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切上月光

 翌日早朝。時代維持部隊の本部。

 東京の一等地――といっても海水面上昇の影響により、高尾山周辺がそれに当たる――に屹立(きつりつ)する塔。エジプトのオベリスクを連想させるそれは、長官の意向により、引き締める色として漆黒に染まっている。

 そんな黒き塔の一角、東京を睥睨(へいげい)できる上階の執務室に綺羅星はいた。

 端正な顔に浮かぶのは、部下の前では滅多に見せぬ焦燥と、珠のような汗。

 それも当然だろう。

 彼女の前にいるのは、直属の上司である時代維持部隊・ 大隊長ではなく、この組織のトップである総監・切上(きりあげ)月光(げっこう)なのである。

 鋭い眼光を眼鏡の奥に隠し、小奇麗に後ろで纏めた黒髪。

 彼女は齢五十を超えているはずだが、その容姿は三十代ほどに見える。

 バイオ技術を時代維持部隊に導入したのは、アンチエイジング技術を持つ会社への実質的キックバック……そんな醜聞(しゅうぶん)(ささや)かれた事もあるが、事実は不明だ。なお、その噂を最初にネットに書きこんだ人間は逮捕されている。

 彼女が次の選挙の出馬を目指しているのは公然の秘密であり、監督省庁である新社会治安維持庁への栄転ではなく、政治家を目指すのは、省庁のトップが官僚ではなく大臣であるからである。

 即ち、彼女は真の意味でこの組織のトップを目指していると言えよう。

 成果を上げようと躍起になっているのは、彼女が総監になってより部隊の活動が活発になっている事からも明らかであった。

 その月光が、手元のタブレットPCに転送された報告書を読んでいる。

 無論、先だって失敗した時代維持法違反者の逮捕と、死語使いの逮捕失敗について書かれた報告書だ。

「……さて」

 眼鏡を胸ポケットに仕舞い、月光が視線を綺羅星に向けた。

「……!」

 視線を受けただけで、綺羅星の体が強張る。

「そ、その、死語使いは……」

「君に発言は許可していない」

 取りつく島も無い。

「死語使いの件は私の耳にも入っている。これまで数度、部隊活動の邪魔をされてきた」

「!?」

 それは彼女も初耳だった。

 死語使いはあくまで噂であり、実体としてはっきり遭遇したのは自分たちが初めてだと思っていた。

 であるならば、なぜその情報を下ろしてくれなかったのか。

 もしその情報さえあればこんな不様に遅れは取らなかったものを――

 そんな心境を見透かされたのか、月光が深くため息をついた。

「この程度の案件も処理できないようでは、現場の能力が疑われるな……」

「……っ」

「敗れるだけでなく、施しまで受けて……恥ずかしいとは思わないのかね。私なら自ら命を断つね。誰とは言わないが」

 無論、綺羅星たちの事である。

 植木に敗れた後、彼女たちが気がつくと、公園のベンチに揃って寝かされていた。

 ご丁寧に毛布まで掛けられて。

「全く、無能揃いで目眩(めまい)がするよ」

 吐き捨てるように言う。

 だが綺羅星は異を唱える事は出来ない。

 そんな事をすれば、クビを切られるのはわかりきっている。

 権利を振りかざし、他者を弾圧する者ほど、自身のパワハラには無頓着だ。

「……まぁいい。当然、対策はしてある。君の部隊にはこれを支給しよう」

 月光はタブレットPCを綺羅星へ向ける。

 そこに映っていたのは、刀だった。

「し、質問よろしいでしょうか?」

「許可する」

「これは一体……?」

「断層作成機だ。これを振る事で強力な力場を発生させ、疑似的な真空状態を生み出す事が出来る。死語使いは言葉を用いて現象を引き起こす。ならば音を伝導させねば良い」

「……!」

 綺羅星は感動に震えた。

 しかし――

「これがあるならば、君のような無能でも奴を捕えられるだろう」

「……う、……は、はい」

 努めて感情を表に出さぬよう、押し殺した声で答える。

「追って装備は届けさせる。下がれ」

「はい……」

 執務室を出た綺羅星。

 その胸中に渦巻くドス黒い感情を抑えるべく、拳をきつく握り締める。

 じわりと掌に血が滲んでも、心が晴れなどしない。

「……植木……長介……!」

 思わず口を衝いたのは死語使いの名前であった。

 果たして彼女が本当に怒りを覚えているのは彼のせいだったか。

 彼のせいなのだろう。

 彼女の中では。

 そう思うしか、なかった。

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