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1-4オルフィンの亡霊








「なっ、なんだ?一体?」


 白い甲冑の戦士はうろたえたように声を上げる。


生きた(リビングメ)(イル)みたいなものか?」


 がちゃ、とまっすぐに立ち上がり、戦士を改めて見た。


 兜はこちらの着ているものと同じく、フルフェイスで顔ほほとんど見えず目だけがわずかに見える。


 戦士がまとっているのはオルフィン正騎士団のものによく似ていた。


 似てはいるが知っているものが見れば違いがわかっただろう。しかし、それを知るものは他にいない。


「やる気か?」


 戦士がようやく剣を抜く。明らかに戦いに慣れていなかった。こちらは剣を抜かず、ただ問いかける。


「”お前は何者だ?”」


 白い兜の向こうでたじろいだ気配がした。こちらの鎧の効果で声は禍々しい響きに変わっている。それを恐れたのか、あるいは口を聞くとも思っていなかったのか。


「オルフィンの王子、オルロット」


 まっすぐにこちらに向き合い、彼はそう言った。嘘とは思えないほどはっきりした声だった。


「貴様こそ何者だ?絶望の断崖を越えて来たように見えた。魔王領から来たのか?」


 答える前に考える。


(せっかくこちらの正体が不明なんだ。できるだけ素の自分を見せないほうがいい。普段の口調と違う口調にしとこう。)


「”そうだ。は――――”」


(どう答えるべきだろう。ゾダンと名乗れば今後人間領に使いに行くとき問題が起きるかもしれない。)


 少し考えてこう名乗る。


「”暗黒騎士オルロット。お前の影だ”」


 戦士はそれを聞くと鎧越しにもわかるくらい動揺した。


「何?」


「”オルロット、私はお前自身を倒すために使わされた影法師だ。”」


「――――ふざけるな。名を名乗れ」


「”ふざけてなどいない。私にはお前に名乗るべき名前がない。オルロット(オルフィンの亡霊)を名乗るのが相応しいだろう。お前を倒すことでその名を語ることができる。”」


ぼくになり替わる気か?魔物め。」


 言いながら、チャキ、と音を立てて剣を構えなおす。すぐにも切りかかってくるように見えた。剣先がまっすぐにこちらを指す。


「そんなことはさせない。」


「”よくぞ言った。ならば教えてくれオルロット。”」


 半身に開き、右手一本でナイトブレードを構える。紫色の剣先を相手の兜へ合わせた。


「”オルフィンの第一王子オルロットは七年前のあの日、死んだはずだ。改めて問うこととしよう。何者だ、お前は――――?”」


 戦士オルロットの動きが止まった。


「なぜそれを知っている?」


 問いかけにこちらが答えるよりも早く、オルロットは大地を蹴った。


「何者だ、貴様――――ッ!?」


 ロングソードを振りかぶり、こちらへ向かって突進する。


 片刃剣を両手に持ち直し、振り降ろされた剣を切り払う。


 ギィイイン、と鈍い金属音が響いた。互いの剣が傾いた十字を描く。


「”言ったはずだ、お前の影だと。オルフィンの亡霊。”」


「くっ、バカなことを言うな!」


 打ち合った剣がくん、と角度を変える。

 こちらの力を利用して刀身をひねり、自分の肩につけるようにして柄をこちらへ向けて潜り込もうとする。


 相手の左側へこちらも回りこみ、相手の剣を叩き落す。


 しかし、身を引いてその力も利用され、剣が瞬いた。


「はあああああああ!」


 こちらの左からかちあげる一線。柄を顔の横まで引き上げ、剣線を下に向けて全身で受ける。


 互いの剣が地面を指し、再び斜めの十字を描いた。


 にらみ合うように視線が交差し、どちらともなく剣を切り払って一度身を引く。


 わずかな撃ち合いだけれど、相手のほうが力量レベルが低いことがわかった。


 動きに無駄が多い。おそらく剣が合っていない。あるいは鎧にも慣れていない。


 武器の差がある。鎧に差はないかもしれないが、技量にも大きく開きがあった。


 剣筋がなっていない。鍛え方も足りない。いい師に恵まれなかったのか、実戦が足りないのか、戦闘に不向きなのか、あるいはその全てか。


「はぁ、はぁ、ふっ、」


 証拠に、既に息が切れかけている。


 一つ間違えば死ぬ、命のやり取りだ。金属鎧を着込んでも、それは変わらない。いや、着込んでいるからこそ武器《剣》で負け懐に入られれば後がないことを知っている。剣で敗れれば組み伏せられ、兜を脱がされ殺される。それがわかっているだけマシかもしれない。


