引き金
一方、植木は、バイクで疾走していた。
日本各地が水没したとはいえ、高尾山のような高所は未だに道路が生きている。
高尾山の時代維持部隊本部へ向かう道は、驚くほど空いている。逆に、下りはひどく渋滞し、のろのろと車列が続いていた。
そんな渋滞を尻目に、植木のバイクは走り続ける。
今度のバイクはラッタッタではなく、今となっては珍しいサイドカー付きのバイクだ。
こちらの道がガラガラなのにはわけがある。
時代維持部隊が、本部に近寄る者を追い返しているのだ。
この非常事態である。安全を求めて時代維持部隊本部に寄って来る者は多い。
しかしその全てが追い返されていた。中には実力行使によって排除された者もいると言う。
そんな投稿が各SNSに届くが、マスコミは報じない。時代維持部隊を下手に扱えば、時代教育だけでなく、放送免許剥奪すら有りうる。それに、上層部には月光に貸しや弱みを握られている者も多い。
それでも、ワイヤレスネットワークが発達した現代で、時代維持部隊本部での追い返し情報は拡散されている。
次第に大きく見えてくる時代維持部隊本部。正面ゲートの前には、重武装した時代維持部隊隊員たちが十重二十重。
植木は構わずアクセルをふかし、古いバイク特有の駆動音――昭和の変身ヒーローのバイク髣髴とさせる――を響かせ、一気にソロモンの集団に向かって行く。
「! な、何か来たぞ! オジスタンスか!?」
時代維持部隊の隊員たちが植木に気づき、ソロモンのアクセルを絞った。
同時にハンドルに付属する内臓火器のボタンに指をかける。
「止まれ! 止まらんと撃つ!」
「止まらねぇんだなコレが」
「警告はしたぞ。いいよな? いいよな?」
先頭に立つ時代維持部隊員が周囲をきょろきょろと見渡しながら、言った。その周囲の隊員たちも、明確な答えを出せず曖昧に頷くのみ。
その間にも植木のバイクは迫る。古いバイクであってもそれなりの速度は出ており、1秒で進む距離を考えれば、もう撃たねば突っ込まれる。
事そこに至って警告を発した隊員ではなく、慌てた一人が発砲した。
それに釣られるように次々とソロモンの内臓火器が火を噴く。
ゴム弾が文字通り雨あられのようにまき散らされる。
「くっ」
植木が乗るバイク――陸王に風防は無い。
避ける以外にゴム弾を防ぐ術はないが、点では無く面を埋め尽くすゴム弾を前に、回避はほぼ不可能と言えた。
「だめだこりゃ……あだだだだだっ!」
次々とゴム弾が植木の体を打つ。
バイクの速度も相まって、それは鉄球の乱打に身を任すに等しい。指に当たれば、その指がハンドルを握る力を失う。顔に当たれば顔がそれる。胸や腹に当たれば息が詰まる。
やせ我慢で突っ込むのも限界があった。
「ぐおっ!」
遂に一発が額に命中。
植木は吹っ飛ぶように――いや、実際に吹っ飛んだ。
同時に陸王が霞のように消えてゆく。
植木はあまりの衝撃にアスファルトを転がり、外套をズタズタに引き裂かれながらガードレールに後頭部を打っても止まらず、反動で回転して植え込みに突っ込んでやっとと止まる。
彼は、肉体的には超人では無い。
無論、常人より相当に鍛えているので、トップアスリートやトップ格闘家に類する領域にはいる。
だがそれでも、死語使いの能力のような物理法則を超える類の身体能力は持たない。
ゆえに、激突した衝撃で相当なダメージを負っていた。
受け身の上手さもあり、骨折こそ防げていたが、全身に擦過傷と打撲、右手の骨やろっ骨に微細なヒビが入っている。
呼吸するだけでも脇腹に鋭い痛みが入るほどだ。
「ぐっ……流石に強行突破は……ムリがあったか……」
発砲は躊躇するだろうとの読みは、大きく外れた事になる。
その代償は大きかった。
体を起こすが、そこに時代維持部隊の隊員達が殺到する。
ろっ骨や肺へのダメージは発声に支障をきたし、死語使いとしては致命的だ。
傍目にも絶体絶命だった。
そして、多数の銃声が響いた。
だが――
「ぐえっ」
「うぐっ」
「うわあっ」
上がった悲鳴は一つでは無く、そして植木でも無かった。
「……およ?」