36.潜伏
時間を少し遡る。
ルカ・ルーとギルバートが飛鷹騎士団を壊滅させた直後。
ジルベスターは逃亡し、身を潜めようと先を急いでいた。
彼は足早に、ウイングボーンの東地区から走り去る。
裏道を通りながら、街の南西のはずれに向かっていた。
(はあはあはあ、くそっ)
(鉄壁の野郎、ただじゃおかねえぞ!)
(俺の作り上げた騎士団を・・・・・畜生めっ!)
向かっている先は、以前から繋がりのある別の無法者集団。
この街の裏の世界は、飛鷹騎士団を頂点にいくつかの組織が協力しあっていた。
罪を犯して領主から追われたり、冒険者ギルドから手配される者たち。
最後は飛鷹騎士団に逃げ込み、匿われていたのだ。
今、ジルベスターが向かっている組織は『狂狼会』と言う。
そこのNo.3が昨年、ギルドに追われて飛鷹騎士団に転がり込んでいた。
ジルベスターがかわいがり、かなり親しくなっていた。
(まずは、狂狼会に協力してもらって立て直しだ)
(戦力を集めて、鉄壁を葬らねえと、気が済まねえ)
作り上げた組織があっさりと壊されて、ジルベスターは憤懣やるかたない思い。
思わず叫びだしたくなるくらい、憤っていた。
当然、叫んで目立つわけにはいかず、きつい顔付きのまま先を急ぐ。
彼は時々後ろを振り返り、追手が来てないのを確認した。
(あの様子じゃ、ブルクも残ってねえな。全滅か・・・・・)
目的の場所は、住宅街の中にある普通の住居。
かなり大きく、周囲を高い塀で覆われていて、やや物々しい。
しかし、成り上がり貴族が多いこの地区では、特別目立つ邸ではなかった。
あせる気持ちを抑えながら、ジルベスターはようやく目的地にたどり着く。
邸の正面ではなく、裏側に回って中を伺う。
裏門の周りには、誰もいなかった。
コンコンコン
木の扉を軽く、叩く。
しばらくすると、中から声が返ってきた。
「どちらさまですか?」
「俺だ。飛鷹騎士団のジルベスターだ。開けてくれ」
「飛鷹のジルさん?なんだってまた急に、連絡もなく・・・・・」
「いいから、開けてくれ。大事な話がある」
「へい」
木の扉が中から開く。
見覚えのある犬人の男の顔が見えた。
ジルベスターはすっと体を移動させ、門から中に入る。
犬人の男は、すぐに扉を閉めた。
二人は並んで邸の裏口に向かって、ゆっくり歩きだす。
「ラズの野郎は居るか?やつを呼んでくれ」
「ラズの兄貴はいますけど、何の用って伝えればいいですかね?」
「いいから、俺が用があると伝えて、ここに来るように行ってくれ」
裏口についたところで、ジルベスターは立ち止る。
犬人の男は、裏口から中に入っていった。
しばらくすると、30歳くらいの目つきの悪いエルフが、裏口から顔を出した。
名をラザールと言う。
「団長、お久しぶりです。どうしたんですかい?」
「ああ、ラズ、マズいんだ。手を貸してくれねえか」
「何があったんです?」
「飛鷹騎士団が潰された。鉄壁の野郎によ」
「マジですかっ!鉄壁って・・・・・鉄壁堂々のギルバートですかい?」
「ああ、いきなり乗り込んできやがった。結界に閉じ込めたんだが、抜け出しやがった」
「うーん、とりあえず、ここにいてもなんだから、中に入って下さい」
「助かる。恩に着るぜ」
二人は邸に入っていく。
下っ端の犬人の男も、二人の後ろから付いていった。
ラザールはジルベスターを、邸の応接室に案内した。
そこで向かい合ってソファに座る。
ラザールは犬人の男に向かって指示をする。
「おう、おめーは、おやっさんに話しいれといてくれ。飛鷹の団長が来てるってな」
「へい」
犬人の男は座らずに、部屋から出て行った。
