幸せを願って
今日は快晴だと、天気予報が言っていたような気がした。なんだか学校へ行きたくない。この間、先生にこっぴどく叱られたんだっけ? そんなことを考えているうちに、もう起きなくてはならない時間が迫ってきた。頭の中はまだ夢の中。下の階から由希ママの声が聞こえてくるの。うるさいなぁと思いつつ、制服に着替えてのんびりと髪の毛をセットしたりしているので、時間がなくなっていった。そしてキッチンで由希ママと会話をするの。
「あ~あ。あたしも早く芸能界に復帰したいよ」
「何を言ってるの? 本来ならとっくにいるんだけどね~」
と、由希ママ。
「いいよな、由希ママは声優で。おまけに、シナリオを簡単に書いちゃうのに。あたしなんかこうやって雲隠れをしてるというのに……」
「それなら、声優に異動する? けっこういいわよ」
すかさずあたしも、
「いやよ。あたしは前みたいにドラマに出演したいの。友達はみんなCMやドラマに出ているのに」
「まあ、仕方がないわよね。ここで雲隠れをしていてもいつかは見つかるわよ。さあ早く学校へ行きなさい。ママ、今日からちょっと出かけるから。たぶん、お手伝いさんが旅行から帰ってくると思うから、大丈夫よ」
と、まあこんなパターンなわけ。わざわざママの前に名前を入れているのにはわけがあるの。
あたし、並木美江。榊原大附属高校の一年生。趣味はお菓子作り、といっても自慢できるようなのは何一つない。あたしが通っている高校は、芸能科・普通科とに分かれていて、中学からの友達が芸能科に行ってしまい、あたしだけが取り残されてしまったの。ついこの間も先生に、
「芸能科に行きたいんですけど……」
と、言ったが逆に怒られてしまった。
この状態だと無理かも。まあ、自業自得だけどね。あたしには、みんなには言えない秘密を持っている。
二年前あたしは、芸能界に所属していた。でもある事件が起きてあたしは芸能界から逃げ出した。週刊誌ではいまだに失踪事件として掲載されている。あれから二年、あたしはいろいろと考えた結果もう一度挑戦してみるということになった。芸能科の友達が何を話しているのかが興味なんだよね。
芸能科
「おっはよう、みんな。昨日のドラマ見た? あたし出てたわよ」
と、咲子が言った。
新田咲子はあたしと同級生。中学までは勉強が熱心だったけど、芸能界に入ってからはドラマに熱中。たまに失敗があるけど、あたしとしては咲子がうらやましい。
「あっ、知ってるよ。子役だったよね?」
と、有理が言った。
青井有理はおしゃべりがとても大好きな女の子。今はCMで大活躍。咲子が、
「あれ、美江まだ来ていないの?」
と、言えば有理が、
「なに言ってるのよ。ここは芸能科でしょ。美江は普通科なの」
「あっははは、そうだったよね。でもあたしたちがここにいて、美江だけがまだダメだなんて……」
「そういえばそうよね。あの事件からもう二年近くも経っているんだし、美江自身ももう一度やるって言ってたよ」
と、そこへ、
「みなさんおはようございま~す」
元気な声が教室内にこだました。
「あら、鈴ちゃんおはよう。今日は何しに来たの?」
有理は、鈴ちゃんのことが嫌いだと言っている。
佐野鈴ちゃんは、あたしより一つ年下の中学三年生。小さい頃からモデルをやっているの。とても可愛くて妹みたいな感じの女の子。
「別にいいじゃないですか。咲子さんのドラマを見ましたって言いたかったの」
「ありがとう、鈴ちゃん。うれしいわ」
と、咲子が言い終わる前にまた誰かの声がした。
「おはよう、みんな元気だった?」
と、結花が言った。
水野結花は、一つ年上なんだけどあたしは呼び捨てで呼んでいる。すごく美人で、男の子に人気がありサインばかり責められていて大変だと本人がそう言っていた。
「はい、元気でしたよ。ロケの方はどうでしたか?」
さっきの声とは違う有理。でも、ロケの方よりもあたしのことを聞く結花。
「美江ちゃん、まだダメなの?」
「それがそうなんですよ、先輩」
と、悲しげに言う咲子。
「え~、まだダメなんですか? あたし大ファンなのに、許せない!」
あくまでも明るく言う鈴ちゃん。気を取り直して、
「そういえば美江ちゃんって、優秀な子だったわよね?」
と、結花。
「そうそう、だからこの間、先生に怒られたみたいなのよ」
今から三日前、あたしは先生にこう言われた。
「なんだと? 芸能科に行きたいだと? 並木は優秀な成績なんだぞ。それに大丈夫なのか? 中学時代の友達が芸能科に行ったからなんて、理由にならないぞ。評判がいいからここにいなさい。だいたい並木は中学三年生の進路では、芸能科なんて書いていなかったんだ。書いてあったのならば考えても良かったんだが。もう少し考えてみたらどうだ。そうすれば芸能科にいくことなんてないだろうし、ご家族の方がなんと言うか……」
はぁ~。思い出したくないのに思い出してしまった。
「と、まあこんな具合になったそうよ。先生もひどいわよね」
咲子が怒ったように言った。
「美江さんかわいそうですわ。あたし、なんか考えてみますわ」
「鈴ちゃん、考えてみるっていったい何なの?」
今度は優しい声で言う有理。
「あ~、そういえば今日一時間目テストだったわ。早く行かなくちゃ。それでは、みなさんまたね~」
と、嘘をついた鈴ちゃん。でも、みんなは分かっていた。慌ててしゃべっていたのである。結花もそのまま教室へ戻った。まあ、書かなかったあたしも悪いんだけどね。そして結局また先生に呼び出されてしまった。
普通科
「おはよう、美雪。美江は?」
「あ~さっき先生に呼び出されて職員室に行っちゃったわよ。たぶん、芸能科のことじゃないかと思うけど……。寂しいわね、争う人がいなくなるなんて」
「なに言ってるのよ。美江は絶対に行かないよ。だってあの事件もあったわけだしあれだけ優秀な成績なんだよ」
「そうよね、けど美江ちゃんなら……」
あたしは職員室から戻ってきて、ガラッと教室のドアを開いた。
「美江ちゃん!」
「あっははは、もうたまらないわ。今度のテストあるでしょ? 八百満点中、七百五十点以上取れだってさ~。困るわよ」
と、あたしはできるだけ明るく振舞った。郁美は郁美で、
「うっそ~、そんな点数あたしなら絶対に取れないって。美雪、もしかして今すごく燃えてたりするわけ?」
加村郁美は、高校に入ってからの友達。そしてもう一人燃えている子。岩井美雪は、あたしに続いて校内第二位。もちろんこの結果は、入試の結果と入学後行われた学内模試と中間テストの結果。とても頼りになるお姉さんタイプ。
「あっ、バレてた? 美江ちゃん、あたし今度のテストは一位狙っているからね。中学の時もあたしはずっと二位だったけど、高校こそは美江ちゃんを抜いて見せるから、お互い頑張ろうね」
「うん、もちろん頑張るわよ。絶対に芸能科に行って復帰してくるわ」
「そう、やっぱり行くんだ、芸能科に……」
あたし、なんかやばいこと言ったかな? 美雪なんだか顔色が悪い風に見えるけど大丈夫なのかしら? そんなことよりもテスト本気で頑張らなくちゃいけないよね。もし美雪が一位になったらあたしはどうなるんだろう? 先生は一位を別に取らなくても、目標さえクリアすればいいと言ってたし、いいよね。
「あ~あ、もう期末か。あたしも勉強しようかな。ちょっと何よその眼は? 失礼ね、今回順位を上げなくちゃ夏休みどこにも連れて行ってくれないのよ。美雪、代わりにテスト受けてよ」
へぇ~、郁美がね~。珍しいこともあるもんだ。やっぱり美雪、顔色悪いわ。
「美雪、どうしたの? 顔色すごく悪いよ」
あたしよりも先に郁美が言った。美雪は……というと、そのまま保健室に行って早退してしまったの。美雪の心配ばかりしていて授業に集中していられなくなっちゃった。
早くも学校が終了し、郁美と一緒に帰るところ。
「美雪、大丈夫かなあ? ねえ、美雪にとっては辛いんじゃないのかなあ。だって、美江と六年間ずっと一緒だったんでしょ。あたしは高校からでよく二人のこと詳しく知らないけど……。でもなんとなく美雪の気持ち分かるよ」
六年間か。正直あたしも寂しいよ。このことはあたしが決めたことだし、いまさらゴメンネって言っても遅いし。あ~、自分でも分からなくなってきちゃった。前のときは美雪も面白半分で許してくれたわけだけど、今回ばかりはね。あの事件のこともあったわけだし。突然あたしは、
「あ~、ゴメン郁美。今日から図書館で勉強するから。先生に言われちゃったから。じゃあ、また明日ね。バイバイ」
と、言ってしまった。別にそんなこと先生に言われてないけどね。なんだか落ち着かない。
「ちょっと待ってよ。あたし一人なの?」
と、慌てた声で叫んでいた。
結局どこにも行かず、その辺をフラフラと歩き回っていた。家に着いたときはなんだか疲れちゃった。
あれ? 由希ママがいない。どこに行ったんだろう? あれ、手紙だ。なになに。
美江へ
冷蔵庫の中にカレーライスが入っているので、温めて食べてね。ママ、急に仕事が入っちゃったから。直純パパは今日からロケだから、あとはお手伝いさんの美奈さんがなんとかしてくれると思うから。戸締りなど気をつけてね。
由希ママより
何よそれ。いつもの由希ママのことだもんね。夕食食べたらテレビを見て寝ようかなあ。勉強やる気しないしね。
ベッドの中で朝を迎えたあたしは、ふとなんだか嫌な予感がした。おばさまは結局帰ってこなかったし。朝食を簡単に食べて、学校に行ってみたら……。
あれ? いつもあたしより早い美雪がいない。珍しいなあ。あっ、もしかして昨日、早退しちゃったから今日は遅く来るのかそれとも休みなのかな。
「おはよう、美江。美雪は休みなの?」
「そうかもね」
そこへ、先生がきた。
「さあ、始めるぞ。今日は岩井が休みだな。並木、あとで職員室へいらっしゃい」
え~、また何か言われるの? いい加減にしてよね。だけどあたしの予想は違っていた。なんと、美雪のことだった。美雪は家できちんと勉強をしているということだった。それには、あたし、先生、郁美がビックリした。先生は、ムリしないように注意したけど聞かなかったらしい。それで、あたしが学校の帰りに美雪の家にに寄ることになった。郁美と行くつもりだったけど、郁美は当番だったのであたし一人で行くことになった。
美雪の家に上がるのは久しぶりだった。昔はよく美雪の家で遊んでいた。玄関のインターホンを鳴らすのにちょっと勇気がいった。美雪にどうやって話せばいいのだろうか? きちんと話せるのだろうか? 不安が頭の中をグルグルと駆け巡った。でも、美雪の部屋に入るとなんだかホッとした気分になって緊張がとけてしまった。
「美雪、大丈夫? そんなに勉強しちゃって」
「美江ちゃん、なんで知ってるの? あ、そうか先生が言ったんでしょう? あたし、無理してないから。ただ一度でもいいから一位になりたいの。美江ちゃん、同情してわざと負けないでよね。郁美は?」
と、顔色も程よい感じで美雪はしゃべった。
「あ~、郁美ね。なんか委員会の当番があるって……」
「そう……」
「郁美に何か伝言でもあった?」
「ううん。美江ちゃん、あたし本気なの。毎回、美江ちゃんに負けないように必死で勉強しているんだけどわずかの差で負けちゃうの。でも、今回だけはあたしどうしても美江ちゃんに勝ちたいの。だって、美江ちゃん復帰したいんでしょ?」
と、美雪から話をふってくれた。美雪は、本気であたしに勝とうとしている。そのために勉強を……。あ~、どうして即答に「うん」と答えられないの?
「美雪、あんまり追い詰めないでよ? 確かに今回のハードルは高い。でも、美雪に勝つとか負けるとかそういう問題じゃないの。あたしは別に好きで一位を取っているわけでもないの。それは分かっているでしょ? 勉強量が多いのは美雪だし。あたしは……」
「美江ちゃん、ムリに答えなくても良いよ。美江ちゃんの答えは分かっているから」
ありがと、美雪。美雪はあたしの一番の親友だね。と、心の中で思った。そのあとあたしたちは世間話をして盛り上がっていた。あ、そういえば忘れてた。美雪の家に来てから何時間経ったんだっけ? やばいかも。あたしは慌てて、
「美雪そろそろ帰るね。車の中でお手伝いさんが待っているのよ」
「誰か雇ってたの?」
「家政婦の仕事が大好きな人なのよ。由希ママが忙しいでしょ? それで募集かけたら来てくれたのよ。本当は昨日、旅行先から帰ってくる予定のはずだったんだけどね。ここに来る途中に会ったのよ」
「お金持ちはいいなぁ」
と、美雪はうらやましがっているけどあたしは、
「お金持ちでもなんでもないよ。普通の一般人よ。じゃあ、そういうことでテスト楽しみにしているから、美雪もムリしないでね」
こうしてあたしは帰ることになった。はぁ。やっぱり、芸能科のこときちんと言えなかった。本当にどうしよう? 勉強もしなくちゃいけないのに。今更、復帰したとしてもまた同じことが繰り返すのかもしれない。おばさまはなんて言うかな。あたしのことだからどうでもいいのかもしれないね。車の中に待たせているおばさまを見つけると、
「お嬢様、さきほど奥様からお電話がありました」
由希ママが? 一体どうしたんだろう? まさか芸能科のことじゃないよね。だけどそんなことではなかったの。話を聞いてみると、なんと、直純パパが外国へロケに行くことになったらしい。なんでもロケ地がパリだとか。その後もパリの方でしばらく仕事をするらしいの。そこで由希ママのシナリオ。つまり台本が映画化されることになった。もっとびっくりしたことは、由希ママまでパリに行くことになっちゃっているの。直純パパが監督して由希ママが脚本家なわけ。それで、昨日から由希ママが家に戻ってこないことが分かった。ほとんどおばさまから聞いた内容だからあとで由希ママに電話をしなくちゃいけない。そうなんだぁ、すごいなあ映画化されるなんて楽しみだよ。ちょっと待ってよ。あたしはどうなるのよ? あたしもパリに行くのかしら?
