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アナザーウェルト  作者: 赤井直仁
幻想からの嘆き編 一章・アナザーウェルト
12/17

裏と表

「うっ…う〜…」

 低く小さな唸り声を上げながら真は目を覚ました。

 あの穴の中に落ちた後、猛烈な風やら煙やらに体を弄ばれて縦横前後ろぐるぐるとボールのように回っていた。

 しかも煙の中にいる為、呼吸をするときは問答無用に煙まで吸ってしまい、そのせいで不快感が生まれる。そこに回転で生じた吐き気が加わり、もうよく分からなくなっていた。

 幸いと言って良いのか分からないが、途中で気を失ったおかげでその気持ち悪さは治まっている。その時に気を失わないでいたらどうなってしまったのか…、考えるだけで吐き気が込み上げてきてしまった。

 夫人が言った通り大丈夫だったのだが、こんなに大変な思いをするとは思っても見ていない。今度から人に何かを勧められた時は詳細まで問い詰めてやろうと真は心に決めた。


「そういえばここはどこなんだ?」

 気持ちを切り替えて体を起こし、立ち上がりながら真は辺りを見渡した。

 ヒビの入っている壁や床、ガラスの無い窓など壊れてはいるものの、一応外との境界線となる仕切りがある。また、真の目の前には床を埋め尽くす程の量の机と椅子が並べてあった。

 机だけでもザッと数えて四十個近くはある。よくよく気づけば彼の隣には教卓、後ろの壁とその対となる壁には黒い板が張り付けてあった。これらの事から見てどうやらここはどこかの教室の中の様で、真はこの中で倒れていた様だ。

 割れた窓ガラスの向こうには血鮮やかな赤い空が広がっていて、その中に淡赤色の満月がポツンと浮いている。そこから赤い光が照らし下ろされて、真のいる教室の半分近くを赤く染めた。


「ここ、すげえ赤く染まってんな」

 そう言いながら真は窓に近づき、窓枠にもたれて外の様子を(うかが)う。どうやら真は四階の教室にいるらしく、遠くまで見渡す事が出来た。

 しかし遠くまで見渡せれたと言ったものの、ここは学校の中なので真の視界の殆どは校舎や校門、駐車場やグラウンドなどで埋め尽くされて、少し遠くに住宅街が隅でちょこっと顔を覗かせてきているくらいだった。

「なんか見た事あるよな…この景色…」

 ボソッと真が呟いた。

 目の前に広がる赤く染まっている以外になんの変哲も無いこの景色。初めて見るはずなのに真の中で違和感が生まれてくる。しばらくすると何となくその違和感の正体が懐古感だと分かってきた。


 けれども、この学校には別に懐かしいと思える物や場所は見当たら無い。駐輪場とかグラウンドはどこの学校にだってあるし、この四階建ての校舎は全国を探せば同じ様な物は山程あるはずだ。

 真のいる教室や窓から見える向こう側の校舎内の教室も机と椅子、黒板などの当たり前の物が置いてあるだけだし、その上の屋上にある三本の旗用棒も珍しくも無い。強いて言うならその隣に建っている天体望遠鏡が収納されているあのドーム状の建物の方が…珍しいのでは…と真は思っ…た………


 屋上の上に建っているこの小さなドームを目にした途端、真の心の中で複雑に絡まっていた糸が少し解け始める。この謎の懐古感の原因が何か真は察したのだが、彼自身それを受け入れようとしなかった。

 何かの間違いではないのかと真は思いながら焦って再び周りを見渡す。しかし、その結果は最悪だった。

 見渡せば見渡す程、心の糸塊がちょっとずつ綻んでいく。この教室も外の校舎もグラウンドも全て心当たりのあるものばかり。辺りを三六〇度見切った時には、絡んでいた心の糸は解け終えて一本の長い糸へと変わってしまっていた。


 広いグラウンドや横に並んで建っている四階建ての校舎、馴染みのあの渡り廊下やこの教室、そして屋上にある小さなドーム。これらが当てはまる場所、いや学校は真の中で一つしか無かった。

 真の親友であり恩人でもある拓斗と凛に出会い、彼らと共に過ごしていた場所。そう、ここは母校である東高校であるのだ。

「う、嘘だろ…」

 言葉を詰まらせて真は言う。亡霊と煙に流されて辿り着いたのは自分の母校。しかもどこもかしも荒れ果てていたり壊れていたりと自分の知らない雰囲気へと変わり果てている。学校が今の子供達は居ないだろうし、もちろん真も好きではないが、自分の一つの生活場所がこんなに変わっているとさすがに真もショックになった。


