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アナザーウェルト  作者: 赤井直仁
幻想からの嘆き編 序章・少年の決意
6/17

少年の決意(上)

 

 寂しいカラスの鳴き声や騒がしい車の走行音が次第に無くなり、真たち以外に誰もいなく辺りは静まり返っていた。

 夕陽も完全に沈んでしまって空はだんだんと薄暗くなっていく。西の空では薄い水色から濃い青紫色に代わって、一番星が綺麗に輝いていた。

 真たち三人は駅に向かっている道に沿って一緒に歩いていっている。彼らはさっきまでの暗い話を忘れて今日起きた何気ない事を話し合い始めていく。笑ったり楽しそうに過ごしていて、なんとも幸せそうな光景であった。


「ねえねえ、今日の数学の小テスト難しかったよね〜」

 橋の手前に差し掛かった時、前で歩いている凛が振り返って後ろの二人に話題を振った。

「難しかったよね。半分取れたから良かったけどなあ」

 しょんぼりとため息を吐きながら真は答える。半分取れてていいなあ、と真に向かって羨ましそうに凛は呟いた。

「そんなに難しかったっけ?簡単だったよ?」

 ガッカリする二人を見て不思議そうな顔を浮かべながら拓斗は言う。その答えに真と凛は目を見開いて驚いた。

「公式さえ覚えてれば簡単なはずだよ」

 優しく二人に微笑みながら拓斗が言う。ハハ…さすが文武両道のイケメンめ…と真は妬ましそうに心の中で呟いた。

「ねえ拓斗!私に解き方教えて教えて!」

 目を星のように煌めかせながら拓斗の顔にグイッと迫って凛は尋ねる。

「い、いいよ。うまくできるかわからないけどできる限り頑張って教えるよ」

 彼女のお願いに拓斗は快く了承する。それを聞いて両手を大きく広げて凛は喜んだ。

 バンザイするほどの喜びなのか?と頭の中で真は思いながらも自分に教えてもらおうとテスト用紙を取り出すためにカバンを肩から下ろした。


「…!」

 ゴソゴソとカバンを漁っていると、どこからか声が聞こえてきた。

 ノイズがかかってていてはっきりとは聞こえない。周りに人もいなかった為真は自分が呼ばれていると思って後ろを振り向いく。その瞬間…


 パチパチッ!


 強烈な電流のようなものが頭に流れた。直に脳が感電されているような、そんな感覚だった。それに耐えられず真は思わずその場に崩れ堕ちていく。

 脳がぐちゃぐちゃに跡形も無くかき混ぜられ、頭の中が渦巻いているような感覚に陥った。

「真!…大丈…!…ん!……」

 誰かが自分の事を読んでいる声がする。必死にその声を聞き取ろうとしたが真が聞き取ろうとすると強烈な電気が邪魔をして上手く聞き取れない。

 どうこうしているとその声含めて周りの雑音が頭の中の渦に吸い込まれ


「逃げて…!」


 するとまたどこからか微かに声がした。

 ジリジリと少しノイズがかかっているがハッキリと聞こえる。多分最初に聞こえた謎の声の正体なのだろう。

 若々しく高く澄んだ声がガムの様に脳内にこびり付き、何度か聞き続けているとこの声が女性の声だということがわかってきた。しかし女性の声は女性の声でも凛のものではないしもちろん拓斗の声でもない。全く知らない人の声だった。


 しばらくして頭の中で激しい渦巻きが収まり、こびりついている声も消えていく。

 大丈夫か!と拓斗の声が何度も聞こえてくる。真はゆっくりコクンと頷き、拓斗に支えて貰いながら立ち上がった。

「真、大丈夫⁈」

 ハァハァと息を切らしながら凛が聞く。真が倒れたのを見て急いで駆け寄ってきたのだろう。

「あ、ああ…大丈夫だと思う」

 弱々しく真は返事を返した。

 原因不明の強烈な頭痛に襲われてしまったせいで真はものすごく疲れている。けれども何とか力を振り絞って自力で立ち上がることはできた。


 真の容態がなんとか無事で拓斗と凛はホッとする。しかし、突然、真を襲った事件はこれだけでは終わらなかった。

 彼の運命を左右する事となった二つ目の事件がもうすぐそこへと迫っていたのだ。


 ドガーン‼︎


 鼓膜が破れるほどのすざましい爆発音が路地の奥の方から鳴り響いた。

 その爆発音に反応し、何事だと思いながら真たちが目を向ける。そこには燃え上がる真っ赤な炎と墨のような真っ黒な煙がもくもくと立ち上っている光景が目に映り込んだ。どうやら爆発したのは駅のようだ。

