう、お前だよ」

 誰かに歌ってるのを聞かれてるのってちょっと恥ずかしいなって初めて思った。

「歌を聴きたいがために散歩して待ってたり、聞こえてくると安心して、逆に聞こえてこない日は病気にでもなったんじゃないかって心配にもなっちゃって」

「わざわざ聞くために待ってたの!?」

 初めてそういう事を言われて、とても恥ずかしくなった。

「そうそう。だから昨日は天気が悪くなるって聞いていてもたってもいられなかったんだ。あんな天気じゃどうなってるかわからない。絶対に見つけてやるって意地になって探してた。それでさ」

 リュウさんは私の頭にポンと手を置いて、

「ちゃんと見つかってよかった!」

 笑顔でそう言ってくれた。

「ありがとう。私を見つけてくれて」

 こうして誰かとおしゃべりするのってとっても楽しい事なんだって初めて思った。ママは私に色々押し付けるだけでとても会話とは言えなかったから。それで私は急に、なんて言ったらいいんだろ。

「う……うう……うえええええん!」

 訳もなく泣いてしまった。

「なんだよ、突然泣くなよ!」

 リュウさんはそんな私を優しく抱きしめて、

「よしよし、よく頑張ったな」

 そういって、私の頭をなでてくれた。

 

 ひとしきり泣いて落ち着いたあと、これからどうしようかと考えた。

「そういえば私の服は?」

「汚えから全部捨てちまったよ」

 そんな!私それじゃあここから出られないじゃない!

「その代わり新しい服買ってきたんだ。ヒビキに選んで貰ったから全部可愛いぜ」

「え?」

 よくわからない。

「ああ、ヒビキってのは私の親友でさ、私なんかよりよっぽど可愛い女の子の事でさ」

 違う、そうじゃない。

「……帰るところなんてないだろお前。ここに居ろよ」

 よくわからない。

「ええと、どういう事?」

 私はこのお部屋の人じゃないから出ていかなきゃいけない、と思う。

「ここで一緒に暮らさないか?アタシが世話してやるからさ」

 やっぱりよくわからなかった。ううん、ちゃんとわかってたんだ。

「えっと、多分すごく嬉しいと思うんだけど、なんて言ったらいいのかわからないの」

 私はこの人に恩返しはしたいけど迷惑がかけたいわけじゃないんだ。一緒にいていいって言ってくれたのは本当に嬉しいんだけど、それはきっと違うと思う。だから私は自分の思った通りの事を言った。

「私、私を助けてくれたあなたにお返しがしたいと思ってる。けど、一緒にいたら絶対に迷惑かけるばかりになっちゃって、そんなの私は嫌!」

 そうしたらリュウさんは優しい顔で、

「子供がそんなことを気にすんな。だったら大人になったら返してくれればいいよ。これから迷惑かける分も全部さ」

 もう一度抱きしめて言ってくれた。

「なんでそんなに優しいの……私わかんないよ……」

 また泣きそうになった。この人の優しさが全然わからないんだ。

「こうして会ったのは今日が初めてだけど付き合いはもう1年くらいだろ?」

 リュウさんが私に手紙をつけてお菓子をくれるようになってからそれだけ経っていた。私は何の言葉も返せなくて、それでもこの人は私に色々くれて、そんな関係がもうそれなりに長く続いていたんだ。

「本当にいていいの?」

「うん。子供なんだからさ、もっと子供らしく甘えろよ」

 そんな事を言われると、その通りに甘えてしまいそうだ。

「ところでお前、名前はなんていうんだ?」

「名前…?」

 そういえばずっと名前なんて呼ばれてなかったし、自分で名乗る事も無かった。だからすっかり忘れてしまっていた。

 しばらく考えたらちゃんと思い出せて、

「カナン……オキタ、カナン」

 それが私の名前だった。

 

 ふと見ると、カレンダーがあった。 

 今日は……11月1日。私の誕生日だ。

「うん。今日、12歳になったの」

「そっか。おめでとう」

 最悪の誕生日から野良犬になった私はその日、野良犬をやめた。

 私の歌が繋いだリュウさんとの出会いの日。迎えた12歳の誕生日。

 私は、普通の女の子になった。

 

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