 グドーン‼︎


 沈んでいる真の意識を無理矢理引っ張り上げるような建物の倒壊音が轟く。もちろんその音に真は肩をビクッと弾ませてて驚いた。

 音の大きさや鮮明さからどうやら音の発生源は近くであることがわかる。余韻が完全に消えてしまう前に真はすぐさま体を窓の外に乗り出させ音のする方へ振り向いた。

 体育館の奥側にある舞台の屋根が崩れ、灰色に近い煙幕が立ち上っている。どうやらこの倒壊音の原因はそれの様だ。

 それを確認して真は勢いよく体を教室内に引っ込み、反対側にあるドアから廊下へ飛び出す。その勢いのまま、彼は真っ赤に染まる真っ直ぐな一本の長い廊下を走っていった。

 走っている間、五、六個の教室とすれ違っていくのだがどれもこれも全て見覚えのあるものばかり。先程の時点でここは東高校高校であるという事は嫌でもそう認めたのだが、認めていても尚こうして追撃の様に次々と証拠が突きつけられて真の精神はもう辛くてしょうがなくなった。けれどもその辛さを振り払ってでも彼は前に進み続けていった。

 体育館に一番近い階段へ着き、真は一段飛ばしで手すりも使わずに階段を駆け下りる。学校生活で一段飛ばしをしてでも急ぐ事はなかった為、つまずいたり進む勢いに体がついてこれ無かったりと何度か転けそうになったが、意地で何とか転けずに済ませた。


 なぜ自分がこんなに必死に走っているのか真にはハッキリと分からなかった。誰もいないこの世界であの煙幕を目にして彼は誰かいるのかも知れないと思い込んで勝手に期待を抱いてしまっているのかも知れないし、もしそういう気持ちがなくとも彼はあの出来事をただ見過ごせれなかったのだろう。

 どっちにしろ、動かずにずっと教室にいては絶対何も変わらないという事だけは言える。

 もし何も無かったならそれでもいい、真はこの世界は何なのか、それを少しだけでも知れれば良い。その為だけに今は走れば良いのだと真は思って全力で走り続けた。


 ニ階へ降りる階段に差し掛かった時、真下から再び倒壊音が鳴り響いてきてしまった。しかも音だけで無く今度は強烈な振動まで発生している。咄嗟に真は手すりを握り締めたので倒れずに済んだ。

 揺れが収まったのと同時に真は階段を駆け下りた。

 二階へ降りて彼はスピードを殺す事なく、そのままの勢いで一階へ向かう階段に突っ込もうとする。しかしそれも虚しく、彼は勢いを落とさざるを得なくなってしまった。

 どうやらさっきの倒壊音と揺れの原因は一階と二階の間の踊り場の壁から岩か何かの類が真より早く階段へ突っ込んでしまっている。そのせいで岩と共に壁や階段の一部が崩れ落ちて通れなくなってしまっていた。

「マジかよ、通れないのか」

 真は捨て台詞を吐いた。

 体育館まで最短距離であるこの道が通れない以上、真は違う階段で降りる事にする。とは言うものの、ここから近い階段はこの階の渡り廊下を渡った先の校舎に一つあるくらいだ。

「あっちの階段を使うか」

 そう言って真は体を反転させ、来た道を少し戻っていった。


 階段には通じない別の廊下の方へ少し歩き入ると、その先には一本の渡り廊下が顔を現した。

 この廊下は壁や窓は他に比べて損傷が激しく、影の部分が少ないせいか全体的に真っ赤に染め上げられている。僅かながらも真はこの世界には慣れているはずだとは思っていた。しかしどうやらそうでも無かった様で、実際に目の前の真っ赤に伸びるあの廊下を目にた時にゾッとする恐怖を覚え、悪寒が体を走った。


 けれども結局のところ、どれだけ恐怖や悪寒を体が覚えたり走ったりしたところで、ここを通らないと話は進まない事は分かっていた。

「さっさと行くしか無いのかな…」

 怠そうに真は呟きながら小走りで渡り廊下に入っていく。だが、渡り廊下の入り口を潜った時に彼は違和感を感じた。

 さっきまでこの付近は赤く明るかった

 はずなのに、真がここを踏み込んだ位から何かに光を遮られた様に暗くなっている。ここら辺は光を遮る建物なんて無いし、ましてや突然暗くなるなんておかしい。不思議に思って真は首を動かしていると右の方に大きな黒い何かが目に映り込んだ。

 月光の逆光になっているせいで大きなシルエットにしか見え無かったが、頭の様な部分とその下に胴体が伸びているおかげでこのシルエットが人の形をしているという事は分かる。しかし、明らかにその大きさが異常だった。

 二階にいる真がこの人影の上方、つまり頭部を見るためには顔を見上げる必要がある。もちろん縦の高さだけで無く横の太さも比べ物にならない位に太い。人間で一番細い一の腕の太さなんか彼の体を重ねても両端がはみ出てしまう程だ。もうこれは人影と言うよりか、巨人影と言う方が正しいの……


 真の中の思考がまとめに入った頃に彼はふと巨人の方を振り向く。その時に巨人が自分の方へ手を振り下ろしている事に気付いた。振り始めなどという段階では無く、もう真のいる場所まであと数メートルまでに近づいて来ていたのだ。

「マジかおいッ‼︎」

 思考を強制的に中断させて真は飛び戻る。昔から反射神経には自信があったので咄嗟の判断で体を動かし、腕に当たらずに避ける事が出来た。

 軽いつもりで飛んだのに、再度の倒壊音と吹き出される強風に押されて彼は廊下の奥まで飛ばされていってしまう。だが不思議にもまだ体に武道の基礎知識が染みついてくれているおかげで、上手く前転をして彼は受け身を取ることが出来た。


