隊長・式堂
「こんな武器を新開発するとは……小癪な!」
「痛い目みたくなきゃどきな。フロッピーは山ほどあるんだ」
工藤は、かつてフロッピーの生産中止の報を受け、後の値上がりを見込んで大量に購入していたのだ。
無論、値上がりなど起こるはずも無く、彼の手元には無用の長物が山ほど残った。
そんな先の読めぬ男についていくわけもなく、妻は彼を追い出した。もう高校生にもなる娘は小遣いをせびる時だけ電話をしてくるが、会いに来る事はない。家庭内暴力があったわけでもなし、会おうと思えば会えなくはないが、工藤にそれだけの気力はなかった。
その後のオッサン弾圧を受けストレスを溜めていた際、腹立ち紛れに投げつけたフロッピーが壁に突き刺さったのを見て、自身の才能とフロッピーの有効利用を思いついたのである。
オジスタンの中でも穏健派のビール腹団ゆえ、これまで使う機会は一度もなかったが。
彼のように、弾圧の中で新たな能力に目覚めたオッサンは少なくない。
特殊能力を持つオッサンの事を、錯誤能力者と言う。
だが、そんなオッサン達を狩る者こそ時代維持部隊だという事を、工藤は失念していた。
「……わかっていないようだな。やはり時代錯誤患者は、現状を正確に認識できないらしい」
綺羅星は薄く笑みを浮かべると、瞬間的に間合いを詰めた。
「え?」
フロッピーを投げる間もない。
「バイオ八極拳、受けてみよ」
彼女の顔に緑色の筋が走る。
瞬間、床板を踏み割るほどの踏み込み――震脚と共に、工藤の腹に強烈な掌底が叩きこまれた。
「ご……!?」
あまりの衝撃に工藤はまともに悲鳴すら上げる事が出来ない。
これこそバイオ八極拳。
錯誤能力者に対抗して生み出された科学の力。
強化ミトコンドリアにより、細胞が生み出すエネルギーを倍増し、恐るべき力を生み出す。強烈な振動波を叩きこむ技を得意とする新時代の流派だ。
更に綺羅星は、その制服に金属筋繊維を編み込んでいる。
これは、いわば極小のパワードスーツであり、停止した車を軽々吹き飛ばす程度の力を有していた。
ベルトに内蔵された制御装置より流れる電流で自在に制御され、重量もさほどではない。
この強化服とバイオ八極拳を備えた綺羅星は、もはや一個の兵器と言ってよい。
無論、殺すのが目的ではないので、工藤も悶絶を繰り返して転げまわっているが、死にはしないだろう。
反対に、彼女の部下たちはフロッピーを抜き取り、既に立ち上がっていた。
時代維持部隊隊員は、綺羅星同様、バイオ強化を受けている。
この程度の傷なら、5分もあれば行動に支障のない程度には回復できるのだ。
バイオ技術だけではない。
隕石衝突の大参事は、同時に強制的な技術革新をもたらした。
そうしなければ生き残れなかったからである。
結果として、人体に作用するバイオ工学や精神工学が大幅な進化を遂げた。
ほんの数年前にはSFとしか思われていなかったような、精神よりエネルギーを抽出するような技術すら生み出されている。
そして時代維持部隊は、その最新技術の恩恵を誰より受けていた。
「フン……終わったか」
言って、彼女はその手に消臭スプレーを振りかける。
「加齢臭が移ってはかなわんからな」
それは、血も涙も無いオッサンへの侮蔑。
洗濯物も娘と一緒には洗ってもらえないオッサンのように、まるで汚物の扱いだ。
ああ、こんな事が許されて良いのだろうか?
だが、読者諸兄、安心してほしい。
時代は、ヒーローを生み出すものなのだから。
カラン、コロン。