それぞれの戦略
二人とも表情に生気などなく。
だが、両者ともスーツ姿で髪もオールバックに整えられ、特にドギーは一見しただけではわからないほど印象が違う。
官公庁の会見らしく、背景は白い壁紙のみで、記者会見によく見かけるスポンサーの広告もない。報道陣が多数詰め掛けているらしく、フラッシュがその白いキャンバスを反射する。
「先ほども申しました通り、特定精神検診の義務化を発表させて頂きました。こちらは今国会で特例による迅速な採決を予定しております。早ければ来月頭にも実施される見込みとなっております」
月光は、普段庁内で見せる事のないほどに整った笑顔で言う。
どこか仮面めいたそれは、冷たさすら感じさせた。
「どうしてこのように急な発表となったのですか?」
「はい。国民の皆様への説明の時間を取れなかったのは誠に申し訳なく思っております。しかしながら、本庁への大規模テロの情報が入っておりましたので、その危険性を鑑み、極秘に進めさせて頂きました」
「テロと言いますと?」
「それはこちらの二人から説明してもらうのが早いかと思います。何しろ、テロの首謀者ですので」
その発言には、報道陣から大きなざわめきが起こる。
「こちら向かって左側が、テログループ・銃後の元リーダー土器手浩一郎氏、向かって右側がレッスル道の元リーダー小此木健三氏となります。彼らについては皆様の方が詳しいかと思いますので、詳細な経歴はこの場では控えさせていただきます」
月光の言葉に合わせ、二人が頭を下げる。
記者のざわめきは大きくなるばかりだ。
彼女が言った通り、二人は有名人だ。
反時代的活動が盛んに報道されており、小此木に至ってはイケメンアイドル脂まみれ事件を起こした件で指名手配もされていたくらいである。
事件自体の報道も非常に多く、レスラーとしての全盛期よりもTVに映っている時間が長かったほどだ。
「では、土器手さん。説明をよろしくお願いします」
「はい」
答えたその声は淀み無い。
いや、無さ過ぎる。
「私は、テログループのリーダーを務めておりました。その中で新社会治安維持庁にテロ行為を仕掛ける事を画策しておりました。社会の転覆を目的とした大規模テロです」
淀みは無いが、抑揚にも乏しい。
まるで音声合成ソフトのように言う。
「大規模テロとは?」
記者の質問に対し、月光が割って入る。
「お答えできません。真似をする人間が現れかねませんので。別の質問を」
「では、お二人はなぜ今この場にこうしているのでしょう? テロ思想を捨てたという事ですか? そして逮捕はされなかったのですか?」
今度は小此木が恭しく一礼して口を開く。
「私たちは年も顧みず、破壊行為に身をやつしていました。そして大規模テロを起こす直前になってその愚かしさに気付いたのです。そこで二人で相談し、出頭いたしました」
「我々としましても、深く反省している事を鑑み、また、指導的立場の彼らが出頭する事による社会的影響も考慮しました。しかし何より大きな決め手となったのは……あれを」
月光の指示を受け、職員らしき男がパネルを持って現れた。
そのパネルには、MRIやCTスキャンを思わせる機器が映っている。
ベッドの上部、ちょうど人間の頭にあたる位置に巨大な機械がある構造だ。
「こちらは、サイコ・アンチエイジング専用の機器で、CAREと言います。この機器は、精神的ストレスを測定するだけでなく、そのストレスそのものを吸収し、時代適応度を上げる効果を持っています」
月光の語るところによれば、時代不適応者とは新たな時代に対する適正が低く、そのためにストレスを感じている。ストレスは時代に対する先入観となり、適応を阻害する。その負の連鎖こそが問題だと言う。そこで、ストレスを吸収してしまえば、真っさらな状態で時代と向き合う事が出来るようになる……らしい。
「彼らはこの機器の被験者であり、その効果が認められたために、拘束しておく理由ももうないのです。この機器さえあれば、今まで逮捕後に長期的に拘束し、時代適応教育を施して来たような事はなくなるのです」
「それは検診だけでなく時代治療もその場で行うという事でしょうか?」
「その通りです。検診の際に、ストレス測定をこの機器を使って行いますので、問題があれば同時に解決できます」
馬脚を現しやがって、と工藤が漏らす。
検診が強制である以上、時代矯正もまた強制という事になる。
それにストレスとは不満であり、それを奪って反逆の意思を無くそうという意図が見え見えであった。
そんな工藤の言葉など届くわけもないので、画面の中の月光は満面の笑みだ。
「精神的ストレスを吸収するというのは、どういった仕組みなのでしょうか? 副作用の問題等はありませんか?」
「仕組みについては現時点では詳細には申せませんが、簡単に言いますならば、人間の精神は、個々人の記憶や脳内物質の分泌など、様々な要因によって成り立っており、完全には解明されてはおりません。しかしながら、存在している以上、そこにはエネルギーもまた存在している。この機器は、そのエネルギーからストレスを選択して排除し、対象をまっさらな状態にします。これは子どもの脳の状態に近く、子どもが時代にすぐに適応できるように、中年層においてもその効果が期待できるというわけです。薬剤を用いず、力場によってストレスを移し替えるだけですので、副作用はありません。この仕組みについてはまた後ほど本庁のホームページで公開します」
政治家を目指しているという噂も頷けるほどに、淀みなく長々と語る月光。
その柔らかい物腰と裏腹に、発言内容は眉唾ものだった。
「本当に額面通り受け取れると思うか?」
工藤が顎で植木に指し示す。
「まっさかあ」
植木もまた両掌を真上に向けてお手上げといったポーズをとる。
「あいつらの姿見てそう思える奴が居たらほとんどビョーキだ」
「違いない」
植木が言うとおり、ドギーと小此木の姿はいくらなんでも異常だ。
拷問を受けて言わされているようには見えないが、だからこそ気味が悪い。瞳に生気はなく、二人の体を満たしていた気概のようなものが感じられない。
二人を模したロボットだと言われる方がまだ納得できる。
会見は続いているが、ロクな話は出てこない。
少なくともオッサンにとっては死刑宣告に等しい話ばかりだ。
「……で、どうする?」
「どうするってえと?」
「いくらなんでもこれは酷い。テロはやらないにせよ……止めるだろ?」
「止めれるもんなら止めるが……後手に回りすぎたな。全国一斉に止める手は……正直無え」
「じゃあ、手をこまねいてろって言うのか?」
「いいや、止められない以上、次に起こる事の方を考えるしかねえだろう。確実にこの検診とやらは失敗するだろうしな」
「は?」
工藤が目を丸くする。
「だってよ、アレ、要はオッサンのストレスを吸収する装置なんだろ?」
「……まぁ、そういう事になるな」
「だったらナメすぎてる。いつの世だってオッサンはオッサンで我慢して暮らしてる。こんな世ん中だったら余計にだ。吸収なんざできねえさ。今に見てな。ひでえ事になる。そん時が、オレたちの出番だ」
その言葉には、確信めいた色があった。
「……で、ちょっと相談なんだけどよ」
「何だ?」
「噂を流すことはできるかい? オジスタンスの人脈を使ってよ」
「出来なくはないだろうが、どんな噂だ?」
「死語使いについて、さ」