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アナザーウェルト  作者: 赤井直仁
幻想からの嘆き編 一章・アナザーウェルト
16/17

計画(上)

 窓の向こう側に広がる芝生の上に真は優しい草の摩擦音を立てて着地する。思っていたよりも窓のサッシと地面との間の距離があったのだが、着地した芝生が柔らかかったおかげで真の足は衝撃で痛む事無く済んだ。

 もちろん、店内から飛び出てたら終わりでは無い。ホッとする余裕も無く、真は先に行っている少女の後を追いかけて店の裏から伸びる道路に沿って走り出していった。


 蜘蛛の巣の様に規則正しく、尚且つ複雑に絡み合った道路の上を休む事無く二人は地面を蹴って、この世界の生温い風を感じながら北へ向かって駆け抜けていった。

 進んで行くにつれて霊魔の群れの足音は小さく絞られていく。どうやら化け物達は真達が逃げた事に気がついていない様だった。

 そして、その足音が風に吹かれてざわめいている木の葉の雑音に溶け込んでいったのと同時に彼女は走る速度を落とす。そこからゆっくりと徐行しながら、立ち並ぶ一軒家の中の適当な家を選んでそこへ駆け込んだ。けれども今度は、バーの時と同じ様にいちいち室内には入らず、駐車場の辺りで二人は走るのを止めた。

「疲れた〜」

 民家の駐車場にもたれらたり寝そべられたり出来るテーブルや椅子はある訳が無い。嫌々地面に片手をついて座り込み、空いたもう一本の手で服のボタンを何個か外しながら真は呟いた。 

 体の後ろの位置に付いている手を支えにして持たれる様に座っていたので、自然と胸以下の自分の体が視界に入る。休憩がてら彼は自分の身につけている服装を確認する事にした。

 薄い白の半袖のカッターシャツや黒い学生ズボンと、どうやら今の服装は死ぬ直前に着ていたのと同じ物だという事に真は今更ながら気づく。慣れた着心地だったので今まで全く何とも思わ無かった。

 とはいえ、運動に適さないこの服装で霊魔から逃げるために全力疾走した為に彼の中に疲労が溜まりに溜まっていく。もうまともに手足を動かせず、荒く息を切らせて少しずつ疲れを回復させるしかなかった。


 同じ様に一緒走って来た少女も真に次いで地面に腰を下ろす。一緒の速度や距離を走って来たのだから彼女も彼と同様に息は切れていたが、その割に疲れているという雰囲気は無かった。だからって、元気だという事も無いのでバーの時の様に彼の事を踏んだり叩いたりせず、彼女はただ自分の息を整える事に集中していた。

「これから…、どうするのかとかは決まってる…?」

 自分の息が落ち着いてきたところで、彼女の様子を確認して真は声をかける。

「それを今から決めるのよ。あの状況で瞬時に決めれる程に私の頭は冴えてないからね」

 そう返答をして少女は立ち上がる。見た目では何とも無い様に見えるが、声の方ははどこか疲れている様に聞こえた。

 ポンポンとスカートについたホコリを手で叩き、何度か身体を伸ばして筋肉をほぐした後に彼女はゆっくりと家の方へ歩き出す。

 それを止める様に真は声をかけた。

「どこ行くの?」

「資材調達よ。状況が完璧に把握出来ない以上、丸腰で霊魔から逃走する訳にもいけないでしょ」

 首を少し横に動かし、横目で真を見て少女は答える。そして、体勢を元に戻して再び歩き始めた。

 彼女ががやるべき事をしようとしているのに自分だけ呑気に休もうなんて出来るはずが無く、その資材調達を手伝おうと真は立ち上がろうとする。しかし、真の今の体の状況は小さな穴が空いた風船の様に、いくら力を入れたところで動けるなんて事は出来なかった。

 彼は少しばかりの罪悪感を抱きながら、視界から消えていく彼女の背中を眺め続けた。


 資材調達と聞く限り、木材や鉄材を集める時間のかかる相当な力仕事なのかなと思っていたのだが、その予想を裏切る様に彼女は五分も経たない内に再び彼女は軽快に現れる。木材等の大きくてゴツゴツした物は持っておらず、何冊かの古雑誌と小脇に一本の鉄製の棒を抱えていた。

「な、何それ…。拾ってきたの…?」

 体を前に起こしながら引き気味に真は言う。ある程度と体力が回復してきたので、さっきよりかは楽でスムーズに体を動かせた。

「今からの逃走に必要な資材よ。今欲しい物がこの家に全部あって本当に良かったわ」

 そう言って彼女は手や脇に抱えて持っている物を全て地面に投げ置く。表紙のボロボロな漫画やファッションの雑誌やサビで茶色に染まった鉄の洗濯棒等、見る限りどこの家にもありそうな物だったのだが、どれも使えそうな状態では無かった。

「これって本当に使えるのか…?もうちょっと綺麗な物な物の方が良い気がするんだが…」

 ペラペラ雑誌をめくったり棒をノックする様に軽く叩きながら真は彼女に聞く。ページをめくる音や棒の金属音を聞いても、全く良さそうには聞こえなかった。

「例えボロくたって使えれば良いんだから。物があるだけでも十分ありがたいのよ」

 そう言って彼女は彼女は地面に座り込み、鉄棒を退けて近いところの雑誌を一冊手に取る。特に開いたり破ったりせず、それをそのまま彼女は自分の目の前に置いた。

「さあ、やりましょうかね」

 そう掛け声を上げて彼女は右手を雑誌の上に手を重ね、静かに両目を瞑る。そして、バーを飛び出る前に真が聞いたあの長ったらしい呪文を唱え始めた。

 唱え終えたのと同時に、彼女の手の下にある雑誌は白く発光し始め、駐車場全体を照らしながらバーの時と同じ様な魔法陣を形成し始める。しかも、今回は赤い点だけで無く、ナビの様なデフォルト状態の周囲のマップも一緒に映し出していた。

