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アナザーウェルト  作者: 赤井直仁
幻想からの嘆き編 一章・アナザーウェルト
15/17

世界の理

 

 学校の隣に伸びる国道を南西に向かって二人は走り続ける。走れば走る程、田んぼや林等の自然物は減り、逆に人工物の家やお店が増えていく。とはいえ、半島の真ん中にあるそこまで大きく無いこの町は、増減したからと言ってどっちかしか無くなるという極端な分け方になった訳では無く、ちょうど半分位に上手く調和しあった状態になっていった。

 ヒビが至る所に入っていて今にも壊れそうになっているこの町では珍しい立体交差点を通り抜け、国道から逸れて真と少女は誰もいない住宅街に入っていく。東京ドーム約一個分の大きさで、ここらでは大きい方の住宅街なのに真達以外の人一人もいなく、その代わりに街の所々にはあの黒い化け物の姿がちらほらといるのが見える。そんなやつらの目を掻い潜って中に入り込み、奥にあった「バー・ジャポン」という小さなバーを見つけて二人はそこに逃げ込んでいった。


「逃げ切った〜」

 真はそう言って少女と一緒にドアの上にある小さな鈴の音に迎えられながらお店の中に入店する。バーと言うのだから最初はもっと薄暗く物寂しい場所ばかりなのかなとは思っていたが、このバーの内装はそんな真の既成概念を三六〇度も変えていった。

 至る所の壁に能面や掛け軸が隙間無く飾れてあり、それでは飽き足らなかったのかドアや天井までもに歌舞伎や相撲のポスターが重ね重ね貼られていっている。また、店自体の面積が狭い上にこの空間に合わない大きな丸い窓が付いている為、狭さと光によってこの和の圧がより強調されれていき、何とも言えない個性の強いお店となっていってしまっていた。

 けれども、どんなに店の第一印象がインパクトある強いものでも、やはり逃げ切れた達成感と走った後の疲労の方がが圧倒的に勝っていた。

 真は店内に飛び込んですぐさま低めのテーブルの方へ走って近づき、何の躊躇いもなくテーブル上に上半身だけに倒させる。走って暑くなったおかげでテーブルのヒヤッとする冷たさがすごく心地よかった。その為、しばらくの間彼は現実というものをを忘れて、気持ち良さそうにテーブルの上に寝転がっていった。


 そんな真が一人で気持ち良くくつろいでいるその様子を少し遠くで静かに彼女は眺めていた。

 なぜ彼は緊張感というものを持っていないのだろうか…、なぜこうも呑気に休めるのだろうか…と、彼を見ていると自然にそう思え、それと共にどこからか無情に苛立ちも湧き出てくる。時間が経つにつれて大きく膨れ上がるその気持ちを解消しようと彼女は目の前の無防備な真の背中を後ろから踏みつけた。

「うがッ‼︎」

 心地よさの電気信号が一瞬で脳から消え、代わりに痛みの電気信号が脳に刺し込まれる。そのあまりに真の体はテーブルから崩れ落ち、ゴロゴロとカーペットクリーナーみたいに転がって砂ぼこりまみれの床を体を使って掃除を始めた。


