小此木健三
肝心の小此木が茫然としている。
「ど、どうしたんです?」
遠巻きに見ていたマスクマンの一人が、小此木におずおずと聞く。
「あ、いや……」
が、歯切れが悪い。
その隙に、壁際からまろび出る植木。
「げほっ……ごほっ……あー痛ぇ」
ダメージはあるようだが、立ち上がれないほどでもないらしい。
首をゴキゴキと鳴らし、再び腕を突き出した。
「……さぁて、続きといくかい?」
「……お、おう!」
小此木は今度こそ植木の手を掴んだ。
それはかつてよく見られたプロレスの力比べそのもの。
「……あれ?」
マスクマンたちが、思わず声を洩らす。
おかしな点が、二つあった。
まず一つ。
組めている事。小此木がオイルショックを解除しなければ組む事などできないはずだ。
もう一つ。
小此木が苦しんでいる事。彼の腕力は電話帳を引き裂くほどだ。
それが、腕を内側に折り返され、苦しむなどあり得ない。
100キロ近い小此木と50キロ強の植木との体重差から言っても、物理的に釣り合うはずがないのだ。
「ど、どうしたんすかボス!」
「う、うるせえ……!」
明らかに、小此木は動揺している。
それが実力を発揮できないでいる理由だろう。
「……く、くっそォっ!!」
小此木は叫んだ。
叫んだが……そのまま力なく手を離した。
「ボ、ボス、どうしたんです!?」
取り巻きがいよいようろたえるが、小此木はうなだれ、答えない。
一瞬の間の後、彼はぽつりと呟いた。
「ワシの……負けだ」
「えっ!?」
「そんな、ボス……怪我でもしたんですか!?」
手下たちが騒ぐが、小此木はやはりうなだれ、動こうとしない。
眉間には、深く苦悶のしわが刻まれている。
「ワシはプロレスラーだ。だからプロレスが出来ない現状に立ち上がった……」
「そうですよ! 立ち上がってください! こんなところで……」
「違う……。そうじゃない。そのワシが……プロレス勝負を挑まれたのに……まともに組めなかったのだ!」
大きくかぶりを振る小此木。その目には光るものがあった。
もちろんそれは脂などではない。
「能力に溺れるあまり、まともに組み合いも出来ず……そんなワシがプロレスを偉そうに語れるのか……? いや、そんなことは出来ん!」
「ボス……」
彼を慕うレスラーたちも肩を落とす。
「ワシは……自分で自分のプロレスを汚したんだ。……人にどうこう言う以前の問題だ……そう、そいつの言う通りよ」
小此木が視線を向けた先には、口笛を吹いている植木の姿。
「風呂入れよ」
「フッ……そうだな。脂頼みは廃業だ」




