毒ガス兵器
「全く……ハズレくじを引いたもんだ……」
アイドルと間違える者もいるのではないかという整った顔立ちと長身を備えた男が呟く。
彼は時代維持部隊の隊長格の一人、芳賀刃羅琉。
制服に身を包み、同様の格好をした配下たちと共に、地下鉄の中を進んでいた。
既に出口は封鎖している。後は逃げ込んでくるオッサン達を捕まえるだけだった。
部下の数は十名。全員が武装済みなのを考えれば、そう難しい仕事ではない。
「チッ……どうせここで逮捕しても式堂の手柄だろ……」
よりにもよってうす暗く、また磯臭い地下と来た。
彼はやる気なく進む。
そんな刃羅琉の耳に、ギコギコと音が聞こえてきた。
「フン……バカどもが」
彼は手をかざし、部下たちに銃撃の姿勢を取らせる。
「撃て」
トロッコの姿が見えるや躊躇なく発砲させた。
ゴム弾が雨あられのように降り注ぐ。
が――
「なに!」
トロッコに人影はなく、鉄板の外壁に弾かれるのみだ。
正確には、攻撃に備え中に屈んでいたのだ。
どうやら少し前に手押しをやめて惰性で進んだらしく、トロッコはそのまま停止した。
「チッ……社会不適合者どもの癖に、下らん知恵をつけやがって」
当然、刃羅琉も対策は用意してある。
「アレをやれ」
「了解」
ドッドッドッと、トロッコとは比べ物にならない爆音を立て、何かが時代維持部隊側の奥から響いてくる。
そして隊員たちの背後から巨大なブルドーザーが現れた。
このブルドーザーは、封鎖されていた出口をこじ開けるために使用したものであり、トロッコ程度軽く弾き飛ばせる動くバリケードと言えた。
そんなものが前にあっては進めるはずもなく、トロッコの動きは止まったままだ。
「亀のようにひきこもりやがって……引きずりだせ」
「はっ」
部下のうち、五人が銃を構えたまま先行する。
そしてトロッコに近づいた瞬間――
「なっ!?」
突如、トロッコから何か布の塊が放たれた。
黄ばんだ白の、いくつかの布片が結ばれたそれは、地面を跳ねて隊員たちの前にまろび出る。
「……なんだこれは」
警戒しながら隊員たちが近づいた直後――
「あがっ!」
「うおっ!?」
「うげえ!?」
悲鳴にも近い叫びが響いた。中には嘔吐するものまでいる。
「お、おいお前ら……くそっ! 毒ガスか!?」
刃羅琉は煙の中で倒れ行く部下を一瞥すると、踵を返した。
「こんなところにいられるか!」
しかし――
「あっ……!?」
背後の道は巨大なブルドーザーによって塞がれていた。
「バ、バカが! 早くどかせ!」
命令を飛ばしたものの、彼自身も気化した『それ』の匂いにまかれてしまう。
「く……く、く、臭ぇーーーー!!」
そして彼は絶叫し、そのまま泡を吹いて崩れ落ちた。
いかに身体機能を強化するスーツとはいえ、匂いの前では全くの無防備。刃羅琉だけでなく、残りの隊員たちも次々倒れていく。
そんな中、工藤がトロッコから顔を出した。
「だらしねえなあ……俺たちの靴下を丸めて投げただけなんだが」
悪臭を放つオッサンの靴下だとしても、その本人たちには影響はない。
だが、無菌室のような環境で育った刃羅琉たちには、毒ガスにも等しかった――