 重圧は精神をすり減らし、体力の消耗を早める。強敵と戦ってこなかったのだろう。


 これなら僕でも倒せる。何も恐れることはなかった。しかし、


 チャキッ。


 剣を構えなおす。魔王の恐れる英雄だ。気を引き締めなおし、ここで全力で倒すことを決意する。


「”ふっ”」


 呼吸を入れなおし突進する。相手の間合いはわかった。こちらの太刀筋のほうが重い。ならやることは一つだ。


「”はあああああああああああああ!”」


 振りかぶり、兜を勝ち割るほどの剣撃を叩きつける。


 反応の一瞬遅れたオルロットがこちらの一撃を剣で受けた。


 ギィン、と鈍い金属音がした。しかしこちらが受けたときとは違う。


 折れた剣が空中を舞った。あわてて引こうとするが遅い。


 腕の一本くらいは覚悟してもらおう。右腕の辺り、鎧の継ぎ目を狙って渾身の突きを放った。


「ぐあっ!」


 継ぎ目に刺さった剣が肉を抉る。痛みに剣を握る右手が離れた。


 すかさずそれを蹴飛ばす。断崖に落ちればいいと思ったがその寸前で止まった。


 どちらにせよもう決着はついた。後退し、距離を取ったオルロットに宣言する。


「”テルミニアで真実を話せ。そうすると約束するなら、命までは取らない。”」


 しかしオルロットは首を振った。


「真実……?ははっ。何を言っているのか、わからない」


「”とぼけるな。お前はオルフィンの王子オルロットではない。”」


「いいや、ぼくがオルロットさ。そのうちわかる。オルロットによって、オルフィンの復讐は果たされるんだ」


「”その日は来ない。ここで死ぬのなら”」


ぼくは魔族には屈しない!たとえ死んでもお前たちを呪い殺す!」


 凛とした声で彼は宣言した。ああ。確かにそうかもしれない。死ぬまで自身を曲げず、何もかもを変えていく。英雄とはそういうものだった。


 決意を決める。できるだけ傷つけたくなかったけど、動けなくする。それから魔王領へ捕虜にするしかない。


 駆け出した。再び間合いに入り上段から肩口に斬りかかる。


 オルロットが両腕を交差させ、小手で受けようとした。だが受けきれない。右腕に力が入っていなかった。


 左腕、右足、左足を順に突き、そのたびにオルロットが苦悶の声を上げる。


「く、う」


 無数の突きを受け、その姿は既に立っているのもやっとだ。もう終わらせてやろう。


 密着し地面へ引きずり倒す。そして兜に手をかけた瞬間、


 空間に響くような声が聞こえた。


「火炎空渦《フレイムストリ―ム》!」


 反射的に声の方向と直角に飛ぶ。直前までいた場所を真横に走る炎の渦が走った。後一歩で燃えていたかもしれない。


 オルロットが逆側に転がり、起き上がる。炎の生まれた場所を見ると、つばのある三角帽子を目深にかぶった女がいた。片手には古びた木の杖を構え、こちらに向けている。炎は杖から生まれていた。


