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1-2お役所ダンジョン








 会議室の机にはこの地方の地図が広げられていた。


 おおまかには楕円形に近い島が描かれており、いくつかの町の名前が並んでいる。


 ミュディア様はその上端の文字を指差した。


「ここが我々の魔都ミュディオン。そして絶望の断崖を挟んで、」


 指を地図の左側、真っ暗に塗りつぶされた地帯の向こうへ動かす。


「現在、人間側の最大の都市である王都テルミニアがある。」


 更に右下へ指を動かす。そこには森が描かれていた。


「ここにあった魔族の隠れ里が襲われた。力が弱く、ろくに武装もしないものたちが細々と住んでいた場所だ。長い間住んでいた村を捨て、魔族領へ庇護を求めに来た。」


 珍しい話ではない。この地方では昔から魔族が人間たちに追われ、住処を奪われている。


「また盗賊団?」


 ウルシエラも同じように考えたらしい。しかしミュディア様は首を振った。


「住んでいた魔族の話では、英雄を名乗る人間だったらしい。それは珍しいことではない」


 そのとおりだ。


 悲しいことにこの世界で英雄は、名乗れば魔族には何をしても言いという免罪符に使われている。


「それだけならいつも通り秘密裏にごにょごにょすればよいのだが、問題なのは名乗った名前でな。」


「名前?」


「――――オルロット。」


 びくん、と体がこわばった。


「そもそもこの地において本物の英雄とは一人だけだ。」


 苦々しい口調でミュディア様は続ける。


「わらわの父ミュダーザを倒し、聖地ミュダニアを奪い、我ら魔族の棲めぬ地と成したあの忌まわしき、英雄オルシャ」


 かつての戦いで魔族は魔王を失い都を追われ、一度散り散りになった。


 今の魔都はその後に再度作り上げられた場所だった。


「その直系の一族である王家の治めていたオルフィン王国。

 わらわが七年前に滅ぼしたあの国だ。

 ――――そなたは忘れようはずもないな?」


 右手で左腕を押さえるようにして、僕は答えた。


「ええ、もちろんです。」


 住んでいたオルフィンが崩壊し奴隷になった日のことは、忘れられようと思っても忘れられるものではない。


「ならばその名も覚えているだろう。

 ――――オルロット。

 オルフィンの王子の亡霊が、今、魔王たるわらわに牙を剥いている。」


 誰よりもよく知っている名前だ。

 しかし、それが事実のはずはない。


「――――ありえません。

王子オルロットはあの時死んだはずです」


「そぉだな。他ならぬそなたがそう言うのだから、間違いはあるまい」


 ミュディア様はにこりと笑い、指を王都の下のあたりへ移した。


「だが民衆は祭り上げられればなんでもよいのだ。この辺りの町では英雄の出現に歓喜し、いまこそ魔族を滅ぼすべきだと人間たちは盛り上がっているらしい。」


 それから指を王都へ戻す。


「英雄は王都へ向かったそうだ。

 まずいことにそいつにはオルフィン王家の正当な紋章がある。

 本物のオルロットであれ、盗人であれ、人間どもにとってはわらわたちを滅ぼすための起点と言うわけだ」


 言葉を切って、ミュディア様がウルシエラのほうを半目で見る。


「おいウルシエラ、ちゃんと話聞いておるか?」


「うーん。半分くらいは」


