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37.魔性山猫


「くそっ、狂狼会め。裏切りやがって!」


「団長、すまんです。うちの会長は少し弱気なところあるんで・・・・・」


「ラズのせいじゃねえよ。それよりお前、いいのか、完全に裏切り者扱いにされたんじゃねえか」


「ああ。もう、しょうがないですよ。あの副会長が、俺を目の敵にしやがってね」


「やな野郎だな、あいつは」


「俺はヤツとウマが合わなくてね。前からよく揉めてたんですよ。この機会を利用された感じですね」



二人はウイングボーンから脱出し、遠ざかるように街道を走っていた。

行き先は決まっていなかったが、とにかく一旦街から離れることを考えていた。



「団長、どこに逃げます?街中はもう無理かもしれませんね」


「ああ、狂狼があちこちに手を回すに違えねえ」


「となると、隣町まで行っちゃいますか。あるいはグランドパレスか王都まで足伸ばして、巻き返しを図るしかないですかねぇ」



ジルベスターはしかめっ面のまま、何か考え込んでいる様子。

ラザールは足は緩めずに、辺りを警戒しながら探っている。



「あてが、一つあるんだが、あんまり気がすすまねえ」


「どこですかい?こうなったら選り好みは言ってられないでしょう」


「ああ、確かにな・・・・・」



ジルベスターは、分かっているとでもいいたげに吐き捨てる。

そして足を止めて、立ち止まった。


ラザールも合わせて立ち止まり、ジルベスターに向き直る。



「おめえ、山猫って、知ってるか?」


「えーと、あの有名な、魔性山猫の姐御のことですかい?」


「ああ」


「まぁ、その名前を知らないヤツは、いないと思いますよ。『下弦の闇』って組織でしたっけ?いろいろ有名ですからね。この辺にいるんですかい?」



ラザールは意外な名前が出てきたので、やや驚いていた。

ジルベスターはしかめた顔のまま、答える。



「方向がちょっと違うんで、けっこう走る事になる。この先の街道をはずれて、森に入って北に向かう。森を抜けると、ムルトマーの丘があるだろ?」


「聞いた事はあります。かなり遠いんで、おいらは行った事も無いですね。魔物が多いんで狩人くらいしか行かないでしょう」


「その丘の向こう側には、トルーツ川の支流が流れててな」


「ふむ」


「その辺一帯が、魔性山猫、ナスターシャの縄張りだ」



ラザールが意外そうに、聞き返す。



「そんな辺鄙な所に?」


「ああ、どこの街にも居れなくなったような、悪どいのを集めてる」


「稼ぎはどうしてるんです?」


「よく分からんが、あちこちの街道に顔を出して、商人から巻き上げてるんだろ」


「へええ、知り合いなら、そこに逃げ込みますかい?」


「ああ、それしかなさそうだ」



ふむふむと頷きながら、ラザールはジルベスターを見る。



「ただ、山猫の姐御って、色狂いで有名じゃないですか。手下は全部、自分の男なんでしょ?」


「まあな、自分が気に入って、抱いた男しか身内にしないからな」


「団長、詳しいんですね」


「ああ、昔、ちょっとあってな」


「ほう、前に組んでたんですか?」


「んー、まあ、前の女房だ」


「ええっ!団長、前に山猫の姐御と夫婦だったんですかい!?」


「ああ、10年も前の話だがな」


「ひゃー、びっくりですね。どっちも有名人同士じゃないですか。悪名ですけどね」


「うるせいや。俺んところにターシャが入ってきてな。まあ、めずらしい山猫の獣人で、見た目は綺麗だからな。俺が手をつけたわけよ」


「ふむ」


「んで、見た目と違ってとにかく男が好きなんで、浮気ばかりしやがって。他に手を出させないように結婚して縛りつけた」



ジルベスターは続ける。



「ところが、噂通りの色狂いでな。手下を片っ端から食っちまう。怒ろうが、何しようが、平気で手下をくわえこみやがるんで叩き出したのさ」


「団長に逆らって、男を引き込むってすごいですね」


「ああ、もう病気だったな、その頃から。誑かした手下を何人か連れていって、自分の組織を作りやがった。それが下弦の闇だな」


「強いんですか?」


「いや、ターシャは自分じゃ、ほとんど戦えない。闇魔法で手下を操るんだよ。山猫の獣人は少ないからあまり知られて無いが、闇魔法が得意な種族でな。精神系の魔法で洗脳しちまうんだ」


