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アナザーウェルト  作者: 赤井直仁
幻想からの嘆き編 序章・少年の決意
9/17

後始末

 

 青白い月光の下、薄暗いビルの広いフロアの端で窓から差し込んでくるその光を浴びて、肩を押さえながらぐったりと男は腰を休めていた。

 外では囂しいパトカーや救急車のサイレンとそれに負けない程の叫び声が鳴り響いている。また、パトカーなどに付いている赤色灯の光が綺麗な月光を乱すようにグルグル光ながら回っていて側からみると不格好なお祭りのようにも見えた。

 もちろんそのお祭りに男は参加したいとは微塵にも思って無く、逆に早く終わって欲しいと願いながらその会場のすぐ隣にある廃ビルの三階から息を潜めて静かに割れた窓越しに見下ろして様子を伺っていた。


「私がここにいる限り見つからないから安心して」

 男の顔が向いている方の反対側から可愛らしい若い女性の声がした。

 その声に気づいて男は窓の方から目を逸らし、声のする方へ振り向く。振り向いた先に居たのは小学校高学年くらいの一人の少女だった。

 光と闇の境界線の位置にある鉄筋が剥き出しの柱に肩だけもたれかかって腕を組んで偉そうに男の様子を眺めている。彼女は灰色の迷彩マントのような物を纏っているが男と同じようにフードは被っていなく、黄緑色のボブに近い髪型が優しい夜風を受け、フワフワと揺れていた。また、顔には狐のお面を付けていて、そのせいか彼女の声は少し曇って聞こえた。


「あ、ありがとうございます…ラルージ様…。今回も助けてくださって…」

「ハァ…私をどんだけこき使ったら気が済むんだか…」

「す…すみま…せん…」

 ラルージと呼ばれた少女の嫌味に対して男性は申し訳なく謝った。

「まあいいけどさ。ていうかフード取ってくれない?見てるだけで暑くしいから」

「はい…分かりました」

 そう言って男はフードの口に手を当ててそのまま後ろへめくる。フードの中から現れたのは少し老けた男性の顔だった。

 髪は白髪混じりのオールバックで肉質のないげっそりとした顔。その顔の骨をえぐり取ろうとしたような太い傷跡が右目の辺りから口の方まで伸びていた。

「その傷、いつ見ても痛々しいね」

 男の顔を見て少女が言う。

「そう…ですね…。これは向う傷みたい…なものです…」

「ふーん…」

 少女はテキトーに返事を返し、座り込んでいる男の方へゆっくりと近づいて彼の右肩を覗き込んだ。


「これが撃たれた傷か。痛ったそ〜」

 指でツーと傷口の周りの血をなぞったり、ツンツンと突きながら興味津々に言った。少女は古い傷跡よりも新鮮な傷の方が興味があったようだった。

 男の傷は親指ほどの大きいもので、覗けば剥き出しの骨や筋肉が見えてしまう。その傷の奥で金色の銃弾が詰まっていて、それが栓になっているおかげか出血はとても少ない。けれどもその代償に肩に衝撃が加わるだけで物凄しい痛みが伴ってしまう。

 銃弾がここに詰まっている理由はそう難しくは無い。あの警察の青年に肩を撃たれた時、弾が貫通せず骨か何かに引っかかってしまっているだけだ。


「ッ!…あ、あの…、この中にある銃弾を…取っては…くれないでしょうか…」

 傷口の周りを触られる痛みに耐えながら男は少女に依頼する。

「えー。そんな事この清純な少女にお願いするかなあ…。まあいいけどさ…」

 そう言って少女は傷全体を雪のように白い可愛らしい手で覆う。

「ハァ…風技(ふうぎ)吸引(サクション)

 傷を覆いながら少女呪文的なものを唱えた。すると男の肩からグチュグチュと気味の悪い音がし始める。

「グアッ…!グッ……!アッ…」

 痛みのあまり男は思わず声を出してしまった。

「変な声出さないでよ。これくらい我慢しなさいよ!」

「は、はい…ッ!…」

 少女のクレームに対して男は弱々しく返事を返した。

 こんな痛みの我慢しろと言われても出来るはずがないし我慢できなければまた怒られてしまう。だから男は変な声だけは出さないように気を付ける事にした。


 しばらくすると中に入っていた銃弾の尻の部分が肩からゆっくりと顔を出し始める。

「お〜出てきた出てきた!」

 嬉しそうに無邪気にはしゃぎながら少女は言う。それに対して男は少しだけ痛みが弱まったのでホッと息をついた。

「それじゃ、さっさとこれ抜くね」

 そう言って少女は傷口を覆うのをやめ、覆っていた手の親指と人差し指でひょっこり出ている尻をつかむ。そして少女は男の様子を確認もせず自分のタイミングで勢いよく引き抜いた。