ラザールはジルベスターに視線を戻し、話しかける。
「団長、何があったんです?」
「鉄壁ともう一人、若いエルフのねーちゃんが乗り込んできて、暴れやがった」
「まさか二人でですか?」
「ああ、こっちがバラついた隙に、次々とやられた、くそっ!」
「副長は?火炎さんも居たでしょう」
「火炎は死んだよ。ブルクは見てないが、たぶんやられたと思う」
「まさか・・・・・簡単にやられるなんて、そんなバカな!」
ラザールはびっくりして、大きな声がついでてしまう。
「くうっ、油断した・・・・・まさか、鉄壁がこんなふうに来るとは」
「もう一人も強かったんですかい?」
「ああ、よく分からんが、動きと弓の扱いはハンパじゃなかった」
「うーん。鉄壁の野郎に挙げられた仲間が、うちにも何人か居るんですよね」
「ヤツがウイングボーンに来てるって情報は入ってたから、警戒はしていたんだがな」
「くそっ、あの野郎、わざわざ乗り込んできやがったのか・・・・・」
ジルベスターは話していて、怒りが再びわいてきて胸がムカムカしてくる。
「ちきしょうめ、俺の騎士団をぶっ潰しやがって、鉄壁め、ただじゃおかんぞ!」
「団長、まずは落ち着かないと。怒りだけじゃ、なんも解決できねえですよ」
憤怒の表情で睨まれて、ラザールは少し怯んだ様子。
事情も詳しくわからないまま、思わずジルベスターを宥めていた。
「それより、ラズ。お前んとこのおやっさんに会わせてくれ」
「ええ、今、俺が行って話してきますんで、ちょっと待ってくださいよ。この話、早めに入れておかないと、うちだってどうなるか」
「ああ、俺はここで休ませてもらう」
「飲み物を用意させますから、待ってて下さい」
「おう」
ラザールは部屋から出て行く。
向かった先は狂狼会の詰め所兼事務所。
そこから2階の会長の部屋に上がる階段があるのだ。
詰め所に若いメンバーが、何人か屯していた。
「ラズの兄貴、何かあったんですかい?」
そのうちの一人が、声をかけてくる。
「いや、何でもないって、気にすんな」
「でも、なんか、あわただしく上がっていきましたぜ」
「いいから、いいから、おめーら、ちゃんと縄張りの見回り行ってきたんか?」
ラザールは話をそらすためか、別の若者に向かって話しかける。
「さっき、ちゃんと行ってきたっすよ。平和なもんです」
「そか、気を抜くんじゃねーぞ。暇なら訓練でもしてろ」
「へーい」
ラザールはまだ話しかけたそうな何人かを無視して、階段を上がっていった。
2階の狂狼会の会長の部屋。
中から何か話している声が聞こえたが、気にせずラザールは入っていく。
「どういうことなんだ!なんで飛鷹のジルがいきなり来たんだ。おめえ、何か知ってんじゃねえのか?」
「それが、あっしには、全然、分かんねえんで。コイツに呼ばれて、来たんすが、ジルさんが来たの、今、知ったばかりでっせ」
狂狼会の会長が机に座り、目の前に立っている副会長を詰問をしていた。
副会長はジルベスターの事を報告に来た犬人の男を、顎で示しながら答えている。
「その件について、直接聞いてきたんで、おいらから話します」
とラザールが近寄りながら話した。
「おう、ラズ。どういうことなんだ」
「どうやら、鉄壁が飛鷹騎士団に乗り込んだらしい」
「む、ヤツか・・・・・」
「しかも二人だけだったらしいんですが、飛鷹は壊滅したようなんで」
「えっ!ほんとかっ!」
「おいおい、うそだろ・・・・・」
二人は驚いて同じような感想を呟く。
ラザールはきつい顔つきで、話を続ける。
「飛鷹の副長も、火炎地獄も死んだらしい。飛鷹はもうおしまいでしょう」
