43.作戦会議
ファイヤードラゴン討伐戦が行われた翌日。
主要メンバーが冒険者ギルドに集まり、朝から会議が開かれていた。
前日の討伐失敗を受け、善後策を講じるためだ。
参加者は冒険者ギルドからリシャール、ローペ、アンジェリク、マルティナ。
逆風ウインドの二人。
大地の鼓動からはフィリーネ。
前日参加した各パーティのリーダー。
怪我をしたノアハルトも、あちこちに包帯を巻いた状態で出席していた。
部屋の中の雰囲気は、あまりよくない。
どうしても前日の失敗を引きずっていた。
「さて、だいたい集まったから、話し合いを始めるか。ロペ、進めてくれ」
「はい。それでは今日は、私が進行役をやらせていただきますね。まずは皆さん、昨日はお疲れ様でした。残念な結果に終わりましたが、死者が出なくて、ほんと良かったです」
ローペは場の雰囲気を和らげるため、努めて明るく話し始めた。
「今日の話し合いの内容は、昨日の反省と今後の方針に関してです。まぁ、反省と言っても、指揮を取っていたレオさんは怪我で欠席だし、途中まではうまくいっていたようですので、今後の方針が主となります」
「ファイヤードラゴンを、このままにしておくわけにはいかんからな」
「ギルド長の言うとおり、近々リベンジ戦を行う必要があるのは確実です。ただ、今回の戦闘で、怪我人も多く出たので、戦力の練り直しが迫られています」
「だな」
リシャールは大きく頷きながら、ぼそりとつぶやいた。
ルカ・ルーは話を聞きながら、うんうんと頭を縦に振ってうなずいている。
ギルバートはいつものようにそっぽを向いて、ぼーっとしていた。
「昨日の戦闘に関して、意見のある方いますか?」
「はい」
大地の鼓動のフィリーネが挙手。
「フィリィさん、どうぞ」
「今日は参加できないレオポルドに変わって、私が意見を述べさせていただきますね。まずは、昨日は討伐がうまく遂行できず、申し訳ありませんでした」
「レオさんのせいじゃないよっ」
「そうだ、作戦は悪くなかったよな」
一緒に戦ったリーダーたちが、フィリーネを励ます。
「不測の事態が起こったにしろ、失敗したのは事実なので残念です。作戦的には大筋は悪くなかったと思ってますが、ワイバーンの存在を軽視してしまったのが悔やまれますね」
「3匹で全部だと思い込んでたのが、まずかった」
「斥候がファイヤードラゴンに集中しすぎてたな」
「だが、ドラゴンを見慣れてないから、どうしてもそっちに注目せざるを得なかったしなぁ」
「どの斥候も、みなドラゴンに気を取られたのは、しょうがないんだけど、軽率だったかも」
各リーダーが反省点を話し出す。
「ワイバーンが突っ込んできた後の対応がなぁ」
「みんな慌てちまったな」
「すぐに前衛がタゲを取ってれば、なんてことはなかったんだ」
「まぁ、結果論だろ、今更言っても」
「絢爛がヘイト管理できねーから・・・・・」
「何をっ!おいらが悪いってのか!」
皆がチラチラとノアハルトを横目で見ながら、意見を言う。
名前を出されてカッときたノアハルトが、声を荒げた。
「まぁまぁ。ここで誰が悪いとか、そういうのは止めましょう。力を合わせないと、絶対にドラゴン討伐なんて無理なんですからね」
「だけど副ギルド長、他を無視して勝手に攻撃するやつが居れば、うまくいくもんもいかなくなるでしょ」
「それは、俺の事を言ってんのかっ!」
「ああ、そうだよっ!お前が足引っ張ったせいで、レオが怪我したんだぞ!」
「うるせー!!ちゃんとタゲを取らねえ前衛が、だらしねえんだろっ!」
「なんだとっ」
リシャールがすっくと立ち上がる。
「ここで喧嘩するヤツは、つまみだすぞっ!誰が悪いとか、そういう話はいいんだよ、もうっ。それとノアッ!周りと協力しようって気が無いなら帰んな。連携をちゃんと取れないようなら邪魔になる」
「ううぅ・・・・・」
リシャールに怒られて、ノアハルトは黙り込む。
顔をゆがめて悔しそうに下を向く。
「ギルド長、できれば絢爛抜きで、お願いします。うちのメンバーは皆、昨日はヤツのせいだって意見です」
「だから、誰のせいとかはな・・・・・・」
「リシャさん、うちのメンバーも同意見です。和を乱す者が居ちゃ、安心して命を懸けれないと」
