38.出発
ファイヤードラゴン討伐戦の当日、朝。
ギルバートとルカ・ルーは、ウイングボーン南門の外の集合場所に居た。
40人前後の冒険者たちがおり、かなりの喧騒だった。
屈強な前衛、ローブを纏った優雅な魔法士、軽装備で俊敏そうな弓士。
4-6人で構成されているパーティが多く、いくつかの塊に分かれていた。
今は冒険者ギルドから回されてくる、馬車を待っているところ。
ギルバートは相変わらず、周りには興味なさそうにボーっと立っていた。
ヘルムとグローブはまだ着けていない。
ルカ・ルーはその横に並んで、キョロキョロしている。
彼女は見慣れない装備を身に着けた冒険者たちを、興味深そうに見ていた。
「ギルさん、見たことない装備の人が、けっこう居ますねー」
「んー、やつらは遠征が多いから」
「それは高レベルだからですか?」
「ん、そうだな。特殊な依頼が多くて、個別に対応してるんだろ」
「高そうな装備の人、いっぱいいますねぇ」
ルカ・ルーは周りを見回しながら、感心したように呟く。
「まあ、装備がいくら良くても、問題は中身」
「あはは、確かにそうですね。やっぱ腕と度胸ですよね!」
「そういうこと」
ギルバートは何故か得意げに答えた。
こういう強敵の討伐に参加した事がないルカ・ルーは、ワクワクが止まらない。
元々、狩人は基本的に、個人営業。
たまに数人で合同の狩りに出る事もあったが、小規模なチームがほとんど。
しかもたいていは弓士同士の、弓狩りパーティだった。
そういう場合、個人の狩りと同じく、気配を消して忍び寄り同時に矢を射る。
あるいは複数に寄せられそうな時に、皆で一斉に敵を捌くのだ。
言ってみれば個人狩りのパワーアップバージョンだ。
複数パーティで役割分担しながら討伐する、いわゆるレイドは初めてなのだ。
「ほとんどの人が知り合いです?」
「んー、俺が知ってるのは半分くらいか」
「ふむふむ」
「昔からの古株はたいてい顔見知り。新しいのは知らん」
「なるほどー」
巨大な敵に、このメンバーで一斉に襲い掛かる情景を思い浮かべて興奮気味。
「ファイヤードラゴンかー。楽しみだなー」
「んー、まあ、こんだけメンバーいればなんとかなるか」
「ええっ!こんなに強そうな人いっぱいなのに、ヤバいかもしれないんですかっ!?」
倒す事しか考えていなかったルカ・ルーは、びっくりして声が大きくなる。
ギルバートはうるさそうに、顔をしかめた。
「まあ、やってみなきゃ分からん」
「ふーむ。こんだけの戦力でも分からないのかぁ・・・・・」
ルカ・ルーは自分が考えていた以上の激戦になるのかと思案顔。
少し離れたところに居た五人組みのパーティが、声に気づいたのか近寄ってきた。
◇ ◇ ◇ ◇
「ギルさん、お久しぶりです」
「おう、お前らか」
ギルバートは顔見知りのようで、にやりと微笑む。
「鉄壁さん、こんにちは!」
「ごぶさたっす!」
「こんにちはーです!」
「元気そうだな、お前らも」
五人の挨拶に普通に応じるギルバート。
かなり仲がいい様子。
重装備を身に着けた獣人の若者が、皆より前に出てギルバートと向かい合う。
「今日はギルさんが来てくれるって聞いて、皆、張り切ってますよ」
「ん、俺は、今日はサポートだな」
「ええ。少し前から皆で作戦練ってたんで、今日はそれでやらせてもらいます。でも、何かあったらジャンジャン、口出してください」
「レオが指揮とるのか?」
「ええ。今日は俺が指示を出す予定です」
「んじゃ、今日はレオに従おう」
「よろしくお願いします」
レオポルドはかなり落ち着きのある獅子の獣人。