「飛鷹が飛んだととなると、うちがトップになるな」
狂狼会の会長は、目を細めて思案顔。
「会長、それはそうだけど、うちもヤバいんじゃないっすか?」
副会長は心配そうに会長に目を向ける。
「いや、うちはちゃんと冒険者ギルドには根回ししてるから、だいじょうぶだろ。討伐依頼も出てないし、手配者はよそに匿わせてるしな。万事、抜かりはないよ。ラズ、おめーの先読みのお陰だな、ふふふ」
「いや、去年、飛鷹を見てて、あまりに無防備で呆れたんですよ。団長と副長には気をつけた方がいいと、何度も忠告は入れたんですけどね」
「まぁ、ジルもブルクも自信過剰気味だったからな。煽ててればいうこと聞いてくれてたしな」
会長はニヤリと嫌らしい笑いを張り付かせる。
ラザールは横目で見ながら、呆れる。
「待たせてるんで、一緒に行って貰えますかね?なんか頼みがあるって言ってましたよ。おそらく、打倒鉄壁の助勢かと」
「うーん。鉄壁と事を構えて、いけるかな?」
「会長、それはマズいですぜ。藪突いて蛇が出るってもんでっせ」
副会長が上目使いで会長に告げる。
「いやいや、副会長。ジルさんが困って助けを求めてるんだから力を貸さないと」
「うるせー!ラズ、おめーは引っ込んでろ。会長、下手に動くとうちも危ないっすよ」
「ああ、うーん、そうだな。どうしたもんか・・・・・」
「会長、ここでジルさんを袖にしたら、仁義がないにも程がありますよ。うちらの仲間、何人も匿ってもらったじゃないですか!」
「ラズ、おめーは飛鷹で匿ってもらったんで、恩に着るのは分かる。しかし、それとこれは別だっつーの。狂狼まで潰されたら、シャレにならん」
と副会長がラザールを睨みながら、意見を言う。
「だなあ。俺としても、飛鷹を助けたい気持ちはあるが、まずはうちの安全が優先か」
「会長ー!それなら、なんですか。世話になったジルさんをこのまま叩き出すんですかい!?」
「いや、叩き出すってわけじゃないが、多少金を渡して他をあたってもらおうか」
「それはあんまりだ!恩知らずと、後ろ指刺されますよっ」
「おい、ラズ。おめーは何様だ。会長が決めてるんだから、素直に従え!」
「親がおかしいことを言い出せば、それを諌めるのが、下の者の努めってもんでしょうが!」
「何が努めだっ!おめーは自分が世話になったから、ジルにいい顔してーんだろ。けっ、気にくわねーんだよ。頭良さそうな振りしやがって、理屈っぽくて好かんてーの」
「副会長が俺のこと気に食わないってのは知ってますよ。でも、今はそれは置いておいて、どうすればいいか一緒に考えましょ」
「けっ」
「まぁまぁ、落ち着けって。ラズ、俺の意見は変わらねえ。人の事より、自分の身が大事だ。だからジルには金渡して、出て行ってもらう」
「会長・・・・・それはねーって」
「ラズ、まだ言うのかてめーっは!」
ラザールは下を向いて、悩んでいる様子。
上への忠誠と、世話になった相手への恩義の間で揺れているのか。
「俺は・・・・・この世界に入って、悪い事もたくさんやってきました」
ラザールが独り言のように呟く。
「自分のため、他人のため、必要なら殺しだってなんだってやった」
「おめー、何を言い出すんだ?」
副会長が訝しげにラザールを見る。
「そんな俺でも、譲れない一線ってのが、自分の中にはあるんですよ」
「ふん」
「世話になって、恩義を感じる人を見捨てる事は、俺にはできません・・・・・」
「そんじゃ、どうすればいいってんだ、ああん?」
「会長、とりあえずジルさんところに行って、直接話してください、お願えーします」
「ん、俺がか?」
