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無責任はお呼びでない?

「……!?」

 耳慣れない音に、綺羅星が真っ先に振り向いた。

 そこに居たのは、黒いマントを着た中肉中背の男。

 さながら、熱海の金色夜叉は貫一・お宮の像の貫一のようだ。

 違う点はゲタを履いているところで、帽子もかぶっていない。

 年齢は青年といったところだが、学生のように見える瞬間もあり、一方で老成した雰囲気も纏っていた。

「何だ貴様は? ここは立ち入り禁止区画だ」

「ありゃ、お呼びでない?」

 男は、おどけた調子で言う。

「貴様……」

 あまりに場違いな様子に綺羅星は目を細める。

 そこに隊員の一人が前に出た。

「隊長、今の発言、時代維持法に抵触する死語の可能性があります」

「何?」

 時代維持法においては、学術研究など一部の例外を除き、使用してはならない言葉というものがある。

 その数は非常に多いため、「よっこいしょ」のように頻出する違反ワードならともかく、時代維持部隊とはいえ全てを把握しているわけではない。

 ゆえに、時代維持部隊は自動判定装置を導入している。

 隊員の内、軍隊で言えば通信兵に相当する通信官が所持する腕時計型デバイスがそれであり、リアルタイムに会話から死語を判別する。

 特定の単語を検出すると、警報で伝え、拡張現実(AR)のパネルに詳細を表示する事が出来るものだ。

 とはいえ、文脈の繋がりの都合や噛むなど、偶然そう聞こえる場合が容易に有り得るため、あくまで補助的な位置づけとなる。

 しかしながら、現状のように明らかにおかしな風体の男を相手にする場合は、特に有効だ。

「『お呼びでない?』という言葉は、1961年に流行した死語の一つです」

「御苦労。嫌疑ありと認定する」

 綺羅星の言葉に、隊員たちが男に銃を向けた。

「こりゃ穏やかじゃないねえ……」

 男は、手ぬぐいで頬の汗をぬぐう。

「動くな。名前と身分を言え」

「名前? よござんす。耳かっぽじってよく聞きな」

 男は左手を腰に、右手は掌を上にして突き出し、腰を落とした。

 いわゆる「お控えなすって」の姿勢だ。

 これは、本来敵意のない事を示すものなのだが――

「動いたな」

 綺羅星はその瞳に嗜虐めいた色を浮かばせ、部下に銃撃を指示した。

 再びゴム弾の雨が闖入者(ちんにゅうしゃ)に降り注ぐ。

 が――

「なっ……!?」

 綺羅星が驚きに声を漏らす。

 何が起きたのか、彼女にはわからなかった。

 いや、より正確に言うならば、見えてはいた。

 だが、理解が出来なかったのだ。

 男は、纏っていたマントを引っ掴むと、それでゴム弾をはたき落したのである。まるで、小バエでも払うかのように。

 とてつもない動体視力と反射神経だ。

「あだだっ!?」

 にも関わらず、はたき落したゴム弾がその勢いゆえに跳弾し、(すね)などに当たって慌てふためいている。

 マントの下は真っ白なタンクトップに腹巻、下は裾がボロボロの学生ズボンという出で立ちなのも異様だ。

 何なのだコイツは。

 その一言が綺羅星の頭をぐるぐると回っていた。

「き、貴様は何者だ!」

「だからそれを答えようとしてたんでしょうが……」

 呆れ顔で言う。

「いいから答えろ!」

「それがね……」

 イヒヒヒと下品に笑う。

「俺も忘れちまったのよ。植木(うえき)長介(ちょうすけ)って名前だけは覚えてるんだがね」

「長介だと……?」

 綺羅星の疑念はより膨れ上がる。

 今や、長介のような伝統的な名前は少なくなった。

 それが大学生ほどに見えるこの男についている……彼女の脳裏に偽名という考えが浮かぶのも自然の成り行きである。

「貴様はあまりに言動が不自然だ。この場で逮捕する」

「そんなバナナ!?」

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