「ッアアッ……!」

 怒られないように声を我慢したがやはり我慢しきれず、男は声を出してしまった。

 けれども、少女は引き抜いたモノに夢中で男の声など聞こえてはいない。彼女は早速、引き抜いたモノを夜空にかざして興味深々に眺め始めていた。

「これが今の銃弾か〜。昔の色や形が素っ気ないやつと随分変わったね」

 少女はボソッと独り言を吐きながら何度も指の間で転がして熱心に観察していく。しばらくして、飽きてしまったのか眺めるのをやめ、こびり付いている血を拭き取って大事そうにポケットの中へしまった。


「あ…ありがと…ございました…。大変助かり…ました…」

「まあうん。あ、でも生憎私治癒(ヒール)の能力ないから分けてあげた力使って傷口でも塞いでおきなさい」

 窓側に近づきながら少女が言い、それに男ははい、と返事をして動かせれる左手の掌で傷口を少女と同じように覆っていく。少女はそれを確認すると割れた窓の枠に肘をつけて外を眺め始めた。


 外ではパトカーの数は少し減ってきたものの、まだ騒がしさわ変わっていない。みんな必死に走り回ったり叫び合ったりしていて見ているこっちまで暑苦しく感じた。

 暑苦しく感じながらもしばらくその様子を観察したが、ちっとも変化をしないし同じような事ばかり繰り返してやり続けているので次第に少女は飽き飽きし始める。

「やっぱりつまんないなあ、こっちの世界って」

 そう言って少女はマントを叩いて砂を落とし、再びビルの中に視線を戻した。

「ってあなた、何やってるのよ。さっさと傷口塞ぎなさいよ!」

 男の様子を見て少女は呆れながら言う。傷くらい数十秒で塞げるのに、数分経っていても傷口はともかく男はただ手を傷口にかざしているだけで変わっていないかった。

 重症で帰ってくるし、命令したことすらもすぐにできない。だんだんと少女は男に


「す、すみません!…力が無くなってしまったみたいで…」

「ハア?この前たっぷり分けたばっかじゃん。もう使い切ったの?」

「そうみたいです…。だからまた分けてもら…」

「嫌よ!」

 腸が煮えり返り、少女は男の依頼を拒絶した。

 声色がさっきの可愛らしいものから荒く変わり果てる。いつも聞くはずのない彼女の怒号を聞いて音は驚いた。

「もう失敗作に分けてあげるものないから。ここで帰ることにするわ」

「ま、待て!俺が失敗作…だと?」

 自分に背を向けてどこかへ行こうとする少女の足を何とか掴んで止めながら男が言う。

「何するのよ!」

 足を止められて少女は咄嗟に振り返り、男の顔面を勢いよく蹴る。蹴られたまま男は数メートル後ろへ飛び、壁と激突してその反動でうつ伏せに倒れた。

 当然ながら壁に当たった痛みよりも顔を蹴られた痛みの方が痛い。男は顔を押さえつけてその場で蹲った。

「人の足勝手に掴まないでよ、気持ち悪い…。もうそこでじーっとしときなさいよ」

「できるか…よッ!生意気な…ガキだな…!」

 男は壁のひび割れを使って体を自力で引っ張り起こしながら言った。

 男の顔を押さえている指の隙間から鋭い目線と痛々しい傷跡が少女に向けられる。それを見て少女はハァァァと大きくため息を吐いてマントの中に手を入れ、腰のあたりから何やら本を取り出した。

「随分恩人に偉そうな口を叩くのね。ちなみに言うけど私、何千年以上あなたより生きてるから。ガキににガキって言われたくはないね」

 手に持った本をめくりながら少女は笑いをなぜながらそう言う。

「…!ど、どう言う…事だよ!」

 少女の言っている事を理解できず男は彼女に尋ねる。

「どう言うことかって?そう言うことなのよ。フフフッ」

 何がおかしかったのか分からないが笑いを堪えず、声を出して笑い始めた。

 それを見て男の中の琴線がもう一本切れ、感情に身を任せて立ち上がる。痛みすら忘れて眉間にクレパスのような深いシワを作り、怒り狂った獣のような目で睨みつけながら少女の方へ近づこうとした。


風技(ふうぎ)風圧(ウィンドプレッシャー)拘束(リスプリクション)

 少女の長ったらしい呪文と共に前方からの強烈な謎の突風が男を襲った。

 彼はそのまま勢いよく壁にぶつかり、貼り付けられたかのように動くことも許されずにギッチリと固定される。物凄い風圧で体の機関が圧迫されてまともに話すことはもちろん呼吸さえうまくできなくなってしまっていた。

