39.ドラゴン討伐戦 その1
昼近く、ファーザーヒルに到着。
丘の麓の林の傍、目立たない場所に馬車が停まった。
冒険者たちが続々と降りてくる。
さすがに大きな音は誰も立てず、辺りに気を配りながら慎重に行動していた。
まだファイヤードラゴンの居る場所からは、かなり距離がある。
ここに馬車を置き、御者は待機することとなった。
強い日差しに照らされて、気温はかなり上がってきている。
重い装備を着て歩いている冒険者は、すでに汗ばんでいるようだ。
ルカ・ルーは辺りを見回し、様子を探る。
なんとなく重苦しい雰囲気を感じた。
風がほとんど吹いていないのが、気に食わない。
どうやらファイヤードラゴンの勢力圏内に入ってると見て、よさそうだ。
(やっぱり大物なのね。姿が見えないのに、もう威圧を感じる)
(どんな戦いになるのか・・・・・)
ルカ・ルーは恐れ半分、期待半分という感じ。
彼女は一緒に降りたギルバートを、振り返る。
すでにヘルムとグローブも身に着けている。
その堂々とした姿が周囲を威圧している。
いつもと変わらぬ彼の余裕の姿を見て、思わずにんまり。
肩の力が抜けるのを感じた。
「ギルさん、まだ見えないのに、ファイヤードラゴンの威圧を感じますね」
「ん、ドラゴンの成獣だと、そんなもん」
「長い時間生きてきた、その重みなんですかね」
「だな。なんでまた、こんな街の近くまで出張ってきたのか」
「なんか理由があるんでしょうかね」
「あるんだろうが、分からん。まあ、人間にとっては脅威だから排除するしかない」
重すぎもせず、軽すぎもせず、物事に真剣に向き合う彼の態度が心地よい。
ルカ・ルーはすーっと戦いに集中していく自分を感じて、うれしくなった。
◇ ◇ ◇ ◇
「予定通り、斥候は出発してくれ!」
レオポルドが冒険者たちに向かって指示を出す。
各パーティから、身軽そうな装備をつけた冒険者が走り出して行った。
「急に接敵しても慌てないように、各パーティでバフを開始してくれ」
「うちにもバフ頼むよ」
どこかのパーティの冒険者から声が掛かる。
「ああ。今、行かせるよ。バッファーが足りないところには、分担して掛けて回ってくれ」
レオポルドの指示に従って、パーティごとにバフを掛け始めている。
「ギルさん、うちらは、どうするの?」
「ん、大地の鼓動に頼むか。他が終わってからでいいだろ。あとルカのも掛けておいてくれ」
「はーい。私、アタッカーってほど火力ないし、バッファーってほど強力なバフないし、回復使えないし、何ができるんだろ・・・・・」
「最初は、矢でドラゴン攻撃してみろ。顔とか目とか、羽とか」
「はい」
「あとは、他の弓士に合わせて射るとか」
「いろいろ、試してみます!」
「まあ、俺らはおまけみたいなもんなんで、気楽に」
「りょーかいですっ!」
拳を前に出して、ぐっと握り締めるポーズで答えるルカ・ルー。
近くに居たノアハルトが、呆れたような顔で見ていた。
「ふん、火力ねーやつは、後ろで大人しくしてろっつーの」
「ノアさん、気合で倒してくださいね!」
「何、他人事みたいに言ってんだっ!」
「おい、分かったから騒ぐな。興奮するのはもっと後でいい」
「ちっ」
ギルバートに軽くあしらわれて、舌打ちするノアハルト。
それでも先ほど力を見せ付けられたからか、大人しく従うのだった。
大地の鼓動の支援士が、他のパーティにバフを掛け終わり、近寄ってくる。
「鉄壁さん、お待たせ。バフ掛けますねー」
「ん、頼む。他はほとんど終わったか?」
「はい。ほぼ、行き渡りました。あとは、逆風ウインドさんと、絢爛だけですね」
「絢爛?」
聞きなれない呼び名が出たので、ルカ・ルーは思わず聞き返す。