直純パパは有名映画監督で由希ママは声優をしながらシナリオを書いてしまうという、天才の両親だ。あたしはその子供なわけで、昔からよくスタジオに遊びに行っていた。たまたま、遊びに出かけていたところで事務所のほうからスカウトされて芸能界に入ることになったきっかけだった。ということで、うちの家族は、みんな芸能一家。
「おばさま、あたしはどうすればいいの?」
「奥様は、昨日からパリの方へ下見に行っておりますが、何しろお嬢様の今度のテスト結果次第で戻ってくるそうです」
な、何よそれ。今、娘がどんなに悩んでいるのか知っているくせに、テストの結果次第だなんて、信じられない。ということは、結果が悪かったら戻ってくるのかなあ。あ~、ダメだ。こんな考えじゃ芸能科に行けれない。大事な時に限って二人ともいないんだから。そうだ。おばさまはどうなるのかしら? 直純パパも由希ママもいなかったら仕事にならないし。
「おばさまとあたしは一緒に暮らすの?」
と、あたしは大きな声で言った。
「ええ、ですが、わたくしも奥様たちと一緒に行かなくてはなりません」
「え? 一緒に行くの? 嘘でしょ。あたしここで一人で生活するの?」
一人暮らしに憧れていたわけだけど、あの事件があって以来あたしは一人でいることが苦痛になっていた。でも、今の状態ではなんともいえない。
「あっ、それはまだ正式に決まっていませんので、テストの結果次第ですね。それにお嬢様だって一人でもう何もかもできるでしょうし、別にいいのではないかと思いますが……。今までだってほとんど一人だったでしょう?」
おばさまはあの事件のことを知らないからそんなことが言える。
「それはそうかもしれないけど……。あたしは芸能界に復帰するつもりなのよ」
「そんなの、大丈夫ですよ。暗い顔しないで。ほら、着きましたよ」
何でこうなるの? あたし頭痛がしてきたわ。当然、今日も勉強する気にはなれないわ。いろいろと考えていたらいきなり携帯電話が鳴り出したの。びっくりしたので、携帯電話を落としそうになった。電話の声はすぐに分かったの。こんなにも明るく、しかも陽気な声。そう、その声は由希ママだったのよ。
「美江ちゃん? ママよ。分かる?」
「何よ。その美江ちゃんのちゃんは……。気色悪いわよ」
「聞いたかしら、お手伝いさんから?」
「パリのことどういうつもりなの?」
「ごめんね。ママ、台本を書いてたらなんだか洋風になっちゃったのよ。それで、バックはパリの方が良いんじゃないかって思ったから。怒っている? だけどね、まさかパパが監督で映画化されるとは思いもしなかったのよ。パパもママもビックリしちゃったわ」
「ビックリしたのはあたしのほうよ。それであたしはどうなるの?」
「そのことはまだ決まってないの。帰るのちょっとムリかもしれないのよ。テストのことはお手伝いさんに報告してくれればいいわ。そうそう、お手伝いさんも、もしかするとパリに行くことになるかも。詳しいことはまた今度電話するから。そういえばテスト前だったわね。こんなこと言って混乱しないように勉強頑張ってね。あと、芸能科のことなんだけど、やっぱりやめときなさい。ママ、先生に電話をしてお願いしたから。そうしたら先生は金・土・日なら別に構わないと言い出したのよ。評価は普通科として高くつけるらしいわよ。そのことをきちんと考えてから先生とママに報告してちょうだいね。それじゃあ、電話切るわね」
「え~! ちょっと待ってよ、由希ママ!」
ったく、勝手に切らないでよ! はぁ~。正直言ってとっても困っているのよ。混乱しないように気をつけてね、と言われても十分混乱しているわよ。本当に由希ママはいったい何を考えているのやら……。おばさまもパリに行くだなんて。と、そのときおばさまがドアをノックした。
「お嬢様、手紙がきておりました」
と、なんだか不安そうな顔をした。どうしたんだろう? と思ったけど、旅行から帰ってきたばかりだから疲れたんだろうと思った。まさかあたしはその手紙に送り主の名前が書いていないことすら気づかなかった。おばさまは誰からきたのかさっぱり分からないらしい。それは当たり前か。そんなことを考えていて手紙を読んでみると……。
森島 由梨香 様
『おまえは一体どういうつもりなんだ。芸能界へ戻るとは知らなかったぞ。あ~、そうだ、おまえはいつまで雲隠れをしているつもりなんだ? おまえのことは世間がすべて知っている。あの事件があった限り、おまえは復帰することなんて不可能なんだ。』
おまえを知る人物より
な、何よこの手紙? 誰よこんな嫌がらせ手紙書いたのは……。しかも、あたしの芸名までも知っている。だいたいなんであたしの居場所が分かるわけ? ワープロで打ったのか。まあ、気にしない、気にしない。
翌日、昨日よりいっそう気分が悪かった。テスト・パリ・芸能界・雲隠れ・手紙。嫌な単語が頭の中でグルグルと駆け巡る。朝食もほとんど食べれなかった。学校に行ってもやっぱり美雪は休みだった。郁美が楽しそうな話題をいろいろと話してくれたんだけど、そんなこと全部頭の中から抜けていくのであった。よっぽどあたしは顔色が悪かったのか、
「美江? 聞いてる? 今日は朝からずっとぼんやりしているし、顔色もイマイチだし、寝不足?」
「ん? 寝不足? う~ん。そうでもないけど……」
だけど、何も解決できなかった。授業中もボォッーとしていたから、先生に怒られてしまった。おまけに怒ると怖い先生だったの。本当に今日はすごく運が悪いの。そんな日がテスト前までずっと続いたの。郁美は心配そうな顔をしてたけど、大丈夫だと言っちゃったし。
そして、早くもテスト一日前になった。先生からまた呼び出された。ここのところ、授業中ボォッーとしていたからそのことじゃないかと思っていた。だけど……。
「並木、昨日、お前のお母さんから電話があった。そのことについてはお前も知らされていて分かっていると思うが、どうするんだ? お手伝いさんまで行くことになったらしいんだってな。お前、一人で大丈夫か? ご両親はもうパリに住んでいるそうじゃないか。どこか預けてくれる人はいないのか? おじいさんやおばあさん、親戚の人たちとか……」
「先生、おばさまも行くことになったんですか?」
「行くと、昨日聞いたが……。お前聞いてなかったのか?」
「だって、由希ママはあたしのテストの結果次第で、と言ったんです」
「そうか。しかしだな、結果も大事だがロケのほうが順調に進んでいるそうで、そろそろお手伝いさんも来て欲しいということで……。聞くとお手伝いさんは、以前そういう仕事をやっていたから今回も頼まれたそうだが。まあ、並木次第だなと先生は思う。芸能科のこともはっきりいって、やめろと言われた。だが、そのロケさえ終了すれば芸能界復帰は良いと言ったんだがな。どうしたい?」
しばらく考えてから、
「そうですか……。芸能科のことは一応、パリのロケが終わってからにします。だけどあたし一人でも大丈夫です。もう大人です。いつかは一人でやらなければいけない時がきます。いけないでしょうか?」
「それはダメだ。高校一年生になったばかりで一人暮らしは危険すぎる。しかも、お前の家は有名一家なんだぞ。かといって、友人の家に長く居候するわけにもいかないしな。だからやっぱり身内の人に引き取ってもらうのが一番安心なんだ。お前のお母さんもその方が安心だと言ったんだがな……」
え? 由希ママがそんなことを言ったの? それでもあたしはめげずに、
「そんなぁ、先生。そこをなんとかね!」
「一度、電話してみたらどうだ? そこでダメだったら諦めるしかないな」
「はぁ~い。考えてみます」
と、職員室からトボトボと出てきた。
なんだ、おばさまもやっぱりパリに行くんじゃないの。やめようかなあ、芸能科。だいたい本当はあたしは……。
「郁美、あたし芸能科行くことやめるかもしれない」
と、郁美に言ってしまった。郁美は嬉しそうな顔で、
「やった~! これで美雪がすっごく喜ぶね」
と、元気な声で言った。
だけど、そんなことじゃないと言えなかった。テスト終わってからでもいいよね、と思っていたあたしが悪かった。その日、家に帰ると早速おばさまに聞いてみた。そして、ケンカになるとは思わなかったの。
「おばさま、なぜあたしに教えてくれなかったの? 由希ママに何を言われたのよ?」
あたしのこの一言でおばさまを怒らせてしまった。
「お嬢様、わたくしには何のことだかよく分かりません」
「だからあたしを身内に預けることよ」
「そんなこと一体誰に聞いたのですか?」
「あ~、やっぱりそうなんだ。あたし、由希ママに電話するわ。そうすれば分かることだわ」
「お嬢様それは困ります」
「なぜ困るのかしら? いつかは話すことだったんでしょ。もういいわ、由希ママに電話しないわ。あたし一人でここで暮らすわ。だって結局はおばさまも出て行くのでしょう。同じことよ。だって身内の誰かがあたしを引き取ってもらうということは迷惑なことなのよ。おばさまは知らないでしょうから言うけどあたし、『由希ママの子供じゃないのよ』……」
と、言ってはいけないことをここで言ってしまった。でも遅かった。
「お嬢様、お嬢様は奥様から生まれたはずです」
「そのはずってどういう意味なのかしら? おばさまは知っているわよね。あたしが一体誰の子供なのか」
「ですからそんなことは絶対にありえません。お嬢様が勘違いをしているだけのことで、なにも奥様の子供ではないと言い張る必要なんてありません」
「そんなの由希ママに口止めでもされたんでしょう? もういいわ、おばさまも由希ママたちの方に行って楽しく過ごせばいいじゃない! あたし二度と芸能界に復帰なんてしないわ。そう言っておいて、由希ママに」
それだけ言うとあたしは自分の部屋に戻った。何を言ったのか、覚えてない。それでもあたしたちのケンカはおさまらなかった。ドアの向こうでおばさまがまた言うの。
「お嬢様、そんなことわたくしから言えません。お嬢様本人が言ってくれないと困ります。勝手なことですが奥様から頼まれたことですから。あの、いえ別に……」
おばさまは言葉があやふやになった。あたしは再び自分の部屋から出た。
「あの~、お嬢様どこへ行くのですか? そんな大荷物……」
「決まっているでしょ。こんな家に住みたくないの。明日のテストなんてどうでもいいのよ。今から先生の家に行って謝りに行くから心配しないで欲しいの。それではさようなら」
何もおばさまは言わなかった。ただ呆然とあたしを見送った。少ない荷物だけど実は、先生の家に行った後はもちろん本当のママに会いに行くの。前から行ってみたいと思っていたのよね。まあ、こんな形で会うのもなんだけどね。突然、先生の家に現れたあたしは真面目な顔で、
「先生、あたし芸能科のこと諦めます。心配かけてどうもすみませんでした。明日のテスト頑張りますので……。さようなら」
と、テストのことは嘘をついてしまった。これでいいのよ、とあたしは心の中でそう誓った。先生はその後何か言っていたような気がするけどあたしは走り去った。今ここで先生に捕まってしまったら計画が崩れてしまうので、全力疾走をした。
気がついてみるともう駅のホームに立っていた。まさかおばさまが由希ママや先生に連絡をしているなんて知りもしなかった。あたしが考えていることはただ一つ。本当の家族に会ったら何を言おうか……いきなり訪ねてきて相手をビックリさせるのもなんかしっくりこない。
その頃、家ではおばさまが先生の家に電話をかけていた。
「あの、並木美江お嬢様の家政婦のものですが、そちらにお嬢様が伺いませんでした? ……はい、そうです。え? もう帰った? ……いえ、家には連絡が着ておりませんし戻ってくる気配すらないのですよ」
「そうですか。もしかしたら友達の家に行っていて勉強でもしているのでは?」
先生も突然のことだったのでビックリしたそうだ。
「いいえ、そんなはずはありえません。なにしろ部屋には洋服とお金以外はありますから」
「本当なんですか? 一応友達関係をあたってみてください。僕も調べますので、必ず帰ってきますよ、明日はテスト初日ですし」
おばさまは次に由希ママに電話をした。
「あっ、奥様ですか? こんな夜遅くにすみません」
「はあ? なに言ってるの? こっちはまだ明け方よ。何か用なの?」
「お嬢様が行方不明なのです」
まさかこんな会話をしていたなんて知らないあたしは、終電の電車になんとか乗れたのであった。なんと戸籍表を見てみたらあたしの名前は確かに書いてあったのだけれど、住所やママたちの名前が違っていた。もちろんこの紙は由希ママが昔、市役所へ行って取ってきた物だ。たぶん、本当の家族の住所と名前だと思う。だったら今までどうやって学校へ提出をしていたのだろう? じゃあ由希ママたちの戸籍表はどこ? 理由が分からないあたしは目的地の終点までずっと眠り続けた。
その頃、由希ママが、
「な、なんですってぇ!」
と、悲鳴声をあげていたので、一気に目を覚ましたらしい。
「一応、お嬢様のお友達に電話をかけたのですがどこにもいらっしゃいませんでした」
「あのねえ、そういう問題じゃないでしょう。明日はテストなんでしょう? それに一体全体何が家で起こったのよ! どうするつもりなの?」
「あの~、一週間前くらいだったと思いますが、お嬢様宛に手紙が届いたのです。その手紙には相手の名前が書いてなくて、その日お嬢様は顔色が悪かったのです。誘拐ではありませんよね?」
「まさか~。ラブレターじゃないの? それより、美江からの連絡はなかったの?」
「いいえ。まだありません」
「まさか、あの子またあの事件を思い出したのかしら? でも、変よね。あっ~!もしかしたらもしかすると……、戸籍表なくなっていない?」
「あの、奥様。戸籍表がどうかなさいましたか?」
「きちんと聞きなさいよ。『美江は、あたしの子供じゃないの』あたしは今すぐに日本へ帰るわ。詳しい話はそっちに着いてからにするわ。ロケの方はあたしが抜けても大丈夫だから。主人には、きちんと伝えますから」
と、電話でのやり取りを終えた。
あたしは電車の中で眠っている間に何回も同じ夢を見た。由希ママが知らない女の人ともめている場面だった。男の人も二人いたの。でもどこの場所なのか全然分からなくて……。周りを見渡すとだ~れもいなくて寂しかった。なんで同じ夢ばかり繰り返し見ていたのだろう? それに由希ママや他の人たちもなぜあたしの夢に出てきたのかが不思議でたまらなかった。以前どこかで会ったのだろうか? だとしたらどうしてもめているの? ふと気がつくと誰かがあたしを呼んでいる声がした。ハッとしたあたしは飛び起きてしまった。すると、目の前に駅員さんが立っていた。
「君、もう終点だよ。こんなに暗いのにどこかへ行くのかい?」
と、不思議そうに尋ねてきた。
あたしは何も言わずに電車から降りて、そこからまた全力疾走して逃げてきた。辺りを見渡すとビルの明かりが所々ついていたりしていた。何も知らないこの街であたしはふっと思い出し、由希ママたちのことが気になった。何も連絡していないから相当怒っているに決まっている。けれど、そんなことあとから思えば別に関係ないと言い聞かせた。今は本当の母親にママに会えればいい。それに会ったらいっぱいいいたいことがある。だけど、突然訪ねて知りませんと言われたらどうしよう? なんだか何にも考えたくなくなってきちゃった。ここに来たものは良いものの深夜になっては探しようがない。どこか泊めてくれる場所を探さなくてはならない。
そうだ! 前に一回直純パパの知り合いの人のホテルに泊まったような気がする。どこだったけ? お腹は空いているしホテルも見つからない。誰かに聞いてみようかなあ? 一人でこんなところを歩き回っていたってしょうがない。どれくらい歩いたのだろう。ふっと上を見上げてみると見覚えのある看板が目についた。シティホテルだ! あ~、何よ近くにあるじゃないの。バカだなあ、あたし。とりあえず泊めてもらえるのか聞いてみなくちゃね。ところがホテルの人は簡単に了解してしまい……。普通一人でまだ未成年の子供をホテルに置くのだろうか? と言ってもあたしは嘘をついて泊まっているしね。その晩、あたしは全然眠れなかった。電車の中で寝すぎたのかも……。気がついた頃はもう朝になっていた。いつのまに寝ちゃったのだろう。こうしてあたしは家に連絡もせず、ひたすら実のママの家を探し回っていた。
その頃家では……。
「あー、やっと着いたわ。荷物重たかったのよ。ところで美江からの連絡はあったの?」
本当に心配しているのだろうか? と思うおばさま。
「奥様、それが連絡はまったくありません。先程、ご主人様からお電話がありました。至急、電話をして欲しいとのことでした」
「あっ、そう。分かったわ。そういえば、今日から美江の学校はテストだったわね。なんとかして理由をつけなくちゃね。あらっ、もうお昼過ぎなの? 急いで電話しなくちゃね。……あっ、先生。並木美江の母です。いつもお世話になっております。昨日、美江が戻ってきたそうなんですが、風邪を引いてしまってとてもじゃないけど今日からのテストは受けれませんので、お休みいたします。休み中に芸能科のことについて話し合いますので……。はい、そうです。よろしくお願いいたします」
先生は家出じゃないかと由希ママに言っていたけど、嘘をついてあたしが風邪で休みだなんて、親子似た者同士と思うが、違うのよね。
それにしても暑いわねぇ~。夏だから仕方ないけど。一体、何度あるのかしら? あの高校生達真面目だわね。下校中に問題集を開いているわ。もしかしたらテストなのかしら? テ・ス・ト? あれ? あっ、そういえば今日からテストだったわ。すっかり忘れていたわ。無断で休みになっちゃうのかしら。人生の中でこんな辛いことあったのかな? そういえばあったわ。確かあの事件で……。あ~、嫌なことを思い出してしまった。でもいつまでも雲隠れをしているわけにはいかないのよね。
その頃、家では直純パパと由希ママの電話でのやり取りが繰り広げられていた。そこで二人は昔のことを持ち出してケンカ。
「あなた、美江がまだ戻ってきていないんですよ。学校には風邪だと言ってありますので大丈夫だと思いますが、一体どうするつもりなんですか?」
「それは決まっている。探し出すんだ、なんとしてでも……」
「当たり前です。心当たりが一つだけあるんです。美江は多分実の母親の所へ行っていると思います。ところでロケの方はどうなさるつもりなのですか?」
「代わりの人にやってもらうよ。今から日本に帰る」
「そんな帰るだなんて大騒ぎになったら困りますよ。あなたはもう少し監督を続けて」
そこで、直純パパが、
「困るっていうのはどういう意味なのかね?」
「あなたがいけないんです。あなたが昔、美江に『ここの子供じゃない。出て行け』と言ったではありませんか」
う~ん。あたしは直純パパに言われたような気もするし言われていないような……。
「言ったような気がするな。だが美江が覚えていたのか? そんな昔のことを……。だいたい美江はあの事件が起こってからそんなこと一言も言っていなかったじゃないのか」
パパも記憶が薄れているとは知らなかった。
「ですから、今頃になって思い出したのではありませんか?」
「おまえのせいだ、何もかも。向こうの方にどうやって説明をするつもりなんだ? やっぱり俺たちが育てるというのが間違いだったんだな」
「なんですって? あたしの責任でもあると言うの?」
「そうやっておまえは逃げるんだよな。最初からムリだって言えばいいのに」
日本と外国で電話のケンカをしているなんて料金のムダね。と、そこへおばさまが、
「奥様、そろそろお電話の方を……」
おばさまだってそう思っているのに、それでも由希ママは、
「うるさいわね! 他人にあれこれと口挟まないでちょうだい!」
そういう由希ママも他人でしょ。と、思うあたし。おばさまもめげずに、
「しかし、お嬢様に何かあったのなら電話が通じないということになりますが、それでもいいのですか?」
「それは、そうね。でも、今はそれどころじゃないのよ」
と納得する由希ママ。でも内心パニックに陥っていると思う。
それから由希ママたちは電話を切り直純パパはパリを出発した。由希ママはタンスの中の中身を取り出した。そこには一枚の紙切れが入っていた。もちろんそれは戸籍表で由希ママは暗い顔をしてまた元の場所へ閉まった。由希ママはおばさまを部屋から追い出してすぐに電話をかける。おばさまはどうしてこうなるのかしら? と思うばかり。
「あ、並木様のお宅でしょうか? あたし、森島と申しますがそちらに美江は……並木美江はお邪魔していないでしょうか?」
相手の方は、最初誰なのか分からなかったみたい。でもあたしの名前を言ったためにすぐに答えた。それでも一応念のため確認をする。
「森島さん? もしかして由希さんですか? 美江なら来ていませんけど……。何かあったのですか?」
と、不安そうな声で言った。由希ママは単刀直入に、
「美江はあたしたちの子供じゃないということを知ってしまい、そちらに向かったのではないかと思うのですが……。理絵さんの言うことは分かっています」
理絵ママ(実の母親)は声がしばらく出なかった。沈黙が続いてやっと答えたのが、
「そう……知ってしまったのね……」
と、理絵ママの一言。それからまた沈黙が続いた。そして、
「あたしの娘を由希さんたちにお任せしたのに……。由希さんがどうしてもと言ったから仕方なく預けたのよ。それに聞いてみれば、芸能界に所属しているではありませんか? でもここ最近では失踪事件としてマスコミが取り上げているではありませんか?」
由希ママは由希ママで、
「やっぱりそう言うと思いました。でも失踪事件には理由があるんです。あの事件さえなければ今は有名女優として発揮しているのに……」
最後の方は、小さい声で言った。そんな理由なんて知らないと思う理絵ママは、
「由希さん、あなたご主人から何も聞いてなかったの? あたしたちが美江を預けてくれる期間はもうとっくに過ぎているのよ。何度もそちらに電話を入れましたけど全然通じなかったし。あなたたちご夫婦が有名監督そして有名脚本ということは知っていますけどね。期限は約束どおり守って欲しかったわ」
あたしは、理絵ママと由希ママが言い争いをしているときに家に着いてしまったらしい。確かに張り上げている声が歩いてて聞こえてきた。まあ、さいわい人通りが少なかったからご近所には迷惑をかけていないから大丈夫だと思うけどね。結局、あたしがインターホンを鳴らしたのでケンカは終わった。
こうしてあたしは、理絵ママに初めて会った。その瞬間、嫌な気持ちが一気に吹っ飛んでしまった。理絵ママはというと、あたしの顔を見るなりすぐさまあたしに抱きついてきた。理絵ママは泣きながら、
「よく戻ってきてくれたわね。よかった。ずっとずっとこの日を楽しみに待っていたのよ」
と、本当にあたしのことを心の奥底から忘れてはいなかったんだと思った。
あたしもいつしか理恵ママにつられてもらい泣きしてしまった。こういう日が早く来て欲しいとあたしはかすかに心の中で願っていたのだ。現実的になったのでよけいに泣けてくる。あたしの涙は全然止まらなかった。どれくらい泣き続けたのだろう。理絵ママはすぐに泣き止んだので覚えていたがあたしは何も覚えていなかった。やっとの思いで、あたしは泣き止み理絵ママが、
「母さんね、美江に本当のことを言わなくてはならないの。だけどこのことについては、美江を育ててくれた二人がここに着いてから全てを話すわ。それじゃあ、部屋に案内しなくちゃね」
本当のこと? やっぱりあたしのことなのかなぁ。まあ、あの二人が着いてから分かることだものね。気にしない。気にしない。
「理絵ママ、あたしの部屋なんてあったの?」
なんか、理絵ママと由希ママと混乱しちゃうけど、こうやってあたしの横に歩いているのが実の母親なんだと深く実感しちゃった。
「そうよ。きちんと用意してあったのよ。いつでも帰ってこられるようにね」
ほんとう?