 床のほこりがきれいさっぱり無くなり、それに満足したのか真は転がるのを止める。

「お掃除ご苦労様」

 綺麗になった床を見て彼女は他人事の様に彼に挨拶をした。

「ご苦労様じゃねえよ!人の背中を踏むな!」

 背中を押さえて、若干涙目になりながら真は反論を返す。

「だってストレス溜まってたし、踏みやすい位置にサンドバッグが転がってたら誰だって踏むものよ」

 それが当たり前の事の様に彼女は答えた。

「俺ってサンドバッグ扱い⁈初対面の人に失礼すぎないか!」

「そう言うあなただってそうじゃない。初対面の人を了承も得ないでで抱き上げるのかな」

 嫌そうに彼女は言い返す。

「あれはしょうがないだろ。ああでもしなきゃ捕まってたんだぞ」

 言い訳がましく真は答えた。

「だからってね〜。もうお嫁に行けないのかと思ったわよ」

「お嫁やお婿とかに行けないよりあの化け物に捕まった方がどう考えても嫌だぞ俺は!」

「けどけど、あなたと案外お似合いかもよ?戻ってあげたら?」

 腰を下げてしゃがみ、人差し指で寝ている彼の背中をツンツンと突いて嫌ったらしい笑みを浮かべながら彼女が言う。

「何があっても嫌だわ!」

 ムキになって強く反論を返し、彼女の指をどけて真は椅子を支えにしながら立ち上がった。

「ちぇ、つまんない」

 舌打ちを声に出してし、残念そうに彼を見て彼女は呟いた。

「つまんないってなんだよ、おい!」

 キレ良く真はツッコミを入れる。

「だって〜、あの化け物にあんな事やこんな事されたりしてたら面白いなあって思って」

「面白くねえよ!あんな事やこんな事が進むにつれて俺の体が跡形も無く潰されたり裂けられたりさられるわ!死んだ後くらい落ち着いて生活させてくれよ、おい!」

 漫才をやっているかの様な勢いで真は彼女に向かって言葉を吐いていく。今までの感じならば、このまま彼女がボケてくれるのだと思ったのだが、今回はなぜか彼女は何も反応を見せてはくれなかった。


 真の台詞を聞いた途端、彼女はビクッと動きを止め、目を少し見開かせてゆっくりと真の方へ振り向く。校舎内にいた時程では無かったが、見ている側からでも分かる程には驚いていた。

「あなた…、自分が死んでる事知ってたんだ…」

 しばらく真の顔を見た後に彼女は独り言を呟く様に言う。

「一応ね。何となくそうだろうなとは思ってた。…っていうか何で俺が死んでる事知ってるの?」

 一度は納得したのだが、よくよく考え直してみると初対面のはずの彼女がなぜか自分の死を知っている事に違和感を感じ、真は彼女にその事を尋ねた。

「何でって…。まあ、あなたがここにいるから?」

「何だよその理由…。ここにいるって言うけど、この世界は何なんだよここの世界は。空は普通と違って赤いし、人が俺ら以外に誰もいない代わりにあの黒い大きな化け物がうじゃうじゃいるしさ」

 彼女とやり取りしていくうちに今更ながらに一番の根本的な謎であったこの世界について思い出し、それを真は彼女に尋ねる。それに対して彼女は返答を返す代わりに、しばらく困った様な表情を浮かべた。


「ここまで分かってるなら、今言っちゃおうかな。もういつ言おうと同じだし…」

 彼女はボソッと独り言を呟く。小さく呟いたつもりだったのだろうが、辺りには騒音の元となる化け物達がいないので、彼女の独り言はハッキリと聞こえてきた。

「言うって何を言うの?」

 首を傾げて真は言う。

「何って、あなたが知りたがってるこの世界の事と今のあなたについての話をするのよ。し、親切に話してあげるんだから感謝しなさいよね」

 今更ながらガラッと雰囲気を変えて揚々として彼女は答えた。それに返す言葉は見つからず、真は苦笑を浮かべる事しか出来なかった。


「立ち話もなんだし、適当に座ってくつろいだら?私の家じゃ無いけど」

 そう言って彼女はバーカウンターの前に並べられている木製のハイスツールに足を組んで腰を掛ける。真も彼女に勧められたままに近くにあったソファに座り込んだ。赤い月光が窓外からスポットライトの様に座っている彼女を照らしていた為、真の目線も自然に彼女の方へ誘導された。

 校舎内にいる時は暗く、外を走っていた時も必死さのあまりに彼女の姿は気にも留めていなかったが、ここに来て真は改めて彼女の事を観察様に眺める。彼女の身につけている服装は灰色と黒色の二色のみで構成される単調で地味なのだが仕立てだけはとても良くできていて、何かの制服の様に見える。その暗い服とは逆に彼女の肌は雪の白く、見惚れてしまう程に綺麗だった。

 袖やスカートから伸びる手足も同じ様に白く、特に太ももは少し太めで抱き締めさせようと誘惑してくる様に見える。許可さえあれば今から飛びかかって…

「ジー…」

 そんな真の様子を目を細めて彼女は見つめる。しばらくして真も彼女の視線に気づき、まずいなと思いながらも彼も抵抗する様に視線を彼女に返していったのだが、視線の痛みに耐えられずに彼はすみませんでしたッ…と言って頭を下げた。


