9.同行
なんとなく成り行きで、同行を願い出てしまったルカ・ルー。
不思議と相手に悪いなぁ、という感情は湧いてこない。
ギルバートが嫌そうな素振りを見せなかったからか。
ついわがままを言ってしまったことに、後から気が付いた。
(なんかすごく頼りになりそうな、おじさんだなー)
自分より年上の男性は、ルカ・ルーから見れば全部『おじさん』
村にいた頃は年上しか居なかったので、年上男性と話すのは嫌いではなかった。
「私はベアバレー村のルカ・ルーと言います。風弓というのが呼び名です」
「む、俺も名乗っておこう。ギルバートと言う、よろしく」
「ご迷惑をおかけします」
「とりあえず、もうすぐ出発するけど、君は準備とかいいのか?」
「はい。私は大丈夫です」
ギルバートは座ったまま、魔法鞄から金属製のグローブとヘルムを取り出す。
身に付けている鎧とお揃いの重装備。
手馴れた様子で、不備がないか点検していく。
問題がないのを確認し、この場では身に付けずに魔法鞄に戻した。
続いて剣を1本ずつ魔法鞄から取り出して、刃こぼれなどが無いかを確認。
数本の剣を一通り点検してから、一息入れた。
「何回確認しても、直前まで道具の事が気になってね、癖なんだ」
「分かります。私のお師匠様も言ってました」
「なんて?」
ルカ・ルーは急に背筋をピンっと張り、顔をしかめた。
師匠の口調を真似て話しだす。
『実践での重要度は、戦闘が1に対して準備が100じゃ!』
「なるほど。いい師匠だ」
「ありがとうございます」
ルカ・ルーのコロコロ変わる表情を見て、思わず苦笑してしまう。
師匠が褒められて、ルカ・ルーはうれしそう。
「道具の準備や手入れをきちんとしないやつは、俺は絶対に信用しない」
「100%同感です。自分の命を預ける物ですからね」
◇ ◇ ◇ ◇
しばらく剣を見つめていたギルバートは、納得ができたのか剣を魔法袋に収める。
それからゆっくりと立ち上がり、ギルドの受付に向かう。
資料を集めて戻ってきたアンジェリクが、受付で待っていた。
ルカ・ルーも立ち上がって移動。
でしゃばらずに壁を背にして待つ事にした。
「アンジェ、教えてくれるか?」
「はい。今、飛鷹騎士団に所属している指名手配者は4人よ。これがその手配書」
「んむ、少し見せてもらう」
「おそらくこの他にも、逃げ込んでいる犯罪者とかいると思うよ」
「なるほど、これ全部捕まえればかなりの金になる」
「だね、賞金稼ぎの腕が鳴るってところかな?」
「いやあ、無理する気はない。やばそうなら逃げちまうかも」
「なんとか退治してもらえると、こちらは助かるんだけど・・・・・」
「まあ、できるだけがんばる、アンジェ、お茶代はつけといて」
「はい、了解」
ギルバートはアンジェリクに手を振って、受付から離れる。
彼が出口に向かったのに気付き、ルカ・ルーが近寄っていく。
(意外と指名手配が多かったな)
(あの有名な『火炎地獄』が居るとは思わなかった)
ギルバートは指名手配者のことを考えながら、ルカ・ルーを振り返る。
散歩にでも行きそうな、のんびりした雰囲気だったので、やや不安になった。
来るな、とも言えずになんとなく話しかける。
「君は武器は何を使うんだい?」
「私は弓と短剣です」
「風弓ってことは魔法は風使いか」
「そうなんです」
二人が話しながら出口に向かうのを、アンジェリクは不思議そうに見送った。
◇ ◇ ◇ ◇
ギルバートが先頭となり、扉を押してギルドから出ていく。
ルカ・ルーが後を追い、通りに出てから追いついて横に並んだ。
「ギルバートさんの通り名は、鉄壁って言うんですね」
「んーと・・・・・正確にはちょっと違うけど、鉄壁と呼ばれることが多い」
「本当はなんて言うんですか?」
ルカ・ルーに問われて、ギルバートはどう答えるか、一瞬考えこむ。
彼女のここまでの態度と言動を考え、ちゃんと答えるべきと判断。
「正しくは『鉄壁堂々』って言う」
「そうなんですか、男らしいですね」
『鉄壁堂々』と聞いても、特別な反応がなかったことを、彼はやや意外に思う。
この二つ名はかなり有名なので、知らない人に名乗ると驚かれることが多かった。
彼は不思議に思いながらも、嫌な感触は持たなかった。
特別な感情も見せずに、自分に普通に接してくる状況が新鮮だった。
ギルバートは無意識のうちに笑顔になっていた。
そしてルカ・ルーの速度に合わせて歩くようにした。
並んで一緒に歩くのが、気に入ったのだ。
彼はすごく気持ちが落ち着くのを感じていた。
「あの聞いてもいいですか?」
とルカ・ルーがギルバートの方を向きながら、話しかける。
「ん?」
「ギルバートさんって、ものすごく体が大きいですよね?」
「まあ、大きい方か。呼び方はギルでいい」
「あ、そんじゃぁ、ギルさんと呼ばせてもらいますね。私は風弓でもルカでもいいです」
「んじゃ、まあ、風弓さんと呼ぶか」
ルカ・ルーはいたずらっこのように、目をクリっとさせて質問をした。
我慢できずに聞いちゃった、という雰囲気全開。
ギルバートも話しやすいように、呼び名の交換を持ちかけた。
「そんだけ大きくて」
「ん?」
「そんなに重そうな装備を身に付けていると、窮屈じゃないですか?」