「ありがとう、理絵ママ。それよりあたしの苗字って……」
「あ~、そのことは来てからのお楽しみかな」
「うん。わぁ。綺麗なお部屋。気に入っちゃった。あれ? 机が二つもあるの?」
「その机は、あなたとあなたのお姉さんの机よ。びっくりしたでしょう? だけどこれは本当のことなのよ。当然、あなたのことも知っているし、それにパパもよ。今日は疲れちゃったでしょう? もう休んだ方がいいわ」
あたしにお姉さん? お姉さんがいるんだ。でも嫌われたらどうしよう? どんな人なんだろう? それに和樹パパもどういう人なのかなあ……。理絵ママは親切だったしね。あれよこれよと考えているうちにあたしは翌日の朝までグッスリと眠ってしまっていた。起きた時は、おなかが空き過ぎて少し体がだるかった。一階に降りていくと話し声が聞こえてきた。
「あなた、昨日遅く帰ってきたから言えなかったけど、帰ってきてくれたのですよ」
「美里、もう合宿から帰ってきたのか? まだ早くないか?」
「違いますよ。美江ですよ、美江」
美里? 誰だろう? あっ、そうか、あたしのお姉さんか……。
会話はまだ続きあたしはいつ声をかければいいのか迷ってしまった。
「それ、本当のことなんだろうな? 本当か? 美江が……。そうかそうか、やっとか。だけど今になってなぜなんだ?」
そのとき、玄関の方でインターホンが鳴り響いた。あたしはなぜか部屋に戻ってしまった。ベッドの上に座ってよく考えてみたらなぜ、反射的に部屋に戻ったのだろう? ただ単にインターホンが鳴っただけなのに。これじゃあまるであたしは誰かから逃げ回っているような感じがしてきた。でもそれが誰なのか全く分からなかった。我に帰ってみてもう一度一階に降りていくと、そこには信じられない光景が目に映った。あたしを育ててくれた直純パパと由希ママ。こんなに早く来るなんで信じられなかった。あまりのびっくりであたしは、
「直純パパ、由希ママ!」
と、階段の途中から慌てて走って震えた声で言った。
「美江、ママが悪かったのよ。許してちょうだい」
と、由希ママが言った。
「美江、今から全てを話す。嘘じゃないからな」
と、直純パパがあたしに向かって言った。あたしは、普通に、
「うん」
と答えただけだった。でも、
「僕たちが話します」
と、初めて見る和樹パパがそう言った。しかしまた、
「いいえ、あたしたちに責任がありますので、あたしに話をさせてください」
と、由希ママ。こうして全てが明かされていくのであった。
「あれは、ママが二十二歳の時だったわ」
……とすると、約二十年前になるのか。
この後はとてもあたしでも混乱するのでシナリオ風にいきます。
由希ママ 「直純、早く早く、映画始まっちゃうよ」
直純パパ 「おいおい由希、そんなに急ぐなよ。まだ時間はあるんだし」
そして映画も終わり食事へ行こうとした。だが、由希は以前付き合っていた人と偶然にも再会してしまったのであった。案の定、由希は直純のことなんか気にせずどんどんと近づいていく。向こうも気がつき、
由希ママ 「こんばんは。お久しぶりですね」
和樹パパ 「こんばんは。偶然だね。こんな所で会うなんて……」
理絵ママ 「誰? この人?」
由希ママ 「はじめまして。麻生由希です。和樹とは一緒の会社で働いていました。
でも今は声優の仕事と脚本の仕事をしています」
理絵ママ 「あなたなんかに聞いていないの。それで一体何の用ですか?」
由希ママ 「別に用ってわけじゃないのよ。ただ偶然見かけただけで。和樹、彼女
ができたんだね。やっぱりあたしには嘘をついていたのね」
和樹パパ 「別に嘘なんかついていない」
直純パパ 「由希、一体誰なんだ?」
由希ママ 「……」
和樹パパ 「由希にとってみれば元彼なのかな?」
直純&理絵 「ええ~!」
理絵ママ 「ちょっとどういう意味なの? 和樹、彼女なんていないって言ったじ
ゃないの。由希さんも彼氏がいるのに……。もしかしてあなた浮気し
ているの?」
直純パパ 「由希も今までどうして隠していたんだ?」
由希ママ 「あたしは、和樹とは三ヶ月前に別れているわ。本当よ。和樹も知って
いるでしょう?」
和樹パパ 「俺は由希とはまだ別れていないつもりだったんだけど。俺はまだ由希
のことが好きなんだ。あの日もそう言ったのに、おまえは俺のことを
避けていた」
由希ママ 「あたしは和樹を愛していたのに、どうして? どうしてなの? 初め
てのデートで他の女の人と隠れて会っていたくせに。あたしは許せな
かったのよ。だから嫌いになった。でも最近になって気がついたの。
あたしのお腹の中には赤ちゃんがいるんだって……」
直純パパ 「う・そ……だろう? まさか……」
和樹パパ 「俺だと言いたいんだろう?」
由希ママ 「そうよ。和樹よ……。ごめんなさい、直純」
理絵ママ 「ふざけないでよ! ごめんなさいって言って済まされる問題じゃない
でしょ。今、何ヶ月なの?」
由希ママ 「そろそろ三ヶ月になるわ。けどあたしは産むつもりよ」
直純パパ 「産むって? だって別れたんだろう? それなら堕ろせ」
和樹パパ 「俺のせいか……。でも由希は俺のことなんて愛していないだろう?」
由希ママ 「愛しているわ。でも他の人の赤ちゃんがいるのよ。この子には生まれ
てくる権利があるわ。反対したってムダよ。あたし、一人で産むから」
「それじゃあ、由希ママはそれであたしを産んでくれたの?」
と、あたし。でも、由希ママが、
「いいえ、違うわ。あたし直純と結婚する予定だったんだけど、慌しかったから、結婚式の二日前に流産しちゃったの」
と、由希ママは少し涙を頬に流した。
「そうなのよ。それ以来、由希さんは赤ちゃんが産めない体質になってしまったのよね。あたしたちが一人目を産んだ時は心臓が止まるかと思ったもの。だって急いで病院に駆けつけてきたんだもの。それでこう言っていたわ」
と、理絵ママ。
またシナリオ風にいきます。
由希ママ 「お願いします。その子をあたしたちに育てさせてください」
理絵ママ 「何言ってるのよ! そんなことできないでしょ! 孤児院にでも行ってく
ればいいでしょう?」
こうして二年が過ぎて、また理絵が赤ちゃんを産んだ。そして由希はまたもや病院に走った。
「それって二人目なんでしょう? その子があたしなの?」
あたしは頭の中が混乱してきちゃった。
「だまって聞いていなさい」
と、まだあまり話してもいない和樹パパに怒られてしまった。
次もシナリオ風です。
由希ママ 「お願いします。お金ならいくらでも払いますから、どうかあたしたち
の方に養女として育てさせてくれませんか?」
理絵ママ 「また二年前と同じことを言うの? あたしは絶対に嫌だから。この子
がかわいそうだわ。それにこの子が大人になったときになんて言うつ
もりなの?」
直純パパ 「お願いします。由希の言うとおりに……」
和樹パパ 「本当に育てられるのか? 二人で協力してこの子を立派に育ててみせ
ることができるのか?」
理絵ママ 「あなた何を言い出すの? この子はあたしたちの二人目の子供なのよ。
冗談言わないでよ。あたしは絶対に由希さんなんかに渡したくないわ」
和樹パパ 「本当に君たちが幸せにしてくれるのならかまわない。ただし条件とし
て三年間だけだ。いいじゃないか、理絵。それに俺は由希に対してひ
どいことをしたからな」
「三年なんてあっという間に過ぎ去ったわ。それでもまだ諦めなかったみたいなの」
と、理絵ママが悲しそうに言った。
そしてまた、シナリオ風です。
由希ママ 「お願いです。お金はたくさん払うから」
理絵ママ 「あのねぇ、あたしはお金なんてどうでもいいの。何しろ美江に迷惑な
んかかけたくないのよ」
由希ママ 「お願いだから。美江が高校に入るまできっちりと面倒を見ますからど
うか、どうかお願いします」
理絵ママ 「ふんっ! そこまで言われたらね。いいわ、だったらその日までさよ
うなら!」
「と、いう具合になったのよ。そして、今ここに美江が……」
と、由希ママはまた涙を流した。
「父さんたちは、この長い間ずっと美江を待っていたんだよ。美江のお姉ちゃんも忘れはしなかった。いつでも戻ってこられるようにと願いをかけていたんだ。期限はかなり過ぎてしまったけど、こんなに立派になって安心するよ」
と、和樹パパは嬉しい顔で言った。
ありがとう、直純パパ、由希ママ。それに和樹パパ、理絵ママ。だけどあたしは声に出して言えなかった。一つだけ怖いことがあるから。それはあたしは本当の家族と一緒に住みたいということ。だけどね、こんなこと言ってしまったら友達やおばさま、そして直純パパ、由希ママと離れ離れになってしまう。もう二度と会うことはないと思うから。だから言えないの。
「それではあたしたちは真実を話しましたので、これで失礼いたします」
と、由希ママが言った。
直純パパも映画の仕事があるので帰ることになった。あたしはどうすればいいの? だいぶ迷った顔をしていたんだと思う。由希ママが、
「美江はここで新しく人生をやり直したいでしょう? 勝手なことばかりしたけど、あたしたちはもう十分に満足したわ。こんなに大きく成長してくれたんだもの。あたしたちもそろそろこういう時がくるんじゃないかって内心ビクビクしていたのよ。でも安心して。あたしたちは美江のことは決して忘れないから。学校には連絡しておくわ。あとは雲隠れしていることをやめて、引退するか続けるか自分自身で決めなさい。それでは本当にご迷惑をばかりかけてどうもすみませんでした」
「由希ママありがとう。あたし、理絵ママたちと一緒に住みたいの。理絵ママいい?」
と、やっとの思いであたしは言うことができた。理絵ママは明るく、
「当たり前じゃないの」
と言ってくれた。和樹パパも同じ言葉だった。そうだ、直純パパたちにもう一つ言わなくちゃいけない。
「直純パパ、由希ママ。お仕事頑張ってください。あたし、お正月には映画必ず観に行くね。その日になるまで楽しみにしています。それと今まであたしのことを育ててくれてありがとうございました。生意気なことばかり言ったりしてどうもすみませんでした。あたし、ここでもう一度新しい生活で頑張りたいです」
途中からあたしは泣きながら言った。直純パパと由希ママも泣くのを我慢しているようにみえたのは気のせいだろうか?
「美江、体には気をつけるんだぞ。それではどうもすみませんでした。さようなら、美江」
と、直純パパは言いたいことだけ言って出て行ってしまった。たぶん泣き顔を見せたくなかったからだと思う。由希ママは頭を下げて、
「美江、頑張るのよ。さようなら」
と、言ってくれた。それが最後の言葉だった。あたしはまだ泣いたが、しばらくして泣き止んだ。
「理絵ママ、新しい学校ってどこなの? だけど、そろそろ夏休みだよね? ということはそれまで遊ぶ!」
「アハハ。何言ってるのよ。勉強しなくちゃダメでしょ。編入試験受けなくちゃダメなのよ。その代わり二学期からにするわ」
「え~、そんなぁ。テスト受けるの? 嫌だよぉ~」
と、なんかもう馴染んでいるあたし。和樹パパが、
「受験生に戻った気分でいいじゃないか」
「もう、和樹パパの意地悪。キャハハ」
あたしはもう新しい生活をやらなくてはいけない。新しい自分になってみせる。そして将来は……。あっ、そうだ。あたし芸能界のことどうにかしなくちゃ。こんなことになるんだったらこっちに来てから芸能界に入ればよかった。今頃になってようやく気がついたあたし。そうよ。あたしは一度諦めかけたことはもう一度挑戦すればいいのよ。そう心に深く誓った。そして直純パパたちに芸能界のことについて言った。もちろんあの事件のことも言ったし、それに関連して、雲隠れしていたこともきちんと話した。直純パパたちは、自分で決めればいいと言ってくれた。
夏休みに突入して、美雪と郁美から手紙が届いた。
『美江ちゃん、あたし予想通り一番を取ってみせたよ。だけど美江ちゃんがいなかったから勝負にはならなかったよ。なんか変な気分。先生に聞いたんだけど、なんか大変だったみたいね。それでもあたしと美江ちゃんは永遠のライバルで仲のいい友達だからね。暇があったらこっちに遊びにきてね。いつまでも待っているから。それでは、バイバイ! 美江ちゃんへ 美雪より 』
『美江、元気? 理由はよく知らないけど、新しい生活でも頑張ってね。その代わり、あたしと美雪のこと忘れないでね。あたしたち三人は深い絆があるんだからね。バイバイ! 美江へ 郁美より 』
そうそう、この二人以外にもまた手紙が届いたのよ。それがまたけっこうすごいのよ。芸能科の友達で代表役の結花が綺麗な字で書いてくれたの。
『美江ちゃん。急に引越ししたなんて信じられないと、みんなが口々に言っています。特に鈴ちゃんなんて「え~! 美江さん転校したんですか? あたしどうすればいいんでしょうか?」といき込んでいました。あたしも実は驚いているんだよ。だけどあたしたちはテレビや映画に出演することができるので美江ちゃんが見てくれるし、それに美江ちゃんもまたもう一度芸能界で活躍することができればいつでも会えるので楽しみにしています。そういえばまた週刊誌で人気女優が引退する! って書いてあったから許せないよね。あたしはいつでも相談に乗るし、応援しているよ。それではお元気で。 美江ちゃんへ 芸能科一同より 』
本当、鈴ちゃんってすごいよなぁってつくづく思う。でも勝手に引退だなんて……。いつあたしがそう宣言したのよ! マスコミがあっちこっちと騒ぐからとてもいい迷惑よ。
あたしの夏休みは美里お姉ちゃんに勉強を教えてもらっているの。なんかこの調子だと夏休みどこにも遊びにいけないのかも……。せっかく美雪たちに会いに行けると思っていたのに。なんでよ! なんで勉強なの? 新しい学校の名前は聖蘭大附属高校というところなの。歩いて二十分ぐらいの距離だから嬉しい。おまけに共学校。中学三年間と高校一年の一学期までは女の子だらけの学校だったわけ。それだから学校にきちんとついていけるのかが問題。久しぶりに男の子たちとしゃべれるわけね。あっ、あたし別に彼氏が欲しいというわけでもないのよ。だいたいあたしは恋なんかしてはいけない! とずいぶん芸能界にいた頃に言われ続けていたのよ。はぁ~。
結局、夏休みはお姉ちゃんと息抜きで近くのプールへ行っただけ。しかも満員だったのよ。まあ、お盆の日と重なってしまったから仕方がないんだけどね。お姉ちゃんはとっても優しいのよ。たぶんあんなことがあったから優しいだけなのかなぁって時々思ったりするの。でもそんなことないのよ。本当に親切で優しい。前から兄姉がいたらいいなあって思ってたの。お姉ちゃんとは一緒の高校なの。転入試験を受けに行ったら先生たちが、
「ほ~、並木美里の妹なのか……。お姉さんと同じくらいに期待しているよ」
と、職員室で口々に言われた。こういうときだけは、姉妹と同じ学校にいるのがとてもイヤなのよね。必ず比較されるから……。試験は、な・なんと全部満点だったのでこれにはあたしも驚いたし、お姉ちゃんも。先生たちは結果を見るなり、
「我が校に来てくれてすごく嬉しいよ!」
そんな……。あたし期待されても困るわよ。だってだいたい初めだけなんだし、たぶん。理絵ママは、
「すごいじゃないの! 姉妹揃って難関の高校に入れるなんて……。今日はお祝いよ」
何もお祝いするほどでもないのに……と思った。でも、その夜はとっても嬉しかった。こんなに嬉しいことは今までなかったと思うほど楽しかった。新しい学校の制服や教科書などがいつしか揃った。転入手続きも終わりいよいよ明日から学校が始まる。あたしは胸いっぱいで嬉しい気持ちになった。
そして翌日、あたしはなぜか不安が広がってしまった。
「美江、早く学校へ行こうよ。なにやってるのよ?」
と、お姉ちゃんが優しい声で言った。
「あっ、待ってよ。急ぐから」
と、なるべく元気な声で言うようにした。だけど、お姉ちゃんはすぐに分かったの。あたしの表情を見るなり、
「新しい学校でも大丈夫よ。みんなと仲良くなれるし。あの高校の人たちはみんないい人たちなのよ」
あたしを元気づけて言ってくれたことはとっても嬉しかった。だけどね、お姉ちゃん、あたしは……。仕方なく、
「分かった……」
あたしは自信なしに言った。と、そのとき、
「あらっ、まだいたの? 学校遅刻しちゃうわよ。美里、美江のことくれぐれも頼むわよ。なんたって芸能界に所属しているんだからね。まあ、名前は今までどおり並木美江だけど、芸名はバレないでしょうね。たぶん大丈夫よ」
と、理絵ママが台所から顔をのぞかせて言った。
「は~い、分かりました。美江、行こう」
「うん、行ってきます」
理絵ママがお姉ちゃんに頼んだってムダなのよ。歳が違うのよ。やっぱりあたしの考えすぎかな? 友達なんてすぐにできるわよ。前だってそうだったもんね。お姉ちゃんとは職員室で別れた。そして新クラスの先生と一緒に教室に向かった。先生は男の先生で、年齢からすると四十代前半くらいかしら? まあ前のあの先生よりかは若いし、頼りになるかしら? 教室に入った時はすごく緊張しちゃった。みんなの視線があたしに集まる。よけいに緊張しちゃうよ。
「さて、二学期が今日からスタートする。高校生活初めての夏休みは楽しかったと思うが、気を引き締めていくように。それではこのクラスに新しく入ってきた人を紹介する。自己紹介をどうぞ」
先生の話といったらもっと長いと思ったけれど、こんなにあっさりと終わってしまってはあたしだって困るわよ。できるだけ自信を持って、
「神奈川県の榊原大附属高校から来ました、並木美江と申します。分からないことがたくさんあると思いますがどうかよろしくお願いします」
みんなが拍手で迎えてくれた。
「席は一番後ろの空いてる席に座りなさい。明日から二日間、課題テストがあるからきちんと勉強してくるように。それではホームルームおしまい」
はぁ~。自己紹介だけで疲れちゃった。明日からテストか……。
私の席の隣の女の子二人が早速あたしの話をしていた。もちろんあたしには聞こえないようにだと思うけど全部聞こえちゃった。
「ねえ、光理ちゃん。転入生の子、顔がいいしスタイルもけっこうよくない?」
「あっ、俺もそう思った。芸能人みたいだったよな。やっぱり女の子はああいう子じゃなくちゃね、そう思うよな、支倉?」
と、いかにも美人に弱そうな声だった。はぁ~やっぱりバレちゃうかなあ?
