友達
「くっ…!痛たかったんだけど…」
首を手で押さえ、若干涙目で歩きながら拓斗は言う。あの後真に数分間絞められていた為、ズキズキと首が痛い。
「フン!俺をからかった罰だ」
拓斗の二、三歩前を歩いている真がちょっぴり怒ったような口調で言う。顔は見えないが多分拗ねているのだろうと拓斗は思った。
「子供かよ…」
クスッと笑って拓斗は言う。
「なんか言ったか?」
真はチラッと後ろを振り向く。眉間に少ししわがよっていた。それを見て拓斗は凄い勢いで首を横に振る。
「なら、いいけど…」
そう言って真は前を向き直す。彼の顔が見えなくなったと同時に拓斗は胸を押さえてホッとした。
また真にアレをやられたらと考えると背中がゾッとする。これから慎重に行こう、と拓斗は心の中で思った。
どこからか風が吹いてくる。その風に煽られ木の葉がザワザワと揺れた。
夕陽も地平線にさしかかり始め、横から木の幹の間を通って真たちを照らし、二人の影がスーッと暗くなっていく空の方に向かって伸びていった。
二人はしばらく歩くと学校終わりの中学生や小学生とすれ違った。下校時間が重なったのだろう、学生たちは歩道いっぱいに溢れている。
真たちは川の流れに逆らって泳ぐ魚のように学生たちの隙間を掻き分けて歩いていった。
学生たちの間をすり抜け、上り坂を上り切ると中学校の裏門が見えた。その門の横で何やらしゃがんで学校のフェンスをジーっと見ている女子生徒が目に入る。
今度もまた見覚えのある顔だった。
「あいつ、何やってんだよ…」
真は呆れた目でその生徒を遠くから見る。その生徒は明らかにどう見ても不審者のようだった。
「あれ…何やってんの?」
拓斗が苦笑しながら尋ねる。拓斗もあの生徒が誰か予想がついてるようだ。
「さあ?俺に聞かれても…」
首を傾げて真は言う。確かに学校のフェンスを監視カメラのようにジーっと眺めている人が何をやっているのか一発で当てられる人はそういないだろう。
真たちはその生徒の様子を遠くの方で見守ることにした。
しばらくするとその生徒は真たちに気づいた。フェンスから真たちに目線を写し立ち上がる。
「おーい、真!拓斗!」
彼女は手を振りながらこちらに向かって走ってくる。ショートの日に焼けて茶色に染まった髪がサラサラとなびく。それと、多分Fカップ、いやGカップくらいはあるだろう彼女の胸が上下左右にゆさゆさとリズミカルに揺れていた。
思わず真と拓斗は顔を真っ赤にして彼女から目を逸らす。豪快に揺れる胸を直視なんてできないからだ。まあ多分こんなに豪快に揺れられたら地球上の男性方のほとんどは直視できないだろう。
「お二人さん、どうしたの?顔を真っ赤にして」
真の元に着いた彼女が疑問そうに聞く。
「あー…。まあ、気にしないでくれ」
拓斗が遠慮気味に答える。胸の豪快な揺れがなんとか収まって二人はホッとした。
「なら、いいけど。二人とも、顔真っ赤にしてたから何事だと思って」
呑気に笑いながら彼女は言う。原因はお前だよ!と思いながら二人はただハハハ…と気まずそうに笑った。
彼女は霞原凛。真の高校で出来た二人目の友達だ。と言っても真の友達はこの二人くらいしかいないのだが…。
とても元気で活発な子だ。周りなどにすごく親切で先生や生徒からの信頼が厚い。学校一と言ってもいい程の美人で可愛いし、まあ…胸もでかいし色々な事で評判である。
また、世界で活躍している大手製薬会社の霞原製薬会社の一人娘でもある。この事を聞いた時、目が飛び出るほど驚いた。
「本当に大丈夫?」
凛が横から真の顔を覗き込む。
「大丈夫…だから…。本当に…気に…しないで…」
喉に詰まっている単語を無理矢理吐き出すように真は言う。彼女が覗いている時にシャツの間から胸の谷間が見えているなんて言う勇気なんて真には無いからだ。
「ふ〜ん。変なの」
そう言うと彼女は顔を上げる。この時もプルンと胸が縦に揺れたが今度は真と拓斗は何とか赤くならずに耐えることが出来た。
何かを我慢している二人を見て可笑しくなって凛は笑い出す。それを見て二人もつられて笑い出した。しばらく笑った後、凛が先頭、その後ろに真と拓斗がついていくという形で三人一緒に駅に向かって歩き始めていった。
「そういえばさっき、学校の前で何やってたの?」
歩きながら拓斗は凛に尋ねた。
「校門の前?あ〜、あれね。木にカブト虫とクワガタが戦っててね。つい見入っちゃって…」
彼女は舌をちょこっと出し、ウィンクをしてとぼけてみせた。ふ〜んと真が納得する。けれど拓斗は違っていた。
「おいおい、大丈夫か?霞原製薬会社のお嬢様が道草食っちゃって。狙われているかもしれんぞ」