「フフ、見イツケタ…!」

 安心する間も無く、芽生えてきた彼の恐怖心をそそり上げる声が後方から聞こえてくる。ビクビク怯えながら真は振り向くとそこには一人の少女の顔が目に入った。

 渡り廊下の入口を塞ぐ程に大きく、泥みたいに黒くて汚い顔。乱れたおかっぱの間から黄色い目を覗かせて、薄汚い歯を見せて笑いながらその少女はこちらを嬉しそうに見つめていた。

「ネエ君、一緒ニ遊ボ」

 容姿に似合わない澄んだ声で少女は真に尋ねる。だが尋ねると言っても彼女は真の返事なんて聞かず、逆に彼を捕まえようと隣の窓から黒い右手を突っ込ませた。

「聞いたからには返事位言わせろよ!…って言ったところで言わせてくれないだろうな‼︎」

 一人で話してそれにツッコミ、真は立ち上がると襲ってくる手と同じ流れに沿って教室のある方へ走って逃げていった。


 またもや来た道を戻り、今度は三年生の教室の前廊下へ駆け込む。その後ろから黒い化け物の手が彼を掴もうと追いかけていた。

 人間サイズに作られているこの校舎は人より何倍も大きい化け物にとって狭く動きづらい。けれども化け物はそんな事は気にもせず、ゴムみたいな伸縮自在の腕を伸ばして平気に壁や天井を壊して追いかけ続ける。そのおかげか砕けたコンクリートのカケラが進む手の障害となって、進むにつれて手の速度は遅くなっていった。

 だからといって真はホッとしている状況ではなかった。

 彼が今走っている場所は母校に似た建物内の廊下、つまり草原とか無限回廊とかとは違って終わりがある。まさに今その終わりに彼はそろそろたどり着いてしまうのだ。


 行き止まりの少し前にある分かれ道の前で真は立ち止まった。

「こっからどうすれば良いんだッ!」

 焦って鶏みたいに同じ場所を彷徨いたり、跳ね回ったりして彼は言う。追いかけてくる手はまだ遠くに離れているが油断は出来ないものだった。

 この分かれ道をまっすぐ行けば壁が、右に曲がればもう一つの渡り廊下がある。渡り廊下を渡って向こうの校舎に逃げようと一回思ってみたが、校舎に挟まれている中庭には今追いかけてきている手の本体である化け物がいる。だから、無闇には使用できないのだ。

 あと、確かこの近くにあるはずのトイレの中へ隠れようとも考えていたのだが、そのトイレが見つからない。探す時間も無かったのでその案はすぐさま廃棄する事にした。


 のんびりと考える時間は真には無く、忙しく動き回っている内に遠くにあった化け物の手が近づいてきてしまっていた。

「もう考えるのはやめだ。一か八かであっちの校舎に渡ってみるか!」

 そう言って彼は動きを止め、右を向いて渡り廊下を見つめる。こちらの方は向こうの渡りよりかは損傷が少なく安全そうだったのだが、何しろ化け物から丸見えだからそっちの意味で言ったら凄く危険だ。

 だからと言って真は躊躇出来ないし、もうやるからには迷いや恐怖、不安を振り払ってでも行かなければならない。

「死んでも後悔なってしないぜ!ま、死にたくないのが本心だけどね‼︎」

 緊張を解そうと真は独り言で冗談を言う。それで本当に解れたのかは分からないが、少しは気が楽になった。


 こちらに向かって突っ込んでくる手がここに着く寸前のタイミングで走り出そうと彼は考える。遅ければ捕まるし、早ければ今度は行動を相手に教えてしまう事になるからだ。

 刻々と轟音を立てて手はこちらに向かってくる。真がどこに走ったり曲がったりしても手は何の迷いも無く後を追いかけてきた。そこまでしっかりと追いかけてくるのを見ると、実際に掌に目でも付いているのかと思ってしまった。

 けれど、例え目が付いていた所で素早く手を動かさなければ意味がないし、ここでさっさと避けて見えない内に逃げれば問題は無い。そのチャンスは一度だけ、それを逃さまいと真は全意識を手に向けた。

 刻々と近づいて来る化け物の黒い手。その手表面から漏れ出してくる熱が微かに感じ取られる様になったその時、脳から強烈な電気信号が彼の体に流れだした。


「待って!そっちはダメ!」

 走れ!と脳からの信号を感知し、それに従おうと真の足が動こうとする。しかし、その信号を阻害する様な声が後方から流れ込んできた。。可愛らしく凛としていて、しかもどこか聞き覚えのある声だったのだ。

 その声に驚いて真はほんの一瞬動きを止める。それを待ってたかの様に、後ろの()の中から伸びた大鎌の刃が空いた彼の後ろ襟に引っかけられた。

「…⁈」

 引っ掛けられる感覚を僅かに感じて真は驚いて声を出そうとする。だが、鎌は彼に喉を震わす間すら与えられずに無理矢理に引く。結局、真は鎌に引かれるままに壁の中へ飲み込まれていってしまった。

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