「お前は美人に弱いからだろ? 俺に聞かれても困るよ」
やっぱり当たった。美人に弱いのか。すると光理ちゃんっていう子が、
「何が美人でスタイル・顔・かわいい、なのよ! あんなの転入初日だけでしょ。このあたしよりかわいいとは思えないわ」
と、いかにもあたしのことが大嫌いみたいなふうに言った。もう一人の女の子が、
「さっき、ちらっと見たけど化粧してるよ。ここの学校は禁止なのにね。前の学校は自由だったのかしら?」
しまった! いつもの癖で化粧してきてしまった。転入試験受けた時、先生から言われたのよね。化粧はするなって。そりゃあ一応学校だからいけないかもしれないけど、最近の女子高校生は当たり前だと思うのになあ。仮にもあたしは……。先生方もあたしが芸能人だということは知っている。ただし、混乱を招かないように秘密としている。
光理ちゃんという子は、なんだかイラついてきたのか、そのまま帰っちゃったの。
あたしはというと、先生からもらったクラス住所や名前、ここの学校の校内図とかを一通り見ていた。
さっきの子、沢野光理ちゃんっていうんだ。もう一人の子は誰だろう? あたしはとある男の子の名前に目がとまった。倉田勇也という人に……。この人って確かあの有名な芸能人よね。この高校にいたんだ。大変だろうなあ。普通科なのに。と、すると待ってよ。あたし、この人と……まさか……。あたし、倉田くんと昔、共演したことがあったわ。ましてやあたしは芸能界に所属している身分。今は訳ありで雲隠れしていますということがバレたら……。そういえば、結花が人気女優だったあの人引退するという噂が広まっているのよって教えてくれたんだよね。週刊誌でも大きく顔が写っていたわよね。どうしよう。やばいよ。
あたしはその張本人の倉田くんに声をかけられていることすらも気づかずにいち早く教室を出ようとした。だけど、腕をつかまれてしまった。あたしは恐る恐る後ろを振り返った。見た瞬間、やっぱり。バレた? と思ったけど倉田くんは、そのことに触れずに自己紹介をしてくれた。
「俺は、倉田勇也。君と同じクラスだよ」
はぁ~よかった。何も言われなくて……。
あたしはただ、
「よろしくね」
と言って帰ろうと思った。だけど腕はそのままだったの。え? と思った。まさか、嘘でしょ? だけどそのまさかなのよ。
「君はこんな所で何をしているんだ?」
と、ゆっくりとした口調で言った。もうバレているじゃないの。
あたしはふと思いついたのが、嘘をついちゃえ。そうすればこの場から逃げ切ることができるということを……。もしここで隠れています、なんて言ってしまったら当然のことながら理由を聞いてくるに決まっている。
「何って? 帰るところなのよ。倉田くんこそ腕を離してくれないかしら?」
「俺は、昔、君と一緒に共演したことがあったよな?」
「はぁ? 今なんて……?」
あたしは頭の中が真っ白になった。倉田くんは、
「それだけ言っておきたかったから、じゃあまた明日」
ちょっと待ってよ。どうしよう? あの倉田くんがもしテレビで、あたしのことを一言でも言ったりしたら、あたしはここに居られなくなる。おまけに同じクラス。このことを理絵ママに相談した方がいいのかな? けれど、理絵ママまで早く復帰しなさいと言われてしまったら最悪……。ここはやっぱり何知らず顔でいるのが一番いいのよ! アハハ。はぁ~。
あたしと倉田くんが話しているところを誰かに見られていることに気がつきもしなかった。話の内容までは聞こえていなかったと思うけどね……。
「今の見た、聖路?」
と、沢野さんの友達の子が言った。
「見たよ、バッチリね」
と、聖路くんていう人。この人は支倉聖路という人かな?
「今の光理ちゃんに見られたらやばいよぉ~」
と、心配そうに言うが、とっさに、
「なんで?」
と、即答している支倉くん。
「なんでって言われても。光理ちゃん、倉田くんのことが好きなのよ。まさか知らなかったの? 光理ちゃんね、志望校変えてまでもこの聖蘭に入ってきたんだからね」
「ふ~ん、そうなのか。俺だって沢野……」
「ちょっと聞いてるの? ねえ、聖路?」
「あっ、ごめん。明日からテストだから先に帰るよ」
支倉くんはどうやら沢野さんのことが好きらしい。だが相手が倉田くんだと今頃気がつくなんて、もう遅いわよね。ほんと、男の子ってこういうことには鈍感なのよね。そりゃあ女の子として芸能人が間近で見られるもの、好きになるのが当たり前。だけどあたしは違う。あたしはどっちかというと倉田くんあんまり好きじゃないの。嫌いっていうわけでもない。少し苦手なタイプ。前に一度共演した時にちょっとやりづらかったのよ。それが原因で雲隠れをしているわけでもないんだけどね。もっと他に理由があったの。あたしは倉田くんの前では何知らずの顔でいればいいの。そう家に着くまで心の中で誓った。
家に帰ると早速、理絵ママが学校どうだった? とか、共学と女子高どっちがよかった? かっこいい男の子いた? などといろいろと聞かれたけど、あたしは別にと答えてさっさと二階へ上がってしまった。理絵ママに言えばよかったのかな? と後々に思った。今更いってもダメだと思うし、まあいいや。そのうち倉田くんだってあたしに興味持たなくなるはずだし。明日は課題テスト。みんなどれくらいのレベルなんだろう? あれこれと考えているうちにどうやら眠ってしまった。
翌日、あたしは寝坊をしちゃったの。まあ、幸いテストが始まる五分前には、席に着けたのでクラスのほとんどがあたしをにらみつけてきた。テストの日に限って寝坊をするあたしが悪いんだけどね。
そして次の日になり、テストがやっと終わる頃になり、お弁当の時間になった。午後からは通常の授業があるのだ。あたしはまだ転入してきたばかりで友達なんか一人も居ない。誰一人あたしに声をかけてくる人なんかいなかった。そのうち一人や二人できると思ったので、とりあえず一人で屋上でお弁当を食べることにした。倉田くんも昨日のことを気にしていないせいか声をかけてこなかった。ホッとしたような感じだった。授業は自習が多かったのでラクだった。さあ、帰ろうと思ったとき、誰かがあたしの名前を呼んだ。
「美江!」
あたしは、え? と思うばかり。いったい誰なのよ。あっ、そうか。このクラスにもう一人あたしと同じ名前がいるんだと思っていた。なんて考えていたら、倉田くんがあたしの前にやってきた。あたしは嘘でしょう? と思った。何なのよ、この展開は……。しかも公衆の面前で大きな声で、こっちの方が恥ずかしくなってきちゃったじゃないの。そして、
「あのさ~、一緒に帰らないか?」
と、周りのことは気にしていない倉田くん。
あたしはびっくりするあまりだった。支倉くんが、
「おい、倉田。初めてきた人にいきなり一緒に帰ろうだなんて、気があるのか?」
そこで、沢野さんも、
「そうよ! 聖路くんの言うとおりだわ。なんでなの?」
沢野さんはあたしをにらんできた。あたしは早く帰りたかったのにこんなことになるなんて信じられなかった。今ここで、倉田くんと一緒に帰ってしまうと絶対にあのことを聞かれるに決まっている。だからこそあたしはこの場から逃げ去りたいの。誰か助けてよ。そこへまた支倉くんが、
「おい倉田。おまえは芸能界に入っているからといって、俺が一番かっこいいと思っているんじゃねえのか?」
と、腹を立たせながら言った。倉田くんは、ただだまって聞いていた。いかにも俺が芸能界一番だと思わせぶりの顔をしているのは、あたしだけがそう見えるからなのだろうか?
「そ・れ・よ・り、勇也くん。一緒に帰ろうよ~。あたし寄って行きたいお店があるの。付き合ってくれないかなあ?」
と、あたしの存在を忘れているような感じで、甘ったるい声で沢野さんが言った。あたしはこれで解放されると思ったんだけど倉田くんは、
「あのな~! 俺は今、美江と一緒に帰るという話をしているのだぞ。邪魔をしないでくれる? 支倉、おまえこそ一番だと思っているんじゃないのか?」
と、まだ懲りずにあたしと一緒に帰るつもりで言った。あたしも素直に一緒に帰れないと言えばいいんだけど……。この状態だとなかなか話に入れないし、結局最後まであたしは話を聞いていた。
と、そこへ、
「邪魔ってどういう意味? それに並木さんを呼び捨てで言うなんてどうかしているわ。勇也くん、いつもだったらそんな態度しないでしょ?」
と、沢野さんがまたあたしをにらんできた。今度は前よりいっそう怖かった。
あたしはつくづく、あ~、沢野さんは本当に倉田くんを好きなんだと感心していた。倉田くんは少し間を置いてからこう言った。
「沢野たちには関係だろ。さあ、美江行こう」
「ひどい、勇也くん、関係ないなんて……」
あたしは倉田くんに腕をつかまれた。一瞬ビックリしちゃった。だけどあたしは思い切って。
「あの~、あたし早く帰りたいので、一人にしてくれませんか?」
それにも関わらず、
「じゃあ、俺も早く帰るから」
と、言う。なんでこうなるわけ?
「え? だけど、せっかく沢野さんが倉田くんを誘っているのにそれを断るなんてかわいそうじゃない?」
と、無意識のうちにしゃべってしまった。
「並木さんにかわいそうなんて言われたくないわ。あたし腹が立ってきたわ。先に失礼するわ。そうだ、並木さんに一つ言っておくわ。あなた、転校してきて威張っているんじゃないわよ! そのうちクラスのみんなからひどい目に遭うかも知れないわよ? それでは、さ・よ・う・な・ら」
と、沢野さんはそれだけ言って帰って行った。そこにもう一人の子がまたあたしに言ってきた。
「光理ちゃんを本気で怒らせるとあとが怖いわよ?」
と、言った。
そして支倉くんとあたしと倉田くんをにらみつけて帰って行った。あとで思ったんだけど、あたし別に威張ってなんかいないわよ。ただ単に周りからそう見えるだけよね。倉田くんは倉田くんで、
「気にすることないよ」
だってさ。本当にこの人、芸能人? と思っちゃった。
「あのさ~、急いでいるんだったら、マネージャーが車で迎えに来ているから乗っていきなよ。……。その顔は何か言いたそうだな。もちろん今だって現役で芸能界所属しているんだから。どこかの女優とは……。あっ、別に深い意味はないからさ」
そのどこかの女優というのはたぶん、あたしのことだと思う。はっきり言えばいいのになんでこんな言い方をするわけなの? 一応、車で家の近くまで送ってもらったことはいいんだけど、倉田くんのマネージャーが間違えてというか、あの名前で呼んだことは気のせいなのだろうか? やっぱり、芸能界に入っている人は分かるんだよね。だけど、咲子たちは分からなかったのよね。まあ、一緒にテレビ出演したことがなかったからそうかもしれないけど、普通は分かるんじゃないのかなあ? それともあたしが雲隠れをしている理由を知っていて隠しているとか? いろいろと考えているうちに家の近くの公園に着いてしまった。お礼をきちんと言って車から降りた。あたしが降りた後、まさかこの二人がこんな話をしていたなんて知る由もしなかった。
「勇也、おまえの言っていたことは本当だったんだな。でもすぐに分かるなんてさすが一緒に共演している勇也だな」
と、マネージャー。
「当たり前だよ。彼女のことは雑誌や週刊誌でもいろいろと騒がれていたしね。顔を見てすぐに分かったよ」
「俺もビックリしたよ。まさかこんなところへ引っ越してきたとわね。なんたって父親は映画監督で有名だし、母親は声優や脚本家で有名なんだもんな。そういえば、急に決まったことなんだが、明後日からドラマのロケだ。学校にはもう連絡済だから。けどおまえもあそこの学校を転校して、この芸能科もないところに行くなんて信じられないよ。まあ、おまえの親父さんが転勤したから仕方がないことか。今の学校なんてつまらないだろう?」
と、運転しながら言うマネージャー。マネージャーさんや倉田くんは、由希ママや直純パパが本当の両親だと思っている。でもいずれはバレてしまうことなんだよね。
「つまらなかったよ。だけど彼女がここに転校して来てくれたから楽しくなるよ。そういえば、この間の週刊誌に書かれてあったことは本当のことなのか? ほらっ、本当の両親は違う! って」
「あ~、あれか。本当のことはよく分からないよ。なんたってマスコミはそういうことが好きそうだからな。おまえが直接本人に聞けばいいことだろ?」
「ま~それはそうだけどさ~。言おうと思ったところへ邪魔が入っちゃってさ。でも彼女がここに来た理由はただ一つだと思うよ」
「何だよ、その一つというのは? 勇也、本気で彼女のことが好きなんだな。まあ、ほどほどにしておけよ」
「秘密。早く台本見せて」
と、照れながら言う。
あたしは理絵ママに言おうか言わないかすごく迷ってしまった。明日になれば、またあの人はしつこくあたしにかまうのだろうか?
