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44.デバッファー


用事を済ませてから、ダニーチェク宿屋に戻ったルカ・ルー。

ベッドに座って、買ってきた毒薬をやじりに塗りつける作業を行っていた。



(毒、使うの久しぶりだな)


(矢筒の中に、毒が溜まっていくような気がして、嫌なのよねー)



彼女の弓士専用の軽装備の右ポケットは、魔法の矢筒になっている。


右手を入れると思った本数の矢が、掴み出せる仕組み。

そこには矢が数百本入っている。


魔法鞄と同じように、『収容』の魔法が掛けられているのだ。

多くの弓士が同じ様な装備を、身に付けていた。


実際に毒を塗った矢を入れても、その中に毒が溜まることはない。

だが、なんとなくポケットの中が汚れる気がするので、彼女は好まなかった。



(でも、そんなこと言ってられない)


(しっかり、たっぷり塗るっと)


(銀矢さんたち、しっかり働いておくれよー)



心で矢に話しかけながら、作業を進めていく。

ある程度の数、毒矢を完成させる。


それらを矢筒のポケットに詰め、少し練習をすることにした。



立ち上がって右手をぶらんとさせる。



(毒、3)



サッと右手を軽装備ズボンの右ポケットに入れて、矢を掴む。

矢を番えるように右手を振り上げると、矢が3本握れていた。


確認するとちゃんと毒矢だった。

それを右ポケットに仕舞いこむ。



(銀、5)



同じように5本の銀矢を取り出した。

全部、毒の付いてない普通の矢であることを確認して一安心。



(さて、もうちょっと毒を塗って入れておこうか)



再びベッドに腰掛け、やじりに毒を塗る作業に戻っていった。






◇ ◇ ◇ ◇





夕方になり、辺りが薄暗くなり始めていた。



コンコン



(ん?)


(なんだ?)


(あ、このパターンは・・・・・)