「うーむ・・・・・」
リシャールは腕を組んで黙り込む。
ノアハルトは下を向いたまま、歯を食いしばっている様子。
「とりあえず他に、昨日の戦闘に関して意見はありませんか?気になった事は、何でも言ってください」
ローペが場をまとめようと、見回しながら話を続けた。
「気になる点とかあったら、いつでもいいので、私に話してくださいね。それじゃ次に、今後の方針にしましょう」
「ああ、そうしてくれ」
「さっきも言った通り、ファイヤードラゴンはなんとしても討伐が必要です。あそこで卵がかえって、居付かれたらいろんな方面に影響が出ます」
「討伐はしなきゃならん。それもできるだけ早く」
リシャールは腕を組んだまま口を挟んだ。
「昨日の作戦でもう一度挑むか、新たに作戦を練り直すかはどうでしょうか?」
「・・・・・」
「ギルド長の意見は?聞かせてください」
リーダの一人がリシャールを見ながら話した。
「うーん、怪我のせいで、壁も火力も弱体化したのがな。同じにやって倒せるかどうか」
「きびしいですかね」
「まあ、壁はギルに手伝ってもらえば、うまくいくだろう。火力もノアの参加が納得できればなんとかな」
リシャールの意見を受けて、リーダーたちはお互いの顔を見合わせる。
「指揮は誰が取りますかね?」
「・・・・・」
「誰もいないなら、リシャさんがやりますか?」
「いなきゃそれでもいいが・・・・・ギルはどうだ?一番上手にやりそうだが」
フィリーネや各パーティのリーダーたちが、期待の篭った目でギルバートを見る。
話を振られたギルバートは、身じろぎもせずに前を見ている。
「やってもいいが、やるなら全く違う作戦の方が、俺はやり易い」
「違う作戦?」
リシャールが怪訝そうに、ギルバートに目をやる。
「ん、少数精鋭で挑む」
「ふむ、何人ぐらいを考えている?」
「んー、せいぜい10人ちょっとか」
「そんなんで倒せるのか?」
「ん、やり方次第」
「うーむ」
ギルバートの意見を聞いて、大部分の参加者が首をかしげている。
「前衛3、回復3、火力3、斥候2・・・・・こんなもんか?」
「んー、そんな感じ。もっと少なくてもいいか」
「そりゃまた、ずいぶんシンプルだな」
「後ろが多いと、逆に気を使うんで、少ない方がやり易い」
「火力、足りるのか?」
「んー、このやり方の肝は、デバッファーだ。優秀なのが欲しい」
リシャールが訝しげに、質問を続ける。
「火力より、デバッファーか?」
「あまり知られてないが、大物のレイドで重要なのは、デバフ」
「ほう」
「きちんとデバフ入れると、削りが全然違う」
「なるほど」
「デバッファー付きの少数精鋭が、一番やり易い、俺的には」
リシャールは組んでいた腕をほどいて、右手で顎を撫でる。
「うーん、デバッファーか。呼ぶなら王都からか、隣町にも声を掛けてみるか」
「俺がやるならって話だから、拘らなくてもいい」
「でもそれが、一番、確実で安全に討伐できるんだろ?」
「そういうことになる」
「なら、それでいくのがいいな。皆はギルに任せていいのか?」
リシャールは会議の参加者を見回す。
「鉄壁さんが一番いいと言うんなら、それがいいと思う」
「だな。参加者は限られるけど、1度失敗してるから確実なのがいい」
「そうですね。個人的には参加できなかったら悔しいですけどね、ふふふ」
「違いない」
最後にフィリーネが笑いながら告げると、場が一気に和んだ。
頃合と判断したローペが、まとめに入る。
「それでは、ここまでの話からすると、次回はギルさん指揮の下、少数精鋭での作戦を、まずは念頭におきます。デバッファーの手配次第では、作戦変更の可能性もありますので、その時はまた考えましょう。参加メンバーはギルさんに一任でいいのかな?」
「俺とギルで相談して決める」
「それでは、リシャさんとギルさんに任せますね。他に決めることありますか?」
「おっさん!俺を連れて行ってくれ!絶対役に立つからっ」
下を向いていたノアハルトが、急に立ち上がってアピールをする。
「それは、今決めることじゃない」
「そんなこと言わないで、いいだろっ。おいらが責任取って、倒すから」