翌日、学校に着いてみると、
「おはよう、勇也くん」
と、昨日のことなんてどうでもいいのか、あたしの目の前で堂々と見せつけてきた沢野さん。声をかけられた倉田くんは、沢野さんを無視してあたしの方へ向かってきた。もちろん、あたしは無視をするつもり。沢野さんは相手にしてもらえなかったせいか、あたしをにらみつけて行って教室へ入って行った。案の定、あたしは倉田くんに呼び止められたのであった。
「美江、おはよう!」
と、一言だった。あれれ? もっと何か言うのかと思った。
倉田くんは挨拶をしてそのまま教室へ行ってしまったの。なんだか変な感じ。そのころ教室では、
「沢野、倉田まだ下駄箱にいたのか?」
と、支倉くんが言った。その答えに、
「いたわよ! あの並木美江と一緒にね!」
と、朝から苛立たしくて言った。
「やっぱりか~。あいつ絶対、並木美江のこと好きなんだよ」
「やめてよ、そんな言い方! あっ、そうだ。いい考えがあるの。あの並木美江をこらしめてやるのよ。もちろん、勇也くんには見つからないようにね。ねっ? いい考えでしょう?」
沢野さんはこの作戦で満足の笑みを浮かべた。と、そこへ、
「え? 何々、何の話? ……うそっお~! マジ? だけどいいよな、その考え」
予鈴が鳴ると同時にもう一人の男の子が横から入ってきた。あたしはその前に席に座り、ボォ~っとしていた。まさか、クラスのほとんどがあたしをいじめるつもりなんて知る由もしなかった。
「次の放課後から、みんな開始するわよ!」
と、沢野さんが大きな声で言った。
あたしは何のことだか分からないまま授業が終わる放課後を待っていた。
そして、とうとう放課後になった。
「勇也くん、さっき大地くんが勇也くんのことを探していたわよ。確かつきあたりの廊下で待っているとか言っていたけど……」
と、嘘の情報を流す沢野さん。
普通、好きな人にこんな嘘をついてしまっていいのだろうか? 倉田くんは沢野さんの言うとおり教室を出て行ってしまったの。あたしはトイレに行こうと席を立ったけど、誰かに足を掛けられてしまい転んでしまったの。
「あらっ、並木さんごめんなさいねえ~。あたし足が長いものでね。一つ言っておくけど、あなた邪魔なのよね! だいたいこんな時期に転校してくるなんて前の学校で問題でも起こしたのかしら?」
と、沢野さんの友達の高橋結菜さんが言った。
さっき、授業の時に当てられていたから名前が分かったの。あたしはケガをしなかったことはいいけど、また次に誰かがあたしの足を引っ掛けてきたの。
「っ痛!」
と、あたしは叫んだ。
でもクラスのみんなはあたしを笑いものにするか、無視したりしていた。あたしがこうやって次々とひどい目にあっている最中、倉田くんはまだ、突き当たりの廊下で宮本大地くんを待っていたの。そこへ、沢野さんがわざとらしく声をかけた。
「勇也くん、どうかしたの? そうだ、教室まで一緒に行かない?」
「ごめん、俺、宮本を待っているから。それにしても戻ってくるのが遅いよなぁ。沢野、知らないか?」
「え~! 大地くんならもう用事が済んだとか言って教室に戻ってきたわよ。だ・か・ら、一緒に戻ろうよ」
沢野さんはどうやら作戦がうまくいったみたいでとても嬉しそうな顔をしている。でも、倉田くんはそんなこと知らない。結局、沢野さんに無理矢理腕をつかまれ一緒に教室へ戻ってきた。
「ありがとう、勇也くん。優しいのね。あたしそういう人大好きなの」
沢野さんはみんなに見せつけるため、倉田くんにべったりとひっついて甘い声で話したりしているの。いかにもあたしたちは公認のカップルです! と宣言しているみたいなの。
その頃、あたしはまだクラスの笑いものになっていた。なんであたしがこんな目にあわなくてはいけないの? あたし何かしたっけ? ……まさか芸能人だということがバレてしまったの? 考えているうちにまた他の一人が、
「あっ、ごめん。並木さん机倒しちゃった。そうだいいものあげるよ! ほらっ!」
この人支倉くんだったかしら? ……う・そ、何なのこれは……?
「きゃあ~!」
あたしは思いっきり声を上げて叫んだ。でも誰も助けにはこないの。支倉くんとクラスメイトたちはまたさらに笑い出した。
「バッカじゃねえの! 単なるおもちゃの蛇だぜ。おもしれぇ~。おまえに言うけど倉田には近づかない方がいいぜ。あいつ、芸能人で何を考えているのか分からねえしな」
なんでほとんどの人が倉田くんの話しかしないわけ? やっぱりあたしのことを知っているからなの? そういえば今って、放課後よね。何で全員残っているわけ? おまけにあたしのことばかり見ているし……。他のクラスの人たちはどうしちゃったの? これだけ騒いでいるのに誰も来ないなんてどうかしているわ。ここから職員室は校舎が違うからいくらなんでもさっきの叫んだ声が聞こえるわけがない。もし仮に聞こえたとしてもどうせただ単にバカ騒ぎをしているだけだと思い込んでいるに違いない。こんなときあたしはどうすればいいの? あたしまさかこの教室から出られなくなっちゃったの? このときあたしの中で何かがはじけた。
「並木さん、化粧はしてはいけないよ。もしかして素顔がお化けだったりして? それにパーマもかけているなんて俺たちをバカにしているのか?」
この人は宮本くん。あたしが化粧をしていることなんで分かるわけ? それにしても素顔がお化けだなんて、それが女の子に対して言う態度なの? ここの高校の人たちはみんなマナーに気をつけていないわけ? お姉ちゃんは、友達なんてすぐにできると言ったけれどその逆だわ。あ~あ、前の学校に戻りたくなっちゃったよ~。
そして問題の二人が教室に入ってきた。
「あら、みんなどうしたの? 課外授業始まるわよ」
と、何事もなかったように沢野さんは言った。
「あっ、光理ちゃん、二人ともラブラブなカップルだね。いいよな~」
と、言いながらあたしのほうをにらみつけてくる高橋さん。
「あらぁ~本当? あたしもそうかなぁって思っていたのよね。勇也くんはどう?」
「勝手にすれば。別に沢野のことなんかなんとも思っていないから」
と、倉田くんは席に着こうとするが、引き止められた。
「ちょっと、勇也くん。光理ちゃんに対して何てこと言うの? 失礼じゃないの?」
「いいわよ、別に気にしていないから。勇也くんは恥ずかしがりやなのよね」
本当はすごく気にしているくせに……と思うあたし。あたしは机を元に戻して次の授業の用意をした。チャイムが鳴り先生が入ってきた。授業中にあたしと勇也くんを除いて手紙が回っていた。内容はどうせあたしのことだと思うの。
その後は何事もなく授業が進んでいった。そして授業も終わりあたしは帰ろうとした。教室を出た後で、大きな声で、
「いい? これは並木美江を泣かす作戦なのよ! どうせあの女が勇也くんをたぶらかせたに違いないわ。かわいそうな勇也くん」
もちろんこの言葉は勇也くんにも聞こえたわけで、別に何も思っていない様子で用具を鞄に入れて教室を出てきたの。そしてあたしの後をつけてきた。
「とんだ災難だったね、美江」
と、一言だけ言った。
「別にそんなこといいのよ。倉田くん、あたしあなたのことおぼえてなんかいないわ。何が目的なの? あなたも沢野さんたちみたいにあたしをいじめるつもりなの? そんなことして何が楽しいの?」
あたしはどこかのドラマの名ゼリフを入れて言ってしまった。どうやら倉田くんは気がついていないようね。
「俺は沢野たちなんかとは関係ないよ。美江をいじめるなんてそんなことできないよ」
「嘘よ、そんなの」
と、少し怒ったように言うあたし。そしてなぜか沢野さんがあたしと倉田くんの間に割り込んできた。
「お芝居はその辺で終わりにしたらどうなの? 並木さん、あなたどういうつもりで勇也くんと一緒にいるわけなの? 今度は誰にも邪魔なんかさせないわよ。勇也くん、あたし話があるのよ。お茶でもどう? あたしがご馳走させるわ」
と、ムリに倉田くんの腕を引っ張って行った。
あたしもその場から逃げればよかったんだけど、運悪く高橋さんと目が合ってしまったの。向こうはもう逃げられないわよ。というような目つきであたしを見てくる。
「さあ、みんな並木美江をかわいくさせてちょ~だい」
と、高橋さんが言った。
あたしは逃げようと走ろうとしたが男の子に髪の毛を引っ張られてしまったの。
「きゃぁ~、いやぁ~! やめて。離してぇ~!」
「どうせ今の言葉もお芝居なんでしょ?」
「違うわよ。沢野さんもあたしをいじめて何か得することでもあるの? あたしが沢野さんだったらこんなバカバカしいことなんかやらないわ」
あたしはありったけの声で沢野さんに聞こえるように叫んだ。
「うるさいわね~。光理ちゃんにそんなこと言ったらどうなるか分かっているわよね?」
と、高橋さん。そのとき、廊下の端から倉田くんがこっちへ走ってきた。
「おい、やめろ高橋! 悲しむのはおまえらなんだぞ!」
一瞬、静かになって廊下を歩いている人たちが振り返った。でも、高橋さんはやめなかった。
「なあに? 何を止めればいいの、勇也くん? こんな風にやめればいいのかしら?ほらっ、こんなのどうかしら?」
「いやぁ~……や、やめて……先生に言いつけるわよ!」
「言ってもムダよ。先生には並木さんがあたしたちをいじめてくるんですって言うの。ご心配なくてよ。あたし勇也くんと一緒に帰るところなのよ。邪魔しないでくださる? 結菜も適当にやっておいて。失礼!」
と、沢野さんは倉田くんの後を追いかけてここまできたの。
こうしてあたしはみんなからイヤと言いたいほどいじめられた。ふとそのとき思いついた。あたし、沢野さんたちの言うようにお芝居をしていたのかも……。昔のように……。あたしが芸能人だということを知っているの? どうして? なぜ今まで気がつかなかったのだろう? まさか倉田くんは初めから気づいていてあたしを助けてくれなかったとか?
下校時刻をまわったので教室に残っている人も数人だけになった。と、そこへ倉田くんと一緒に帰ったはずの沢野さんが戻ってきて、高橋さんに、
「結菜、一緒に帰ろうよ。早く帰って明日からの作戦を考えなくちゃいけないわ」
高橋さんも目をまんまるにして沢野さんの顔を見つめた。何かあったのかしら? と首をひねって、でもその原因を聞いてはいけないような感じだったので、
「うん。一緒に帰ろう」
と、あたしの方を見ながら帰っていった。あたしはしばらく教室に残っていて、窓から外を眺めていた。見回りの先生たちが来たので帰ることにした。昇降口にはなんと倉田くんがあたしを待っていたのだった。
「大丈夫、美江? 保健室に行ったほうがよくないか……?」
倉田くんの顔を見たらホッとしたような感じになった。そのせいかあたしは、いろいろとしゃべってしまった。ただ倉田くんは何も言わずにあたしの話を聞いていた。それなのに最後にあたしはひどいことを言ってしまった。
「倉田くん、あたしのこと呼び捨てで呼ばないで欲しいの。それにあたしとしゃべるのもこれっきりにしてください。もう一つ言いますけど、あたしに近寄らないでください。あたしが転入してきてまだ学校生活に慣れていないのは分かりますが、あたし……あなたのこと大嫌いなの!」
言い終わった後、ヤバイ! と思った。最後のは取り消しね? と言っても言ってしまったのはもう遅い。あ~、どうしよう。
「君が俺のこと大嫌いだとしても、俺は美江のことが大好きだよ。だって、君は……。あっ、……いや、なんでもないんだ」
「何が言いたいの? はっきり言ってよ!」
「君は、女優になるために一生懸命やっていたんじゃないのか? それが、なんだ。勝手に行方をくらませファンにも謝罪することなくこうやって雲隠れをし続けて本当にいいのか?」
「私のことも知らないくせにそんなこと言わないで!」
それだけ言うと走って家まで帰った。どうしてはっきりと言わないの、倉田くんは? 家に帰るとお姉ちゃんがあたしの顔を見るなり
「どうしたの? 学校で何かあったの?」
と、言った。あたしは、
「お姉ちゃん、倉田勇也くんって知ってる?」
「え~、知っているわ。でもなんで? 美江、昔、一緒に共演したことあるんでしょう?」
「お姉ちゃん、あたしのこと誰かにしゃべった? あたしってあの芸能人に見える? あたし芸能界に早く復帰した方がいいの?」
「どうしたのよ? 学校で何か言われたの?」
あたしは泣きながらお姉ちゃんにいろんなことを言った。いじめられているということは秘密にしておいた。理絵ママに心配をかけたくなかったから……。
「美江、倉田くんは美江のこととても心配しているのよ。だって……」
お姉ちゃんはあたしの髪を撫でながらそう優しく言ってくれた。
夕飯は、思うように箸が進まず食べ物が喉の奥底に引っかかっているような感じだった。理絵ママが、
「具合でも悪いの?」
と、聞いたけど、
「なんでもないの。ごちそうさま……」
と、言って二階へ上がった。お姉ちゃんもあえてさっきあたしが言ったことは理絵ママに何も言わなかった。
あたしは気分転換で外へ散歩に出かけた。頭の中は芸能界のことでいっぱいだった。そして……あの事件の日を思い出した。あたしにとっては思い出したくない惨劇な事件だった。
あたしが中学二年生の夏の日だった。その年は今までの中で一番最悪な年だった。もう二度とあんな事件を起こしたくない!
あの夏休みはもちろん部活があり午前中で終わっていた。あたしは偶然にも理科がとても苦手で補習を受けなくてはいけなかったのである。なので部活を休んで補習に出た。でも、何度やってもダメだった。補習に出ていなかった友達に聞いても、ちんぷんかんぷんだった。それだけあたしは理科が苦手だったのだ。半日なんてあっという間に過ぎてしまって、数人の人たちだけが午後からもう一度補習を受けなくてはならなかった。もちろんあたしもその中に含まれていた。家に帰っても、由希ママには嘘をついて、
「午前中、部活に出なかったから午後から出てくるね……」
と、言ってしまった。
もしここで補習のことでも言ったりしたら怒られるに違いない! と思ったあたしが馬鹿だった。嘘さえつかなければ……。なんと午後からは簡単に補習が終わってしまい、友達を待っていた。そのときに早く帰れば良かったのだけれど、あまりにも早い時間だったので帰ることができなかった。友達と帰ろうとしたが、暇つぶしに自分の家とは違う方向へ、つまり友達の家の方へと向かって歩いていた。しばらくしてあたしは友達と別れることになった。そして自分の家へと向かった。あたしはその頃好きな人がいて、そのときも好きな人のことを考えていたの。会いたいなぁって思ってたの。ふと振り返ってみると男の人が数十メートル後ろに歩いていた。その日は珍しく門が開いていて、いつもどおり郵便受けをのぞいていた。そうしたらさっき後ろを歩いていた人がなぜか自転車に乗っていてあたしの家の前をゆっくりとあたしの方を見ながら通り過ぎていった。でもその人は家を通り過ぎた途端にすぐに自転車を止めたの。あたしはしばらく木の陰でじっとしていた。そして、あたしは……。自分専用の鍵を持たされていなかったため、インターホンを鳴らしてからじゃないとあたしの家は玄関を開けない仕組みになっていた。いつもどおり誰かが出てくるのを待っていた。そうしたら、男の人が敷地内に入ってきて……。と、同時におばさまが、
「はい?」
と、何度も家の中から返事をした。
でも、あたしは声が出せなかった。そのときにはすでに男はあたしの目の前まで来ていて、あたしが、
「何の用ですか?」
と、声を震わせながら何度も聞いた。でも、男は何も答えなかった。答えなかった変わりに男はあたしの肩をつかんで無理矢理、あたしの頬にキスをしてきた。その同時にあたしは思いっきり、
「きゃぁ~!」
と叫び続けた。
そして、男は一目散に走り去っていった。そのあとにおばさまが玄関のドアを開けてくれて、
「何度も返事をしましたのにどうして答えてくれなかったのですか?」
と、当然ながら聞いてきた。
あたしは泣きそうなくらいで何も言わずに自分の部屋に行った。そのとき、由希ママは何かの打ち合わせで電話をしていて電話が終わったら、当然のことながら、
「さっきの悲鳴はなんだったの?」
と、聞いてきた。
あたしはそこでも嘘をついて、
「蛇が出てきたの」
と、言った。
本当のこと、あたしの家では何度も蛇が出現しているの。あたしはまだ一度も見たことがないわけだけど……。あたしはまた急いで自分の部屋に戻って服に着替えて、しばらくボォっ~とたたずんでいた。今、起きたことを由希ママに言おうか言わないかすっごく迷っていた。勇気をもってまず、顔を思い切り洗顔で洗った。そして、震えながら泣きながら、由希ママに言った。由希ママはビックリして急いで学校と警察に電話をした。そのうちに直純パパも帰ってきたの。この日は直純パパは仕事がなく休みだったので、近くまで買い物をしに門を開けっ放しのまま車で出かけていたのであった。あたしは男の顔を思い出すために紙に似顔絵を書いた。しばらくしてから警察が来て事情聴衆を受けた。あたしは何度も泣いたのでしゃっくりが止まらなかったのを覚えている。学校の担任からも電話がかかってきたりして、何度も同じことを繰り返して言った。あたしは足の震えが止まらなくなって立っているのがやっとだった。次の日からの部活はしばらく休んでお盆になる前にテニスラケットを取りに由希ママと一緒に車に乗って学校へ行った。出かける前に学校へ一応連絡してから行った。そして今度は校長室みたいな所のソファーに座って、部活の顧問の先生からあの事件のことを聞かれた。途中で泣きたくなったけど我慢して最後まで歯を食いしばって言った。先生はそんなこと気にせずに、
「部活に来い! 送り迎えしてあげるから」
と、言った。
でも担任の先生からは、
「夏休み中は部活に行かなくてもいい!」
と、言われた。
顧問の先生から何度も念を押されたので、仕方なく由希ママに車で毎日、送り迎えをしてもらった。時には、先生が送り迎えもしてくれた。
二学期になって担任の先生から、部活のことを聞かれた。
「行きました」
と、言うと、先生はビックリして、
「本当に、大丈夫なのか?」
と、心配そうに言ってくれた。
偶然にも友達がその話が何のことなのか知りたくて何度もあたしを問い詰めてきたけれど、あたしは一言もしゃべりたくなかったので、
「なんでもない」
と答えた。
そして今度は、部活の友達があたしと同じ目に遭ったという話を数ヵ月後に話してくれた。あたしも同じことが起こったという話をするとお互いがびっくりしていた。でもその子はすぐに彼氏が出来てその彼氏から守ってくれたようなの。あたしはというと……。それっきり、芸能界から姿を消してしまったの。外へ出るのがとっても怖かった。あの事件が起こってからというものあたしは男性恐怖症になり、とても芸能活動をしていることなんて耐えられなかった。あの夏休みの時は、新しいドラマの撮影があったけど、それもイヤだったので降板してずっと家に閉じこもっていた。当然の事ながら電話の問い合わせやマスコミがいろいろと世間を騒がした。学校は転校せずに、もう一つの家に分からないように移り住んだ。そこは直純パパたちのアトリエだった。直純パパや由希ママはしばらく仕事を休んでくれた。それでもマスコミはしつこく有名監督である直純パパにあたしのことを聞いてきた。半年間、その話題で騒がれていたがいつの間にかおさまってきていた。でもここ最近、また騒がれるようになった。直純パパと由希ママとの映画撮影で一躍有名になったということもある。一つ、言い忘れたけど、あの新ドラマを撮影する前に配役は既に決まっていてあたしの彼氏役が、あの倉田勇也くんだったのだ。それだからこそとってもイヤなのだ。あと、一つ、家を移り住んでからあたしが由希ママの子供じゃないっていうことが判明したの。ずっと不思議に思っていたのよね。直純パパたちの苗字が『森島』。でも、あたしの苗字は『並木』だった。『森島』という苗字は芸名だったと信じていたからあたしも芸名は『森島由梨香』なのである。だからこそ、あの年は最悪な年だったのだ。
あたしはこれからどうすればいいのだろう? 公園のベンチに一人ポツンと座っていたら誰かがあたしの名前を呼んだ。振り返ってみると和樹パパだった。
「美江! 何をしているんだ? もう十時を過ぎているぞ」
「和樹パパ、おかえりなさい。和樹パパ、あたしね……」
そしてあたしは和樹パパに抱きついて静かに泣いた。
その晩の遅くにあたしは、和樹パパたちにあの事件について全部話した。お姉ちゃんは、
「学校、共学だけど本当に大丈夫なの?」
と、あたしをなぐさめてくれた。理絵ママは、
「芸能界から逃げたということはそのことがあったからなのね。でも、どうするつもりなの? あたしたちは美江が復帰してくれたらどんなに嬉しいことなのか……。美江のファンだって同じ気持ちよ。倉田くんだって心配しているんだから。美江にとっては、すごくイヤなことだった。その気持ちは十分に分かるわ。でもね、これから先そのことについてずっと背負っていくなんてそれこそイヤになるでしょ?」
ありがとう、みんな。確かにあの事件はあたしにとっては悲惨な事件だった。犯人も捕まらずでそのまま。芸能界も順調に進んでいた矢先にあの事件が起きたわけだしそれで突然降板して、そのまま消えたあたし。やっぱり、このままじゃダメだよね。あたし、好きで芸能界入りしたんだもん。今もちょっとだけ男の人の前になると怖いけど芸能界のお仕事はもう一度やってみたい。直純パパたちのように有名になりたい。
「理絵ママ、あたしもう一度頑張ってみるよ!」
そう活きこんであたしは深い眠りに陥った。
翌日、学校へ行ってみるとあたしの机がなかったの。このままではいけないと思ったあたしは、沢野さんたちが来るのを待っていたの。
「沢野さん、あたしの机どこへやったの?」
「並木さんの机? そんなのあたしが知っているわけないでしょ! あたしは昨日、あなたより早く学校を出たのよ。そんなことができると思うのかしら?」
「だったら誰があたしの机を持っていったの!」
最後の一言であたしは教室にいるみんなに向かって叫んだの。そうしたら、
「あたしがやったのよ」
そう答えた。沢野さんもビックリしたみたい。
「ごめんなさい、あたし……」
と、あたしに謝ってくる高橋さん。そこへ沢野さんが、
「結菜! あたしがオッケーしていないのに勝手にそんなことしないでちょうだい!」
犯人は、高橋さんだったの。机は備品倉庫へ運んだらしいの。仕方なくあたしは急いで机を取りに行った。この日は珍しくほとんどが自習だった。先生も来なくてみんなあっちこっちで騒いでいた。そういえば今日、倉田くんの姿が見当たらない。休みなのかしら?