誰かが窓の外から、木戸を叩いていた。

ピンときたルカ・ルーは、すぐに返事をする。



「はーい」


「あたしよ、あたしっ」


「黒百合さんですか?」


「そうよー、開けておくれー」



ルカ・ルーが木戸を外に向けて大きく開く。

リリー・エフが勢いよく、そこから室内へと踊りこんできた。



「約束どおり来たわよ。お金は手に入った?」


「うん。ちゃんと取って置いてありますよ」


「おお、いい子ねぇ。うふふふ」



ルカ・ルーは鎧の裏側から銭袋を出して、中を見る。

前もって寄せていた、リリー・エフの分を取り出して渡した。


リリー・エフはお金を受け取ると、数えて笑顔が浮かぶ。



「こんなに、貰っちゃっていいの?」


「はい。褒章金と獲得品の半分が、ギルさんの取り分で、残りの半分を私と黒百合さんで分けました」


「ふむふむ。納得だわ。ありがとね!」


「いえいえ、私も肩の荷が下りました」


「ふふふ」



リリー・エフが手を伸ばして、ルカ・ルーの頭を撫でる。

お互い笑い合い、くつろいだ雰囲気。



「なかなか来ないから、もう街から出発したのかと、思っちゃいました」


「予定ではとっくに、出てるはずだったんだけどね。今、問題になってるドラゴンのせいで、出発を見合わせているのよ」


「あー、そうか、グランドパレスに向かう街道の傍ですからね」


「危険を承知で通り抜けてく商人も、居るらしいけどね。うちは安全策で様子見」


「今日、討伐失敗しちゃってゴメンなさい」


「あ、やっぱり、鉄壁とあんたも関わってるんだ」


「はい、参加してました」


「なら、私も行きたかったなぁ。つってもドラゴン相手じゃ出番ないか」



リリー・エフは窓の方に体を向けて、窓枠に手を掛けて寄りかかる。



「黒百合さんって、闇魔法が得意なんですよね?」


「うん、向いているからね。うちらの種族魔法なんで」


「デバフって掛けられます?」


「へ?防御力低下とか、攻撃力低下とか?」


「はい」



昼間のギルバートの話を思い出し、思わず聞いてしまうルカ・ルー。



「私には無理ね。あんまりスキルの事は、広言したくないんだけど、あんたならいいか」


「ごめんなさい、失礼ですよね」


「いいって、いいって。あたしが得意なのは結界と睡眠ね。どっちもちょっとしたもんよ。あと、短剣もうまいのよ。今度、勝負してみる?」


「あはは。絶対、かないませんから」


「そんなことないでしょ。あんた強かったし」



ルカ・ルーは思わず苦笑い。



「そんじゃ、闇魔法でデバフを掛けれる知り合いは、いないですか?できれば近くに」


「ん?デバッファーを探してるのかい?」


「はい」



リリー・エフが逆に聞き返す。

ルカ・ルーが思ったよりも、切実な雰囲気になってきていることに気付いた。



「えーと、引退してるけど強力なデバフ使える人、なら知ってるけどね」


「え!居るんですか!」


「うん、うちのオヤジだけどね」


「ええっ。テオさんがデバフを使えるんですか?」


「そそ。テオが得意な闇魔法が、デバフと麻痺かな。探索もか」



精霊の魔法の探索と同じ様な原理で、闇魔法の探索もある。


ルカ・ルーはテオドールがデバフが使えると聞き、しばし考え込む。



「もしかしてドラゴン討伐に、デバッファーが欲しいの?」


「そうなんですよね」


「うーん。テオはもう年で、引退してるからなぁ」


「他に現役で使える人は、いませんか?」


「王都に行けば、昔のツテでいるんだけどねぇ」


「そう都合よくは行きませんよねー」


「テオのところに行って聞いてみる?」



ルカ・ルーがいかにも残念そうだったので、リリー・エフは提案してみる。



「行って、テオさんに迷惑じゃないですかね?」


「んー、そんなことないんじゃない?飛鷹騎士団の討伐を感謝してたし」


「そうなんですかー」



リリー・エフがにこりと微笑む。



「まだ時間も早いし、今から行ってみる?」


「もしよければ、お願いします」


「んじゃ、案内するから準備してね」


「分かりましたー」



ルカ・ルーはとりあえず矢をまとめて仕舞い、毒の瓶を魔法鞄に入れた。

一通り準備を終え、リリー・エフと共にダニーチェク宿屋から出て行った。





◇ ◇ ◇ ◇





しばらくして、ソワイエ商隊の定宿に二人は現れた。

リリー・エフが先行して、ルカ・ルーを引き入れる。


部屋にはテオドールが居たので、さっそく話を持ちかける事になった。



「テオさん、ちょっとお話を聞いてもらえますか?」


「風弓さん、お久しぶりですね。飛鷹騎士団の討伐、助かりましたよ」


「いえいえ。黒百合さんと一緒にやったので、こちらも助かりました」