真剣な眼差しで凛を見ながら拓斗が心配そうに言う。
「えっと…凛が狙われてるってどう言うことなの?」
真は不思議そうに拓斗に尋ねる。彼の言っている事が理解出来ず真は戸惑っていたからだ。
「お前、知らんの?」
「う、うん」
ハァと拓斗は大きくため息を吐く。
「最近のニュースくらい見ろよ。まあ説明すると最近、通り魔による連続傷害事件は知ってる?」
「ごめん、わからん…」
「それぐらい知っとけよ。今から説明するでよく聞いとけ。さっき通り魔、いや殺人鬼かな。まあ最近、連続殺人事件が起きてるって言っただろ?犯行に使っているナイフの特徴が蛇が彫られてて、蛇の目に赤い宝石かなんかが埋め込まれてるらしいんだよ。そこから通り魔の名前は『レッドアイキラー』って呼ばれている。そいつに切られたりした被害者の共通点が霞原製薬会社の重役かその周辺の人なんだよ」
「えっ!それって…」
「そう、社長の一人娘の凛も通り魔の標的に入っているかもしれないってこと。だから心配してるんだよ」
真は驚いた表情で凛の方に振り向く。急に真に見つめられて凛はビクッと肩を上げてびっくりした。
「大丈夫大丈夫。心配しないで!」
自分の指を絡ませ、ニコっと笑顔を真たちに向けながら凛は言う。しかし、真には彼女が無理矢理笑顔を作って笑ってように見えた。
凛は人に心配をかけないように嘘をつくことがある。けれど、多分だが彼女自身は気づいていないが、彼女がいつも嘘をつく時に自分の指を絡ませる癖がある。
無理していない?とでも声をかけるべきなのだろう。けれども、無理に笑っている彼女を見ると声をかけるべきのかと迷う。
声をかけようと決心し、凛、と呼んだがちょうどクラスメイトの子と声が重なってしまう。クラスメイトの子の声の方が大きかった為真の声は掻き消されてしまった。
真は彼女に声をかけ直そうと声を出す。けれども楽しそうに話している彼女を見て真は出しかけた声と彼女を心配する気持ちをゴクンと自分の中に飲み込んだ。
彼女はクラスメイトの子としばらくの間お喋りをする。真と拓斗は彼女の後ろで立ってその様子を眺めていた。
しばらく話した後、クラスメイトの子は用事があると言ってた先に駅の方へ走って行く。
凛はバイバイ!と手を大きく振りながらクラスメイトの子に向かって叫んぶ。そして、真たちの方を向いて行こっか、と友達と話せれたのか満足そうに言った。二人は静かに返事をして彼女の元へ歩いていった。
中学校を過ぎて少し下り坂を下ると左手に橋が目に入る。灰色一色でコンクリートブロックを並べたようなものでお洒落とかの雰囲気は微かにも感じないものだ。
その橋を渡って直ぐの所に細い路地があり、その路地の奥に駅がある。
そこに行くには目の前の横断歩道を使って道路の向こう側へ渡って行く必要があるが今日はそこでガス管の工事か何かで通れない為、少し離れたところにある中学校の正門前の横断歩道を使う事にした。
「あのさあのさ、レンガ資料館の近くに新しく喫茶店がオープンしたんだけど今度行かない?」
横断道路を渡り、橋の方へ向かって歩くと凛が振り向いてニコっと微笑みながら尋ねる。
元気でどちらかと言うと男っぽい性格の彼女パフェ好きと言ういかにも女子高生らしい一面を持っているのだ。
初めて彼女のこの一面を知った時はこいつもこう言う一面を持ってるんだと二人で笑い転げたのを思い出した。
「凛、俺は構わないよ。凛が連れていく店のパフェはうまいからね」
凛からの提案を拓斗は快く了承する。拓斗自身もパフェなどをよく好んで食べるからだ。
「真はどう?」
笑顔を浮かべながら真にも尋ねる。目をキラキラさせながら彼を見つめていた。
「お、俺もいいよ」
「やった〜!お二人さん、予定空けてといてね!」
彼女は嬉しそうに飛び跳ねて喜ぶ。いつにしようかな〜とか、何を食べよっかな〜とかと修学旅行の前の小学生みたいに彼女は一人でキャッキャと浮かれている。
そんな彼女を真は後ろから静かに見守っていると隣にいた拓斗に肩をトントンと優しく指で叩かれた。
「真、どうしたの?なんか周りにいるのか?」
「いやそうじゃないけど、どこからか視線を感じるんだよ。感じない?」
周りを少し気にしながら真が言う。すると急に拓斗が真の額をぐいっと強く押した。
「大丈夫だって、誰も見てないよ。気のせいなんじゃない?」
声を出して笑いながら拓斗が言う。真はそれを見て納得する。
「俺、疲れてるのかなぁ…」
「疲れてんじゃない?今度三人で一緒にパフェ食いに行ってリフレッシュしてこようぜ」
真の肩に腕を乗せながら拓斗は言う。真はうん、と微笑みながら静かに頷いた。