 真たちは何が起きたのか理解できずにその場ボーッと立ち尽くしていた。


「ねえ…」

 凛は声を震わせながら恐る恐る二人に声をかける。

 「確か、え、駅にショウコちゃんが居たよね…」

「助けに行くつもり⁈ダメだ、凛!今行ったら死ぬかもしれないんだよ!」

「けどショウコちゃんだって助けを待ってるかもしれないんだよ!助けに行かないと!」

 そう言って凛は駅の方へ体を向ける。咄嗟に拓斗は腕を掴んで彼女を止めた。

「離してよ!」

「行っちゃダメだ!消防署の人に任せよ!」

「今呼んだっていつ来るかわかんないんじゃん!その間にショウコちゃんが死んじゃったらどうするの!だから私が助けに行く!」

 そう言って彼女は拓斗の手を振りほどき、駅に続く路地の方に走っていってしまう。拓斗は何度か叫んで彼女を止めようとしたものの、彼女に聞き入れてもらえなかった。


 凛が走り出したのと同時に、真は燃え上がる炎の中から誰かが歩いてくるが見えた。

 大きいマントに身を包み隠していてどんな人なのかは分からない。けれど体格から見て男性だという事はなんとなく分かる。炎の中から出てきたのだからあの爆発から逃げてきた人だろうかと真は思った。

 けれども大きなマントを羽織っている事もそうなのだが、あの大きい爆発から逃げてきたとは思えないほどにその男は妙に落ち着いている。心のどこかで真は少しその男に違和感が生まれた。


 すると、男は大きなマントの中から何かを取り出すのが見える。大きさから見て然程大きくはない。細長くて真ん中の部分から先が銀色に煌めいている。それはまるで………

「ちょっ!まじかよ!」

 男がマントの中から取り出した物が何かを理解した時、真の背筋がゾッと冷たい何かが走る。彼が思っていた違和感が的中してしまったのだ。

 男が取り出した物。それ幾多の生命を狩り取為に生み出された一本の鋭い鉄の凶器、ナイフだったのだ。

 今、男から見える範囲の中でその鉄の凶器の餌食になる人物はただ一人。

 凛だけである。


「凛、危ない‼︎」

 真はさっきまでの強烈な頭痛の事を忘れ、全力で叫びながら凛の方へ走り出す。真が走り出したのと同時に男も凛に向かって走り出した。

 真と男の走るスピードは同じ。凛までの距離も五十歩百歩の差。何としても凛を守る!と強く心の中で唱えながら真は彼女の元へ飛び込んだ。


 男と激しい競争の末、真の方が()()早く目的地へたどり着いた。

 彼女を何と細道の向かいの家の駐車場へ突き出すように真は押し出す。二人共その駐車場へ倒れ込んだ。

 幸い、彼女は大きな怪我も無く、かすり傷等の軽傷で済んだ。だが、真の方はそれだけでは済まなかった。

「真!だ、大丈夫⁈」

 凛は顔を真っ青にして真を見る。

「だ、大丈夫なはず…だ」

 真は心配させないように大丈夫と言ったものの、正直大丈夫なのかわからない。

 脇腹から血がゆっくりと湧き出して、白いカッターシャツを真っ赤に染めていく。そこから足を伝って点滴のようにポタポタと白い駐車場のコンクリートの片隅を血の色で染めていく。

 真は凛を何とか押し出せたものの、そのタイミングはナイフが当たる寸前。真は避けきれず、彼女の代わりにナイフの餌食となってしまった。

 凛を押し出した時に体を回転させて姿勢を変えたおかげで、急所を刺されずに済んだ。といっても脇腹を切られている為、すごく痛い。


 彼らから四、五メートル離れたところで立っていた男はは真をチラッと目を向け、その後血の付いたナイフの方に視線を落とす。誰を斬ったのか、ナイフについているこの紅いの血は誰のかと確認していたようだ。

