逃走
パリン!と甲高く硬い音を立てて真と少女は窓ガラスを突き破って外に飛び出る。それとほぼ同じタイミングに石や岩の転がる音が絶頂に達して、ガラスの割れた小さな音をいとも簡単に掻き消した。
やべッ!と真は内心で呟き、目線を音のする方へ向ける。その時…
ドゴーン‼︎
極大な爆音と共に彼の目の前の景色が変化していった。
膜のあった奥側の壁を中心に勢いよく弾き飛び、その衝撃で崩れかけていた床と天井が耐えきれずに崩壊する。そのせいで三階から一階までが抜けて、一つの広い空間みたいになってしまった。
うわあ繋がっちゃった〜、と感心する余裕はもちろん無い。この事を想定して避けようと外に飛び出たとは言っても、飛び出て直ぐに爆発が起こってしまっていた。その為、爆発の副産物こと強烈な爆風というものに至近距離から受け、真達は校舎裏の駐車場を横切る様に吹き飛んだ。
幸い、真達が吹き飛んだ先には車が何台か停まっていたおかげで、その中の一台のフロントガラスと屋根の境界の辺りに無事着地する事が出来た。
「イッテッ…!」
地面と比べたら少しは柔らかいのだろうが、痛みが和らいだのかというとそこまででも無い様に思える。背中というより、背中の端の痛い箇所と痛くない箇所の狭間の辺りが一番痛い。おまけに範囲が広いので手で押さえきれず、彼はただひたすら屋根の上で、もがき苦しんでいった。
トイレの窓を見つけた時に昔見ていた漫画の中で主人公が車の屋根をクッションにして飛び降りたというシーンを思い出す。この校舎の裏には駐車場がある事は元々知っていたので実際にそのシーンを再現しようとして見たのだが、結果死にはしなかったが失敗に近かった。もう無闇に漫画のシーンを真似しないと真は心の中で誓った。
「ねっ!危ない!」
左の方からあの少女の声が聞こえてくる。最近誓う事多いな、と考えながら、腕に抱いていたはずなのにいつの間にか…と頭の片隅で思っていると突然、それらの思考を中断させるかの様に彼女は背中にくっ付いている真の手を掴んで背中から引き剥がし、力尽くで彼を引っ張りあげる。そしてその勢いで、驚きながら起き上がる彼に何の説明もせず、そのまま彼の手を引いて校門の方へ走り出した。
急な事で背中の痛みがまだ残っていた為、真はどういう事なのか理解出来ずにただ彼女に引かれるままに走る。すると突然、後ろから鉄の陥落音が鳴り響いた。
その音に驚き真は後ろを見る。そこで見たものの異様さ彼は驚きのあまり絶句してしまった。
自分より三倍位の大きさの髪の毛らしき物は無くてマネキンの様な姿、腕や足は普通の人のよりも長く体は全体的に黒く少し痩せ細い。胸には赤いガラス玉みたいな物が埋め込まれているのだろうが、玉自体が大き過ぎるせいで体内に収まりきらず、半分以上が外にはみ出ていた。
最初に見たあのおかっぱ少女と容姿は大分違うのだが、多分同じ分類なのだろう。そんな化け物が自分を叩き潰して殺そうと腕を振り下ろしている。二度目となると流石に真も驚きより恐怖の方が大きくなった。
化け物は車を叩き潰した後しばらく走る真達の姿を見てを眺めていたが、彼らを殺し損ねてしまっている事に気づくと突然、大音量で叫びながら逃げる彼らを追いかけ始める。目を黄色く輝かせて獲物を追いかける化け物の姿に思わずゾゾッと寒気が背筋を走った。
「何余裕そうに後ろ見てるのよ!捕まりたくなかったら走りなさい!」
そう言って少女は走るスピードを上げる。彼女に手を引かれている為、突然スピードが上がった事で自然に真の足も速くなり、気づけば化け物の怖さよりも彼女についていかなければという焦りの方が大きくなった。
しばらく走ると右方に校門が見えてくる。珍しいところも何も無いどこの学校にもあるただの校門だ。
そこを潜って外に出ると思いきや、彼女は門の方へは走らずに方向を変えて門の横に高木と一緒に長く並んでいる網状のフェンスに向かって走り出す。
「ねえねえ…校門は…使わないの?」
不思議に思って息を切らせながら真は彼女に尋ねた。
「別にどこ使おうが私の自由でしょ!嫌ならあっち行けば?」
ギロっと真の顔を睨み、声を強張らせて彼女は答える。どうやら怒っているみたいだった。
「す、すみません…。言う通りにします…」
しょんぼりと萎れて真は答える。そんな彼を見て少しは満足したのか、彼女は頬をフグみたいに膨らませて再び前を向き直した。
フェンスの側まで近づいた彼女はすぐさま錆びている箇所を見つけて、足の裏で踏むように強く蹴る。すると、カシャンと独特の鉄の音を鳴らしてフェンスは割れ、その部分が外側にめくれて垂れ下がった。
けれども、割れたとは言ってもフェンスなのだから割れ目はそこまで大きくは無かったし、割れ目を大きくしようにもその時間は無い。だから彼らは頑張って無理矢理に小さな割れ目に体をネジ入れて、なんとか学校の敷地内から脱出した。
学校外に出れて真は膝に手をついて荒く呼吸をする。そんな彼に容赦無く彼女は背中をパン!と叩いた。
「そこで呑気に休憩してると死ぬよ!」
そう怒鳴って彼女は真を抜いて、フェンスに沿って走り出す。
「痛ったッ!…ってちょっと待ってよ!」
彼女に叩かれたせいで治まってきていた痛みがこみ上げてきてしまい、真は軽く体勢を崩す。けれどもここで追いかけてくる化け物に捕まりたいわけでもないので痛みを我慢して彼は彼女の後を追いかけた。
真がフェンスから十数メートル離れたところで追いかけてきているあの化け物がフェンスに到遅れて到着する。体が大きい割には動きが遅かったものの、真達よりは速い事には変わりなく、ジワジワと距離が縮まっていた為、本当に化け物から逃げ切れるのかと真は不安になってしまった。
けれども真の運が良かったのか化け物の運が悪かったのかは分からないが、彼の不安は的中しない。化け物は真達を追いかける事に夢中になり過ぎてしまっていたらしく、そのせいで足元のフェンスに気づかずにそのまま引っかかってしまい、盛大に黒い顔を学校の向かいの一軒家に叩き込んで転けた。起き上がろうにも顔が家にはまってしまった為、もうただ無様にうつ伏せに寝転がり続けていった。
化け物の転倒の一部始終を見た真はその結果に満足し思わず顔がニヤける。彼女はこれを狙う為にわざとフェンスを通る道を選んだのかと思うとすごい…という三文字の単語しか頭に出てこなかった。
「あの化け物もう追いかけてこないよ!やったね!」
自分がやった訳ではないのに何故か浮かれて真は喜びを分かち合おうと走りながら彼女に話しかける。けれども、彼女は返事のへの字も返さずただ無言に走り続けていく。熱いこちら側に対して彼女の方は全くの逆で冷たく、その冷たさに冷やされていく様に真の気持ちもだんだんと落ち着いてきて、もう何も話さずに静かに彼女の後を追いかけていった。
校舎の二階の瓦礫の中から自分の手を抜きながら、必死に走る彼らの様子をあのおかっぱの少女の化け物は遠目で見つめていた。
走ったりする事は無く、何故かゆっくりのんびりと歩いて化け物は彼らの後を追いかけ始める。彼らの逃げる先やこれからの行動をもう何もかも知っている、そんな雰囲気だった。