 彼の後頭部に鋭い視線の槍を差し込むみたいに彼女は彼を見つめ続ける。けれども、しばらくすればそんな気は済んでいき、終いに彼女は小さくため息を吐いて事を話し始めた。

「まずこの世界の事からね。この世界の名はもうもう一つの世界(アナザーウェルト)。文字通りあなたが住んでた現実とは違う世界。でも、違うからって期待はしないで。この世界には精霊や死霊が住み着いている、いわば黄泉(あの世)みたいなものだから。もう死んでいるあなたも一応その仲間だからね」

「ちょ、ちょっと待って。もしそうなんならあの化け物は何?精霊って感じはしないし、死霊なら同じ類いの俺も最終的にはああなるって事⁈」

「それは違うわね。あの化け物は霊魔(れいま)って言って精霊でも死霊でも何でもないただの負の()の塊。人の負の心から生まれ、負の心に動かされるままに動くロボットみたいなものね。アホらしくてダラしない顔のあなたならああいう風にはならないから安心してもいいわよ」

 カウンターテーブル上のコップを指でいじりながらニコッと笑って彼女は言う。彼女の今のこの台詞に喜んで良いのか怒って良いのかは分からないが、あの化け物にならなくて済む事について真は少しホッとした。


 そんな彼の様子を気にしながら彼女は話し続ける。

「次にあなたについてね。さっきも言ったようにこの世界は黄泉の世界。その世界にいるって事はあなたは死んでしまい、死霊となってこの世界の住民に仲間入りしたって事。って言っても死霊になったからってあなた達人間が想像しているような醜く、人を祟ったり呪ったりする力なんて持ってない。ただ、この世界に存在できる権利と自由(永遠の命)だけを持ってこの世界の中で住めるってだけ。そんな死霊達の生活を守っているのが私達精霊。羽を持っていたり小さくて可愛かったり等のあなたが想像してるものとは違って、ほとんど一緒で制服みたいなのを着せられて、幸せそうに暮らすあなた達死霊達と違って、毎日こうやってあの霊魔達と戦っているっているのよね」

 愚痴をこぼすみたいに彼女は言う。けれども、その表情はどこか寂しそうだった。

 その彼女の顔を見て真は声をかけようする。けれども、彼が声を発するより早くに彼女が次の事を話し始めた為、結局声をかけ損なってしまった。


「長々と説明したけど、何か質問ある?今なら特別に答えてあげるわ」

 やや上から目線で彼女は真に尋ねる。

「一つあるけどいい?」

 遠慮気味に真は答える。それを見て彼女はどうぞ、と言って真に発言権を譲った。

「えっと、さっき俺が今、この世界の住人の一種である死霊という事は分かった。けどさ、ここの世界で俺ら二人以外の精霊とか死霊とかがいなくない?もしかしてみんな霊魔って言うやつにやられたんじゃ無いよね…?」

 恐る恐る真は彼女に質問を尋ねる。それを聞いて彼女はあっちゃ〜…と額をぺちんと叩いて呟いた。

「重要な事説明するの忘れてた。ちょっと話を戻すけど、さっきこの世界の名がアナザーウェルトって言ったじゃない?世界の名って言ってもそれは総称名みたいなもので、実際には四つの区域に別れているの。私達精霊の住む天使の領域(エンジェルレジオン)死神の領域(ダークレジオン)、あなた達死霊の住む中心領域(センターレジオン)。そして霊魔の住むここ、剥奪した世界(リカプウェルト)の四つ。実際ならあなたは死んですぐにセンターレジオンの方に転生するはずなんだけど…。最近何かの影響でリカプウェルトの方に間違って転生してしまうケースが多いのよね…」

 考える仕草をしながら彼女は言う。彼女のその台詞を聞いた途端、真は動きを止めた。彼の中に彼女が言う何かの影響の原因に心当たりがあったからだ。

 星空で囲まれた膨大かつ神秘な世界で出会った黒い夫人。彼女の不思議な力によって真はこのレカプウェルトとか言う、実際には来ることのないであろう世界に迷い込んでしまっていた。

 彼女が原因では無いのかと一回少女に話してみようと思ったのだが、夫人が自分と一緒の時に見せた言動を思い出すと、どうしても彼女が悪い事をしている様に思えない。詳しくも何も知らない自分がここであやふやな事を言って傷つけてしまったら彼女の面目を潰しかけない。事がハッキリと分かるまで真は黙っておく事にした。


