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工藤

「しっかり、しっかりしてよ!」

 派手なメイクをした女子高生が、半狂乱になりながら叫んでいた。

 彼女の前にあるのは、ひしゃげた家屋。まるでウエハースのように折り重なって崩落したそれは、彼女の住んでいた家だった。

 そして、彼女の視線はその崩落した家屋の隙間、そこより見える彼女の母親だった。

 瓦礫に阻まれ、身動きが取れないらしい。

 大きなケガこそないようだが、放っておけば建物のバランスが崩れ、潰されてしまうのは素人目にも明らかだった。

 何より、リストラはまだあちこちで暴れているのだ。

「あなたは……早く逃げなさい」

「ふざけんなよ! ママも逃げるんだよ!」

 少女は瓦礫を持ち上げようとするが、重くて持ち上がらない。

「誰か……誰かいないのかよ!」

 叫ぶが、応じる人はいない。

 どこもかしこもリストラが暴れまわり、軒並み破壊されている。

 あちこちに倒れているオッサンがいるが、そのまま放置されていた。特定精神検診により、激しい情動を奪われたオッサンたちは、立ち向かう事も逃げる事も出来ずに、この騒ぎで打ち倒されていたのだ。

 そして倒れたオッサンたちにはリストラが纏わりついているのも見える。

 みな、他人を助けるどころではない。

 少女と同じように、家族への助けを求める声は、そこかしこで響いていた。

「ち、ちくしょう……ママ……」

 へたりこむ少女。

 もう、逃げる気力すら、失っていた。

 絶望とは、容易く人を縛る。

 だが、そんな少女の肩に手がかけられた。

「下がってろ」

「……え?」

 その声に、少女は聞き覚えがあった。

 野太い、オッサンの声。肩に乗るごつごつした手。

「……パパ」

「待たせたな」

 工藤は、かがむとガレキに手をかけた。

「うぬぬぬぬぬ!」

 そして力いっぱい引き上げる。

「な、なんで……アナタ……」

 潰れた家屋の隙間から、女性が信じられないという声を漏らした。

「私は……アナタを追い出したのに……」

「ぐううううう!」

 構わず工藤は顔を真っ赤にしながら、瓦礫を持ち上げる。すると僅かに隙間が広がった。

(かな)! 母さんを引き出せ!」

「う、うん!」

 言われるがまま、少女――叶が隙間に潜り込んでいく。

 と、瓦礫を支える工藤の背に、近くを徘徊していたリストラが襲い掛かった。

「ぐ!」

 不定形の怪物が工藤の全身に絡みつく。

「パパ!?」

「い、いいから母さんを助けろ!」

 全身を締め上げるリストラに、工藤の顔が歪む。

 リストラが触れた部分から、ストレスが直接流れ込んでくる。怒り、倦怠、嫉妬、鬱屈……さまざまな感情が、強烈な不快感となって工藤を襲う。

「な、何だこんなもの……こいつら……もともと俺らの中から出来てきたもんじゃねえか……だったら、耐えれねえはずがねえ! うおおおおおおおおお!」

 ありったけの力を込め、工藤は瓦礫を投げ飛ばした。

 大きくなった隙間から、母を抱えた叶が這い出て来る。

「はぁ……はぁ……」

 肩で息をする工藤。

 力を使い果たし、その場に膝をつく。

 そんな工藤の様子に叶が駆け寄る。

「パパ大丈夫!? ……あれ?」

 そこには、もうリストラの姿は無かった。

 確かにさっきまで父の全身に巻き付いていたはずなのに。

「……もう、心配は……いらない」

 かつて、わが子にいつも向けていたように、工藤は微笑んだ。

「あのバケモンは……俺たちの心の闇だ。……そいつに負けなきゃ、また心ん中で飼いならせるさ……」

 リストラは、消えたのではない。

 工藤の心に、押しこめられたのだ。

 これまで通りに。あるべきものがあるべき場所に戻るように。

「あ……アナタ……なぜ……助けに……」

 娘に抱きかかえられたままの母が絞り出すように言った。

「さぁ……わかんねえよ。ただ助けてえから来ただけだ」

 それに、と続ける。

「……それに?」

「俺は、お前が好きだった。好きだから結婚したんだ。……それを思い出してな。まぁ、その後はあんまり上手くいかなかったかもしれねえけどな。でも、最初のその気持ちは、間違いじゃねえだろ?」

 って何で娘の前でこんな事言ってんだ俺は、と顔を背ける。

「……バカ」

「ふふっ、そうだな。それに、それだけ元気がありゃ、大丈夫だろう。俺の仲間が救急車を手配してくれてる。叶とここで待ってろ」

「えっ……パパ、どこに行くの?」

 叶が驚き、目を丸くした。

「どこって、そこかしこで困ってる人がいるじゃねえか。助けに行くに決まってるだろうが」

 言って背を向けて近くの倒壊した建物に向かっていく工藤。

「パパ……」

 そんな父の背中が、どうしてか叶にはとても大きなもののように見えた――

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