放課後(下)
軽快なチャイム音と店員の元気な挨拶を聞いて真と拓斗はコンビニから出る。コンビニの中で拓斗がアイスをどれにしようかとずっと悩んでいたせいで、空はもうオレンジから透き通ったような水色に変わり始めていた。
二人はそれぞれ買ったアイスを堪能しながら駅に向かって歩いていく。二人共市外から通っている為、毎日電車を使って通学しているからだ。
空もだんだん暗くなり、響き渡るカラスの鳴き声や鈍い車のエンジン音で辺りは騒がしくなっている。けれど、それらの音が単調であるせいなのか、何となく街全体が寂しく感じた。
「いや〜、学校後のアイスっていいもんだ」
横で歩いていた拓斗が言う。素っ裸になったアイスの棒を咥えながら呑気に鼻歌を歌っていた。
「はあ、アイス美味しいですね〜」
ため息を吐きながら嫌味っぽく真は言う。
「あ〜すまんすまん、ごちそうさんです!」
慌てて拓斗はパチンと手を顔の前で合わせながら謝りつつお礼を言う。拓斗のお礼を言っているその顔があまりにも憎たらしく、真は思わず頭をワシャワシャと強く撫でた。
「なんだよ、真!」
少し照れながら拓斗は言う。
「なんでもねえよ、ただやりたくなっただけ」
照れている彼の顔を見て真は思わず笑う。それを見て笑いが込み上げ、拓斗も吹き出すように笑った。
この二人の幸せそうな笑い声がこの寂しそうな街をほんの少し明るくした。
しばらく歩くとY字の交差点の横にポツンと建っている駄菓子屋が目に入る。とは言っても看板も無いし、二つもの自販機の後ろに入口が隠れている為、それが駄菓子屋とはわからない。現に真もそれが駄菓子屋と気づいたのも最近のことである。
「ちょっとそこに寄っていい?」
拓斗は駄菓子屋を指差しながら尋ねる。真はアイスを咥えていた為返事ができなかったのでコクっと縦に頷いた。拓斗はそれを確認するとちょっと待ってて、と言ってお店の中へ駆け込んだ。
その間、真はお店の前の電柱にもたれてボーッとして待つことにした。
橘拓斗と出会ってから真は色々変わった。いや、彼のおかげで変われたと言った方が正しいだろう。
あの怪我の後、真は中々立ち直れずにいた。何をするにもやる気が入らず、魂が抜けて残った抜け殻のようにほとんど何もせずに学校に行く以外、部屋に引き籠って毎日を過ごしていった。
高校に入学して、友達くらいは作ろうとは思ったものの人との上手くいかず、いつのまにか自分とクラスとの間で厚い壁ができてしまっていた。
そんな時に彼、橘拓斗が訪ねてきた。真がたまたま読んでいた本が彼も知っていたらしくそれを見て彼が興味を持ち、話しかけてきたのがきっかけだ。
最初は彼が話しても真は一言で返すことが多かった為、彼の一方的なものが多かった。
けれど、話しかけられていくうちに真の返す一言の量が多くなり、気づいたら彼と仲良く会話し合っていた。そして、少なからず真の方からも声をかけることも増えていったのだ。
こうやってまともに会話したのはいつぶりだろうかと思うほど真は嬉しく、また懐かしく感じた。
彼と関わっていくうちに彼のおかげで真は遅いながらもクラスと打ち解けていった。クラスの生徒たちはみんな優しい人ばかりで打ち解けるのにそれほど大変ではなかった。
また、拓斗とも話してみれば話が合うことが多く、気づけば彼のところに話しにいくことも多くなり、一緒に帰ったり、遊びに行ったりすることも増えていき、彼が自分のことを一番の親友と言ってくれた時は飛び跳ねるほど嬉しかった。
あの暗くてまるで魂の抜け残った抜け殻のような自分を変えてくれた彼に真はとても感謝している。彼は真にとって命の恩人のようなものだ。
この一番の親友をこれからずっと大切にするとその時に真は心の中で強く決心した。
時々思い出し笑いをしながら昔のことを振り返る。今でも何故彼は自分に声をかけたのだろうと思う。一回彼に何故とは聞いたものの、秘密だ、と言って教えてくれなかった。
ボーッとゆっくりと紫に染まる空を眺めていると後ろから背中を誰かに優しく叩かれた。後ろを振り向くと駄菓子屋のおばあちゃんが何やらビニール袋を持って立っていた。