「”誰だ?邪魔をするな”」


 魔女は答えず、ば、と左手を開いて構えた。瞬間、その中心から火の玉が生まれ、こちらに向かって飛んでくる。無詠唱魔法だ。


 オルロットへの追撃を加えようとしても、それを阻むように続けて火の玉が放たれた。


 交わしているうちにオルロットが折れた剣を拾い、魔女のほうへ後退して行く。


「あっちが悪いでいい?見た目的に」


「ああ。ありがとう。えっと、」


迷いの森(シェイドリード)の魔女。名前は、――――好きに読んだらいい。」


 魔女の放つ火の玉の感覚が短くなった。このままではかわせなくなる。


 その前に少しでも近づこうと走った。


「そこっ!」


 いくつもの火の玉が放たれる。覚悟して一発を受けた。


 甲冑の手甲が燃え上がる。しかし痛みはない。


「効果薄い?反魔装甲アンチマジックアーマーか。じゃあこれはどう?」


 ぼ、と右手の周りに炎の渦が生まれる。


「火炎空渦《フレイムストリ―ム》!」


 放たれた炎の渦を反射的にかわす。攻撃魔法は弾けるらしいが、そういった金属は昔からあるため対策も研究されている。未知の魔術師と戦う場合は魔法を受けないのが基本の戦い方だった。


 もう目の前にオルロットがいる。こちらの目的は1人だ。


「やあああ!」


 折れた剣でオルロットが切りかかってくる。負傷し、間合いに差があるため斬るのはこちらのほうが早い。しかし、


 ギン!


「火炎空渦《フレイムストリ―ム》!」


 剣を受けた瞬間を狙って炎が放たれる。あわてて右前方へ飛んだ。


 オルロットと魔女を射線上に重ね、金属鎧の腹を打ち付ける。


「ぐっ」


「ちっ!」


 うめく声と舌打ちが重なる。こちらの目的はオルロットだけだ。


 再び斬りつける。ダメージを与えればよし、受けられても剣さえ落としてしまえば組み伏せられる。傷ついた状態ではこちらの力に抗えない。


 ギィン!


 折れた剣で受けるが、傷ついた両腕に力はなかった。力で押し切ろうとした瞬間、声が響く。


「『悪しき傷よ、天空てんの慈悲によりて退け』」


 声のしたほうを見る。かなり離れた場所に、法衣を着た女性が見えた。


「『――――天の癒やし手!』」


 パァア、とオルロットの体が光り輝く。


 神官ホーリーシャーマンか。人の力を回復させたり増幅させたりする不思議な力を持つ。


 剣にこめられた力が戻り、魔法をかわしながら力で押し切ることは難しそうに見えた。後退する。


「火炎空渦《フレイムストリ―ム》!」


 その一瞬に炎の渦が走り、オルロットとの間に割って入った。


 長いスカートをつかみ、神官の女性が走ってくる。


「大丈夫ですか!?」


「助かった。君は?」


「フローリアンと言います。修道院の使いで王都に来たのですが、ふとこちらに来たら、戦っているのが見えて」


「これで3対1ね。どうする気?まだやる?」


 魔女が杖をつきつけ、目線は見せないまま不敵に笑う。


 不利とは言え、こちらが着ているのは魔法を弾く鎧だ。オルロットとは力量の差があるし、神官の女性には負けないだろう。


 多少向こうが強いから逃げるようでは勝てるものも勝てない。


 だが、ここは引いたほうがよさそうだ。


 ミュディア様の言葉を思い出す。


 『なんやかんやで倒されてしまい、レベルがいっきに跳ね上がる。』


 潮時だな。なんかほっとくとぽこぽこ仲間が沸いてくるやつだろこれ。


 崖に向かって飛べばウルシエラが受け止めてくれるはずだ。


「”勝負は預けよう。オルロット、魔族を呪うのはやめろ。これは忠告だ”」


「なっ待て!」


 無視して絶望の断崖に向かって飛ぶ。


 後は落ちる途中で受け止めてもらうだけだ。


 ひゅるるるるるるるるるるううううううううううううううううううううううううううううううううううううう。


 長いな。だいぶ下のほうにいるのか。


 ひゅうるるるるるるるるうううううううううううううううううううううううううううううううううううううう。


 おいちょっと待て。


 ひゅるうううううううううううううひゅるるるるううううううううううううううううううううううううううう。


 いつまでたっても受け止められない。そのうち、崖の切れ間にある光が細くなってきた。


「ちょっ、あの、―――――ウルシエラさん?」


 返答はない。


 しまった。魔族きぶんやを信じてはならなかった。せめて下見てから落ちるべきだった。


 あわてて姿勢を制御し、崖のほうへ近づこうとする。


「くそ、後ちょっと、後ちょっとなんだ!」


 手を懸命に伸ばすが届かない。内側へ飛びすぎた。だって想像できるかこんなの。ワープ地点が落とし穴とかずるくない?