 けれども男はそんな事も気にせず、何とか必死に目を開けて苦しめられながらも言葉を吐いていく。

「てめ…ど…ゅうこ…と…だ!……」

「言ったでしょ?ジーっとしてって。言うこと聞かないから強制的にさせただけだよ?」

 少女は本を閉じてわざとらしく惚ける。

「クソ…が…!」

 少女の態度に我慢できず、男は弱った体を動かそうとする。

「あー、無理矢理動かないで。本当に()()()

 右手を男の方へかざして少女はそう言った。


「……」

 少女のその言葉に対し男は返事を返さなかった。いや、返せなかったと言った方が正しいだろう。

 男はこの少女のの事はよく知らない。何をどうやったら彼女が怒ったり喜んだりするのか知るわけがない。だから今、彼女の強烈な殺気を感じ取れるまで彼女が怒っていると言うことはついさっきまで知らなかったのだ。


「やっと自分の立場がわかってきたのね」

 大人しくしている男を見て感心そうに少女が言う。

 すると少女はかざしていた手を下ろしてマントの中へしまう。それと同時に男の全身にかかっていた圧がフッと無くなり、男は重力に引っ張られて地面へ倒れた。

「全身骨折したくなければ無理に動かない事をオススメするよ」

 そう言って少女は男に背を向けた。

 動かない方がいいよと言われたものの、実際動きたくても動けない。呼吸をするだけでも苦しいほどだ。

「じゃあ私は今度こそ帰らせてもらうね。一人で寂しそうだからついでにお友達を五、六人呼んでおくよ。あなたにも剥奪姫(リカプメイル)の祝福がある事を願っておくわね」

 どこか嬉しそうに少女はそう言い残すと歩き出し、月光の届かない真っ暗な闇の中へ消えていく。少女が見えなくなった後ではコツコツと階段を降りていく彼女の足音だけが耳の中で流れ込んでいたが、それもそう長くは続かなかった。

 青白い月光の下、薄暗いビルの広いフロアに静寂と共に残されたのは惰弱な男一人だけとなった。


「本当にこの上なのか?」

「そうらしい。相手は殺人鬼だ。気をつけていくぞ」

「了解です!」

 しばらくして、闇の中から知らない誰かの声がした。一人二人じゃなく、五、六人の集団のようだ。多分あの少女が呼んだ警官たちなのだろう。

 逃げたいとは思っていても体が動かせない。男はただ自分の前に広がる闇を眺め、駆け上がってくる警官たちを待つ事しか出来なかった。


 彼らの駆け上がってくる足音に耳を澄ましていると、何か異様な違和感を男は覚える。勢いが良く疎らだった彼らの足音が少し経つたびに小さく揃っていく。まるで人がだんだん減っていくようだった。

 数歩進むたびに静かに足音が減り、揃っていく。最終的に鉄骨の階段を上り切って、三階のこのフロアへ伸びる廊下に残った足音は一つだけとなった。


 コツ…コツ…コツ…

 ゆっくりと足音が近づいてくる。音が一回鳴る度、男の緊張感が高まる。

 コツ…コツ…コツ…

 さらに音が近づいてくる。窓から冷たいよ風が吹いてきて気味悪さを引き立たせてくる。

 コツ…コツ…コツン…

 足音が止まった。相手は目の前に広がる闇の幕の向こうのすぐそこで立っているのだろう。

 明らかに警官では無い雰囲気がしている。その誰かが誰かが分からない以上気を抜けない。男は拳を強く握りしめて鋭い視線を向こう側にいる相手へ送った。


 すると、足音が再び鳴り出した。足音が数回鳴るとスッと闇の幕から一人の男性が出てくる。白いスーツ姿に白い帽子を被っている全身白ずくめの男性だ。

 男性は男の顔を見て満足そうにニコッと微笑む。そしてそのままの表情で明るい声を発した。

「おやおや、こんばんはミスターレッドアイキラー」

 声を掛けられて男はビクッと驚く。どうやら相手は自分の正体を知っているようだった。

 もちろん男はこんな男性に見覚えの無い。男はその男性を睨んで警戒し、体をどうにか動かして後ろへ這い下がった。

「大丈夫ですよ。私はあなたへ危害は加えませんから安心してください」

 表情を変えずに今度も嬉しそうに言って男性は離れようとする男に近づき、片膝を地面につけてしゃがみ込む。何故この男がこんなに嬉しそうなのか男にはわからなかった。

「だ…れだ…ぉ前は…」

 苦しそうに男は声を吐く。それを聞いて男は返事を返さずに手を差し出した。

「な…んの…つもり…だ…」

「何のつもりもありませんよ。私はただ私と同じ境遇のあなたを助けに来ただけですから」

 今度もまたニッコリと微笑んで男性は言う。その男の笑顔の奥にとてつもない何かがある気がした。

 闇よりも深くて濃い感情なのだろうがそれが何か今の男には分からなかった。

待ちに待った序章が終わった!

これで一章に突入できます!

お楽しみを!

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