 ウルシエラは眠たそうに目をこする。


「わらわ珍しくまじめな話してるんだから聞いてほしい」


「おっけー」


「ともかく、ついにこのときが来た。運命はわらわに時間をくれなかった。運命の予言は開始された」


「予言ってなんですか?」


「ああ。話したことはなかったな。」


 こくりと頷く。


「その全貌には世界の全てが書かれているとされる予言書。大賢者ルチャスの残したものだ。

 その全てが我々に残されているわけではない。一部が断片的な石版や紙片として伝わっている。

 しかし残されたのは絶対的な予言だ。必ず起こる。」


「どのような予言なんですか?」


「その、だな。」


 目を逸らして言いよどむミュディア様に変わってウルシエラが口を開いた。


「『ミュデイアの時代、魔王は英雄オルロットによって滅ぼされ、魔族の営みは終わりを告げるだろう。』だっけ?」


 そんなにはっきり書かれているのか。


「予言されたものは変えられないのですか?」


 問いかけにミュディアさまは指をびっと二本立てて見せた。


「予言には二種類ある。未来予言と運命予言だ」


 立てた中指を折り人差し指一本にする。


「未来予言とは不確定な未来を予言するものだ。だいたいの予言とはこちらを指す。

 簡単に言えば、その予言を知るもの全てが予言を変える行動をとらなかった場合に起こる未来の予言だ。」


 確かに未来とは本来、不確定なものだ。人の行動でどのようにも変わる。


「たとえばわらわが『明日ゾダンはリンゴを食べる』と予言したとしよう。誰も何もしなければ、明日の食事にリンゴが出るだろう。」


 そう言って立てた指をすっと折る。


「しかしわらわが城中のリンゴを独り占めすれば明日並べるリンゴはなくなり、予言は外れることとなる。」


「方法が食いしん坊すぎませんか」


「そんなことはないぞっもののたとえだ!」


 取り乱して否定するあたりがミュディアさまなのだった。こほん、と咳払いをして続ける。


「もちろんゾダンがリンゴを食べることを拒んでもいい。どちらにせよ外れるための行動で予言を回避できるものを未来予言という。」


 言い終えるとミュディア様は今度は中指を立てた。


「そして運命予言だが……こちらは回避できない運命の予言だ。」


「なぜ回避できないのですか?」


「なぜならばその予言を知らせることも知ることも、それを受けての行動も、全て含まれている予言だからだ。全未来予言と言ってもいい。」


 立てた中指をす、と追って見せ、すぐにもう一度立てる。


「わらわがリンゴを食い尽くそうが空からリンゴが降ってくる。

 わらわがリンゴ大好き魔王になったのかと勘違いしたウルシエラが食事全てをリンゴ料理にする。

 ゾダンが拒もうと、不意に口を開いた瞬間にリンゴが投げ込まれ飲み込んでしまう。

 たとえば納屋に閉じ込めて防ごうとしても、寝ている間にネズミがリンゴを口に運んでくる。

 なんなら何かの魔法で胃に直接送り込まれる。食べたものがリンゴになるとかな」


 むちゃくちゃだ。


「これが運命予言、どうあがいても回避できない予言だ。」


 そのむちゃくちゃな事が起こるのが運命予言と言うことらしい。


「予言のほとんどは未来予言だ。中には予言後の未来まで読むものもあるものの、完全な運命予言ができるのは予言者の中でも一握り。ルチャスの予言は運命予言とされている。」