リシャールは、やれやれというふうに首を振る。
「少数精鋭なんだから、おめえの出番はないって」
「だな、人数が少ないほど連携が肝になるし、自分を守れないヤツはむりだろ」
「火力だけじゃ、危なっかしくって連れてけねーよな」
ノアハルトに冷たい視線を送ったまま数人が反応した。
彼はすがる様にリシャールを見るが、睨まれてうなだれる。
ローぺが全員を見回すが、他には意見は出なかった。
「作戦が確定したら、また集まってもらうからヨロシクな」
リシャールが告げると、会議の緊張感はなくなっていった。
会議は終了となり、参加メンバーはそれぞれ散っていった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ギル、すぐに呼べるデバッファーの知り合いはいないのか?」
「王都にならいる。この辺じゃ、リシャさんの方が詳しいでしょ」
「王都からだと1週間かかるな」
「しょうがない。待つか、来る前に無茶攻めするか、だ」
会議室に残ったメンバーで話を続けていた。
ギルド職員と逆風ウインドの二人だ。
「この後すぐに王都と隣町に、鳩を飛ばす。明日までには情報が戻るだろう」
「明日、またギルドに顔を出す。朝がいいか?」
「済まさなきゃならん用事があるから、昼にしてくれ」
「ん、分かった」
ギルバートがうなずく。
「デバッファー以外のメンバーは、大体決めてるのか?」
「漠然と。大地の鼓動とうちを中心に、あと数名って感じ」
「ほんとに少数精鋭だな」
「気心知れたやつと、要領いいヤツがいればなんとかなる」
「まあ、こういう大物のレイドに関しちゃ、団長の時にさんざんやったろうからな」
「ん」
「この時期に、お前がパーティ組んでここに居てくれたのは、なんとも幸運だったな」
「まだ終わってない」
ギルバートは苦笑気味に答える。
「いろいろ勉強になります!」
「ああ、ルカも張り切ってドラゴン倒してくれ」
「気合で、やっつけますっ!」
「お前はノアと同じかよっ」
「えへへ」
リシャールが呆れ気味に突っ込む。
ルカ・ルーは照れて、笑ってごまかした。
「ギル、今度は私も連れて行ってくれるんでしょうね?」
アンジェリクがギルバートを見ながら、話し出す。
「まだ分からん。俺が指揮取るかも決まってない」
「どうなるにしろ絶対連れてってね」
「リシャさんも言ってたが、今はそれを決める段階じゃない」
「・・・・・分かったわ」
アンジェリクは唇をかんで、我慢している様子。
ルカ・ルーはまた場が荒れそうな雰囲気を感じ、話題を変える。
「ギルさん、デバッファーって大事なんですね」
「ん、すごく役に立つ」
「でもあんまり使う人、多くないですねぇ。村でもほとんど見ませんでした」
「小物の数狩りだと、効果的じゃない。大物を削るときに必要」
「なるほど、それで狩人にはあんまりいなかったのか」
「ん、あと、デバフは闇魔法なんで、好まない人も多い」
「あー、闇となるとダークエルフさんくらいかー」
「誰でも使えるんだが、特殊なんで、普通は手を出さん」
「ですよねー」
ギルバートがルカ・ルーと、楽しそうに話す。
アンジェリクが横目でそれを見て、何か言いたそう。
「さてと、今日はもう、解散にしよう。ギル、明日の昼ごろ頼むぞ」
「ん」
「さあ、みんな、仕事に戻った、戻った」
リシャールがアンジェリクの様子を見て、面倒だとばかりに解散を告げた。
◇ ◇ ◇ ◇
「俺はこのあと武器の手入れと、盾の手配をしてくる」
ギルドを出たところで、ギルバートがルカ・ルーに告げた。
「盾、置いてきちゃいましたもんね」
「ん、知り合いに、もっと大きくて丈夫なのがないか聞いてみる」
「分かりました。私は気になるので、昨日の怪我人の様子を見に行ってきます」
「んじゃ、明日、昼頃、またギルドで」
「はーい」
話し終ると同時に、ギルバートはすたすたと歩き始めた。
それをにんまりしながら見送るルカ・ルー。
(さてと、私も矢とか補充しておかなきゃ)
(お見舞いが終わったら、チェルニーク武器商に回ってみよう)
ルカ・ルーもギルバートと反対方向に歩き始めた。
会議の時の張り切っていた雰囲気とはかなり変わって、思案気に進む。