「ほらねっ。あたしもちゃんと、手伝ってたでしょ!邪魔なんかして無いんだから」


「おめーは、手伝いといいながら、鉄壁さんから、お宝ちょろまかしただろうが!」


「あれは正統な報酬だっての」



テオドールは渋い顔をしながらリリー・エフを睨む。

しかしすぐにルカ・ルーに目を戻し、顔付きを緩める。



「テオさん、ちょっとお願いがあって、今日は来たんです」


「はい。聞きましょう」


「実は、今日、ドラゴン討伐に失敗しまして・・・・・」


「ああ、うまくいかなかったらしいですね。あれに風弓さんも参加してたんですかい」


「そうなんです。大勢で行ったのにうまくいかなくて悔しいです」


「ファイヤードラゴンって聞きましたよ、すごい攻撃力だったでしょう?」


「はい。一時壊滅しかけて、持ち直したんですが、結局、ブレスにやられてしまいました」



ルカ・ルーが戦闘の様子を話すと、テオドールもリリー・エフも興味深そう。



「ああいう大物は、デバフをバッチリ掛けないと、きついんですよ」


「テオさん、ドラゴンと戦った事あるんですか!」


「ああ、王都に居た頃は、騎士団に借り出されてね。よく討伐に参加したもんですよ」


「近々リベンジマッチすることになるんですが、ギルさんが、デバフが必要だと言い出して・・・・・」


「む、今日はデバッファーなしで、行ったんですかい?」


「今、デバフを使える人がウイングボーンにほとんどいなくて・・・・・」


「なるほど。デバフなしだと厳しいですなぁ」



テオドールは腕組みをしながら、顔をしかめる。



「テオさんっ!リベンジ戦のお手伝いをしていただけませんか!」


「俺がですか!・・・・・うーん、今更ドラゴン討伐とか・・・・・」


「テオッ。いいじゃん、手伝ちゃおうよ。飛鷹の件でもお世話になったんだし」


「できる事なら、手伝うのはやぶさかじゃないんですが・・・・・うーむ・・・・・」


「他にデバフを使えるお知り合いとか、居ればいいんですが・・・・・」


「知り合いも皆、年食ってるんでねえ、すぐには思い浮かばないですなあ」


「明日、ギルドで作戦の話し合いがあるんですけど、テオさん、参加してもらえませんか?」


「それは、鉄壁さんが中心になる感じですかい?」


「はい」


「なら、行ってみますか。参加すべきかどうかは、悩むところですが、デバフ関連でのアドバイスはできるかもしれませんな」


「ぜひ。お願いします!」


「面白そうだから、あたしも行っていい?」


「はい、お知恵を貸してください!」



テオドールは思案気に、リリー・エフは楽しそうに頷くのであった。





◇ ◇ ◇ ◇






翌日の昼前に、ルカ・ルーは再びソワイエ商隊の定宿を訪れた。

そしてテオドールとリリー・エフの二人を引き連れて、冒険者ギルドに向かった。


ダークエルフの二人は、いつもの街着と少し違う装備を身に付けていた。



「戦闘用の装備ですか?」



ルカ・ルーが聞く。



「ああ、昔使っていたのを出してきましてね。まあ、動きやすけりゃなんでもいいんですがね」


「へへ、あたしも、懐かしい装備、着てきたわ。久しぶりに着ると、身が引き締まるわー」


「そうなんですかー、私は最初から、こればっかりです。体の成長に合わせて、治しながら使ってます」


「装備なんて、そんなに換えるもんじゃないよ。慣れたのが一番だわ」


「ですよねー」



雑談しながら歩を進める三人。

やがて冒険者ギルドの到着する。


ルカ・ルーが先頭で、ドアを開けて入っていく。

入ったところで見回すと、カウンターに居たマルティナと目が合った。


ルカ・ルーはダークエルフの二人に向き直り、話しかける。



「テオさん、黒百合さんは壁のところで待っていてください」


「あいよー、あ、私のことはリリでいいよ。うちらもルカさんって呼ぶね」


「はい。んじゃ、リリさん、ちょっとお待ちを」



ルカ・ルーは二人から離れて、カウンターに向かう。



「ティナさん、ギルさんって、もう来てますか?」


「先ほど来てましたよ。今は、会議室に入ってると思います」


「申し訳ないんですけど、呼び出してもらえませんか?相談したい事があって・・・・・」


「いいですよ。個室も使いますか?」


「できればお願いします」



マルティナはカウンターから離れて通路に向かう。

ルカ・ルーはソワイエ商会の二人を迎えに行った。



「テオさん、リリさん、こっちです。今、ギルさんが来てくれるので、相談しましょう」


「はい、分かりました」


「鉄壁・・・・さんと直接話すのか。呼び捨てしそうでヤバい、ふふ」


「おい、リリ。おめー失礼な事するんじゃねえぞ」


「分かってるって」