 変えられない予言なんてものが存在するのか、まだ半信半疑だった。


 しかしこのままでは英雄がこのどうやって倒すかわからないミュディア様を倒して魔族も滅ぶらしい。


 それはあまり僕にとって嬉しいことではなかった。


「それでさー。どーすんの?全面戦争?」


「いや、わらわに少し考えがある。」


 ミュディア様がこちらに顔を向ける。そして指先を魔都の右下の辺りへ動かした。


「まずはゾダン、『この世で最も深き闇』へ向かってくれ。」








 『この世で最も深き闇』はこの地方で最大のダンジョンになる。来るのは初めてだった。


 外から見るとまがまがしい雰囲気を放つ洞窟だ。


 魔王領でも1、2を争う魔獣の住処で、まともに攻略すれば数日かかるだろう。


 入り口には3mを超える見るからに強そうな門番Aと60cmほどしかない使い魔のような門番Bが二人、並んで周囲を警戒していた。


 門番Aに話しかける。


「すみません、ちょっといいですか」


「ああん?人間か?くっはははは!久しぶりの挑戦者か!」


「キェーッキェキェ!良くぞここまできた!真の地獄を見せてやろう!」


 ぼへっとしていたABがいきなり楽しそうに笑い出す。


「いや、テンションあがってるところ悪いんですけど、違います。」


「なに?では観光か?」


「ここの観光地化は旅行者が危ないから止めたんじゃなかったキェ?魔王領には治安の悪い場所もある。気をつけて帰るんだよ?」


「それも違います。ミュディア様から言われて財宝をひとつ借り出しに来たんですが」


「ああー。じゃあお前がゾダンか。」


「会ったことありましたっけ?」


「いや、会った事はないな。委任状はあるか?」


 頷いて財宝持ち出し委任状を渡す。


「筆跡も割り印も王印も確かみたいだな。じゃあ中に行けって言いたいとこだが、ここは初めてだな?」


「はい。」


「じゃあ入り組んでるから案内してやる。」


 門番Aはそう言うと、Bに尋ねた。


「ここは任せていいか?」


「キェー」


「よし、じゃあついて来い」






 やたらがたいのいい背中が暗い洞窟をずんずん歩いていく。たいまつを持ってついていくのが精一杯だ。


「よかったんですか?門番を離れて。」


「ああ。」


「しかし強い方が残ったほうがいいのでは?」


「もちろんそうだ。門番の役目は戦うことだ。強いほうが残るのは当然だろ?」


 小さいほうが強いのかよ。


「しかし奴隷ってのはほんとに首輪つけてんだな」


「まあ。そうです。」


 無意識に、鉄でできた首輪を触る。


 奴隷の目印代わりに、外に出るときは首輪をつける決まりになっていた。


「知ってたんですね」


「7年前魔王様が宣言したからな。オルフィンから捕虜・・を一人捕縛した。これを唯一の奴隷とし身分を保証する。金髪で前髪に黒の混じった首輪の少年を殺すことを禁ずるってな。確かそいつの名前がゾダンだった。」


