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アナザーウェルト  作者: 赤井直仁
幻想からの嘆き編 一章・アナザーウェルト
13/17

戯れ

 何の音も立てず、静かに真は鎌に引かれるままに壁の中を通過する。飲み込まれてからそれが本当の壁では無く、表面だけ壁と同じ様に出来ている煙の膜だと分かった。

膜と言うのだから厚さは無く、すぐさま彼は背中から外に吐き出される。そして体の半分が外に飛び出たところで後ろ襟にかかっていた力が弱まり、彼は慣性の法則と重力に従ってそのまま地面に倒れていった。


「いっt…〜!」

 痛みのあまりに真は声を上げようとする。

「しー!ちょっと黙ってて」

 そんな彼の声を上書きする様に右前から女性の声がした。同時に彼女は左手で真の口を塞いでいく。そのせいで単語の後半部分が彼女の手中で籠もってしまい、またもや真はスッキリに声を出す事が出来なくなってしまった。

「ん〜!」

 もし、彼女が口にだけ手を被せていたならば良かったのだが、不運にも彼女の手の側面が真の鼻を塞いでしまい、息が出来なくなる。息ができなくなったこの現状を真は必死に彼女に伝えようと手足を動かして暴れ始めるが、そんな彼の危機に彼女は気づく事は無かった。

「お願いだから暴れないで!」

「ん〜〜‼︎」

 それどころじゃないと真は訴えていく。

「あーもう!言うこと聞けないなら手荒くさせてもらうよ‼︎」

 そう言って彼女は空いているもう片方の手を使って無理矢理により一層強く押さえ込んでいってしまう。

 座り込んでいる真を彼女は立った状態で上から力を加えて押さえ込んでいる。力で振り解く事は出来無くも無かったが、息が出来ない苦しみに力が奪われてしまっているせいで上手く力が出せず、まともに抵抗が出来なくなってしまった。

 だからといって、ここで諦めて死んでしまっては見っともない。なので、尽くせる限りの力を使って真は薄弱にでも耐えていった。


 膜そのものは透明という訳では無いので向こう側は何も見えず、ただガラガラガサガサ等のコンクリート同士の摩擦し合う小さな音が膜の向こうから伝わってくる。実際にはもっと大きいはずなのに壁に遮られているせいか普通なら聞こえない位に小さく絞られてしまっていたが、逆に辺りが恐ろしい程に静まり返っているせいかその音達はハッキリと鮮明に聞こえてきた。

 その微かな音を聞き逃さまいと女性は目を釣り上げて険しい表情で膜を真剣に睨みつける。向こう側の見えないただの膜を睨みつけている事も不思議だったのだが、彼女は余計な音を立てぬように微かな呼吸音までも殺して、瞬きする以外ビクリとも動かなずにただ耳をすましている。どうやらあの化け物に気付かれない様に身を潜めて、様子を探っているようだった。実際に彼女が音だけでどうやってあの化け物の様子を伺っているのか、真には分からないが…


 膜の向こうから伝わってくる音はそう長く続いた訳でも無く、十数秒後には空気に溶け込む様に静かに消えていく。

「どっか行った…よね。ふぅ、良かった〜」

 刻み込まれていた数本の鋭いシワは優しく消え、目を優しく瞑って溜め込んでいた不安を吐き出しきる様に少女が言った。その時に真の口を押さえている彼女の手の力が弱まるのを感じる。それを機に真は残っている微量の力を使ってその彼女の手を剥ぎ取った。

「っぷはあ…ゲホゲホッ!」

 塞がれていた口が解放され、酸素が欲しいと訴えかけていた肺に空気を供給しようと彼は勢いよく息を吸い込む。けれども、吸った空気量が思ったより多かったらしく、圧迫されて弱っていた肺に負担がかかってしまって、結局彼は情けなく咳き込んで入ってきた空気を外へ追い出していってしまった。


「だ、大丈夫?」

腰をかがめて彼女は真の顔を覗き込みながら心配そうに尋ねる。ふっくらと柔らかそうな顔にキリッと吊り上がった瞳、そしてその顔の両隅を真っ直ぐに流れる艶のある長い黒髪。可愛くて、どこかかっこよさも兼ね備えているいわゆるカッコいい系女子というのが彼女の第一印象だった。