二人は小声で話しながら、ルカ・ルーの後ろについて歩く。

マルティナの案内に従って、会議室の傍の中くらいの個室に入った。



「こちらでお待ちくださいね」


とマルティナ。



「はい。お願いします」



ルカ・ルーが答えて、三人でソファーに座り込んだ。

マルティナが出て行った後、雑談をしながら待つ。


しばらく経って、ドアがコンコンと叩かれた。



「はーい」


「おじゃまします」



マルティナがドアを開けて入ってくる。

その後ろから、ギルバートも姿を現した。



「ギルさん、来させちゃってゴメンなさい」


「いや、いい。なんか話があるんだろ?」



ギルバートは答えながら、ダークエルフの二人を見る。


おや、っという表情。


目が合った瞬間、テオドールがぺこりと頭を下げた。



「ギルさん、こちらソワイエ商隊のお二人なんですが、デバフが使えるそうなんです」


「鉄壁さん、こんにちは、この前の結界の時はどうも」



リリー・エフが笑顔で挨拶をした。



「この前のダークエルフか。あん時は、世話になった」


「いえいえ、こっちもいい物、頂いたんで感謝ですよ」



会話しながらも、ギルバートの目はテオドールから動かない。



「それでね、ギルさん・・・・・」


「んっ、ひょっとして、疾風のテオさんじゃねえか?」



ルカ・ルーが話を始めようとすると、遮るようにギルバートが声を上げた。



「えっ!ギルさん、テオさんのこと知ってるの?」


「ん、王都で騎士団やってた頃、いろいろ世話んなった」


「ほえー、そうだったんだ」



ギルバートが気付くと、テオドールはにこりとして再び頭を下げた。



「鉄壁さん、覚えて貰えてたとはうれしいですな。あの頃は世話になりました」


「いや、裏の仕事をさんざんやって貰って、助かったのはこっち。見覚えのある諜報部隊の装備を着てるから、気付いた」


「騎士団とうちは表裏一体だったですからねえ、あの頃は」


「ん、まさかここで、また会うとは。そういえばドラゴン討伐も一緒にやったな」


「やりましたのう。もっともわしはデバフだけでしたが」



ギルバートは腕を組んで、顎を撫でた。



「テオさん、今回、手を貸して貰えるのか?」


「うーむ、わしはもう引退してましてな。戦闘なんて何年もやってない」


「力が落ちたのか?」


「どうでしょう。魔法そのものは、そんなに変わらんと思いますが、すぐ魔力がなくなるようになりましたね」


「まあ、体力も魔力も、年とともに落ちてくるから」


「あたしが、魔力を補充すれば持つんじゃない?」



リリー・エフが口をはさむ。



「ああ、お前がチャージしてくれれば、けっこう持つな」


「テオさん、街の近くのドラゴンが、危険なのは分かるよな。なんとか手を貸して貰えると助かるんだが?」


「うーむ、どうしたもんかな、あまり自信が無いんですが・・・・・」


「テオッ。やろうよ。久々の大物との戦闘だよ。ワクワクするじゃないの。諜報部隊をクビになってから楽しい事、ちっともないんだもの」


「お手伝いをしたい気持ちはあるんですがね、逆に足引っ張る可能性もね・・・・・」


「だいじょぶだって、鉄壁さんやルカさんが一緒でしょ。この人たちすごく強いよ。私が保証するって」


「ちょっと、考えさせてくだされ・・・・・」



テオドールはソファに深々と座ると、腕を組んで目を瞑った。

ギルバートはその様子を見ると、その向かいのソファーにどすんと腰を下ろした。



「ギルさん、話し合いの参加者は、みんな揃ってました?」


「いや、何人か、まだ来てなかった」


「ふむふむ。あ、そういえば、大盾は手に入りました?」


「ん、それは結局、リシャさんが手を回してくれた」


「リシャさんが、買ってくれたの?」


「違う、ローゼンハイン伯爵に話を持っていって、親衛騎士団の装備を借りてきた」


「へー」


「騎士団で使用する物の中で、一番大きくて丈夫な盾を3枚貰ってきた」


「いいですねー」


「前衛で3枚並べれば、ブレスの防御もしっかりできそう」


「うんうん」



ルカ・ルーとギルバートが話しているそばで、テオドールは動かない。

リリー・エフはテオドールの耳元で何かささやいている。

手伝うよう勧めているのか。


少しして、テオドールは意を決したように、体を起こした。



「ギルさん、手伝わせてもらいましょう。腹は据わりました」


テオドールが低い声で告げる。



「テオさん、すまん。恩に着る」


「テオさん、ありがとうございます。そんじゃぁ、これから一緒に会議室に行きましょう」


「分かりました」


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