ラッタッタ
「バッカ……野郎……!」
そんな恨みごとが聞こえたかは、定かでなく。
植木は重力に従ってそれなりの角度がついたシューターを滑り落ちる。さながらプールのウォータースライダーのようだ。
この落下は意外に長く、途中で羊でも数えようかとしだした頃、唐突に彼の尻に衝撃が走った。
地下鉄の構内に着いたのだ。
そこにはかつての栄華は無い。
廃線となって久しい構内はうす暗く、明らかに後付けとわかるクラシカルな電球の淡い光がところどころ照らしていた。
「手押しトロッコで進めるようになってる。行こうぜ」
工藤が手招きする。
その言葉通り、そこにはレールに沿うサイズの大きなトロッコが置かれてあった。
T字の手押し機構があり、それをポンプのように押して進むタイプである。
数台あるようで、既に何台かは先の方へ動き出していた。
工藤がいるのは、残り二台のうち、奥側の一台だ。既に何人か乗っており、不安そうに植木を見ていた。
「いや、俺ぁ最後でいい。先に行きな」
「……まぁ、アンタなら大丈夫か。……無茶はすんなよ」
トロッコが動き出す。
油が足りないのかギコギコと音は間が抜けているが、その進みは堅実だ。
すぐに地下の闇に消え、見えなくなった。
「さて、今度は俺が時間を稼ぐとしますかね」
今この瞬間も小此木が粘っているのだろう。だからこそ上から時代維持部隊の隊員が現れないのだ。
植木が首を鳴らしていると――
「いいや、ここはオレに任せてもらおうか……」
それを遮るようにドギーが前に出た。
「来い! 相棒!」
彼の叫びとともに、遠くより爆音が響いた。
そして、一台のバイクがシューターから飛び出した。
750CCの大きなバイクで、白のボディーに赤でファイヤーパターンが描かれ、加えて深いんだか浅いんだかわからない和歌がいくつか筆文字で書かれている。
これが彼の錯誤能力、「鎖紋刃意駆」である。
いついかなる時も、愛車を呼び出す事ができるのだ。
何か人工知能でも加えられているのか、理由は定かではない。
少なくともドギーの声を受けて自動で走って来るのは確かで、物理法則を超越するような瞬間移動系統の能力ではないらしい。
とはいえ、距離がどれほど離れていても聞こえるのかなど、不透明だ。
ただ、反応が早すぎるようにも思われ、本当に途中までは時空を超えているのかもしれない。
ドギーがそれについて聞かれると「オレと相棒には血より濃い絆があんのさ」としか答えず、本人すらよくわかっていないし、気にしてもいないらしい。
「あんたにゃ、バイクがねェだろ? 最後に残るやつは、足がなきゃ話にならねェ」
「いいや、俺にも相棒はあるさ……」
「なに?」
「ラッタッタ!」
植木の言葉に合わせ、突然その場に鮮やかな黄緑色の自転車が出現した。
いや、その自転車には原動機がついている。
小ぶりだが、それはまさしくバイクだった。
「あ、アンタもオレと同じ……いや、こりゃあ急に飛び出して来たな……」
これこそ、ホンダ・ロードパル――通称ラッタッタ。
CMでアカデミー賞女優ソフィア・ローレンが言う「ラッタッタ」というセリフがそのまま愛称として定着し、70年代に爆発的ブームを起こしたバイクだ。
原動機はサドルと後輪の間あたりにあり、現在となっては一見では電動自転車にしか見えない。
「だが、ここはオレが……」
「バカめ……」