4.初めての街
商業都市ウィングボーン。
近年、発展し続ける中規模の街。
王都ほどではないが、商業が活発なため多くの人が集まっている。
強い日差しがようやく柔らかくなり始めた初秋、この日は好天に恵まれていた。
まだ朝早いのに、街行く人はそれなりに多い。
北門の近くにルカ・ルーの姿。
朝起きてから走り続け、少し前に到着したばかりだ。
街道を走ったら、迷わずに着けたのでホッとしたところ。
商業都市ともなると、四方の入り口には門番が常駐している。
人の出入りをしっかりとチェックしていた。
日の出と共に開門されるため、早朝は門の周囲は多くの人でごった返す。
門をはさんで内外に長い行列。
出る人、入る人、全員のギルドカードが確認されていた。
夕方になって日が傾くと、閉門の鐘が打ち鳴らされる。
それからきっちり一刻後に、全ての門が閉ざされるのだ。
街に入るのが間に合わなかった場合は、門前で野宿をせざるを得なかった。
ルカ・ルーは門番に、ギルドカードを見せた。
門番はギルドカードの表裏を丹念に確認してから、彼女に返す。
「通ってよし」
ルカ・ルーはドキドキしながら、ウイングボーンの街中に入る。
今までの村や町には、門番が居なかったので、入り口でのチェックは初経験。
やや緊張していたが、無事に入れたのでホッとして気が楽になった。
(うわー、広い道路だなぁ、人も多いし、道端に露店がたくさんある!)
ルカ・ルーにとっては、初めての大きな街。
見る物、聞く物の全てが、目新しく感じられた。
見渡すと広い通りを、多くの人がざわめきながら移動している。
どの町にも多い人間やエルフの他に、ダークエルフやオーク、ドワーフ、獣人。
荷馬車の馬は、全て持ち主が曳いている。
騎乗用の馬や農耕用の牛も、普通に通りを移動していた。
街中では必ず人が曳くのが、決まりとなっていた。
◇ ◇ ◇ ◇
ルカ・ルーはメイン通りを、北から南に向かって歩いていく。
めずらしい露店に目をやりながら、周りの人の行動を真似てみた。
田舎者の自覚はあるけれど、少しでも都会に溶け込みたくて背伸びをしてみる。
仲間同士で話している会話や、お店の人と交渉してる様子に気を配る。
おいしそうな物を買って食べながら、店の人に食材や調理法を聞いたり。
できる限り、キョロキョロしないように心掛ける。
いかにも慣れている風に、早足で前の人についていった。
興奮が続いていたが、しばらくして彼女はふと我に返る。
(そうだ。まずは今晩から泊る所を確保しなくちゃ)
(やっぱり宿は、ギルドに紹介してもらうのが確実かな)
(えーと、ギルドはどこだろう?)
