007 デッドエンドループの秘密と長い一日の終焉
あれは中三のクリスマスの時である。俺は当時好きだった女の子に告白をして、念願かなってOKをもらったのだ。
しかし、大晦日の夜……12月31日の23時59分59秒。俺はテレビの新年カウントダウンを見ながら、1月1日0時00分ジャストにあけおめメールを送った。
その送った瞬間に、丁度メールの受信通知の画面になった。
“もしかしてっ、彼女も新年一番に俺にあけおめメールをくれたのだろうか……!”
俺は期待に満ちて、彼女からのメールを開いた。
「あけおめ。いきなりでごめんだけど……、うちらさー、やっぱり別れよ。」
メールの文面を読み、俺はしばらく放心状態になっていた。除夜の鐘がボーンと打ち鳴らされる音だけが頭の中で木霊していた。
「えっ!?ちょっと待って?なんで?まだ付き合って一週間も経ってないじゃん?」
俺は慌ててメールを返信した。
「いや、だって……あの時、彼氏いなかったからさ。周りの友達みんな彼氏と過ごすっていうし、クリスマスにボッチとか、まじありえないし。ごめん、ほんとはそこまで、雪のこと好きじゃなかった……。」
彼女から返ってきたメールを読み、俺はずるずるっと年越しそばをすすっている家族にばれないよう、一人トイレに籠って泣いていた。
氷のように冷えた寒いトイレの便座に腰かけ、家族に声が聞こえないように、しくしくしくしくと声を潜めて泣いていた。世界一とは言わないが、町内で一番くらいには不幸な年明けを迎えた人間であったはずだ。
「……ふざけんなよっ!」
俺が彼女は年末どう過ごしてるかな?っと思いをはせていた一方で、彼女は年末の大掃除してる最中に……
「あぁ~クリボッチ回避のために付き合ったけど、どうしようかな?まぁ面倒だし、捨てちゃお!」
みたいなノリだったのかっ……。
結局、トイレでずっと籠っているのを家族に心配され、俺の恥ずかしい恋愛の傷は家族全員にばれてしまった。正直二度と思い出したくもない過去である。
「俺はあれ以来、自分の心がきちんと定まってないまま、告白の返事をする奴が大嫌いになった……。」
「なるほどね……。だから、兄ちゃんがけじめをつけるために、今の好きな子に振られて、その後で本気でちろるんを愛することができると思うまで、返事はお預けってことなのね。」
何で俺が振られる前提なんだよ。っていうか、まぁ実際今日、何回も振られたんだけど。
「でもさ、やっぱり告って駄目だったから、ちろるんと付き合いましたはクズだ。そんなことしたら殺すよ。」
風花の目は本気だった。飢えた虎のような目をしている。こいつなら、親しい先輩のためを思って兄を手にかけることだって考えられるだろう。
「案ずるなよ。それはない。そんな自分なら、俺の手で殺してやる。……ちゃんと答えは出すさ。」
その瞬間、俺は脳を雷にうたれかのように、とある仮説が思い浮かんだ。
「あぁ……そうか。これは……そういうことだったのか……。」
「はぁ?いきなりどしたの?」
「いや、何でもない。ごめん、ちょっと一人で考えるから……」
「あっそ。っじゃあフロリダするわ。」
「フロリダ……?アメリカ南東端に位置する州か?」
「はぁ~もう兄ちゃんまじ卍。」
だからフロリダって何なん?あとまじ卍もまじ何なん?
そんな問いもむなしく、風花は二階へと階段を上っていった。
いや、それより問題は……この無限デッドエンドループのことだ。
俺が中学三年のあの最悪の新年を迎えた日、あの年の元日に、俺は初詣で願ったはずだ。
“心から本当に愛し合った二人が、両想いで結ばれる告白以外なんて糞くらえだ。どちらかが妥協する告白なんていらない。そんなものっ死にっ晒せ!!!!!”
我ながら、新年早々にずいぶんと投げやりな願いを願ったものである。
きっと神様も、「何でこいつ新年早々から、こんなにやさぐれてんの?」と疑問に思っていたに違いあるまい。
もし新年早々やさぐれた俺に、同情した神様がこの願い事を叶えてくれたのだとしたら、今日の無限デッドエンドループの謎が解けるかもしれない。
神様は、互いに本当に愛し合った者同士で、『心からの両想いで結ばれる告白』しか、認めてくれなくなったのではないだろうか。
そう考えれば、今日の出来事も説明がつく。
俺は神崎さんに告白したけど、神崎さんとは心からの両想いにはなれなかった。というか、振られ倒したのだけど……。その結果、『心からの両想いで結ばれる告白』ではないとみなされ、告白前に戻るようにループさせられた。それなら説明がつく。
次に、ちろるの俺への告白についてである。
この場合は、ちろるが俺に告白し、俺のちろるへの想いが本当の心ではなかった。だから、ちろるの告白をOKしても、振ったとしても、それは『心からの両想いで結ばれる告白』ではないとみなされ、告白前にループした。
しかし、ちろるの告白を、俺が保留したのはOKなのだろうか。この場合だって、『心からの両想いで結ばれる告白』ではない。
この結果、ちろるが俺に告白するという行為そのものは実行されているが、例のデッドループから抜け出すことができた。
「ひょっとして……俺とちろるが、『心からの両想いで結ばれる告白』になる可能性が残ってるってことか……?」
ちろるの告白の結果を保留にすることで、この先の未来で、俺とちろるが『心からの両想いで結ばれる告白』になるという未来が起こる可能性があるということかもしれない。
あぁ……考えすぎて頭疲れた。
なんとなくこのデッドエンドループの仕組みが掴めてきたが、今日はここらで身体を休めることにした。
告白したり、されたりなんて大量のエネルギーを使うことは、一日にそう何度もするべきことではない。今日はそれを何百回と繰り返したのだ。しかもそのたんびにデッドエンドで死ぬというおまけつきで……。
何でデッドエンドなんだよ。普通にタイムリープでいいじゃん。馬鹿なの神様?
「風呂でも入って……ゆっくり寝よう。」
二階への階段を上がり、俺は風呂の脱衣所の扉をあけた。
扉の向こうは、妹の裸の姿があった。
「はぁっ!?なに風呂入ってきてんの!?フロリダするって言ったじゃん!!!」
久しぶりにばっちりと妹の裸を見てしまった。瞬時に胸と股間を手で隠し、少し恥じらいの表情を見せるあたり、よくできた妹である。
まぁばっちり目に焼き付いたのだけど……、だからといって特に何とも思わない。それが実の兄弟というものなのだろう。
あとでわかったことだが、“フロリダ”は“お風呂入ってくるので離脱します”の意味らしい。……知るかぼけっ!!!
そんなこんなで、ようやく長い一日が終わった。