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魔王城は築57年  作者: おもちさん
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第33話 映し出すべきもの

都内某所。

年代物の雑居ビルの一室より怒号が鳴り響いた。

窓を閉めても聞こえるほどだが、周辺住民にとっては慣れたものである。



「こんなクソつまらねぇモン撮ってきやがって! 今どきこんな映画が売れる訳ねぇだろ!」



年嵩の男が怒鳴りつつ、スチールテーブルを拳で叩いた。

ペン立てが大いに揺れ、あわや落下しそうなほどにまで傾いた。

方や叱られている男は、叱責なんぞどこ吹く風とばかりに、両目を天井の方へ向けた。

屋根にある大きなシミの方を眺める角度である。



「何が剣と魔法だ、魔王と勇者だ! 萌え系以外撮ってくんじゃねぇよ!」


「えー、部長。お言葉ですが、本作は製作会議で承認を貰っとります。安いギャラで引き受けてくれた、魔王ヒューゴ君の演技も中々のものです。セールスも期待できるかと……」


「クオリティの話なんか知るか! いいか、オレが撮れと言ったもんだけにしろ。てめぇのような歳食っただけの老害なんざ、いくらでも替えが居るんだからな! そもそもオレのバックには……」



監督はしばらくの間、話を聴くことを止めた。

後に続くのは無関係な自慢話と、後ろ楯とおぼしきビッグネームが並ぶことを、暗記するほどに熟知しているからだ。

心を無にするデメリットなど全くない。



「だから、これだけは言っておく!」



叱責の佳境を迎えた合図だ。

監督はゆっくりと意識を戻し、念のため結びの言葉に耳を傾けた。



「美少女モノを撮ってこい。それから、女優の連絡先はオレの所に寄越せ。わかったか!」


「はい、では、外に行ってきま……」


「Eカップ以上で身長150センチ以下、それから従順で処女! これが最低条件だからな!」


「……はい部長。それではぁ失礼します」


「さっさと行きやがれ、使えねぇゴミ老害が!」



監督はサラッと無理難題を押し付けられた形で、本社を後にした。

2、3本の電話をかけつつ、ホットの缶コーヒーを買う。

決まった銘柄のほろ苦い甘味が、彼のストレスを緩和してくれた。


タバコも手放せない。

立て続けに8ミリの物を3本。

霧散する煙が諸行無常を教えてくれるようで、ささくれる心の傷を僅かに慰めた。


ーーそろそろ早乙女くんが着く頃かなぁ。


腹の中で計算し、最寄りの月極め駐車場に向かう。

そこには社用車である白のライトバンが停められて、運転席には男が一人乗車している。

車の男が助手席のドアを開き、声をかけてきた。



「監督。さっきの電話は本当ですか?」



運転席の男が青ざめた顔で、そして多少の諦めを込めて言った。

一方、監督の方は穏やかなものだった。

特に声を荒げる事なく、つい先程の経緯を説明した。

淡々とした語り口調であったが、聞き手の方は顔を青くあるいは紅潮と、目まぐるしく表情を変えた。



「ごめんよ、アイツのせいで撮り直しになっちゃったんだなぁ。一応反論したんだけどねぇ」


「あんのロリコン爺! とっとと逮捕されりゃ良いんだ! マジでくたばれ!」


「爺って酷いなぁ。アイツと僕は同世代だよ?」


「監督は全然違います! 太陽とハナクソくらい別物ですから!」


「それはそうと早乙女くん。借りてたレコーダーだけどさ、もう少し預かってても良いかい?」


「ええ、別に構いませんが。どうかしましたか?」


「ちょっとね。面白い事が出来そうだなぁと思ってね」



監督は胸元から小さなレコーダーを取りだし、借り主に見せた。

レンタル続行の許可をとり、再びポケットへとしまい込む。



「それで監督。どうするんです? もしや本当に美少女モノを……」


「ううん。まさか。もう一回魔王ちゃんに会いたいかなぁ」


「ええと、そうすると北方面ですね。すぐに向かいますか?」


「そうだねぇ。他スタッフより先に、僕らだけで現地入りしちゃおうか。機材やら色んな話は僕から通しておくよ」


「了解でっす!」



こうしてようやく、駐車場からライトバンが出立した。

まずは環状線を目指す事になる。


移動中の車内では、会話が途切れている。

監督は正月気分の消えかけた街並みを眺めている。

早乙女は運転に気持ちが傾いており、特別話しかけようとはしなかった。

とある信号に捕まり、車が停車した時に監督がポツリと漏らした。



「止めないのかい?」


「何がです?」


「もちろん、もう一度アクションファンタジーを撮ろうとしてることさ。君はアイツをロリ爺だとバカにするけども、ああ見えて結構厄介な相手だよ?」


「知ってますよ。噂は嫌というほど聞いてますし」


「真っ向から逆らえば、業界から追放処分もあり得る。2度と映画なんか撮れなくなるかもしれないよ?」


「それはオレだけじゃない。監督にも言える事じゃないですか」


「僕は良いんだよ。もう老人みたいなもんさ。そこそこ好きな作品を生み出したもの。でもねぇ、君はまだまだ若いからさぁ」


「良いんです! あんなヤツの言うことに従うくらいなら、監督と一緒に引退しますよ。その後はウェブで動画職人にでもなって、じゃんじゃん稼いでみせますとも!」


「……そういうのもあるんだね。時代が違うんだなぁ」



この言葉を最後に、車内の会話は再び途切れた。

だが、居心地の悪い沈黙とは違ったものだった。


しばらく北上を続けていると、早乙女は異変に気付いた。

目的の方面が大渋滞を起こしているのだ。

しかも上下車線ともに。



「何だろうねぇ。事故かな?」


「ちょっと調べてみますか」



程よい路肩を見つけて停まり、スマホで道路状況を調べてみた。

だが『通行止め』と書かれているだけで、原因も復旧見込みも分からなかった。



「……なんか、トウキョウより北に行けなさそうです」


「うーん。公式じゃない所で調べられないかな? SNNだっけ?」


「SNSですね」


「そう、それ」


「覗いてみますね」



そちらの方は、より混沌としていた。

奇病の大流行やら、連続殺人犯が潜伏しているとか、脈絡や信憑性の無い噂で溢れ反っていた。

まさに好き勝手という有り様で、あらゆる情報が目を滑って仕方ない。



「なんかもう、パニック状態ですね」


「早乙女くん。これは何かな?」


「何だろう、この画像……。動物の搬送?」


「違うよ。これは魔族だ。まさか、撮影村から飛び出して来ただなんて!」


「えっ!? それって大事じゃあ……」


「早乙女くん。迂回しよう。細かい道もフル活用して、どうにか彼らの所へ行こうじゃないか!」


「は、ハイ! わかりました!」



ハンドルを大きく切って進路を変え、中部方面から向かうことにした。

幹線道路は全てが封鎖済みだ。

よって彼らは住宅街や裏道、時には私道を拝借しつつも、どうにか道を探して北へ向かっていった。



「早乙女くん。アイツの言ってたことだけどね。ひとつだけ全うな事を言ってたんだよ」


「何ですか? まさか、女は札束で叩け、なんてクソみたいな台詞じゃないですよね?」


「まさか。こんな作品が売れるか、と言ってたでしょ。あれね、たぶん正解。ありきたりで使い古された内容だったもんね」


「じゃあ、どうすべきだって言うんですか?」



監督は少し間を置いた。

瞳を閉じ、独り言のトーンで『ウン』と肯定して、それから前を見据えて言った。



「僕たちは、彼らの素顔を撮るべきだったんだ」

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