不器用
「ジタイが来ました!!」
「何だとォ!!」
伝令の男は、ビールケースや長机をバリケードとしているが、いつまでも持つものではないとも告げた。
「ってことだが、逃げ道くらい用意してあるんだろ?」
植木の言葉に、ドギーが頷く。
「ああ。そこの底板の下は、ダストシュートのように加工されてる。そのまま地下鉄の廃線に出られるようになってんだ。なぁ、小此木のダンナ」
「おう! その通りよ。野郎ども準備に入れ!」
小此木が顎をしゃくると、レスラーたちが底板を剥がしにかかる。
一方で、入口で番をしていた男たちが、ビールケースを倒し、代わりに長机を重ねてバリケードを作っていく。
その間もダストシュート風脱出口の準備は進んでいく。
三枚の底板が剥がされ、三つのシューターの口が開いていた。
「よし! 順番に入れ!」
順番、そう言っているにも関わらず、オッサンたちは我先にと穴に駆け寄っていく。
それも無理はないだろう。
もしジタイに捕まりでもすれば、それは職を失う事を意味する。会社から解雇されるのは火を見るより明らかだからだ。
そして、一旦職を失えば再就職はほぼ不可能。現在、四十歳以上の無職はほとんどいないのだが、それはそれだけ自殺率が高いということを示している。
何より、時代維持部隊がすぐそこまで迫ってきているのは、何かを破壊する音が響いている事からも明らかだ。倒れたビールケースを投げ捨て、或いは砕き、バリケードにまで迫っているようである。
だが、ただのビールケースや長机に見えて、中には鉄筋を埋め込んでいるなど、実は細工がされている。一見してわからないために、油断させて時間を食わせるためのトラップであり、そうそう破られはしない。
その間にも次々とオッサンたちがシューターに飛び込んでいき、ドギーも工藤も飛び込んでいた。
やがて、バリケードの破壊音の中にチェーンソーのようなけたたましい音が混ざった。
猶予がない事は誰にも明らかで、慌ててオッサン達はシューターに飛び込んでいく。
残りは二人。
植木と小此木である。
「ところで地下鉄って…水没してるんじゃねぇの?」
「いや、こんな時のために路線を限って排水してある。数年かかったがな。さぁ行け」
「行けって、アンタはどうすんだよ?」
「ワシはギリギリまで食い止めてから追う。決起が間違いだとしても、ここでみなが潰される事が正しいとも思わんからな」
決意の色を滲ませ、拳を鳴らす。
「そこは同感だ。俺も残るぜ」
「これはワシらの不始末。アンタにそこまでしてもらっちゃワシらの立つ瀬がないだろうか」
「立つ瀬がねえなら泳ぎゃいいだろ」
すいすいとゲンゴロウのように手を動かす植木。
「……フッ……ハハハハハハ! ハハハハハ!」
小此木は腹を抱えて笑い出した。
「こんなに気持ちのいい男に会ったのは、いつ振りだろうな」
だからこそ、と続ける。
「……ふんっ!」
「うおっ!?」
植木の腹に張り手が炸裂。
その体は、一瞬宙に浮き、そのままシューターに落ちていく。
「アンタは残させねえ」