普通ならこんな可愛い少女に気を使って大丈夫、とでも言うべきなのだろうが、今の真にはそんな気が起きなかった。

「大丈夫じゃねえよ!殺す気か‼︎」

殺されかけた怒りが込み上げてきて真は彼女に強く言いつける。

「ち、違うわよ!まあちょっと手荒にやっちゃったけど…」

威勢よく返事をしたはいいものの、彼の言った事に対して反論が出来ずに彼女は勢いを落として今度は小さく口籠った。

「ちょっとどころじゃねえよ!殺す力具合だったぞ‼︎」

「だ、だって暴れるからじゃないの!」

「息が出来なくて苦しくなったら誰だって暴れるわ‼︎」

「な、何よ。息が出来なくなる位のことでピーピー騒いで…。そこを気合いで何とかしなさいよ!気合い!」

「俺は気合いで呼吸困難を乗り越えれていける程の超人じゃないわ‼︎」

しばらくの間、無理難題な彼女の言い種にツッコミ気味に真は捌いていく。最初はガツガツな勢いだった彼女も、言い返せる事が尽きしまったせいでだんだんと勢いは衰えていった。


「もうわ、分かったわよ!私が悪かったんでしょ!こんなに文句ばっかり言うなら最初から助けなければ良かったわ」

負けだと認めたからなのか、今度は開き直って彼女は言葉を吐き捨てる様に言って、フンとそっぽを振り向く。まるで拗ねた子供の様だった。

「何だと〜!」

真の方もそのままほっとけば良かったものを、ムキになってつい反応を返す。それを聞いて彼女は再び真の方に振り向いてグッと顔を近づき、人差し指で彼の鼻の先を押さえた。

「だ〜か〜ら、こんなアホらしくてダラしない顔のあなたを助けなければ良かったって言っている…の…よ……」

眉間に少しシワを寄せてジーッと真の顔を睨みつけ、鼻を顔の中に捻じ込むようにグリグリと押しながら嫌味っぽく彼女は言う。けれども、しばらく真の顔を睨みつけていると彼女は何やら良くない事に気付いた。

「えっ?…」

短い言葉を発して彼女は話している事や力を入れている事を忘れたかの様に緩やかに止める。しかも、何故か目を大きく見開かせて体を小刻み震わし、顔色も青白く変わっていた。

どうやら彼女は何かに驚いて動揺している様子だったのだが、明らかにどう見てもその度が過剰すぎているのだ。


「お、おい、どうしたんだよ」

さっきまで心の中で燃え上がっていた彼女との言い合いに対する炎を一回落ち着かせて、今度は真が心配そうに声をかける。けれども彼女が返してきた返事は真の質問に対する答えでは無かった。

「あなたがここにいるって…、まさかやっぱり…!」

震えた声でそう言って彼女の顔はより一層青く変わっていく。震えも目立つほどになり、その影響で足も覚束(おぼつか)なくなっていった。

「おい!しっかりしろ…‼︎」

今にも倒れそうになる彼女を支えようと手を伸ばそうとする。その時…


「フフ、見イツケタ…!」

聞き覚えのある声が風の様に優しく耳に流れて来た。

可愛らしくてどこか謎めいたような声や片言な話し方、もちろん近くにいる少女の声では無い。となると、それらの条件に当てはまる人物は真の中には一人、いや()()しか存在していないのだ。

けれども、その声の主が真達の存在気付いた事に違和感を覚える。こちら側からは外の様子が見えないと言う事ははあちら側も中の様子が見えないはず。それなのに、その声の主は自分達の存在や居場所に気づいている。

不思議に思い、真は少し動きを遅める。それを待ってたかの様に事が起こった。


ドゴーン‼︎


近くから鼓膜を叩き割る程のどデカい音が強く重く轟いた。

あの煙の膜が音を遮っているはずなのにも関わらずこの音量。実際ならもう鼓膜が破れて使い物にならなくなってしまっていたのだろうと思うと、真は少しあの膜のありがたみを覚えた。

また、音の他にも建物が崩れ落ちそうな位の強烈な振動も伝わってくる。その影響で二人のいるこの空間の床や壁にピキピキと大きい亀裂が入り、天井からは細かい破片が落ち始めた。