 もがいている途中で視界になんかがいるのが見えた。


「すやすや、ぐうぐう。」


 器用に飛んだまま胡坐をかいて眠っているぼけぼけ淫魔だ。


「ウルシエラー!寝てないで助けてくれー!」


「あれっ?あっ。寝てたわ。やばー。」


 こちらの声に目覚め、寝起きの淫魔は上に向かって飛ぼうとする。


「そっちじゃない、こっちこっちー!」


 落下速度がどんどん加速する。もうウルシエラが小石のように小さい。


 何とか声は届いたようで、ものすごい速度で飛んできたウルシエラに肩を掴まれた。徐々にゆっくりになり、やがて滞空する。


「た、たすかった……」


「このウルシエラさんに感謝してよね?」


「なんで寝てるんだよ!」


「いやー昨日寝てなくてさー。ごめんごめん。で、どうだった?」


「失敗した。眠いとこ悪いけど、魔王城まで頼むよ」


了解りょ


 ばさ、と開かれた翼がはためき、崖を斜めに飛び上がっていく。








「失敗したか。」


 会議室で僕とウルシエラの報告を聞き終えたミュディア様はやたら嬉しそうに笑った。


「これはお仕置きが必要だな。そうだな?」


 うずうずしながらまおーさまが言う。


「楽しんでる場合ではないですよ魔王様。どうするんですか。」


「会ったこともないらしい仲間を呼ぶとはな。1人は魔女と言ったか」


「はい。シェイドリードの魔女と名乗っていました。」


迷いの森(シェイドリード)か。この地図の下にある、古くより強力な魔女が住むとされる広大な森だ。一部の場所は入ったら迷い出て来れないと言われている」


 地図の下にある森を指差す。


「地図の左右にあるテルミニアとオルフィンの国境の役目も果たしていた森だな。今は魔王領と人間領を隔てている。」


 地図には滅びたオルフィンが記載されたままだ。しかし魔王領になっている。


「もう1人、神官らしき女は?」


「フローリアンと名乗りました。」


 す、とウルシエラがテルミニアの左下にある、海側に突き立った海岸を指し示す。


「テルミニアの左下にある岬の修道院にいる神官見習いだね。今代唯一の”聖女”とされているヤツ。」


「手を組むとすれば厄介だな。ゾダンに与えた魔導球鎧ダルムヴァールもそうだが、魔法に強い魔族も本物の奇跡は効く。魔法への抵抗力と奇跡への抵抗力は違う。聖人の力は別種の力だ。」


「それでさ、どーすんの?ほっとく?」


「ふーむ。ゾダンが失敗したのであれば、やはり直接の戦闘で倒すのは無理かも知れんな。どうしたものか。」



 ミュディア様は考え込むように腕を組んだ。それからこっちに問いかける。



「ゾダン、何か意見はあるか?」


 ふむ。


 正攻法が無理なら、からめ手しかなさそうだ。


「あのオルロットは偽者です。その事実を人間に広めましょう。」


「ふむ、確かにそれが可能であれば、あの英雄はオルロットではなくなる。取れそうな策の中では堅実な策と言える。」


「でもどうやって?」


「町にいる魔族を使っては?」


 テルミニアに限らず、人間と共生している魔族は多い。


「それが理想だが出所が分かれば危険が及ぶ。英雄の出現に士気が上がった今なら、そうなる可能性のほうが高い。」


「まあね。正直危ないよねー。見つかったら逃げればいいけど、あっちの子達はそれなりに幸せに生活してるからね」


「それを壊したくはない。ゾダン、そなたに任せられるか?」


 やっぱりそうなるか。予想できていたことだ。


 幸い、こちらの声も顔も名前も割れていない。わざわざ口調も変えておいたし、僕が人間領域に行ってもまずバレないだろう。


「やってみます。」


「ではテルミニアへ向かえ。英雄の拝命式を行う前に止めなければならない。方法は任せる。わが騎士よ!」


 ミュディア様はわが騎士と言うフレーズが気に入ったようだった。








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