「おぉ〜!」

 馬鹿みたいにだらし無く真は声を漏らす。目にするのが二度目だといえども、不思議で非現実的な事だからなのか、つまらないとは全く感じ無い。逆に心の中でいつまでもずっと見ていたいなと思えてきた。


「やっぱり、近くに何体かいるね」

 魔法陣を見ながら彼女は呟き、それを聞いて真も顔を覗かせて確認する。彼女の呟いた通り、どうやらこのレーダーの端にある幅の広い道のど真ん中に霊魔の居場所を表す赤い斑点が何個かあった。

「だ、大丈夫なのか?これって…」

 真は不安そうに彼女に尋ねる。霊魔の居場所はある程度ここから離れた場所にいるものの、安心することなんてできるはずもないこの状況の中で気を抜くなんて事は出来ないものだった。

「その場からはあまり動いてはいないから大丈夫だと思うけど、あの場所にいる事がちょっと厄介ね」

 眉間にシワを寄せて迷惑そうに彼女は言う。その様子から何と無く今のこの状況が好ましく無い事が分かった。

「だかららってまさか、ずっとここで安全になるまで待機しろって訳じゃ無いよな?」

 目線を少女の方へ向けて真は問いかける。

「当たり前じゃない!こんな所にいたら間違い無く殺されるに決まってるわよ」

 怒っているのでは無いのだろうが、少し調子を張って彼女は答えた。

「じゃあ、どうするの?」

 前の台詞から間も開けずに彼は再び質問を投げかける。けれども、それに対しての返事は言葉の代わりに、彼女は右手の人差し指を魔法陣上に置いた。

「多分もう逃げたり隠れたりした所で正直、意味は無いと思う。結局…」

 そう言いながら彼女は右手の人差し指をマップに沿って横に移動させる。そして、端のギリギリにあるあの通りの広い所でピタっと動きを止めた。

「ここを正面突破するしか手はなさそうね」

 凛とした眼差しを真に向けて少女はハッキリと言う。彼女の差している指の先には数個の赤い点、つまり霊魔がそこに存在しているという事。そんな場所を突っ切って行こうと今、彼女は宣言したのだ。


「え、はぁ?」

 少女の提案に対して真はキョトンとしながら短い返事を返す。全く持って当然の反応である。

「はぁ?って何よ。文句でもあるっていうの?」

 細目で彼を睨みながら彼女は言う。

「な、無い訳がないだろ!」

 鋭く威圧のある彼女の視線に若干負け気味だったが、それを勢いで何とか無理矢理と乗り切って真はそのまま台詞を続けた。

「そもそも見つかっちゃいけないこの状況で堂々と正面突破なんてやっちゃダメだろ!突破どころか反撃食らって、絶対に殺されるよ!」

 叫ぶ様に彼は一生懸命訴える。多分ここまで必死になったのは小学校の頃のアレの時ぶりなのだろう…

 けれども、そんな真の訴えに彼女は変わった反応も見せず、彼が話し終えると共にふぅ、と一呼吸して口を開いた。

「確かにあなたの言う通りに戦力の低い私達が堂々とあの中に突っ込めば、そりゃ見つかって秒でさよならよ。けどね、いくら状況が悪かろうが私はそんなをしないわ」

「じゃあ、何で正面突破なんてしようとするんだよ!それこそ死ぬよ‼︎」

 彼女の回答に真は強く反論を返す。それを聞いて彼女は呆れた様にうんと重くて怠そうなため息を吐いた。

「一応言っておくけど、あいつらと正面から戦う気は全くないからね!」

 若干怒り気味に少女はハッキリと断言する。正面から化け物と戦わないと聞いて真は少しホッとしたのだが、逆にどう突破するのかが気になってきた。

「戦わないのなら逆にどう突破しようって言うんだよ」

 眉をひそめて真は彼女に尋ねる。さっきよりは落ち着いたのか彼の声の調子は少し柔らかくなっていた。

 けれども、彼の質問に彼女は答えず、その代わりに自身の右手を伸ばす。そして自分の人差し指をそっと真の首に突きつけた。

 真はこの時、ただ指が触れているだけにも関わらず、絞めつけられている様な感覚に陥る。理由は分からない、ただ目に見えない何かの力が働いているのでは無いのかと思うしかなかった。

「な、何するんだ…!」

 掠れたみたいな声を真は口から漏らす。その時、彼女が自分に向けている視線の中に怖い何かががあるのを感じ、その正体が殺気であるというのはすぐに分かった。

 けれども、少女から伝わってくるこれは生前で最後に戦ったあの殺人鬼のものと桁がつく程に違う。抵抗する事すら許して貰えない位にこの圧は強く重く、そして怖い。とてもではないが、良い感覚だと言えるものではなかった。

「…こういう事」

 それに対して彼女は小さく囁く。今の彼女の台詞は少し前に彼が尋ねた二つの質問の答えらしいのだが、内容から見ていてどうも一つ前の彼の台詞にでは無い様だ。

「え……?」

 そう呟いて真は目を点にして戸惑う。そんな彼を見て声混じりに息を吐いて彼女は説明を加えた。

「あいつらと戦ったって勝算は無いに等しいでしょうね。それなら、戦う前に勝負を終わらせば良い。つまり…()()()をするのよ」

 そう言い終えたのと同時に彼女は自分の指に少し力を込める。そして、それをナイフだと見立てて真の首をかっ切る様に勢いよく振り払っていった。


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