オッサンホイホイ時代
「いやー、先輩、流石っスね」
「当たり前田のクラッカー……あっ!?」
「時代法違反です。あなたを拘束します」
1999年、巨大隕石が北極に落ち、溶け出した氷によって海水面が上昇。
世界は大混乱に陥り、天文学的被害と被災者を産み、末法の様相を呈していた。
災害への備えは世界一と言える日本は、比較的被害が少なかった。
それでも、混乱は社会システムに大きな影響を及ぼす。
この混乱の時代を生き抜くための新社会が生まれ、それへの適応が余儀なくされた。
即ち、新社会に適応できない者は排除される運命という事である。
新社会に適応できない旧社会の存在――オッサン。
新たに発足した新社会治安維持庁は、オッサンを徹底的に弾圧したのだ。
公私を問わず、オヤジギャグや古臭い事を言った場合、即座に時代維持部隊が出動。
これを拘束し、教育した。
教育を受けたオッサンは、キレイなオッサンとなり、どんな仕打ちにも文句を言わず、小遣いなしでもいつも笑顔、そんなロボットのような存在になってしまうのである。
これはオッサン狩りと呼ばれ、中世魔女狩りを彷彿とさせる恐るべき制度であった。
20XX年、世はまさに、オッサンホイホイ時代。
しかしオッサンたちも、ただ虐げられていたわけではない。
普段は女房子供社会会社上司に笑顔で臣従しながら、地下で反抗組織を結成して行った。
オッサンによるレジスタンス――オジスタンスの誕生である。
その性質上、統一された組織に成り難く、各地に小規模なオジスタンスが乱立しては、新社会治安維持庁に摘発されている現状があった。
そんなオジスタンスの一つ、ビール腹団の構成員二人が、地下水道を走っていた。
汚水ではなく雨水を流すための水路であり、語感に比べさほど不衛生な印象はない。
そもそもここしばらく雨が振っていない事もあり、全面コンクリートのトンネルといった風体だ。
「はあっ……はあっ……こりゃ、きついな……」
禿げあがった頭を持つ一人――工藤が呟く。
「ハア……もう少しで拠点です……ハアハア……頑張りましょう」
脂でテカテカの顔の男――山東が応える。
お太り遊ばせた二人は息も絶え絶えだった。
その手には、さきイカと柿の種、そして缶ビールが入ったビニール袋が握られている。
重大な反逆行為であった。
なぜならば、太ったオッサンがビールを飲むことは、体型維持法に反するためである。
ビールは決められた店舗でコップ一杯を週に一度しか飲む事が出来ない。