幸い、崩れ落ちる事はなかったのだが、何しろ揺れが激しすぎている。真の方は近くにあった壁を支えにして何とか姿勢を保てられたのだが、少女の方はそうはいけなかった。

元々彼女はしっかりとした体勢で立っていなかったものだから、揺れが伝わってきた時はドミノみたいにいとも簡単にバランスを崩してしまう。足を動かして体制を立て直そうとしたのだが、足が上手く動かせずに彼女は重力に引かれるままに倒れていった。

「危ないッ!」

伸ばした手の速度を上げて、彼女が地面につく寸前のところで手を強く掴む。そしてグイッと彼女の腕を引っ張り、向かってくる勢いでそのまま胸の中に引き寄せて彼女を抱え込んだ。


いくら助けられたとはいえ、引っ張られる事は予想していたのだが、胸の中に抱え込まれる事までは考えていない。ましてや同じ歳であろう男の子に抱きしめられては照れ臭さや恥ずかしさが芽生えてきた。

「ちょ、ちょっと何するの…!」

顔を真っ赤らめて、恥ずかしそうにしながら彼女は言う。

「何って、支えてるだけだぞ」

「だったら、だ、抱き込まなくていいでしょ!」

「しゃあねえだろ!また倒れるかも知れんじゃんか」

「もう、こ、転けたりなんてしないわよ!う〜!」

恥ずかしそうにそう言って彼女は子犬の様に唸る。その唸り声に紛れ込む様に小さく鳴り始めた音の存在に真は気付いた。

物か何かが滑る音や、そのせいで石や岩がカラカラザラザラと転がる音。最初は彼女の唸り声の背景音の様に小さく、あまり気には留めなかったがその音が徐々に大きくなっていくにつれて真は少し不思議に思い始める。まるでこっちに向かって近づいて来ている様な…


「おい!ちょっと失礼するぞ‼︎」

何かに気づいた真は声を張ってそう言い、彼女の足を手で掬い上げて横向きに抱き上げた。

「えっ!えっ!えっ!えっ‼︎」

突然真に抱き上げられた事に驚きが隠せずに彼女は顔をより一段と赤く灯し、恥ずかしさに語彙力を奪われたせいなのか上手く舌が回らず、ただ同じ言葉を連呼して驚く。けれども真はそんな事を気にはしなかった。

「いい隙間か何かは無いのか…!」

彼女を両手で抱えながらキョロキョロと忙しなく首を動かしながら真は呟く。とはいうものの、辺りには真の要望に合うものはすぐ見つからなかった。

せいぜいあるのは砕けた鏡と陶器製の流しや便座、大きめの換気扇やモザイクのかかった窓しかここには……


「窓、あった!」

嬉しさのあまり真は言葉を口に出した。

二人が通れる位の大きさで尚且つヒビが入って割れかけている。まさしく彼の求めていた完璧な状態に仕上がっていた窓だったのだ。

その窓を見ると感情が押さえられず、つい真は悪巧みしようとする悪戯っ子の様な笑みを浮かべた。

「ちょ、ちょっと待って。あなたまさか…」

呼吸を整えて大分落ち着いてきた矢先にいかにも怪しそうな真の笑顔を目撃してしまい、彼女は何となく彼のやろうとしている事に一瞬で勘づく。もちろんそれが良い事だというはずが無かった。

「ああ、あれから下に飛び降りるつもりだ」

当たり前の様に真はいとも簡単に言った。

「いやよ!私はまだ死にたく無いもん!」

一生懸命手足を動かして彼女は暴れて彼の案を拒否する。普通なら誰だって自分から死には行きたくないものだからだ。

「これ以外の方法はねえだろ!もし俺の予想があっているのなら大丈夫だ!だから安心しろ」

そう言って暴れる彼女を逃さまいと真は抱く力を強めた。

実際、彼の出した物以外の良い案は彼女にも無い。だからと言って彼のいう通りに二階から飛び降りる事も彼女にとっては嫌な事だ。

大丈夫だから!と言われて安心なんて出来るはずも無く、逆に恐怖心の方が強くなる。いやだいやだ!と駄々をこねながらさっきよりも激しく真の腕の中で暴れ始めた。

「もういい!時間無いから飛び降りるぞ‼︎」

そう言って真はギュッと彼女を掻き抱める。そしてとれたて新鮮な魚の様に暴れる彼女を抱きながら彼は窓の方に向かって走り出し、体を捻って背中から窓に向かって踏み切った。

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