最後の授業のベルが鳴ると共にあたしは急いで帰ったの。今日は本屋へ寄るの。久しぶりに本屋へ行くので楽しみなの。新刊の小説とマンガを買わなくちゃいけない。あとそれと、週刊誌の立ち読みをしていた。あたしのことはあんまり大きく書かれていなかったが、『最近、芸能界から薄れてきた人たち』のランクにあたしの芸名があったの。しかも堂々と一位にランクされていたの。あたし、ため息が出ちゃった。一時間くらい本屋にいて家へ帰るところ。
「ね~ね~、光理ちゃん。今度はどんな作戦にするの? やっぱり今日みたいな感じかな? それとも……光理ちゃん? あたしの話聞いてるの?」
と、今朝起こったことはどうでもいいように高橋さんはしゃべっていた。
「聞いてるわよ。でもこれからはあたしに言ってちょうだい。話し変わるけど、結菜、並木さんって誰かに似ていると思わない?」
と、首をかしげながら高橋さんに言う。
「はあ? 誰に似ているって? 突然どうしちゃったの?」
「あら、並木さんだわ」
そうポツリと沢野さんは言った。
「あ、本当だ。ちょっと驚かせようか?……光理ちゃん?……並木さんばかり見つめちゃってどうしちゃったの?」
と、高橋さんは首を傾げるばかり。高橋さんの話を聞いていない沢野さんは、
「似てる……似てるのよ!」
そう言うと、沢野さんは慌てて走り出した。訳が分からない高橋さんは、
「ちょっと! 光理ちゃん、何が似ているのよ?」
と、沢野さんの後を追って行った。
あたしは沢野さんたちが反対側の道で歩いていることも知らずに、ただボォッ~と歩いていた。
「やっぱり、そうだわ! あの子あの人だわ!」
まさか沢野さんたちがこんな会話をしていたなんて全然知らないあたし。なんか明日から学校へ行きたくなくなっちゃった。昨日は理絵ママたちに、がんばるねって言ったのに……。約束が守れなくなってしまう。はぁ~。しかもこのケガを見られたりでもしたら、何を言われることやら……。そう心の中で思いながら信号を渡ろうとしたその時、誰かの声があたしの耳元に届いてきたの。
「あっ! 並木さん、危ない!」
あたしはとっさに声がした方向へ振り返ってみた。でも、振り返る途中に信号が赤になっていることに気がついたの。慌てて戻ろうとしたがもう遅かった。
車のブレーキのきしむ音。それと、なんだか鈍い音がした。あたしはそのまま意識がなくなっていったの。
「光理ちゃん、今のぶつかった人って、並木さんだったよね?」
一部始終を見ていた沢野さんたちは唖然としてその場に立ちすくんでいた。
「そうよ。だけど、嘘よ~!」
「見に行ってみる? 光理ちゃん? あれ? 光理ちゃ~ん!」
高橋さんが言う前に沢野さんはあたしが横断歩道で倒れている所へとかけつけてきたの。車を運転していた人が外に出て、あたしを呼び起こす。
「おい、君。大丈夫か? だ、誰か救急車を……早くしてくれ!」
「並木さん! 並木さん!」
私の元に駆けつけた沢野さんも何度も呼び起こす。
「君、友達? 警察に連絡をして欲しいんだ」
その後、あたしは近くの中央病院へと運ばれた。病院への付き添いに運転士、沢野さんたちが来た。
「光理ちゃんさっきの意味どういうことなの?」
まだ状況がつかめていない高橋さん。
「あとできちんと話すから……今は並木さんの命のことを考えるべきよ!」
と、沢野さんはあたしの心配をしてくれたの。
しばらくしてから理絵ママとお姉ちゃんが病院へ着いた。
そして治療も終わり理絵ママが、
「先生、娘は……、美江は助かったのですか?」
ちょうど理絵ママが家にいて買い物に出かける前に警察から電話がかかってきたらしいの。
「大丈夫ですよ。しばらく安静にしてください。明日、脳の検査を行いますので入院の手続きをしてください」
あたしはまだ病院にいること事態知らなかった。意識がなくなってから、ずっと夢を見続けていた。そう、その夢は初めて倉田くんと会った時のことを……。
「母さん、美江は大丈夫なの?」
と、お姉ちゃんが言った。お姉ちゃんは学校から病院まで走ってきたらしいの。そこへ和樹パパもかけつけてお姉ちゃんと同じことを尋ねた。理絵ママは落ち着いて、
「大丈夫よ」
と、言った。
その時、理絵ママの視線には見たことのない女の子二人がいた。その女の子は、
「あの~……」
と、気まずそうに言った。
「あなた美江のお友達なのかしら? 美江なら大丈夫よ。心配かけてごめんなさいね」
と、理絵ママは言った。
「いいえ、まだ友達ではないんです。一つ聞きたいことがあるんですけど……」
そう、この女の子は沢野さんだったの。あたしも信じられなかった。理絵ママは、沢野さんに、
「何の御用でしょうか?」
と、言う。まさか理絵ママもこんなことを質問されるなんて思ってもみなかった。
「並木美江さんは、……芸能人ですよね?」
「え?」
と、驚く理絵ママ。それに和樹パパやお姉ちゃんも……。
理絵ママの頭の中は、沢野さんが言った言葉が焼きついていた。
並木さんは芸能人ですよね?
……芸能人ですよね?
……ですよね?
理絵ママは我に返り、息を殺して、
「どうしてあなたが知っているの? まさか美江が自分から言うなんてありえないと思うし」
「だったらあのコマーシャルで人気だった『森島由梨香』なんですか?」
理絵ママはごくりとつばを飲み込んだ。もう理絵ママの顔はバレてしまったからしょうがないわねという顔をしている。その逆に沢野さんは笑い顔だった。
「そうよ、あたしの娘、美江はあの有名な森島由梨香よ。あなたも週刊誌やテレビなどですでに知っているのかもしれないけど、事情があって今は芸能界を休止しているの」
「実は、最近顔をじっくりと見ていたら、見覚えがあったので……」
「そう、やっぱりね……」
理絵ママ自身もこのことを知りながら隠し通すのが辛かったらしいの。だから毎日学校へ行く前に、
「くれぐれもボロを出さないように気をつけるのよ」
って言われた。
それでも沢野さんはまだ納得がいかないようなの。
「あの~、やっぱりってどういう意味なんですか?」
理絵ママは先程先生から言われた言葉を思い出し、今度は、沢野さんが驚くようなことになってしまったの。
「あなた、沢野光理さんでしょ?」
沢野さんはまさか自分の名前が出てくるなんて……と不思議に思う。
「先生が教えてくれたのよ。あなたとクラスメイトたちが、美江をいじめていたってね。美江はいじめられていたせいで自殺でもしようと思ったのかしら? そうですよね、先生?」
沢野さんは、先生にバレてしまいどうしよう! というような顔つき。
「ええ。そうですよ。僕も初めはびっくりしたんですよ。ある男の子が言いに来てくれて助かりました。それでしばらく様子をみていたらなんだか足や腕にあざができていたものですから……仮にも美江さんは芸能人でしょ? 下手したらあとあと問題にもなりますからね」
と、先生が言った。
「あの、その男の子の名前は?」
と、和樹パパが尋ねた。
「倉田勇也です。ご存知かもしれませんが、彼も芸能界に所属しています。美江さんも一緒の芸能界でたまたま知り合えたことで嬉しかったと思いますが……」
すでに先生にもあたしが芸能人であることがバレてしまっているのだ。理絵ママは理絵ママでいろいろとしゃべりまくっているし……。
「やっぱり、分かりましたか? あの子、今は事情があって休止しているものですから……。だけど、もうそろそろ本人も復帰したいと言っておりました。ご迷惑をかけてしまいどうもすみませんでした」
「いいえ、謝るのは僕たちのほうですよ。沢野、きちんと謝りなさい」
と、先生は沢野さんのほうを向いて言った。
「そんな、わたしたちに謝ってくれるより美江のほうがいいと思います」
あたしはだんだんと意識が戻り始め目をうっすらと開けた。でも、頭を打ったせいか少し痛かった。ここがどこなのか全然分からなかった。
「ここどこなの?」
そうあたしは言った。沢野さんが気づいてくれたようで、理絵ママに言う。
「おばさん、並木さんが気がついたようです」
「美江! 気がついてくれたのね。ここは病院よ。明日、検査するから今はゆっくりと休みなさい。そうそう沢野さんが助けてくれたのよ」
「え? 沢野さんが……?」
本当なの? あの沢野さんが……あたしのことが大嫌いだと言う、沢野さんが? いじめの主犯者の沢野さんが……。
「ごめんなさい、並木さん。あたし並木さんのこといじめるつもりはなかったの。本当に、本当にごめんなさい……」
と、沢野さんが何度も頭を下げた。
「いいのよ。そのことは……。あたしこそ助けてくれてどうもありがとう。たぶん、あたし前の学校にいる気分だったのよ。もうあたしが誰なのか気づいているんだよね?」
あたしは結局、秘密を言うことにした。
「うん、並木さんが転校してきた日びっくりしちゃった。人気女優の『森島由梨香』にすごく似ていたんだもの。しゃべり方も……。あたし、森島由梨香のことが大好きで、それである日勇也くんが言ったの。勇也くんも森島由梨香のことが好きだって。だからなんだかむかついてきちゃって……先生、おじさん、おばさん、お姉さん、そして並木さん本当にごめんなさい」
そこへ和樹パパが一言。
「まさかこうなっているとはね……」
「あたし、ドラマでもいじめられ役多かったでしょ? だからなんとも思わなかったのかもしれない。でも、ドラマは現実にそんなことが起こっているわけでもないからね」
と、あたしは言った。
「美江、倉田勇也くんのこと知っていたの?」
と、理絵ママが言った。
「倉田くん? もちろん知っているわよ。だって昔、一緒に共演したことがあったもの。でも、あれは共演って言うのかなあ?」
ふぅ~、とため息をつくあたし。
「だって森島由梨香は人気女優ナンバーワンでしょ?」
と、お姉ちゃんが自慢そうに言った。
「前の学校なんて、芸能科があったのにも関わらず入らなかったのよね。成績優秀だったもんね」
と、またお姉ちゃんが加えた。
「沢野さんはあたしがなぜ芸能界からいなくなったのか知りたいでしょ? もうこれ以上隠せないもの。あたしね、今ここにいる家族に育てられていなかったの。育ててくれた二人は今活躍中で有名。直純パパは森島監督。由希ママは由希ママでシナリオ書いたり声優のお仕事しているの。それで来年のお正月に由希ママが書いたものが、映画化されることになったの。もちろん監督は森島監督。あたしの芸名が森島っていうのもこういう意味なの。あたしは本当の家族に育てられていなかったんだってかなりショックを受けちゃってね。それで家を出てきて本当の家族に会いにここまで来たの。それで晴れて戻れることになったの。今はとっても幸せよ。もちろん前の生活も楽しかったけどね。沢野さん、ありがとう助けてくれて」
あたしはあえて、あの事件のことを話さなかった。今はまだ話せる状態じゃないと思ったからだ。あたしは沢野さんと友達になりたいと思ったの。
「あたしこそ……本当に許してくれるの?」
「当たり前よ。あたしは大丈夫だから」
「何が大丈夫よ。足をこれだけケガさせておいて。あたし部活できなくなっちゃったのよ!」
お姉ちゃんは、部活の途中で抜け出してきて和樹パパも会社を早退しちゃって、本当に迷惑かけちゃった。
「授業のことは心配しなくてもいいぞ。といっても多少はみんなから遅れるが……。今学期は文化祭、体育祭があるからな。なるべく早く治せるように。それでは、失礼させていただきます」
「先生、どうもありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いします。沢野さんもありがとう」
こうして、和樹パパやお姉ちゃん、先生、沢野さんが揃って帰って行った。
翌日、学校ではもはやあたしが交通事故に遭ったということが広まっていた。
「聞いて、聞いて聖路。光理ちゃんったらね、あの並木美江を助けたのよ!」
と、教室へ入るなり言う高橋さん。
「知ってるぜ。俺、部活やっていたら誰かが事故だって言うじゃんか。びっくりしたよ。そうだ、沢野は?」
「知らない。今日一緒に来なかったし、勇也くんもいないから寂しいんじゃない?」
「そういえばそうだな。でもいいじゃん。邪魔がいなくなってさ」
「あのね~、邪魔は消えても並木美江がいたらどうにもならないでしょ?」
「噂をすれば、沢野が来たぞ」
高橋さんは沢野さんに挨拶をした。
「結菜、昨日どうして病院から逃げたのよ?」
「それは決まってるじゃんね。ねえ、聖路?」
「沢野、あいつのこと助けたんだってな。何で助けたんだよ? おまえ、あいつのこと嫌いなのにさ」
「あらぁ~、あたしそんなこと言ったかしら? クラスメイトなんですもの。助けて当然のことだと思うわ。分からないの、二人とも?」
と、今までと全然違う態度。それを見た宮本くんが、
「朝からケンカ? 珍しいなあ。そうそう昨日の事故、すごかったらしいな。沢野が偶然通りかかって助けたんだって? すごいじゃん。おまえ、あいつのこといじめていたのに……。女ってころころ態度が変わるからイヤなんだよなあ」
沢野さんはただ聞いているだけだった。でもそのうちに怒り出した。
「うるさいわね! 美江ちゃんのことそんなふうに言わないで!」
一瞬、クラスが静まり返った。
「え? 光理ちゃん、今なんて言ったの?」
「仕方ないわね。勇也くんや美江ちゃんをバカにしないで。言っとくけど、あたしたちが美江ちゃんをいじめていたこと、もう先生知っているのよ」
意味が分からない三人は疑問だらけだった。
「並木美江ちゃんは、あの芸能人の森島由梨香なのよ!」
そう、きちんと沢野さんははっきりとした口調で言った。三人は頭でも狂ったのではないか? と思うばかり。そこへ先生がやってきた。もちろんあたしの交通事故の話がほとんど。
「高橋、宮本、支倉おまえたち並木をいじめていたそうじゃないか。沢野は昨日、並木の交通事故で助けた。おまけに自分から堂々と謝った。三人ともお見舞いに行って謝罪して来い。え~、並木は一ヶ月ちょっと入院するそうだ。くれぐれもみんな、事故には注意するように」
先生もそう対してあたしがいじめられていたことについてあんまり追求をしなかった。沢野さんとは今後仲良くしていきたいな。早く治さなきゃね。高校一年になってからいいことなんか全然ないわ。はぁ~。
「理絵ママ、少し休んだら? あたしのことはいいからさ。今度は理絵ママが倒れちゃうよ」
と、その時ドアの叩く音がしたの。理絵ママがドアの向こうで誰かとしゃべっている。あたしは先生かな? と思ってた。だけど全然違う人だった。病室に入ってきてあたしがビックリしてベッドから落ちそうになった。
「お……おばさま? やだ、どうして?」
ほんと、驚いたわ。まさか以前に育ててくれた直純パパたちのお手伝いさんだったなんて……。なぜあたしがここにいることが分かったのは、事故当日に理絵ママが由希ママに電話をしたらしいの。もう言ってくれれば良かったのに……突然来るなんて……。でも久しぶりだから嬉しいな。おばさまの話によるとまだ直純パパたちは映画の撮影に取り組んでいるらしいの。初めのうちは、いろいろな話をして盛り上がっていたんだけど。おばさまが急に変なことを言い出したの。
「お嬢様、手紙のことなんですけど……」
あたしは手紙? ってなに? と頭の中で考えていた。理絵ママは夕飯の支度をしなくちゃいけないからといって家に帰ってしまった。なんとなくわざとらしい。あたし、おばさまに手紙なんか書いてもいないし、送ってもいない。それに送られてきた覚えもない。いったい何のことなんだろう? 前の学校の友達が間違えて向こうの家に出したのだろうか?