「でも、ここに来てしまったからってもう戻れなくなる訳では無いわ」

 どこか自慢げに彼女は言う。

「え、そうなの?」

 半分、自分はもう正しい場所に戻れずに一生ここで化け物から逃げて暮らさないといけないのかと思っていたので、彼女の言葉を聞いて真は驚いた。

「ええ、ここリカプウェルトには所々に移動可能(トランスファー)場所(スポット)って言うのがあって、センターレジオンとリカプウェルトを繋ぐ道の様な物があり、そこを使えば二つの場所を行き来できる様になるのよねここから近い場所だとさっきいた学校の裏にあったんだけど、化け物がうじゃうじゃいるからね…。普通のやつならともかく、あのおかっぱ少女を倒すのは面倒ね…」

 カウンターテーブルに肘をつき、頭を抱えてながら彼女は呟く。逃れる方法はあるみたいなのだが、達成する為に乗り越えなければならない壁がとても高くて厚い、困難なものの様だった。


 ドン…ドン…ドン…


 彼女の呟きを気に、彼らはもう何も話さずに黙り込む。すると、静まり返っていったおかげで二人はどこから聞こえて来る足音の存在に気づくことが出来た。

 その音が聞こえて来た途端、バネの様に彼女はハイスツールから飛び降り、バーの窓を開けて外の様子を確認する。もちろん、化け物の姿は見当たらなかった。

 すると彼女は今度、壁に貼られているポスターを一枚引きちぎって、それを無造作に真の目の前のテーブルに叩きつける。何するつもり何だ、と真は彼女に尋ねようとしたのだが、彼が声を上げた瞬間にそれを阻止するかの様に彼女は圧のこもった視線を飛ばして来た。それを感じるや否や、真は聞きたいという欲と共に吐き出しかけ声を飲み込んだ。

暗装(あんそう)周囲(エンビエント)感知地図(ディテクションマップ)

 彼が黙り込んだのを確認すると、彼女はテーブルの上のポスターを押さえながらどこかで聞いたことある様な呪文らしきものを唱える。すると、ただの紙のはずであるポスターが眩く光り、魔法陣の様なものを作り上げていった。

「な、何これ…」

 目の前で起きている非現実な事を理解することが出来ず、真は彼女に問いかける。

「これ?あ〜、レーダーみたいなもの。真ん中の赤い点の私達を中心に周りの生物反応を見るものだね」

 急ぎ足で彼女は説明した。

 それを聞いて改めて真はこのレーダーみたいなものに目を向け直す。最初はこのレーダーには赤い点以外に映り込んでいるものは無かったのだが、ひとしきりすると、レーダーの上部から何やら赤い点が七、八個現れた。

「なあ、点が何個か球に現れたぞ!なんだよこれ」

「はあ?考えればわかるでしょ!この世界にある私達意外の生物しかいないよ!」

「ちょっと待て…、それって…」

「霊魔よ、霊魔!私達の居場所が分かるって事は今後、相当厄介な事になりそうね」

 そう言って彼女はテーブルから離れ、再び窓に近づく。彼女が離れたと同時にテーブルにかかったレーダーが空気に溶け込む様に静かに消えた。

「おい、こっからどうする気なんだよ!」

 窓を全開し、足をサッシにかけた彼女を見て彼は言う。

「どうするって、決まってるじゃない。逃げるのよ」

 決め台詞みたいに彼女は答えた。

「ちょ!また⁈」

「またって何よ、逃げるしか方法は無いわよ?まあ、ここであの可愛いおかっぱ少女に会いたいのなら残っても良いからね」

 ニコッと笑みを浮かべて彼女は言う。そして、真の事を気にする事なく、彼女はサッシを蹴って外に飛び出した。

「待てよ、おい!」

 彼女が飛び出したのを見て真はすぐさまソファから立ち上がる。そして彼女を追いかける様に窓の外へ飛び出した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 「暗装あんそう・周囲エンビエント感知地図ディテクションマップ」めちゃめちゃかっこいいじゃないですかっ!……私は、ルビ思いつかないので羨ましいですね。さすがです!【レーダーみたいなもの】って…
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