粗雑な冒険者たちと違い、風格がある感じ。
「小耳に挟んだんですけど、ギルさん、パーティ組むとか?」
「ん、さすがに耳が早いな」
「やっぱ、本当なんですね。残念だなぁ。やっぱりうちじゃ、ダメですか」
「んー、別にお前らがどうこうじゃないって。今までは全部断ってたからな」
「んでも、今回組むと?悔しいなぁ」
「まあ、成り行きでな」
ギルバートはルカ・ルーの方に顔を向ける。
彼女は何故か楽しそうに、目をキラキラさせていた。
「はいっ!」
ルカ・ルーがいきなり右手を上げて、叫んだ。
「初めましてっ!私がパーティメンバーです!」
ギルバートは、はぁっと溜息をつき、横目でレオポルドを見る。
「まあ、そういうことだ。彼女がうちのリーダー」
「初めまして。俺はレオポルド、盾士やってます。この五人で『大地の鼓動』ってパーティを組んでるんだ。ランクはBでリーダーは俺。前からギルさんを勧誘してたんだ」
「そうだったんですかー」
「パーティ結成おめでとう。今日の指揮をやりますのでヨロシク」
「こちらこそヨロシクお願いします。私はルカ・ルーといいます。ギルさんと組んだ『逆風ウインド』のリーダーになりました」
「俺のことはレオと呼んでね」
「はい。私は風弓か、ルカと呼んでください」
「そんじゃ、ルカさん、たぶん同じ馬車に乗る事になると思うんで、そん時にゆっくり話でもしましょう」
「了解ですー」
◇ ◇ ◇ ◇
ギルドが用意した馬車が、南門から4台連なって出てきた。
これらに分乗して、現地に向かうこととなる。
街道に立っていた冒険者たちは、思い思いに道路わきに避ける。
空いたスペースに馬車が止まった。
一番後ろの馬車から、リシャールを先頭にギルド職員が降りてくる。
リシャール、ローペ、マルティナの3人だ。
アンジェリクはギルドに残って、そのまま留守番することになっていた。
ローペも出発までの手配が済んだら、ギルドに戻る事になる。
「みんな揃ってるか?ロペ、確認してくれ」
「分かりました」
リシャールの指示を受けて、ローペが冒険者たちの確認を始める。
マルティナがそれぞれの馬車の御者に、行き先を説明し始める。
リシャールはレオポルドを見つけて、近寄ってくる。
「おはよう。揃ってるな」
「ギルド長、おはようございます。いつでも出発できますよ」
レオポルドがすかさず答えた。
「それじゃ、今日の指揮はまかせるんで、分乗から出発までの指示出しやってくれ」
「了解です」
レオポルドと大地の鼓動のメンバーは打ち合わせをしながら、離れていった。
「ギル、どうだ、このメンバーでいけるかな?」
「んー、実物を見てないからなんとも・・・・・まあ、だいじょうぶなんじゃない?」
「でないと、困るわな」
「リシャさんがいるから、だいじょぶでしょ」
「ああ、火力に関しては、だいじょうぶだろ。俺もガンガン撃つつもりだけど。俺より火力高えのも連れてくし」
「そいつは来てるのか?」
「えーと、どれどれ」
リシャールは冒険者たちを眺め回す。
遠くの方に、目的の人物が居るのを見つけたようだ。
「向こうの端っこに、一人でポツンと立ってやがる。ま、あとで同じ馬車に乗った時に紹介してやるよ」
「ん、別にいらんが」
「まあ、そう言うな。変わったやつだが、おもしれえぞ」
「火力はいいとして、タゲ固定はだいじょぶか?」
「火力調整しながら、安定具合を見極めてだな」
彼らはそれぞれ頭の中で、戦闘のシミュレートを行っているようだ。
「バッファーは結構来てるのか?」
「何人かはいる。だが、あまり強力なのはいないな」
「支援士まで揃えてるパーティは、ここにはあまり居そうもないか」