「お嬢様宛にきた手紙で、ほら相手の名前が書かれていなかったものですよ。覚えていますか? 確かお嬢様がテスト前で送られてきたものです」
前の学校のテスト前に? う~ん。覚えているようで覚えていないあたし。だけど、なんでおばさまはそんな手紙のことを急に言い出したのだろう? しかもわざわざここへ来るなんて……まさかまた同じ主から送られてきたのだろうか? あたしはしばらく時間をもらいテスト前のことをじっくりと思い出していた。ようやくあたしは思い出して、
「おばさま、その手紙の送り主でも分かったの?」
「あっ、はい。そうです。申し訳ございません」
と、深くお辞儀をした。
「ちょ、ちょっと待ってよ。なんでおばさまが謝るわけ? ……おばさまがまさか出したわけじゃないんでしょ?」
「ご……ごめんなさい。わたくしがお嬢様に送りました」
と、あの日のことを思い出すようにおばさまは言った。何も言わないあたしに対しておばさまは一人で話を進めた。
「あの手紙をお嬢様に出す一ヶ月ほど前でした。今の奥様、つまりお嬢様の本当の奥様から電話がかかってきたのです。話の内容はもちろんお嬢様のことでした」
え~と、次からはシナリオ風にいきます。
理絵ママ 「あの~美江を早く返してください」
おばさま 「しかし、今は奥様は出かけております」
理絵ママ 「あなた家政婦?」
おばさま 「そうですが……。奥様に何か伝言でも……」
理絵ママ 「けっこうよ。じゃあ、いいわ。あなたからあたしたちの娘の美江に脅
迫手紙を書いて欲しいの。そうなると、美江もこっちに帰りたくなる
と思うの。あっ、そうそう、今ちょうどテスト期間中じゃないかしら?
いい高校に入っていて学年トップって聞いていたから、それを逆手に
パソコンで打って欲しいわ」
おばさま 「そんな……お嬢様にそんな手紙など送れません。本当の娘ならあなた
が自分自身で書いたらどうなんですか? それとも何かまずいことで
も?」
理絵ママ 「いいえ。ただあたしが書いてしまうと切手の消印が分かってしまうの
よ。イヤだとは言わせないわよ。どっちみちあたしの娘は帰ってくる
のですからね。そうだわ。あたし、あなたの秘密を知っているのよ」
おばさま 「秘密って? あなた、わたくしを脅していませんか?」
理絵ママ 「そうかもしれませんわね。けれどね、この話は重大なの。あなたは昔、
そちらの旦那さんと付き合っていたのではありません?」
おばさま 「……何をおっしゃっているのですか?」
理絵ママ 「嘘ではないわ。高校の頃だったかしら? あなたはなんとかしてつき
あおうとした。でもあなたの気持ちは伝わらなかった。大人になって
探した挙句、そこで家政婦に成りすました。でも、あなたは偶然にも
美江があそこの家の本当の子どもではないということを知ってしまっ
た。こうしてあなたは、あたしの家に来て直接確かめようとした。運
良く、あたしは出かけていて姉の美里がいて美江のことを聞き出した
はずよ」
おばさま 「……どうしてそのことを?」
理絵ママ 「美里が話してくれたのよ全部ね。子供って正直よね。あたし、試しに
そちらの旦那に会って聞いてみたのよ。それとなくね。もちろん美江
のことも返して欲しいとお願いしたわ。でも聞きうけてくれなかった。
聞いてみれば、あなたの一方的だったと言っていたわ。仕方なく付き
合ってそれも一週間で終わってしまった。どうかしら? こんなこ
と知られてしまったらあなたは即、クビよね? おまけにまだ好きな
んでしょう? だからこそ美江がかわいそうなのよ。できるだけ早く
書いてね。それでは、失礼します」
と、いう話のやり取りだったらしい。
「なんで理絵ママが? おばさまは今でも直純パパのことを?」
あたしは理絵ママがそんな電話をしていたなんて知らなかった。
「旦那様はすっかりわたくしのことを忘れておりました。けど、わたくしの気持ちはあの頃と変わりません」
「おばさま、どうするの? そんなこと由希ママが知ったら?」
「わたくしはあの家を出ることにしました。実家の方で暮らします。旦那様にもきちんと今の気持ちと昔のことを手紙にしてパリの方へ送りました。家を出る前に奥様に電話をしたんです。そうしたら『あたしの夫が好きだったんでしょう?』と言われました。奥様は知っていたんです。わたくしはこれから実家に戻ります。実家に戻る前にお嬢様にどうしても手紙のことを話しておきたくてここへ来ました。それでは、お嬢様、早くケガの方を治してください。それでは失礼いたします」
あたしはなんだかおばさまがかわいそうな気持ちになった。こうしておばさまは実家へ帰って行った。すると理絵ママが病室に入ってきた。あれ? 理絵ママって夕飯の支度で帰るとか言ってなかったっけ? 話を聞くと理絵ママは病院へ出る際に学校の先生に会ってしまい、待合室で話をしていたそうだ。先生が病室に入ってきて、
「どうだ、気分は? 今日は並木に謝りたい人たちがいるぞ」
謝る人たち? 誰だろう? こうしてまたドアの向こうからぞろぞろと人が入ってきた。
「並木さん、ごめんなさい」
と、高橋さん、支倉くん、宮本くんが揃って言った。
「気にしていないわよ」
と、あたしが言った。理絵ママが、
「まだ三人もいたのね。あなたたちにも言うけど、美江は芸能人の森島由梨香なのよ。ビックリしたでしょう?」
と、自慢げに言った。そこへ沢野さんが一言。
「先生、課題テストを早く返してあげたら?」
「あっ、そうだったな。並木、よかったな」
そっかあ。課題テストが返ってくるんだ。そして、順位表も戻ってきた。
「嘘、また一位なの?……」
と、あたしが言ったら沢野さんが、
「一位って美江ちゃんだったんだ」
「まあ、今回は並木にちょっと合わせて問題を作ったからみんなには多少難しかったかもしれないな」
と、先生が言った。支倉くんが、
「先生、ずるいですよ~。俺なんか最悪なのに」
「とかいいつつ、聖路もいい順位じゃないの」
と、高橋さんが羨ましそうに言った。
「ふ~ん、だったら数学の最後の問題解けたんだ。俺、考えても分かんなかった」
と、宮本くんが悔しそうに言った。
「うん、あの問題ね。前の学校のテストで出ていてその時は分からなかったけど、よく考えてみたら解けちゃったの」
あたしはなんかまた学年一位を取ってしまい、美雪が聞いたらさぞかし嬉しがるなあと思った。
「じゃあ、前の学校はレベルが高いんだね」
と、沢野さん。
「そうでもないわよ。芸能科と普通科があったからレベルはなんともいえないけど。あの高校は芸能科が主だからね。でも、あたしは普通科だったんだ。異動したかったけど、先生から成績優秀だから残りなさいって言われちゃったの。その点、倉田くんはえらいよね。勉強と両立させるのにただでさえ大変なのに……。そういえば、倉田くんは?」
と、あたしはケガのことは気にせずに言った。
「勇也くんね、ドラマのロケに行っちゃったの。あ~あ勇也くん勉強どうしちゃうのかしら?」
と、残念そうにいう沢野さん。
「大丈夫らしいぞ。教えてくれる家庭教師がついているらしいからな」
と、先生が言った。そこで、高橋さんが一言。
「並木さん、芸能界もうやめちゃうの?」
ありゃりゃ、みんな言うことは同じなのね。
「う~ん、がんばってみようかなとは思っているんだけどね。なかなか……それに今、こんな状態だし」
と、あたしは弱気に言ってしまった。
「ねえ、友達になってもいいかな?」
と、元気よく言う高橋さん。そういえば沢野さんっていつの間にかあたしのことをちゃんづけで呼んでいたような気がする。でもよかった。こうやって言ってくれる人たちがいて。
「うん、もちろん歓迎よ。これからよろしくね。光理ちゃん、結菜ちゃん」
「俺たちもいいかな。なんたって芸能人と仲良くなれるんだぜ。まあ、倉田はおいといて」
こうして支倉くんたちとも仲良くなれた。
「なあなあ、とびっきりの美人の人いない?」
と、美人好きな宮本くんが早速言い出した。
「う~ん、そうねえ。芸能界にはたくさんそういう人たちがいるわね」
「今度、紹介してくれよ」
「ええ、いいけど……」
なんか宮本くんってすごい意気込み……。先生も笑っている。
こうして先生と光理ちゃんたとは帰って行った。そしてあたしは理絵ママに、
「理絵ママ、関係のない話だけど、さっきおばさまが来てたでしょ? 理絵ママ、おばさまに脅迫電話をしたんだってね」
おばさまが言っていたことをあたしは今ここで言った。
「脅迫? あ~、手紙のことね。あたしね、絶対美江はここに帰ってくるって思っていたのよ。けれど、何年経っても美江は帰ってこなかった。だからこそ、あれをやろうと思ったのよ。向こうだって悪かったのよ。まあ、あたしだってびっくりしたわ。まさかその話を美江にしていたなんて……」
「おばさまは理絵ママのこと嫌いだったの?」
と、あたし。
「ええ、そういうことにもなるわね。あたしは直純さんのことが昔、好きだったんですものね。そりゃあ嫌いにもなるわね。でももっと嫌いだったのが由希さん。今更何言ってるのかしらね、あたし……。まあ、この話はきれいさっぱり忘れましょう。それより、美江、足の方は痛くない?」
「大丈夫よ、みんな心配性なんだから」
その後、あたしはリハビリの訓練が毎日のようにあった。なんか体がなまっているせいか、思うように体が動かなかった。足の方は地上につけるのがとっても怖いの。なんとかして、早く学校に行かなくちゃ行けない。
沢野さんたちは、交代で病院へお見舞いに来たりしてくれたので暇にはならなかった。その日学校で起こったおもしろい事件や授業のことで、わいわいと騒いでいた。もちろん、ノートの方も借りて写して勉強も教えてもらった。倉田くんは相変わらず芸能界の仕事で学校に遅刻してきたり早退したり、休んだりと大変だと沢野さんが言っていた。
約二ヶ月近くになって、あたしは無事に退院することになった。
「退院、おめでとう美江ちゃん。今度からは気をつけて」
と、主治医の先生が花束をくれた。
「は~い。どうもお世話になりました」
と、あたしは元気よく答えた。
「それでは先生、どうも本当にお世話になりありがとうございました」
と、理絵ママが言った。そこへ光理ちゃんと倉田くんが来てくれた。
「おめでとう。はい、みんなからお花」
「ありがとう、光理ちゃん」
「勇也くん、向こうにいるわよ」
と、倉田くんがいる方向へ指を指した。あたしは理絵ママの許可をもらい、少しだけ話をすることになった。
「大丈夫なの? 俺がロケに行っている間にまさか交通事故だなんて……」
なんか倉田くん、感じが変わったような……。
「倉田くん、あたしね……」
あたしが言う前に倉田くんが、
「もう一度、芸能界で一緒に頑張らないか?」
とそう言ったのだった。
「え? けどまだ今のところは……」
と、曖昧に言うあたし。
「な~んだ。もったいないよなぁ。じゃあさ、暇があったらCMに出ようぜ」
「あっ、あたしが代わりに勇也くんと出ようかな」
と、光理ちゃんが言った。
倉田くんはどうやらあたしたちが仲直りして、友達になったことは知らないらしい。だからとてもびっくりしていた。
「あれ? 仲直りしたの?」
と、倉田くんが言えば、
「そんなのは、二ヶ月前におさらばよぉ」
と、光理ちゃんは笑顔で答えた。
「なんだよ、それ……」
「心配かけてごめんね、倉田くん」
あたしがこうやって仲良くなったのは、事故のおかげかな? と思っていたらいきなり倉田くんが変なことを言い出したの。
「俺のこと、名前で呼んで欲しいなぁ……お願いします。由梨香ちゃん」
「……ちょ、ちょっとやだ。由梨香ちゃんだなんて……」
と、急にあたしは顔が熱くなった。
「この際、森島由梨香になったら?」
「光理ちゃんまで、倉田くんと同じこと言うんだ。いじわる!」
そう言うとあたしたちは、クスクスと笑い出したの。
「美江、そろそろ行くわよ」
と、理絵ママの声がしたので、
「二人とも車に乗っていく?」
と言えば、二人とも遠慮しちゃうの。
倉田くんはこれからまだ仕事が残っているので仕方がない。光理ちゃんは、用事があるからって断るし。こうしてあたしたちは別れた。車に乗り込むと早速理絵ママが、
「倉田くん、いつロケから戻ってきたの?」
「確か一週間前だったって言ってたよ。来年の新ドラマの撮影なんだって」
「あら、そうなの。よかったじゃないの」
よかったって、理絵ママ何がよかったのかしら? なんか理絵ママったら、顔がホワ~ンとなっているの。何かいいことでもあったのかな? あ、もしかして理絵ママは倉田くんのファンだなんて言わないでしょうね。別にファンでもあたしにとってはいいけどね。
そういえば明日から学校なんだよね。久しぶりに行くからまだ転校生気分。そうそう文化祭と体育祭があるんだよね。確か、来月の下旬だったような……。それが終わると期末テストなんだっけ? なんだかこれから忙しそうな毎日になりそう。
その日の夕食は豪勢に出前の寿司を取った。これはあたしの退院祝いなんだそうだ。久しぶりの我が家も懐かしい。お姉ちゃんはあんまり病院へ顔を出さなかったけど、前と変わらず優しい美里お姉ちゃん。和樹パパは休日の日には差し入れを持ってきてくれたり、オセロをしたりトランプで遊んだりもした。こうやって和樹パパと遊ぶなんて以前の生活だったら、とても味わえないことなんだよね。
次の日、あたしは元気よくお姉ちゃんと一緒に学校へ行った。
「おはよう、光理ちゃん」
と、あたしは自分から挨拶をした。
朝から挨拶をすると、なんだか心がスッキリとした気分になった。
「あっ、おはよう美江ちゃん。今日ね、文化祭で何をやるのか決めるのよ。美江ちゃんは何にする? それとも何かやりたいものってある?」
光理ちゃんは文化祭がとっても楽しみなんだって。なんたって、学校行事の一大イベントなんだもの。あたしも中学の頃は、文化祭というより合唱コンクールだったのでつまらなかった記憶がある。でも、高校は中学と違っているのよね~。
「光理ちゃんたちは何にするの?」
「たぶん、模擬店にすると思うの。一緒にやろうよ」
「あっ、それいいね」
と、二人で話し合っている最中に、
「よっ! おはよう、並木」
と、力強い声がした。
「おはよう、支倉くん」
あたしも同じように言い返す。この高校に転校してきてよかったと、しみじみ思うあたしなのでした。
「なあ、なんの話してるの?」
と、支倉くん。
「もちろん文化祭の話よ。そうでしょ?」
今度は、結菜ちゃんが入ってきた。
「結菜おはよう。珍しいわね、いつもなら遅刻スレスレなのに……」
「そうだよなぁ……うん。そうだ。『美女に限ります!』なんてよくないか?」
またまた一人加わり、宮本くんだった。相変わらず、女の子が好きなのね。でも、みんなの意見は同じで、
「誰も来ない。来ない」
声を合わせて言ったの。宮本くんは、すねちゃったせいか自分の席にスタスタと戻っていった。でも、こんなことは日常茶飯事らしいのだ。あたし、その話を聞いたときは思いっきり笑い転げていた。当然みんなもあたしが笑っている顔なんて見たことがなかったからびっくりしたみたいだったの。あたしも久しぶりにスカッとするほど笑い続けていた。
授業中もあたしは笑いがこぼれそうで、先生にジロッと睨まれてしまった。放課になって光理ちゃんが倉田くんに文化祭のことを聞いていた。
「勇也くん。文化祭の日は仕事あるの? もしなかったら、あたしたちと一緒に模擬店をやらない? もちろん美江ちゃんも一緒よ」
「文化祭や体育祭の日は仕事はオフにしてあるよ。でも、準備とかはあんまり手伝えないかもしれないけどいいのか?」
「よかったぁ~。ねえ、勇也くんの友達連れてきて欲しいな……」
「え? ……」
倉田くんは光理ちゃんがそんなことを聞くのでどう言い返せばいいのか、悩んでいる。この学校に二人も芸能人がいるだけで、騒がれているのにそれでも他の人気タレントや俳優、女優を連れてくるのは、向こうも嫌がるのではないか……と思うあたし。
六時間目は、ホームルームで文化祭のことについてだった。
「並木が戻って来れたことだ。文化祭は何をやるのか案をそろぞれ出しあって、それが決まったら各チームに分ける。まあ、十人程度がよさそうだな。責任者と副責任者を決めて、ここにある紙に書いて提出をすること。明日の帰りまでだからなるべく早く出せよ」
文化祭のこと決めるのなら同時に体育祭の種目も決めちゃえばいいのなぁと、思うあたし。
「おい、ちょうど俺たちいい人数じゃないか?」
と、支倉くん。
結菜ちゃんが紙に書いてある最中にあたしは倉田くんに呼ばれた。
「美江、やる気ない? 今度CM撮影するんだ。今、相手の女の子を選んでいるところなんだよ。まだ決まりそうもないから……どうかな? って……別にムリに頼んでいるわけでもないから……」
と、倉田くんがあたしをCM撮影に誘った。そういえばあたしって、誰かと一緒に出たことなかったのよねぇ~。どうしようかなぁ?