(狩りと違って討伐だと、やっぱ毒を使うべきね)
(早く倒して、被害が出ないようにするのが重要だから)
(技がどうこうなんて言ってられない、仲間を助けないとね)
歩きながら、ウンウンとうなずくルカ・ルー。
今日やるべき事が決まってきて、納得している様子。
(早めに宿に戻って、矢に毒を塗ろう)
(万全の準備をしないと、大物のドラゴンは倒せない)
一度対戦したことで、以前よりドラゴン討伐戦のイメージが鮮明となっていた。
いろいろな戦況を自分なりに考え、頭の中でシミュレートしていく。
具体的な戦闘状況を思い描きながら、頭の片隅で別の事を考えていた。
何の気なしに浮き上がってきたのが、狩人と冒険者の根本的な違いだった。
できるだけ数多く、きれいな状態で獲物を手に入れるための狩り。
今まで慣れ親しんだやり方と、今回のような討伐とは、全く異なる物なのだと理解した。
どんな形でもいいから、早く相手を倒さなければ自分と仲間の命が危ないのだ。
冒険者の失敗とは獲物が得られない事ではなく、自分や仲間が死ぬこと。
それが全てだった。
もちろん狩りでも、危険はある。
しかし大抵は避けられる、慎重にやれば回避できる危険なのだ。
冒険者は命を張ってなんぼ。
いつ死んでもおかしくない、危険な仕事。
よくそう言われるし、自分でもそういう認識は持っていた。
だが、頭で分かっているのと、実際にそれを体験するのでは大きく違っていた。
冒険者だって、危険を避けることもできる。
わざわざ自分から、危険に飛び込む必要は無い。
だがどうしても避けられない、避けて通るわけにはいかない道があるのだった。
他人の命を奪うことも、そう。
身を挺して仲間を助けるのも、そう。
放って置くと、多くの人に危険を及ぼす魔物もそうだ。
本当の意味での命のやり取りをしてなきゃいけない覚悟が、必要なのだ。
ベテランの冒険者は何の気負いもなく、事に臨む。
冒険者とはそういうもんだ、と骨の髄まで染み込んでいるのだろう。
(自分にその覚悟はあるのか)
(単に、戦って勝って、喜んでていいのか)
(ちゃんと考えないと、みんなに置いていかれちゃう・・・・・)
ギルバートやリシャールの態度や言動、実際の行動を見て深く考えさせられた。
きっと自分に何かを投げ掛けてきているのだと、彼女は漠然と合点していた。
◇ ◇ ◇ ◇
ルカ・ルーは弓の師匠と相談し、外の世界を見るために、育った村から旅立ってきた。
何か目標決めてそれを拠り所にしろと、出発前に師匠に言われた。
目標と言われても、何をすればいいのか。
その時に何となく頭の中に浮かんだのが、子供の頃から気になっていた両親のこと。
彼女がまだ幼い頃に両親は、ベアバレー村で強盗に襲われて命を落としていた。
自分の親がなぜ殺されなければならなかったのか。
片目の虎人剣士が強盗犯の一人と聞き、会ってみたいと思い付く。
会って何がしたいのかはまだ分からないが、それを旅の目標とする事にした。
仇を討つのか、話を聞いて納得したいのか。
その時になれば、きっと分かるだろうと思っている。
旅を続けるのに融通が利くという理由で、冒険者になることを勧められた。
言われるがままに登録し、実際に冒険者として生活すると、何かと便利だった。
なんとなく成ってしまった冒険者。
強い決意を持って成ったわけではない事を、自分自身が知っている。
今までは特にその事で、違和感を感じる機会はなかった。
まさにこの時に至り、彼女はようやく、冒険者の本質に気が付く。
今、本当の意味での冒険者に成ろうとしているのかもしれなかった。
彼女の心の奥から湧いてくるのは、震えか、恐れか、それとも自信か。
戸惑いがないとは言わない。
しかし彼女は高まっていく気持ちを、抑えられない。
初めて人を殺して、勝手に喜びだした心と同じ衝動が、体を駆け巡る。
自分が本物の冒険者として、やっていけるのかどうか。
その分岐点に、自分は今、居るのかもしれない。
その事に気付けた事を、ありがたく思った。
折もよく吹いてきた風を正面から受け、ルカ・ルーは真っ直ぐに歩を進める。
自分が向かう方向が、正しい事を信じながら先を急ぐことにした。