 ナイフの方に視線を落としてしばらくの間、男は血の付いたナイフを静かにジーっと眺める。なんとも不気味な光景だった。


 焦げ茶色のマントの中から伸びる男の手には一本のナイフが納められている。刃は男の掌より少し大きいくらいの大きさで、真の脇腹に触れただけでも簡単に切れる程の切れ味を持っている。

 一番特徴なのは黒い柄の先端には蛇の頭が彫られており蛇の目にあたる部分には赤い宝石が埋め込まれている。多分一点物なのだろう。

 蛇の頭が彫られた柄…蛇の柄…

 しばらく男を眺めていると突然、真は何かに気づいき目を見開きながらハッと息を呑んだ。

「お前…まさか…!」

 男はフードを深く被っていて顔は見えない。けれども、この男こそがさっき拓斗が話した()()通り魔『レッドアイキラー』であるという事には間違いないと真は感じた。


 真が気づいたのと同時に凛も男の正体に気付き始めた。

「し、真…!私…あいつに…」

 真のカッターシャツにしがみ付き、凛は震えながら声色を震わせて囁く。彼女の目から大粒の涙が流れ出ていた。自分が殺されるかもしれないという事に気付き、彼女は怯え始めていたのだ。

「泣くな、凛。大丈夫だ」

 男の方を強く睨みつけながら、手を後ろへ回し、彼女を守るようにして真が言う。

「で、でも…!」

 凛はギュッとシャツを強く握り締め、彼にぴったりとくっつく。彼女の柔らかな胸の感触体の震えが背中越しから伝わってきた。

「し、心配しなくていい。俺が何とかするからここで待っててくれ」

 胸の感覚を一旦置いておき、しがみつく彼女の手に優しく真は自分の手を包み込みながら言う。彼女はそれを聞いてもまだしばらくの間震えていたが、次第に収まって黙り込みながら小さく縦に呟いた。

「ありがとう、凛」

 チラッと凛の方へ向いてポンと優しく彼女の頭を叩いて真は立ち上がる。男はまだナイフを眺め続けていた。


「何しに来た殺人鬼野郎め…!」

 自分だけ聞こえるくらいの声で独り言のように呟いて真は右足で地面を強く蹴った。

 真の右膝は去年の冬からある程度回復しており、医師から然程大きな負担さえかけなければ運動しても良いと言われている。

 男が彼がが自分の方へ走って来ているなと気付いた時はもう真の拳が目の前で待ち構えていた。

「おらああ!」

 低い唸るような声を出しながら真は右ストレートを突き出す。半年以上も拳を振っていないので昔のような鋭いパンチは出来ない。けれども、この殺人鬼をよろめかせるくらいの威力はまだ真には残っているはずと真は思った。

 真の左ストレートは男の顔面を捉えて突っ込む。防ぐ間も無く男は彼の思う通りに後ろへよろめいていく。

 男に休憩させる暇を与えまいと真は左手を握り締めて、フックに近いストレートを再び男の顔へ繰り出した。


 男は真に殴られるまま路地の方へ倒れ込む。手に持っていた蛇のナイフは男の手から離れて、男から離れたとこにある草むらの中に転がっていった。

「拓斗、凛を連れて逃げろ!」

 無様に寝転がっている男を眺めながら真は拓斗に向けて叫ぶ。

「でも、お前は…」

「いいから連れて逃げろ‼︎」

 拓斗の言葉を聞かず、真は強く言い返す。

 彼はしばらく黙り込んだが真の依頼を飲んでわかった!と答えた。そして彼は凛の元へ駆けつけ、地面に座っている彼女を引き起こす。

「凛、あいつに任せて行こ!」

「でも真が…」

「真なら多分大丈夫だ、心配するな。何となくだけど分かるんだよ。あいつは簡単にやられるような奴じゃないってね」

 彼女を支えながら拓斗は真の方にチラッと目を向ける。いつも小さく弱々しそうだった彼の背中が今日は特別に大きく逞く見えた。

「また、助けられるとは思わなかったよ…真。さあ行こう、凛」

「うん、わかった」

 独り言を呟いて拓斗は凛を連れて、二人は一緒に来た道を戻るように中学校の方へ逃げていった。



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