「あたしまだ、誰とも一緒にCM撮影したことないから、やってもいいよ」
「本当? やったぁ~! マネージャーもそれを聞いたら喜ぶよ。ああそういえば、俺のマネージャー、森島由梨香の大ファンなんだぜ」
「マネージャーさんが? ……あたしの大ファンなんだ……。ねえ、関係ない話なんだけど一つ聞いてもいい? 倉田くんって、課題テストの順位もしかして二位だった?」
ほんとにあたしは関係のない話をしている。倉田くんも突然そんなことを聞かれて困っているに違いない。でも、試しに聞いてみたかった。
「あ~そうだけど……なんで今頃になって?」
またまたさっぱり言い切るわね。さすが美男子ナンバーワンね。
「光理ちゃんが気にしていたから……。それにあたしも……ちょっと気にしていたから」
「へぇ~、君が俺のことを気にするなんてびっくりしたよ」
あのねぇ~、変な誤解されていないあたし? どうやら倉田くんは、あたしの発言についてやっぱり誤解して、
「今日、この後仕事ないから一緒に帰らないか?」
なんて言っているし……あたしもあたしでなんだか断りきれず、
「うん、いいよ」
と、明るく言った。後で少しだけ後悔してしまったけどね。
「ねえねえ、何話してたの?」
と、興味津々で聞いてくる光理ちゃん。光理ちゃんって、倉田くんのことが好きなんじゃないの? と思ったけど、とりあえず答えるあたし。
「芸能界のこととテストのことについてね」
「ほんとにそうなの? まあいいっか。それより、模擬店でやるものはなんでしょうか?」
あたしと倉田くんが話している間に、どうやら決まったらしいの。
「分かった、食べ物だ!」
やっぱり文化祭の模擬店と言えば食べ物に決まっているのよ。
「当たりぃ~。ポップコーンにするけど、いいかしら?」
「ポップコーン? いいじゃないの。手軽だしね。ねえ、倉田くん?」
と、あたしは支倉くんたちとしゃべっている倉田くんに聞いた。
「うん、いいじゃない」
と、倉田くんも賛成。そこに、
「俺、会計係がいい!」
と、言ったのはもちろん支倉くん。それに対抗して宮本くんが、
「あ~、おまえだけずるいぞ! 俺もそれがいい」
「……まだ決まったわけじゃないし……。これから決めればいいのよ。まずは会計と作る人とみんなを呼び集める人がいいわね」
と、みんなのことを仕切るのは結菜ちゃん。
「休憩時間あるんだろうな? 他の所周りたいからさ」
そういえばそうよね。ずっとその場にいたら、他のクラスにも行けない。
「だから、会計は一人ということで……」
「聖路くん、数学得意だから会計でいいわよ。そのかわり計算ミスしないでね。うちの生徒はチケットがあるからお金はいいとして、他校の生徒の場合はきちんとお金を支払ってもらわなくちゃね」
と、結菜ちゃんやる気マンマンのよう。
「やりぃ~! 宮本がやると女の子には弱いからダメなんだよなあ。まあ、宮本は呼び集めのほうがピッタリだぞ」
「あっ、俺やりたい。なんだか楽しそうじゃん」
気の変わりが早い宮本くん。
「う~ん、その役は勇也くんのほうがいいわよ。だって有名人なのよ」
と、やっと光理ちゃんが口をはさんだ。結菜ちゃんもその意見に賛成して、あとは倉田くんの返事次第ね。
「別に何の係でもいいよ。美江は?」
「あたしは作る係よ」
「ねえ、あたしたちばっかり作っているのイヤだから、男子も入れて順番にしようよ」
と、光理ちゃんの名案。支倉くんはどうやら料理が苦手だそうで、
「え~! なんだよ、それさっき決めたのって意味ないじゃんか。俺、苦手なんだぞ」
苦手だということを言っても誰も聞き入れてはくれない。それに倉田くんや宮本くんは作ってみたいということで、結局男の子たちも作るはめになったの。そこでまた、結菜ちゃんが男の子が一人作るのは心配らしくて、
「それじゃあ、二人組になろうよ。あたし、聖路とやりたいな」
「え~? 俺、沢野がいい」
「俺は、高橋でいいよ。どうせ沢野は……」
とまあ、なんだかみんなパートナーが合わずぐちゃぐちゃのようになってきたの。その間に光理ちゃんがあみだくじを作りパートナーを勝手に決めてしまったのだ。でも仕方がないと思うの。結菜ちゃんは支倉くんのことが好きで、支倉くんは光理ちゃんのことが好きで、光理ちゃんは倉田くんのことが好きだからなの。どうやらそれぞれ決まって発表をすることになった。
「結菜は大地くんとペア。美江ちゃんは聖路くんと。それであたしが、勇也くんとになりました。みんな文句なしよ! あみだくじで決めたんだから……」
支倉くんはどうやら文句があるようで言おうとしたが、あっさり光理ちゃんに無視されこの件は終わってしまったの。かわいそうな支倉くん。こうしてホームルームが終わり帰り際の時間になったの。光理ちゃんがまたみんなを呼び集めてこう言った。
「休憩のこと言っていなかったでしょ。最初に休憩するのは結菜、次に美江ちゃん、そしてあたしということで……時間はまあ一時間ぐらいがいいんじゃないかと……」
そっかあ。休憩のことまで頭が回らなかったわ。あたしってなんにも意見を言っていないわ。何か他にいい案ないかな?
次の週からあたしたちは本格的に準備に取り掛かった。模擬店はすべて外で行われるので屋台を作らなくてはいけないし、飾り付けや看板も作ることになった。だから毎日、家に帰るのが遅くなり疲れてすぐに眠ってしまうことが多かった。それなのに倉田くんは仕事があるのにも関わらず手伝ってくれたことがあった。宮本くんは、授業中にほとんど居眠りをしていた。そういえば忘れていたけど、文化祭の次の日には体育祭があるんだよね。土日月と三日連続だからとてもハードなんだとお姉ちゃんが言っていた。そして学校行事が終われば二週間後には期末テストがあるのだ。もう少し学校行事を一ヶ月でも早く終わらせればいいのになと、思うあたし。体育祭の種目はあたしと光理ちゃんが障害物リレーで結菜ちゃんが百メートル走。男の子三人たちはスウェーデンリレーに出場することが決まった。
そして文化祭一日目。一日目は劇やクラス展示、部活展示だった。お姉ちゃんたちのクラスは劇で『シンデレラ』をやったの。シンデレラ役がなんと男の子で王子様も男の子でとても迫力のあるちょっと話の内容を変えた劇だったのでおもしろかった。クラス展示では、フリーマーケットや手作り影絵。それに昔懐かしの駄菓子やさん。バルーンアートやゲームなどその他いろんなものが出店されていた。全部のクラスを周りきるのがやっとでしかも他校の生徒もいるので歩くのが疲れた。
二日目はあたしたちの出番で模擬店。ポップコーンはわりと人気がありお昼の頃になると長蛇の列ができていて慌てて作っていてとても忙しかった。他の店には、焼きとうもろこし、じゃがバターやたこやき、それにラーメンやクレープ、ホットケーキ、焼きそば等など数え切れないほどの店屋があった。どこのクラスも満員で出来上がってもすぐに売れてしまうほどの人気だった。それぞれ食べる場所は教室だった。先生たちも周っていてクラスごとに点数をつけていた。
三日目はいよいよ最後の体育祭。まず、結菜ちゃんが百メートル走の予選に出場した。結菜ちゃんは小さい頃から、走るのがとっても大好きで毎回一位を狙っているという。もちろん予選は楽々にクリアしたのだ。次に出場したのは、あたしと光理ちゃんの出番で障害物リレーだった。四人一組なのでそれぞれ障害物があり、あたしは苦手の跳び箱を飛んだ。光理ちゃんは、他の子とペアで二人三脚。途中で何度も転びそうな雰囲気になったがなんとかゴールしてくれたのでビリにはならなかった。そして今度は、倉田くんたちの出番になったの。この競技も予選があり一番初めに走った人は簡単で、次々とバトンが渡されていくと、走る距離が長くなるというとっても辛いリレーなの。予選も突破してあとは午後で本気で走るということなので、がんばってほしいと思う。お弁当を食べてからは、応援合戦が各クラスごとに行われた。そしてとうとう結菜ちゃんの百メートル決勝が行われた。結果は残念ながら二位だった。それでもあたしにとってはすごいと思った。だって、先輩たちと一緒に走ってそれで二位だなんてほんとにすごいと思った。最後の種目となったのは、スウェーデンリレー決勝。最後なのでみんなの甲高い声援が繰り広げられた。あたしたち三人も声がかれるぐらいの応援をした。結果は見事に一位になったの。
こうして文化祭と体育祭は修了した。模擬店の結果は入賞をした。まあまあいいほうかな。体育祭の順位は校内で五位だったので先生がジュースをおごってくれた。そしてすべて修了したことはいいのだけれど、大変な片付けがあるのだ。
「お~い、沢野。倉田と並木は?」
と、支倉くんが荷物を持ちながら言った。
「あ~、さっき先生から大量のゴミを渡されて片付けに行ったわよ」
と、光理ちゃんも両手にたくさんの荷物を持って支倉くんに言った。
「ちぇっ、あいつら二人でやっているだろ~。いいよなぁ~」
「ほ~んと、あたしもそう思ったのよ。聖路」
と、今度は結菜ちゃんがあたしたちのことを羨ましがっていた。
「へぇ~、支倉くんと結菜ってけっこう意気合ってるじゃないの。あたしはそっちのほうが羨ましいと思うけどな……」
と、光理ちゃんが二人をほのめかした。対する二人は顔を少し紅く染めてそれぞれ別の方向へ走って行ったのだ。
「美江、大丈夫か?」
「ったく、先生も何で生徒にコキを使うのかしらね? これじゃあ、いつになっても終わりはしないわよ~。だいたい二人でこの量を裏の倉庫に持っていくのが大変なのに……」
「いいじゃん、別に……。他の奴らとやらなくてもいいからさ。それに美江とだから俺はどっちかというと嬉しいんだけどな……」
倉田くん、相変わらずキザなセリフを言うのね。それでもあたしは、聞こえていないふりをして、
「え~? 今なんて言ったの? ちょっと聞こえなかった」
こういう場合って普通の男の子なら、言わなくなっちゃうんだけど、倉田くんの場合は、
「美江と一緒にできるからいいんだよ。……って聞こえた?」
恥ずかしい言葉をよくも堂々と言えるわよね。まあそれが芸能界の世界かしら? なんて思っちゃっているあたしも芸能界に復帰? する予定……?
「聞こえているよ~一応ね。あのね~、倉田くん」
あたしはダンボールを運んでいるため前がちょっとしか見えなくて、倉田くんの声もかすかにしか聞こえないのよね、本当は……。どうやら倉田くんもあたしの声が聞こえないらしく、
「何?」
「あたし出てもいいよ、CMに……。理絵ママに聞いてみたらいいって言ったから、あたしもやりたかったことだし。復帰でCMもいいかなあと思ってね」
昨日、家族に倉田くんからCM撮影に誘われていることを話したらすごく嬉しがっていた。
「本当にいいの? それじゃあ、今日にでもマネージャーに言うよ。マネージャーかなり喜ぶよ。ありがとう」
「あ、あたしこそ誘ってくれてありがとうね」
こうして、あたしは倉田くんと一緒にCM撮影に挑むことになる。しかし、いきなり消えていた人間がポンと出てもいいのだろうか? 芸能界をまた騒がせることになると思う。でも、あたし自身が決めたことだし、あの事件をいつまでもひきづっていても仕方がない。このままじゃあたしは、一生、芸能界に復帰することができない。
翌日から、期末テストに向けて毎日、勉強に励むことになった。あたしが入院している間、分からなかった所は先生に聞いたり光理ちゃんたちに聞いたりしていた。そして早くも期末テストが終了した。
先生から、
「はい、それでは期末テストの結果を返却する。並木、今回も一位をキープできたな。入院していたのにも関わらずすごいぞ。先生は感心するよ」
「本当ですか? やった~。嬉しいな。倉田くんは?」
順番に配られた期末テストの結果をみんなで見てみることになった。
「俺は五位だった。沢野もけっこういい順位なんじゃないの?」
「あ~あ。あたし、三位。和樹くん、まさか二位?」
と、光理ちゃんが残念そうに言う。
「当たりで~す。けれど並木にはかなわないよなあ」
ほんと、あたし自身も結果についてはびっくりしている。入院していたのになんであたし一位なんだろう? ってね。
「俺なんて、悲惨だぞ~。これ見ろよ」
と、宮本くんがくしゃくしゃにした結果表をみんなの前で見せようとした瞬間に、
「うわぁ~すごい順位」
と、結菜ちゃんが目をまん丸にした。
「高橋、最初に見るなよ!」
「アハハ。ごめん。あたしも見せるから」
「おいおい、すごい順位とか俺に言っておきながらおまえだってほとんど俺と変わりないんじゃないか?」
「いいじゃないの。でも、あの四人にはあたしたちはついていけないわね」
そこへ、先生がみんなに、
「今回のテストで一つでも三十点以下があった場合、来週から補習をするから覚悟しておけよ」
一部の生徒たちがぐったりとしていた。
「あ~よかった。大地は?」
「俺、ギリギリセーフ。もし補習になってたらそれこそ悲惨だな」
「ほんと、ほんとよね。やばいよねえ」
「ねえ、何がやばいの二人とも? まさか補習だったりして?」
と、光理ちゃんが二人の話に割り込んだ。
「違うって、なあ、高橋?」
「違うに決まっているじゃない。けれどあたしたち順位は悲惨なのよぉ」
「へぇ~。冬休みがんばれよな、二人とも」
と、支倉くんも割り込んできた。
「だから補習じゃないって。勘違いするなよ」
「だって、悪かったんだろう? もう少し勉強した方がいいと思うぜ」
「エリートの支倉くんには言われたくないわね。だったら勉強のやりかた教えてよ」
みんながわいわいと騒いでいるうちにホームルームも終わり、帰り支度をする。
「美江! 四人とも放置しておいて帰ろうぜ」
倉田くんがあたしを誘ってきた。今度は断らずに、
「そうだね、帰ろ~。今日、どっかに寄って行かない? 暇つぶしに」
「もしかしてそれは俺がおごるわけ?」
あたしは笑いながら学校を出たの。学校にまだ残っている四人は、
「あれぇ? 美江ちゃんと勇也くんは?」
と、結菜ちゃんが教室をぐるりと見回した。
「あ~、あいつら二人して逃げたな!」
と、大地くんが窓の外を見ながら言った。
お正月になって、あたしのスケジュールは瞬く間に埋まった。雑誌のインタビューやCM撮影。新しいドラマの台本のセリフなどで忙しくなった。
直純パパたちの映画も招待券が送られてきて観ることができてとっても感動した。芸能界復帰ということで前の学校の結花や鈴ちゃん、有理たちにも会うことができた。それに直純パパと由希ママにも会えた。
その後あたしは自ら復帰記者会見をしたの。
「森島由梨香です。みなさん、今までご迷惑をかけてすいませんでした。これからは芸能人の新人としてもう一度頑張っていこうと思っておりますので、みなさんも応援の程よろしくお願いいたします」
と、笑顔でカメラに向かって言った。記者が順番にあたしに質問してくる。
「森島さん、一部報道で入院していたとの記事がありましたが、実際はどうなんですか?」
「はい。ちょっとしたあたしの不注意で交通事故に遭いまして、一時的に入院していました」
「今後の活動はどういった方向で向かいますか?」
「女優という天職を授かったのですから、死ぬまで女優をし続けて生きたいと思います」
「映画監督の森島直純さん、それに脚本を手がけながら声優活動もしていらっしゃる森島由希さんのお二人は本当の父親、母親ではなかったという重大な記事がありますが、本当のご両親には会ったんですか?」
「あたしがしばらく、芸能活動を自粛していたのは、本当の両親に会ってみたいと思ったからです。ですが、育ててくれた森島直純さん、森島由希さんには本当に感謝いっぱいです。今後も芸能活動していく上での尊敬する二人です。実際の両親とも今はうまくいっていますのでご安心ください」
「最後の質問になりますが、ファンの皆さんに一言お願いします」
「ファンの皆様、ご心配かけてすいませんでした。充電期間をおいたのでパワーアップした森島由梨香の今後の活動に注目してください。これからも末永く応援のほど、よろしくお願いいたします!」
森島由梨香が今後大ブレイクしたのは、言うまでもないと思うが誰でも知っていることだった。