プロローグ
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文章を見直し、書き直しました。ストーリーに変更はありません。
「――やっぱ小説は楽しいな」
本屋で大人買いしてきた小説を読み漁っていた俺は、心の声が独り言になるほど高揚していた。
今、読んでいるのは、最近流行りの異世界転生もの。
チートスキルや内政チート、あるいは生産チートを活かし、面白おかしく異世界生活を満喫する話だ。
「やっぱり、魔剣や聖剣がほしいな、、、」
主人公が迷宮から、魔剣を手に入れたシーンを読んでいて、そのかっこよさに心を惹かれた。
――聖剣、魔剣、神槍、、、
武器というものは、男心をくすぐる不思議な魅力を持っているのだろう。
「そういえば、、、」
武器で思い出したが、俺の身近な人に武器に関わる人がいたことを思い出した。
ちょうど、買ってきた小説も全部読み終わったところだし、都合も悪くない。
「――爺さんとこ、行ってみよう!」
俺の祖父は代々刀匠を継いできた14代目にあたり、なんと人間国宝に指定されていたりする。
魔剣や聖剣なんかは空想の産物だが、普通の剣くらいなら打たせてもらえるかもしれない。
「そうと決まったら、善は急げ、だ」
◇◆◇
結論から言うと、すぐには剣打たせてもらえなかった。
理由は、刀を打つ腕も未熟なのに、剣を打つなんてとんでもないとのことだった。
もともと、俺は爺さんから刀匠としての腕は見込まれていて、小さい頃はよく修行させられていた。
それもいつからか、自然にやらなくなってしまったのを爺さんは落ち込んでいた。
そこに、俺が急に刀を打たせてくれと行ったものだから、爺さんは『ついに孫が後を継く気になった』と、歓喜の涙を流し、自分の持つ技術をすべて俺に継がせると言っていた。
「――まあ、学校にも行かず、オタクの道を突き進むよりは健全かな?」
俺は、中学に入ってすぐ結構ひどいいじめを受け、非登校になった。
それからは、外にも本やゲームなどを買いに行くときなど最低限しか出ず、両親も心配していた。
それだったら、俺が爺さんの後を継いだほうがいいだろうと、両親も特に反対はしなかった。
なので、俺は爺さんのところで暫く修行することにした。
「もしかしたら、異世界に転移することがあるかもしれないし、その時に刀を打つ技術はきっと無駄にならないだろうし」
こうして、俺は再び祖父に刀匠としての技術を叩き込まれることになった。
――本当に異世界に行くことになるとは、この時は思いもしなかったが
◇◆◇
刀匠になるための修業を始めて5年が経った。
一応、爺さんも認めてくれるぐらいには刀を打てるようにもなったし、こっそり剣を打ったりはできるようになった。
学校にも最低限しか通わず、ほとんどの時間を刀を打つことに使える期間を5年も過ごせばこのくらい出来るようになるだろう。
それでも、人間国宝である爺さんに比べればまだまだ、未熟ではあることは自分でも実感している。
爺さんが言うには、「技術は申し分ない、ただ刀を打つ時の心が籠っていない」とのことだった。
――まあ、もともとまともな理由で始めたわけなのだから仕方ない、、、
一方、学校の方は卒業式を迎えた。
中高一貫の学校で、最低限の単位を取るようにはしていたため、なんとか留年せずに卒業はできることになったのだ。
「――あんまり、気は乗らないけど、卒業式くらいは行かないとな、、、」
久しぶりに、学校指定の制服に袖を通し、いまだ通いなれない学校に向かった。
――最後のいじめが待ってるとは知らずに、、、
◇◆◇
「――目障りなんだよっ!」
「かはっ、、、」
大柄の生徒――剛田――に肩を押され、俺の体はフェンスに当たり痛みを訴えた。
思わず、剛田を睨み返すが、剛田はそれが気に入らなかったらしく、
「『かじし』のくせに生意気なんだよっ!!」
うずくまっている俺の腹に向かって、剛田が思い切り蹴りを入れてきた。
「――ぐはっ」
体格のいい剛田の蹴りはかなりの衝撃で、肺に残っていた空気が呻きとなって口からでる。
あまりの痛さに、目元に涙が溜まるが、そんなことを考慮するやつではない。
剛田は、まだまだ気が収まらず、さらに蹴り追加してくる。
そのたびに、俺の体はビクッ、ビクッと、小エビのように跳ねる。
「――お、おい、、、剛田。そろそろやめないと、そいつまずいことになるぜ」
意識が薄れてきて、あいまいな状況把握しかできなくなってきた。
その俺の惨状は、どうやら剛田の取り巻きが思わず止めに入るほどらしい。
「は、関係ねえよ!」
止めに入った取り巻きを振り払い、剛田は俺の胸倉をつかむと、無理やり立たせてきた。
「卒業したら、コイツとはおさらばだからな、今までの鬱憤を晴らすんだ、よ!!!」
先ほどまでとは違う、重心をのっけた本気のパンチが俺に向かってくる。
剛田の拳が、俺の顔にクリーンヒットし、俺の体は吹っ飛ばされる。
――そう、、、 吹っ飛ばされた。
衝撃に耐えきれなかったフェンスは破れ、俺は空中に投げ出されていた。
驚愕に染まる、剛田と取り巻きの顔を見ながら、俺は重力に従い下に落ちていく
「――ああ、、、 これで、俺は死ぬんだなぁ」
――俺は諦めの気持ちと共に、落下の衝撃を待った。
◇◆◇
「――あれ?」
落下の衝撃は思ったよりも小さいものだった。
と、いうより、、、
「死んで、、、ない?」
屋上から落ちたのにも関わらず、俺の体に痛みはなかった。
違和感を感じ、俺は自分を顔に触れた。
剛田に殴られ、腫れていたはずの顔はやはり、なんともなかった。
「どういうことだ?」
確認のため服をめくり、蹴られた腹を見てみるが、やはりなんともない。
痛みすら、嘘のように消えている。
「――マジでどういうこと?」
不思議に思って首を傾げた俺は、いまさらながらあることに気づいた。
「――森?」
そう、俺は学校の屋上から落ちたはずなのに、なぜだかわからないが森にいた。
「このままじゃ、埒が明かないな」
しばらく放心していたが、気持ちを切り替えることにした。
――てか、もしかした異世界に転生した可能性もあるしな!
オタクの精神というのは、こういう時に役に立つみたいだ。
「――ん?」
立ち上がろうとして、体制を変えると、制服の内ポケットから、白い紙きれが覗いているのが目に入った。
こんなもの、入れてなかったはずだけど。
「手紙?」
俺は疑問に感じつつも、手紙を開いた。
唯一の手がかりであろうそれを、確認のために声に出しつつ読み上げる。
『屋上から落ちて、それはもうスプラッターな死に方をした加治 志郎様へ』
――ぐしゃ。
オーケイ、オーケイ。落ち着いて続きを読もう。
『あまりにもかわいそうだったので、オタクの加治様に喜んでいただこうと異世界に転移させました』
――きたーーーー!
『異世界転移者セットとして、【言語翻訳】【簡易マップ】【アイテムボックス】をお送りしました。』
――定番のスキルだな。
『では、新たな人生をお楽しみください』
――え?
――これだけ?
チートスキルは?
続きを読もうにも手紙には、これだけしか書かれていなかった。
屋上から落ちて死んだのはしょうがない。
異世界に転移させてくれたのは、すっごく嬉しい。
ただ、、、
「異世界もので、チートスキルなしとか、だめでしょーーーー!」
――俺の魂の叫び声が、森に木霊した