「いつも、ここの前でずっと空を眺めてるよねえ」
ニコニコしながらおばあちゃんは言う。ずっと自分がお店の中から見られていると思い、真はちょっと恥ずかしくなった。
「ええ、まあ友達待っているので」
「あの子かい?」
おばあちゃんはお店の中にいる拓斗を指差して言う。真は返事をして静かに頷いた。
「あの子、本当に駄菓子好きな子でね。毎日毎日寄っては何個か買ってくれて、もうあの子を見るのが最近の楽しみなんよ」
おばあちゃんは顔をしわくちゃにしながら歯を見せ、声を出して笑う。とても幸せそうな表情だった。
「彼、毎日ここに寄るので声かけてあげて下さい」
微笑みながら答える。おばあちゃんははい、と言いながらゆっくり頷く。
そしておばあちゃんは手に持っていたビニール袋を真に渡す。中には大きめのスナック菓子が二、三袋入っていた。
真は慌ててその袋を返そうとしたがおばあちゃんが優しいそうな表情でもらってい来なさい、と言う。
その表情に負けて、ありがとうございます、と元気よく言って真はそのビニール袋をカバンに入れた。それを見ておばあちゃんは最後に優しく微笑んでお店の中へ戻っていった。
そのおばあちゃんの背中を見て真は少し胸が温まった。
真は買い物し終えた拓斗と共に彼の買ったチョコレート菓子を食べながら帰り道を歩く。今日も袋パンパンにお菓子を買った彼はとても満足そうにしていた。
「幸せそうだね、拓斗」
「まあね、いっぱい買ったし」
満面の笑みで真に答える。買ったお菓子は家でのおやつにしたり、兄弟に分けたりしているらしい。優しい兄だな、と心の中で呟く。
真にも二つ下の妹がいる。真の両親はほとんど家に帰って来ない為、その両親に変わって家を支えている。けれども怪我の事以来、ずっと心配させている。何か喜ばせたいとは思っているものの、なかなか出来ずにいた。
「拓斗、お前はどうやって兄弟を喜ばせてるの?」
突然、真が尋ねる。
「え?まあ、そりゃあこうやってお菓子あげたり、遊びに連れていったりしてるよ」
「俺もそうした方がいいのかな…」
険しい顔をしながら真は考える。
「まあそこまでしなくてもいいんじゃないかな。多分ありがとうとかお礼を言えば喜んでくれるよ」
「本当?それなら、今日帰ったら言ってみよっかな」
「おう、頑張れ。しっかり言うんだぞ」
チョコレート菓子の箱を真に差し出しながら言う。差し出された箱を真は受け取る。
受け取った時何やら軽い感じがした。まさかと思って開けてみると何も入っていない。どうやら空箱を渡されたらしい。
ふざけるな、と言おうと拓斗がいた方を振り向いたが彼はいなかった。
「ベロベロベー!」
どこからか声がする。声がする方に振り向くと彼がいた。彼は上り坂の真ん中で見下ろすように真に向かって舌をベーっと出し、笑い転げていた。
渡したと同時に走って逃げていたのだろう。それを見ているとジワジワと殺気が湧いてきた。
「拓斗…!てめぇ…!」
真は空箱をくしゃっと握りつぶす。カバンを背負い直し、なにやら地面に落ちていたなにかを拾い上げた。
「あ、やべ…」
真の溢れんばかりの怒りのオーラを感じて拓斗は逃げる体制に入る…が、もう遅かった。
カコン!という音と共に頭に強い衝撃が走る。
拓斗はそのままその場に悶えた。多分当たったのは空き缶だろう。
「真 、命中率高過ぎだろおおおお!」
頭を抑えながら振り向くと坂の一番下にいたはずの目に前に真が立っているのが見え、拓斗は思わず叫んでしまった。
「拓斗…。覚悟しろよ…」
そう言うと真は後ろから拓斗の首に手を回す。
「や、やめてくれ!マジでこれだけはやめてくれ」
拓斗は必死に抵抗する。しかしそれはもう遅かった。真の目はモードに突入してしまっていたからだ。
「行くよ…。頑張ってね…拓斗」
真はニコっと笑い、拓斗の首をキュッと絞める。
「やめてくれえええええ‼︎」
抵抗もできず、拓斗はそのまま首を絞められていく。暗くなり始めた住宅街に彼叫び声が盛大に響き渡っていった。