「うわ。そこに行くと、なんかヤバそうですね」


「ああ、あまり関わりあいたくないんだが、そうも言ってられん」


「ですなあ」



二人は覚悟を決めたように、街道を再び進み始めた。





◇ ◇ ◇ ◇





森を抜け、ムルトマーの丘に差し掛かった辺り。

ラザールとジルベスターは周りを見回しながら、黙々と進んでいく。

ようやく足元が拓けてきて、見通しも利くようになったので少しホッとした様子。



「お前ら、どこに行くつもりだ?」



丘の頂上付近の雑木林の中から、何人かの男が現れて問いかけてきた。



「魔性山猫の姐御がこちらに居るって聞いたんですが、会わせてもらえないですかね?」


「誰だ、お前は?」


「おいらはラザールってんです。こちらは飛鷹騎士団のジルベスター団長です」


「飛鷹騎士団だと!ウイングボーンの騎士団が何の用だ!」


「だから山猫の姐御に、会わせて欲しいんですよ」



男たちは顔を見合わせる。

一番後ろに居た男が、丘の向こう側に向かって走り出した。



「今、姐さんに確認しに行ってる。それまでここで待つことになる」


「ま、しゃーねえか」



しばらくして使いっぱしりが戻ってくる。



「姐さんは、連れてきてもいいってことでっせ」


「そうか。んじゃ連れて行こう」



全員でムルトマーの丘を越えて、その向こう側に移動。

丘を降り始めたら、少し離れた所に小さな森が見えてくる。

その裏側をゆったり流れる川も見えてきた。


男たちは無言のまま降りて行く。

そしてそのまま、森の中に入っていった。


しばらく進むと、木でできた大きな囲いが見えてきた。

どうやら山猫の隠れ家がここらしい。


男たちは二人を案内して、木の囲いの中に入っていった。




木の囲いの中には、思ったより立派な邸があった。

その邸の入り口で、別の男が数人、待ち構えていた。



「客人を連れてきたぜ」


「これはこれは、飛鷹のジルさん。お久しぶりですな」


「おう。おめえ、まだ生きてたか」


「へへ、おかげさんでね。姐さんも、元気でっせ」


「んじゃ、面通しを頼もう」


「了解でさあ。そんじゃ、入ってくだせい」



山猫と一緒に出奔した昔の手下を見かけて、思わずにやりとしたジルベスター。

その者の後について、邸の中に入っていく。

ラザールもその後ろから付いて入っていった。





◇ ◇ ◇ ◇





廊下から、かなり広い部屋に入る。

手下らしい男が数人居てソファに座ったり、武器の手入れをしていた。


二人が入るとジロジロ見られたが、そういう視線には慣れているジルベスター。

全く気にせず、案内の男に続いて部屋を横切っていった。



「こちらが、姐さんの部屋になります」


「おう。入らせてもらうぞ」


「どうぞ。お入りなさってください」


「ラズは、ここで待ってろ」


「分かりました」



ジルベスターが扉を開け、中に入っていく。

豪華な家具が飾られており、中央に物凄く大きなソファとテーブルがあった。


そのソファに、小柄な女性がゆったり背をもたらせながら座っていた。



「あらあら、めずらしい人が来たもんだねぇ」


「ああ、久しぶりだな、ターシャ」


「ふふふ、相変わらずいい男ぶりね。わざわざ団長さんが、何の用かしら?」


「俺の騎士団が潰された、鉄壁の野郎に」


「えっ!飛鷹騎士団が壊滅かい?」


「ああ、完全に潰された。副長も火炎地獄も、皆やられた」


「そいつは・・・・・難儀だったねぇ」


「くそっ、鉄壁堂々ゆるさねぇ。狂狼会も頭にくる」



ナスターシャはソファで座り直し、テーーブルを挟んだ向かいのソファを勧めた。

ジルベスターはそれに従い、彼女の真正面に座った。



「狂狼に助けを求めたのかい?」


「ああ、ヤツら、裏切りやがって、逆にやられるところだった」


「それで逃げ場を失って、ここに来たってわけね」


「ああ、昔のよしみで、面倒見てくれ」


「まあ、いいけど、ここに来るってことは分かるわよね、ふふふ」



ナスターシャが妖艶な笑顔を見せる。



「おめえも、変わってねえな。男を見ると目の色を変えやがる」


「そんな風に仕込んだのは、いったい誰なんだか」


「ちっ、おめーの本性だろ」


「ふふふ、それはそうだけどね、あんたにかわいがってもらってから、火がついたのよ」


「それはそうと、鉄壁に一泡吹かせたいんだが、手を貸してくれるのか?」


「それはあんたの心掛け次第よ、ふふ」



ナスターシャはさも楽しそうに、笑顔を浮かべる。



「手下は何人居るんだ?」


「さあ、どうかしら?何人でもいいじゃない」


「そいつらはおめーの言う事を聞くんだろな、例え相手が鉄壁でも」


「うちの子達は私の命令は絶対よ。そういう風に仕付けているからね」


「男をこき使うのはお手の物ってか。恐ろしい女だぜ」


「大丈夫よ。すぐに天国に行かせて上げるから。こっちきなさいよ」


「おいおい、ここでか。来たばかりだぜ」


「いいから、こっちにおいでって。この部屋には、呼ばない限り絶対に誰も入ってこないからね」



ジルベスターはふうっと溜息をつき、観念したように向かい側のソファに移る。

ナスターシャの横に、どんっと勢いよく座った。



「おい、鉄壁やるのをちゃんと手助けしろよ。絶対守れよ」


「だいじょうぶよう。さあさあ、力抜いて、まずは挨拶のキスからよ、うふふふ」



ナスターシャは小柄で非力な女性だったが、その性格は見た目と真逆。

強い男を屈服させて、自分の言う事を聞かせる事が、何より好きなのだった。


ジルベスターはそれを知っていたので、できるだけ関わりあいたくなかった。

ナスターシャはキスしながら、ジルベスターの体の上に乗り上がっていく。

彼の頭を抱え込み、強烈に唇を吸った。



「ふふん、昔よりいい男になったじゃない」



顔を離して、上からジルベスターを見下ろす。



(危ねえ、この目に引き込まれそうになる)


(こうやって洗脳していくんだっけ)



ジルベスターは目を瞑って、気持ちを抑える。

目の前にいるナスターシャのことを、頭から切り離そうとする。



「あら、やだ、別にあんたを洗脳なんていないわよ。もう、いやねぇ。純粋に楽しみましょうよ」


「おめーが、そんな素直なタマかよ。世話になるからこうして尽くしてるんだ」


「ふふふ、まぁ、いいわ。すぐに私の虜になるからねぇ」



再びナスターシャがキスをして、舌を絡める。

ジルベスターはだんだんと昂ぶってくるのを抑える事ができそうもなかった。

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