「んー、そんなことはない、もう慣れてる。こうやってガッチリ固めておかないと逆に物足りない」
けっこう失礼な事を、ルカ・ルーは口にしている。
でも、ギルバートはなぜか、嫌な感じは全く受けなかった。
むしろ若い女の子にはそういう風に見られるのか、と興味深く話を聞く。
「体を締め付けすぎて、動きにくくないですか?」
「全然、力があるからね。そうは見えない?」
「いえ、体の動きは全く不自然には見えませんよ。ただ・・・・・」
「うん?」
「体の周りを固めすぎると、心に悪くありませんか?」
ギルバートはびっくりして、ルカ・ルーの顔を見直す。
陽の光をたっぷり浴びた若者の顔は、あくまでもくったくがない。
とても心を育てる事に、気を配っているようには見えなかった。
しかしギルバートは慎重に応える事にした。
「むずかしいところだな。自分としては逆にビシっと引き締まる気がする」
「ふむふむ」
「いつでも戦える気構えができて、何事にも積極的なれる」
「そうですかぁ、そんなふうに感じるんですね」
「君も、もうちょっと体を守れる装備を身に着けたら?」
ルカ・ルーの冒険者っぽくない軽装備を見ながら、ギルバートが助言する。
「でも・・・・・あんまり体の動きを制限しちゃうと、心に良くない気がします。自由が足りないというか・・・・・」
「んー、そういうもんか」
「あー、私のお師匠さんの受け売りなんですけどね。弓士は俊敏性が命だと教えられました」
「なるほど。動けない弓士じゃ、確かにいい的だ」
「ですよね」
「まあ、、逆に、俺らはガッチリと、身も心も固めてナンボだから」
◇ ◇ ◇ ◇
ルカ・ルーは楽しそうに話を続ける。
「ギルバートさんは、多くの人と戦ったんですよね?」
「ん、それが商売」
「たくさんの人を殺しました?」
「んー、そうだな。ヤルかヤラレルかだ、実際の戦場は」
ルカ・ルーはいざとなったら人を殺せるか、少し前から考えていた。
頼りになりそうなギルバートに会って、気になっていた事をつい聞いてしまう。
「殺さなきゃ、殺されるわけですね。狩りでも同じです」
「それが世の中の理だから」
ギルバートはもっともらしい事を言ってしまう。
ちょっとおじさんくさかったかな、と考える。
「私も冒険者になったんだから、人を殺す機会はあるんだろうなぁ」
「嫌ならやらなくてもいい」
「そうなんですか?」
「んむ。人を殺す必要のない依頼ばかり選べばいい」
「そういうことかー」
「ただ護衛の依頼だと、盗賊を殺さないといけない」
「絶対に?」
「その場合は必要。殺さないと、なんで殺さないのだと仲間に恨まれる」
「あー。そうなりますね、確かに」
ルカ・ルーは自分はまだまだ分からないことが多い、という事実を再認識。
「君はまだ人と戦った事がないのか?」
「戦った事はありますけど、他人を殺した事はまだないです」
「そうか。最初は確かに気持ちいいもんじゃない」
「生きていくためには仕方ないですよね。がんばってみます」
「んー。そんなに肩肘張らなくても、そのうち嫌でも、殺らなくちゃならなくなる」
「そうですよねぇ・・・・・」
ルカ・ルーは遠く見ながら独り言のようにつぶやく。
この娘は戦闘に向いてないのだろう、という印象を受けるギルバート。
「殺さなきゃ、殺されるから、殺す・・・・・か・・・・・」
「そんなもん、と割り切るのが一番」
「でも」
「ん?」
「そういうのって、ちょっとさもしいですね」
彼女の言いたい事が、ギルバートにはなんとなく分かった。
(やっぱり若者は純粋だけれど甘いなあ)
(自分もそうだったかな)
心の中で、やれやれとつぶやく。
「あんまり甘いこと考えてると、君、あっさり死んじゃうぞ」
「そんなに甘くは考えていませんよ」
「今だってなんか無防備だし。もっと普段からビシッとしていなきゃ、俺みたいに。いつどこで敵が現れるかわからんよ?」
「確かにそうですねぇ。勉強になります」
ルカ・ルーは彼の話を聞いて納得。
まじめな顔をして、うなづいている。
ちょっと間をおいてから、チラっとギルバートの方を向く。
そしていたずらっ子の様に、ふふふっと笑顔を浮かべた。
ギルバートは自分がからかわれたと思ったのか、ややムッとする。
「む。何かおかしかったか?」
「いつも気が張り詰めているのなら・・・・・夜、寝る前に、装備を脱いで気を抜いたら・・・・・」
「ん?」
「布団の中で、どんだけダラけてしまうのか想像して、おかしく感じてしまいました、すみません」
「・・・・・」
◇ ◇ ◇ ◇
図星だった。
普段気が張ってる分、寝る時は反動でかなり緩む自分を感じる。
装備をはずしてダラけている自分を覗かれた気がして、一瞬、あっけにとられた。
「あはは。君は面白い事考えるな」
気を取り直して、ギルバートが笑う。
「ギルさんは、有名な剣士さんなんですよね?」
「まあ、ある程度は名が知られている」
「片目の虎人剣士って見たことありますか?」
「片目の?んー、ないな」
「そうですかぁ」
「さっき言ってた、親の仇か?」
「はい」
ギルバートは他人と肩を並べて歩いているのが、実に不思議な感覚だった。
今までは大きな集団の中か、単独での行動がほとんど。
仕事以外で他人と二人で親しげに話すことも、数えるほどしか経験がなかった。