ルカ・ルーはどうやってギルドを探そうか、と一瞬考える。
そういう事は、ここに住んでいる人に聞くのが一番だと思い至る。
近くの店をあたってみることにした。
剣が交差する看板が、すぐ目の前にあった。
おそらく武器屋だろうと考え、その店に入ることに決める。
扉を開けて店の中に入る。
大小りっぱな剣が壁にたくさん掛かけられ、棚の上にも並べられている。
かなり広い立派なお店。
『チェルニーク武器商』と壁に大きく書いてある。
客はまばらだったが、思い思いに商品を手に取って見ていた。
ルカ・ルーはなんとなく周りの人に合わせて、剣を見ている素振り。
こそこそっと店内を歩き回ってみる。
途中でカウンターに座っていたドワーフの老人に、ジロリと睨まれる。
動揺して少し腰が引けたので、入り口の方に戻ろうとした。
「お嬢さん、何か用かね?」
こわもてのドワーフがルカ・ルーに話しかけてくる。
「え、あ、あの、ちょっと剣を・・・・・」
「あんた剣を使うんかい?」
「あ、短剣ですが、狩りで使います」
「んじゃ、短剣を見ていくかね?」
「いえ、短剣は間に合っておりますです、はい」
「は?」
「あー、矢は置いてませんか?」
「ふむ、弓を使うのかい。矢はいいのがあるよ、見てみるかね」
なんとか得意分野の話にこぎつけて、やや安心。
彼女はおそるおそるカウンターの前に進んだ。
近寄ってアップで見ると、ドワーフのいかつい顔が迫力満点。
「お嬢さん、よそから来たのかい?」
「はい、そうなんです。ついさっき着いたばかりで戸惑っております」
「わしはタデシュってんだ。この店の剣は全部、わしが打っておる」
「すごいですねー。こんなにたくさんの剣は初めて見ました」
「ほう。そうか」
タデシュは見た目は怖いが、けっこう話し好きないいお爺さんのようだ。
「矢はどんなのが欲しいんじゃ?」
「樽型の銀矢があればいいんですが、クルーガーボウで使うんです」
「んじゃ、長さは中くらいか」
彼はカウンターの横の方に歩いて行く。
棚の扉を開けて、中に立て掛けてあった矢を数本持って戻ってきた。
それをルカ・ルーに渡し、ニコッと笑った。
「ほれこれじゃ、見てみい」
「この矢は私の好みにピッタリです!これいくらですか?」
「100本で500ルタじゃよ」
「そしたら300本ほどもらえますか?」
「毎度ありぃぃ!」
◇ ◇ ◇ ◇
ベアバレー村にはドワーフは倉庫番しかいなかった。
なので、それほど身近に接した経験がない。
表情の変化がよく分からなかったが、どうやら機嫌はいいようだと彼女は判断。
「すみません、少し教えてもらいたいことがあるんですが」
「何じゃ?」
「ギルドはどちらにありますか?」
「何のギルドじゃ?」
「あ、冒険者ギルドです」
「ほう。冒険者のなら店の前の道を南に進めばあるぞ。すぐに見えてくるはずじゃ」
タデシュが丁寧に教えてくれたので、ルカ・ルーはホッとする。
「この街のギルドなら大きいんでしょうね」
「まぁ、普通じゃろ。あんた、どこから来たんだい」
「ベアバレー村から来ました」
「ほうほう。狩りが盛んなところじゃな」
「そうです」
「ベアバレーなら、そこの武器屋が、うちに仕入れに来る事がたまにあるぞ」
「そうなんですかー」
話しているうちに、親しみを感じ、知り合いのおじさんと話している気分になる。
これならだいじょうぶだろう、と宿の事も聞いてみることにした。
「すみません、もう一つ教えてください」
「なんじゃ」
「この辺りにいい宿屋ありませんか?」
「あんた冒険者じゃな。ギルドに行くんだったら、そのそばがいいのかのう?」
「それだと助かりますね」
「それなら『ダニーチェク宿屋』がお勧めじゃ。わしと同じドワーフが経営しとるがの」
「ダニーチェクですね」
「うむ。それならギルドの方に歩いていけば手前にあるからすぐ分かるぞぃ」
初めて来た街で親切な人に会えて、ルカ・ルーはうれしくなる。
(こういうのも旅の醍醐味なのね)
「おじさん、親切にいろいろありがとうございました」
「いやこっちこそ、ご購入ありがとうございましたっ!!」
大声で返されて、ルカ・ルーはびっくり。
タデシュを見たら、いたずら好きな子供みたいな目をしていた。
彼女はつい笑ってしまう。
「うふふふ」
「うぉっほっほっほ」
タデシュも笑い返し、なんともほんわかした雰囲気。
ルカ・ルーは頭を下げて挨拶をして、店から出る。
そして南に向かって歩き出した。
(ダニーチェク、ダニーチェクっと)
しばらく進んで、いくつかの交差点を通り抜ける。
人が多い方に行きたくなる自分を抑えて、指示されたとおりに真っ直ぐに進む。
かなり歩いたら左側に、それらしき建物が見えてきた。