「おいらだよ。おいらの呼び名は、絢爛華奢のノアハルト。覚えておけ!」
「偉そうに・・・・・そんな威張れる呼び名じゃ、ねーだろっ」
大地の鼓動の支援士は顔見知りなのか、チャチャを入れてくる。
「なにをっ。かっこいい呼び名じゃねえか」
「そりゃあ、おめーは、火力が高いから豪火絢爛ってところまではいいよ。でもあまりに、ひ弱だから、華奢って言われちゃ冴えねーだろっ。女子供じゃあるまいし」
「うるせーやいっ。おいらが有名になれば、この呼び名もすごくなるんだっつーの!」
ノアハルトは腕を組んでふんぞり返り、鼻息を荒くする。
「はいはい。そんじゃガンバって有名になってくれよ。絢爛華奢さんよお」
「ふん。あったりめーだ!」
大地の鼓動の支援士は、やれやれという素振り。
呆れながらも順繰りにバフを掛けていった。
リシャールが各パーティを見回りながら、声を掛けている。
全部を確認し終わったのか、最後にギルバートの傍に寄ってきた。
「準備万端か?」
「ん」
「だいぶ戦意が高まってきたな」
「だな」
「レオポルドが手際よくやってくれる」
「やつにはリーダーの資質がある」
「うちのエースだからなぁ、頑張ってもらわんと」
「ん」
油断無く周りを見回しながら、時が来るのを待つ冒険者たち。
馬車に揺られている時とは異なる空気を纏い、戦いに集中し始めていた。
◇ ◇ ◇ ◇
偵察に出ていた斥候が、何人か戻ってきた。
レオポルドのところに報告に向かう。
やや様子が硬い。
身振りを交えて、何か話し合っているようだ。
「なんか、まずいことでもあったか」
「ん、ちょっと様子がおかしい」
リシャールとギルバートは斥候の様子を見て、顔付きが硬くなる。
レオポルドが斥候と一緒に近づいてきた。
「何かあったか?」
リシャールが声を掛ける。
「ファイヤードラゴンの傍に、ワイバーンが居るようです」
「眷属か。そいつはやっかいだな」
「見た範囲だと3匹とのこと。ファイヤードラゴンにエサを運んでいたようです。」
「この前見た時は、単体だったな。ここに居ついてから眷属化したのか」
「それか、元々の眷族を呼び寄せたか、だな」
とギルバートが口を挟む。
「うーむ、それだとさらにやっかいだな」
「ん、長く仕えている眷族ほど忠誠心が高い。大きさは?」
「俺たちの3倍くらいの大きさのようです」
リシャールは顎に手をやり、むずかしそうな顔。
レオポルドは戸惑いがちに、やや不安げ。
「先にワイバーンを処理しないと、キツイですね」
「だな。ファイヤードラゴンとの戦闘中にワイバーンが突っ込んできたらまずいな、うーむ」
リシャールが顔をしかめて、うなる。
ギルバートが思案気味に話し出す。
「それもあるが、卵を眷属に守られせて、自分が動くようだとヤバい」
「そこまでするかな?ヤツらは普通、卵から離れんだろ?」
リシャールがギルバートに目線を動かし、聞き返す。
「ワイバーンを釣るために、安易に弓士を近づけたりすると危ない」
「そうなのか?」
「ん、前に、油断して近づいて、動き出したドラゴンに弓士が噛み付かれた」
「マジか。ワイバーンだけを、釣りたいのう」
ギルバートのアドバイスを聞いて、腕を組んで考えるリシャール。
「弓士か斥候でなんとか釣れませんかねぇ」
レオポルドが自信なさそうに話す。
「ドラゴンに気付かれない距離だと、矢は当たらん。ワイバーンが矢に気付いても巣からは出てこない」
「ふむ」
「かなり近寄れば釣れるが、そのときはドラゴンの攻撃も覚悟だな」
「うーん・・・・・」
レオポルドには判断がつかない様子。
「ギル、いい案ないのか?」
「んー、ワイバーンは3匹だけか?」
ギルバートはレオポルドに聞く。
「斥候が見たのは3匹だけのようです」
「なら、予定通りでいっちまった方がいいか」