「ああ、優秀なのはすぐに上位ギルドに囲い込まれるからな。みんな王都に行っちまう」
「ん、そういうのは王都で、でかいツラしてイキがっていた」
「ああ、確かに、ヤツラが居ると居ないじゃ違うんだがな。ここにはなかなか居つかん」
リシャールが忌々しそうに、吐き捨てた。
「デバッファーもいなそうだな」
「優秀なのはいないな。お遊び程度で使うのが何人か」
「んなもんか。回復は揃ってるんだろ?」
「ああ、気の利いた回復士が今回はいるな」
「んじゃ、いけそうだな」
リシャールはニヤリと笑顔を見せる。
ローペが近寄ってきて、準備が揃ったことを告げる。
「リシャさん、全員来てますよ。レオさんの指示で馬車に分乗し始めました」
「ほいよ。ごくろーさん」
「そろそろ、馬車に乗り込んでくださいよ」
「んじゃ、行くか」
リシャールがギルバートに目配せをする。
ギルバートは頷いたあと、ルカ・ルーに目を向けた。
ルカ・ルーは、待ちきれない様子で右手を握って振り上げる。
「おおーー!」
満面笑顔、にこにこ。
ギルバートは顔をしかめて、呆れていた。
「ギルとルカ、あの一番後ろの馬車に乗っていてくれ。大地の鼓動と一緒だ」
「ん」
「分かりましたー!」
「おい、もっと落ち着けって」
「落ち着いて、ますよぉぉ!」
「もう、しゃべるな」
「ええっ!?」
興奮気味の子供と、それをあやしてる父親のような光景。
「ギル・・・・おめー、いつもとずいぶん、違うな」
「知るかっ!」
ぷいっとそっぽを向いて歩きだすギルバート。
にこにこしながら、その後ろを付いていくルカ・ルー。
こんなに感情豊かなギルバートを初めて見たリシャールは、呆然として見送った。
「ギルさん、だいぶ変わりましたねぇ。ルカさんの影響でしょうね」
「ああ、ルカは不思議な子だな。目が離せねえ」
「あの二人、きっと伸びるでしょうね」
「ああ、間違いない。この組み合わせはすごいな。ギル自身も無意識にそう感じているんだろ」
「それで、急にパーティを言い出したんですかね」
「だろうなあ」
今度はリシャールがギルバートを、親が子を見るような目で見守るのだった。
「そんじゃ、ロペ、留守はたのむな」
「はい、討伐うまくいくよう頼みますね」
「まかせておけって」
お互い頷きあって、笑顔で会話。
リシャールは乗り込む馬車に向かって移動していった。
◇ ◇ ◇ ◇
準備が整った馬車から、順次出発していく。
ルカ・ルーたちが乗った馬車が、一番最後となった。
リシャールとマルティナが荷台の一番前に陣取り、後ろ向きに座った。
他のメンバーは2列に両側に並び、中央は通路と荷物置き場になっている。
逆風ウインドの二人。
大地の鼓動の五人。
そしてソロ参加の人間の若い冒険者も乗っていた。
リシャールは同乗者を見回しながら、話す。
「大物相手だからな。怪我人や死人が、出なきゃいいんだがな」
「慎重にやりましょう。命あってのものですしね」
レオポルドが仲間を見回しながら答えた。
リシャールがすぐ前に座っているローブを着た人間の若者の肩に手を置く。
「ギル、こいつが火力バカのノアハルトだ。なりはヒョロいが、強力な一撃を放つぜ」
「おっさん、ヒョロいは、よけいだっつーの!」
「見るからにヒョロいだろーがっ」
「男はなっ、見た目じゃねーっつの。要は中身!中身で勝負」
「ほう、中身には自信があると?」
「あったりめーよ!」
威勢のいい発言のわりに、周りをキョロキョロ見回す仕草はやや頼りない。
リシャールはそれが分かっていながら、からかっているようだ。
「ん、ヨロシク」