 このダンジョンは魔王城から最も近い場所にある。話が届いていてもおかしくはない。


「オルフィンのことは聞いた。残念だったとは思わない。お前には悪いがな」


「いえ、気にしないでください。あなたが悪いわけじゃない」


「そう言えるやつは一握りだ。本心なら、信じるに値するだろう。……よし、後はいけるな。ここの通路をまっすぐだ。」


 そう言って門番Aは分かれ道の一方を指差す。感謝し、その場で別れた。


 ようやく財宝を持って帰れるらしい。どんな宝なのか楽しみだ。






「はい、では財宝持ち出し許可証を発行しましたのでこれをこちらの財宝の魔の鍵を持つ魔族の住む『石柱の間』までお持ちください」


 まだもって帰れないらしい。


 受付らしい部屋で委任状を渡し、待たされた後でそんなことを言われた。


「えっと、石柱の間ってどこですか?」


「分かれ道まで戻ってもう一方を進んで三本目の分かれ道で右に行った後左に下って右に曲がってすぐです」


 女性の魔族に聞くと丁寧に教えてくれた。しかしかなり入り組んでいた。


「えっと、案内してもらうことは、」


「申し訳ありませんが業務がありますのでできかねます」


 この事務的な対応である。諦めてお礼を言って説明どおりに進むことにする。






 えーっと、ここか。


 どうにか『石柱の魔』までたどり着いた。


 途中で大きな黒い犬みたいな魔物とすれ違ったり、巨大な蜘蛛が道をふさいでいたりしたけどなんとか通してもらえた。


 四角に整形された部屋の真ん中に大きな丸い石柱がある。それ以外には何もなかった。


「魔族ってどこにいるんだ?」


 疑問をつい口にする。すると石柱がぎゅるりと回転した。


 現れた部分には目と口があった。


「何か用か?」


 石柱型の魔族らしい。許可証を見せる。


「この財宝の鍵が欲しいんですが」


「わかった」


 がんっと頭に衝撃が走る。


 ぺっと吐き出された鍵が直撃したのだ。あまりの速さに反応もできなかった。


「痛ったぁー!」


 頭を抑えてうずくまる。本気マジで痛い。かなり強くズキズキする。こんなひどい痛みは久しぶりだ。


「大げさなやつだな」


 魔族の感覚は本当大雑把だから困る。


 痛みが引くまで待って、鍵を拾う。それからようやく立ち上がった。


「これがその鍵ですか?」


「そうだ」


「えっと、財宝のある場所はどこです?」


「知らん。奥だ」


 知らないのかよ。


 文句のひとつも言いたくなったものの、不毛だからやめておこう。またなんか吐き出されたら困る。そうなる前に石柱の間の奥へ進んだ。






「こっちであってるのか?」


 石柱の間の奥は一本道ではなく、分かれ道がいくつかあった。


 最悪、総当りで行くことも覚悟して進んでいる。


 何本目かの角を曲がったところで、両手にヤリを持ち、腰の下まで伸びる楕円状の面をつけた男の魔族が現れた。


「あ、こんにちは」


 返答はない。


「その、道を聞いてもいいですか?」


 魔族は答えず、ヤリを魔上に向けたまま上下に腕を振りながら、反復横とびしている。


 こんなの町で会ったら逃げ出すレベルなんだけど大丈夫だろうか。


 棒立ちで見ていると、かくんと面が90°曲がった。右のヤリは天井を指したまま、体ごと左側の地面に傾き、二本のヤリが垂直になる。


 びくっとして後ずさると、同じだけ近寄ってくる。その格好のまま。


 後ずさる。近づいてくる。後ずさる。近づいてくる。冷や汗が出てきた。


 ぴと、と動きを止めたとき、そいつは突然ぴょんと飛び上がり片足ずつくねくねとした動きで地面を蹴った。踊っているのだろうか。


「え、っと……逃げる!」


 得体の知れない恐怖を感じて逃げだした。


 来た道を走り、十分に距離をとったところで振り返る。


 謎の仮面が一人増えていた。


「ちょっなんなんだよこれ!」


 角を曲がり、今度こそ引き離したと思って振り返る。


 案の定三人に増えた上にまったく距離が離れていない。一糸乱れぬ踊りを続けながら追いかけてくる。


「誰か助けてくれー!」






 完全に迷った。


 仮面の人たちは通路を埋め尽くすまで増えた上に最後までまったく引き離せなかった。どうにか追いかけるのに飽きてくれたみたいだけど代償は大きい。


 普通のダンジョンだったら外に出ることもできず餓死するだろう。しかしここは会話できる相手がたくさんいるダンジョンだ。ただし会話のできない相手もいる。


 歩いているうちに背の低い魔族を見つけた。道行く人にそうするように声をかける。


「すみません、ちょっと道を聞いてもいいですか?」


「ああ、いいよ。まともな人間がこの辺にいるのは珍しいね。まあ、まともじゃないやつも最近は見ないけど」


 まともな魔族でよかった。小さいのに立派だった。


「この財宝の場所まで行きたいんだ」


「ちょっと待ってね。えっと、どこだったかな」


 なにやら地図らしきものを広げている。というか地図があるのか。それを聞けばよかった。


 少し時間がかかりそうだ。場を持たせるためにも聞いてみる。


「なんか変な仮面を被った増える人に追い掛け回されたんだけど、あれは?」


「ああ、星精霊(ハイシャイマン)だよ。シャイでいつも仮面を被ってる。目を離すと増えたり増えなかったりする。飽きたら一人に戻る」


 どういう理屈で増えるんだろうか。考えても無駄な気もする。


「何で追いかけてきたんだろう。」


「動物と遊ぶのが大好きだからな。」


 どうやら追い掛け回される猫の気持ちを味わう貴重な経験をしたらしい。何の役にもたたなそうだ。


「この宝ならこっちだね。来なよ。案内してあげる」




 


 財宝の間は小さく、たった一個の宝箱があるだけだった。


 鍵を差し入れ、宝箱を開く。ようやくたどり着いた。


 まったく戦わなかったのにめちゃくちゃ疲れた。そりゃ移動だけで相当な距離だししょうがない。


 それでもそのかいはあった。魔王が求めるほどの魔族の財宝だ。見るだけでもわくわくする。


 開いた宝箱の中身を見て、僕は驚いた。


「これが、財宝?」 








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