「予定通り?ドラゴン単体のつもりでか?」
「ワイバーン3匹なら、俺とルカでなんとかする。そっちは予定通りやってくれ」
「ふむ。ワイバーン3匹を、二人でいけるのか?」
「ん、問題ない」
「火力は?ノアをそっちに行かせようか?」
「いや、火力が必要なのはそっち。こっちはなんとかする」
ギルバートは自信ありそうに、断言する。
「分かった。んじゃ、それでいこう。レオいいか?」
「ワイバーンを何とかしてくれれば、こっちは予定通りやりますよ」
「おーけー。決まりだ。レオ、みんなに知らせてくれ」
「了解です。おう、お前ら、各パーティに伝言だ」
レオポルドは斥候の数人に事情を話しながら、離れていった。
成り行きを見守っていたルカ・ルー。
目をキラキラさせながらギルバートに話しだす。
「ギルさん、うちらはワイバーンですね!」
「ん」
「私はどうすれば?」
「この前と同じ。俺が3匹とも注意を引くから、矢で射ればいい」
「通じますかね?」
「だいじょうぶ、ワイバーンはそんなに硬くはない。特に目や口、ダメなら首を狙えばちゃんと削れる」
「分かりましたー」
「飛ぶ相手と戦った事、あるか?」
「あります。フォレストバットですけど」
「んー、コウモリか。矢を当てられるのか?」
「はい。けっこう瞬敏ですけど、普通にいけました」
「すごいな。ならだいじょぶだろ」
ギルバートにすごいと言われて、顔が上気しだすルカ・ルー。
魔法鞄からクルーガーボウを取り出し、気合を入れて弦を引き出した。
ブゥン、ブゥン。
弦が大きな音をたてる。
(よーし、いい音だ)
(こういう音の時は、絶対に狩りがうまくいくのよねー)
(ガンガンやっちゃうぞぉ)
いったん落ち着いていた気持ちが、再び高まって収まらなくなっていった。
◇ ◇ ◇ ◇
各パーティに情報が行き渡ったのか、斥候が再び出発していった。
レオポルドが一人、集団から離れてファイヤードラゴンに向かって進み始める。
ほぼ全ての冒険者が、レオポルドを注目していた。
彼は声を出さずに、ゆっくり進み続ける。
やがて立ち止まって、右手で剣を抜いて、それを高々と挙げた。
彼は後ろを振り返りもせず、力強く剣を前に倒す。
全員の戦意がみなぎっていくのを、誰もが感じた。
レオポルドは剣を、腰の鞘に収める。
それと同時に再びゆっくり歩み始めた。
その様子を見た冒険者たちは、全員がレオポルドの後ろに続いて動き出す。
ガサガサと雑草踏む音。
戦意を高めた武装集団が動き始めた迫力に反して、聞こえてくる音は少ない。
しかし、極度の緊張感が辺りを支配し始めていた。
街道をはずれて、林の中に入っていく。
道らしい道はないが、そういう所を歩き慣れている様子で、彼らは行軍を続けた。
林が途切れそうな場所に至り、進む速度が落ちる。
レオポルドが前線から仕草で、指示を出していた。
林のはずれに斥候が一人。
レオポルドに近寄ってきて、耳打ちをする。
彼は全軍に停止の指示を出した。
冒険者たち40人は身を寄せ合い、なるべく狭い範囲に集まる。
言葉で言われなくても、全員がやることをすでに分かっているのだ。
レオポルドが林の向こう側を指差し、振り返って頷く。
冒険者たちは、林の外にファイヤードラゴンが居るのを理解した。
レオポルドがギルバートに目配せをする。
ギルバートは目を合わせたまま、小さくうなずいた。
レオポルドが再び、全員を見回す。
全ての冒険者、彼らのどの顔も闘志がみなぎっていた。
彼は右手を思いっきり突き上げ、3本の指を立てる。
2本。
1本。
グッと拳を握り締め、クルっと後ろに振り返って走り出す。
他の冒険者たちも、彼に送れないように一斉に走り出した。
さあ、戦闘開始だ!




