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オイルショック

 ドギーが呻き、くず折れる。

「え?」

「は?」

 周囲があっけにとられ、間の抜けた声を洩らす。

 あり得ない。

 ドギーこと土器手浩一郎と言えば、対立する暴走族数十人に囲まれ、一人で全員を病院送りにしたほどの猛者だ。

 この会場にも、かつての舎弟や、現在の銃後の構成員も多い。

 彼の実力を目の当たりにしてきた者たちだし、尾ひれのついた伝説でなく事実であるとも知っている。

 それが、たった一発で倒れるなどあってはならない事だった。

「ぐっ、て、てめえ……」

「世間なめてんじゃねえ。人様を変える前にてめえら自身を変えろバカ」

 植木は再び歩き出す。

 壇上だが、神林は既に土下座しており、アミーゴは動く気配はなく何かをぶつぶつ呟くのみ。

 唯一、小此木が壇上から飛び降り、ファイティングポーズをとった。

「フン、古武道の類か」

「みたいだな。俺自身、よくは知らんがね。体が覚えているらしい」

 肩を竦める。

「なんにせよ無駄なことだァ! この鍛えた肉体に、生半可な打撃なんぞ効果はない!」

 小此木の肉体が、輝いた。

 いや、正確には分泌された脂が照明を反射しているのだ。

 その脂の量は、常人のそれを遥かに超え、まるで頭からバケツでオイルをかぶったかの如くあふれ出していた。

 小此木の錯誤能力「オイルショック」である。

「涙は心の汗たあ言うが、こりゃあ心の脂だな」

 小此木の異様な姿に、植木も思わず声を洩らした。

 オリーブオイルを塗ってレスリングを行う、トルコのヤールギュレシュに似ているが、量が違う。

 もともとは、脂の分泌量が人より少し多いくらいの人間だった小此木。顔のテカリとでこの広さを揶揄される事が昔から多く、それがマスクマンを志した一因でもある。

 そして、国民的ヒーローであった獅子マスクに憧れ、彼に弟子入りし、厳しい練習の末屈強な肉体を得た。

 二代目こそ引き継げなかったものの、脂が多く関節技が掛けられにくい体質ゆえ、一方的に関節技をかけることができ、関節技の鬼として彼を有名にした。

 彼を含め鍛え上げられた肉体美を史上とする獅子マスクの一派は、一時期絶大な人気を誇った。

 しかし獅子マスクも亡くなって久しい。

「フン、違うな。これも涙よ。貴様が何を考えているか知らんが、ワシにはこの世の中に復讐する権利がある!」

 プロレスは半裸である事を問題視され、肉体美を見せるどころか柔道着の着用を義務付けられた。

 となれば柔道着の上からの打撃は視覚的に効果がわかりづらいために、袖や襟をつかんでの投げ技が主体となる。

 結果、柔道との差別化が困難となった。

 おりしも低迷していたプロレス人気がその規制によってトドメを刺された形となり、特に脂の多い体質を利用していた彼は活躍の場を奪われた。

「今やプロレスは風前のともしび。柔道の亜流ショーにすぎん……だが、ワシらレスラーはリングでしか生きられん。ならば力づくでリングを奪い返すのみ」

 絶望が彼の肉体に劇的な変化をもたらし、リットル単位の脂を分泌させる能力を与えたのだ。

 それこそが「オイルショック」であり、彼はそれを社会への復讐に使っている。

 先日も男性ユニットアイドルのライブ生中継に乱入し、全員を脂まみれにするという放送事故を引き起こした。警備員はおろか時代維持部隊も鎮圧にあたったのだが、これらを全て返り討ちにしている。

「無論、プロレスに限った話ではない。男たちは生きる場を奪われた。生ける(しかばね)となるくらいならば、今立ち上がるしかあるまいが!」

 その目には、暗い炎が灯っていた。

「ゆえに、邪魔する奴は許しはせん! 行くぞォ!!」

 小此木が突進する。

 大量の脂を利用して地面を滑り、まるでホバークラフトのごとく、猛スピードで迫る。

 仮にパンチを放ったとして、あの脂の前には効果はあるまい。しかし、投げ技をしようにもつかめないだろう。

 火をつければ燃えるだろうが、それはあまりに卑怯かつ非人道的すぎるし、植木にもそのつもりはない。

 植木は、腰を落として両手を突き出した。

 それはまさに、プロレスラーが組みかかるときの姿であった。

「な!?」

 何より驚いたのは、突進していた小此木である。

 彼は反射的に植木に組みついた。

 それはレスラーとしての本能だったが――

「あっ!?」

 脂で滑って手をつかみ損ねた。

 しかも相当なスピードで突進していたために、体当たりする形となった。

 勢いそのままに、植木をサンドイッチするように壁に激突。

 あまりの威力に建物全体が振動する。入り口付近のビールケースが音を立てて崩れていく。

「植木っ!」

 交通事故を思わせる衝撃に、工藤も思わず叫んだ。

 一方、その様子に歓声を上げる群衆。

 闖入者が撃退されたのだからそれも当然であるが――

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