「あんた、鉄壁さんだろ?みんなが、すげーって言うんだけど、ほんとにすげーの?」
「んー、普通だな」
「普通なんかいっ。名前だけ売れて、中身はからっきしってのもいるからな!」
「おい、ガキ。ギルさんに失礼な事言うんじゃねえ。馬車から叩き出すぞ!」
見かねてレオポルドが、ノアハルトに注意をした。
リシャールは何故か楽しそうに、ニヤニヤしている。
「おめーこそなんだ、獅子か。けもの風情が偉そうに仕切るな!」
「なんだと、俺が今回、指揮を執るんだぞっ。お前一人でドラゴンに突っ込ませてやろうか!」
「けっ、雑魚が粋がるんじゃねえや。決闘なら負けねえぞ」
ギルバートはうんざりした様子で、そっぽを向く。
言い争う様子を見ていたルカ・ルーは、子供の喧嘩のように感じて思わず苦笑。
「おい、そこの弱そうなねーちゃん。何笑ってる!ふざけんじゃねーぞ」
「あ、すみません。別に笑ってないですよ。いつもそんなにイライラしてたら疲れちゃわないかなと、可笑しくなっただけです」
「なにぃ。おめーのような、くそメスエルフに、何が分かるってんだ!」
「あー、ほんとゴメンなさい。どうぞ、そちらで続けてください。もう邪魔しませんから。あと、弱々しくて、スミマセンです」
「けっ、なんか、こう、悟ったみたいに言いやがって。気にくわねえな」
ノアハルトは席から立ち上がり、向かいに座っているルカ・ルーの傍に来る。
そして顔を怒らせてルカ・ルーを睨む。
彼が一人で興奮している様子に、だんだん他のメンバーが呆れだす。
「んー、もうその辺にしとけ」
「なにがっ!」
「いいから黙れ」
ギルバートが左手を伸ばして、素手でノアハルトの顎をはさんだ。
それだけでノアハルトは、動きが取れなくなる。
彼は両手でギルバートの腕を掴みはずそうとするが、全く歯が立たない。
「むぐむぐむぐ」
何か言いたそうだが、顎を抑えられて言葉にならない。
すると急に動かなくなり、ギルバートを睨む目付きに力が篭りだす。
「ノア、ここで魔法を使うなよ。使ったら重い罰則があるぞ」
それまでニヤニヤ見ていたりシャールが、きつめに話しかけた。
「むぐむぐむぐーーー!」
必死に逃れようとするが、力の差は明らか。
「おい、ギル、その辺で許してやれ。ちょっと鼻っ柱が強いが、悪いヤツじゃない」
「んー、気が強いのもいいし、好き勝手にやるのもいいが、他人に迷惑掛けるな」
ギルバートは手を離しながら、ノアハルトに諭す。
ノアハルトは顎をもみながら、また文句を言おうとして口をあける。
しかしギルバートと目が合い、言葉が出てこない。
「うう・・・・ちくしょう」
「あと、うちのリーダーは弱くない。あとでちゃんと謝っておけ」
「リーダー?」
「俺のパーティのリーダーが、エルフのルカ・ルーだ。覚えろ」
「ギルさん、いいから。ノアさん、席に戻ってのんびりいきましょう」
「ふん」
ノアハルトはまだ収まらなかったが、諦めて席に戻って腕を組んだ。
「ギル、こんなアホだが、面倒見てやってくれ」
「ん、最初はみんな、こんなもん」
「すまんな」
「まあ、これじゃあ、どこのパーティも拾わないだろうな」
「そういうこった」
「うるせーっ!」
リシャールとギルバートに話題にされて、むくれるノアハルト。
怪しくなった雰囲気を変えようと、リシャールがレオポルドに話しかける。
「現地に着くまでは、まだ時間があるから、のんびり行こうぜ」
「着いてから慌てないように、手筈を整えましょうか」
レオポルドがやや硬い表情で答えた。
「そんじゃ、本番に備えて、作戦会議といくか」
リシャールはやや調子よく、皆を見回した。