「ええ、ジルさんの希望を橋渡しすれば、一応手助けできたと、納得できます」
「俺はそんなの知らん。逆に俺が行ったら、もっと事が大きくなる。お前が金渡して話しつけろ」
「俺には無理です・・・・・自分が納得できません・・・・・」
「何、かっこつけてんだよ!おめーが行かねーんなら、俺が引導渡してくる。おめーは、引っ込んでろっ!」
副会長が興奮して、ラザールに向かって吼えた。
「そんじゃ、お前に頼む。ラズも付いていって、ちゃんと間に入って、丸く治めろ、いいな」
「へい、あっしが、さっさと追っ払いますよ。負け犬に用はねーってね、へへへ」
「副会長、負け犬とはなんだ、その言い方は!」
「まあまあ、お前ら、早く行け。丁重にお断りしろよ」
「へいへい」
「・・・・・」
◇ ◇ ◇ ◇
ジルベスターの待つ応接室に入っていくラザールと副会長。
ラザールが副会長より前に出て、ジルベスターに話し始める。
「団長。お待たせしてすみません」
「いや、こっちが突然来たんだ、申し訳ない。早く会長さんに会わせてくれ」
「それが、その・・・・・ちょっと立て込んでてですね」
「忙しいのは分かるが、こっちも切羽詰っててな。急いで善後策を練りたい」
「そうなんでしょうが、それが、ちょっと・・・・・」
「なんか、歯切れが悪いな。問題あるのか?」
ジルベスターはラザールの様子が変だと気づく。
「ジルさん、申し訳ないが、うちであんたを匿うことはできねーんだ」
副会長が焦れて、口を出す。
「そりゃあ、全体、どういうこった?うちと狂狼の仲で助けられないってのか?」
「うちの会長がね、鉄壁と事を構える気がないってこったよ。安全第一が主義なんでね」
「今まで、散々、面度見てやったのに、旗色悪いとすぐこれか?おおう!」
ジルベスターが副会長を睨む。
「まあまあ、ここで揉めても埒が明かないでしょう。どうしたらいいか相談しましょ」
「おい、ラズ。おめー、狂狼を裏切るのか?会長が引導渡せっていったろ」
「何だと、ふざけやがって、俺をそこらのガキ扱いかよ!」
「団長、すみません。こんな仁義にもとることしかできなくて・・・・・おやっさんに言ったんですが、聞きいれてもらえなくて」
「ラズ、お前だって同じ考えなんだろ。可愛がってくれたブルクがヤラレたってのに、弔い合戦する気もねーのか!」
「ジルさんよ、こんなとこで騒いでる暇があったら、さっさと逃げた方がいいんじゃねーのかい?もっとも、この街の中じゃ、もう隠れるところはねーだろうがよ」
「何ぃ!俺を売るのか!」
「知り合いの組織には全部情報流すからな。疫病神を背負い込むとヤバいことになるってな」
「くそっ、鉄壁の前に、おめーらを潰してやろうかっ!」
「ふん、できるもんならやってみやがれってんだ」
ジルベスターは今にも掴み掛からんばかりに、副会長を睨む。
「待てって、ここで揉めても意味ないでしょう」
「ラズ、おめーはこいつの肩、持つんか。狂狼を裏切るのか」
「そんなこと、言ってないでしょう。まずは、冷静に話し合おうと言ってるんだって」
「そんなのいらねーっての、金を渡すから、ジルさん、さっさと出て行ってくれ」
「なんだと!」
ただでさえイラついていたジルベスターは、我慢できずに副会長の胸倉を掴む。
副会長はその手を両手で掴み、睨み返している。
「やめろって、手を出したら負けですって」
ラザールは二人の間に体を入れて、離れさせようとする。
「ラズ、引っ込んでろ。最初に手を出したのはコイツだからな」
「ふん、弱いくせに、よく吼えるぜ、仲間がいっぱい居るからって強がるんじゃねよ」
「おーい、誰か来てくれー!得物もって来るんじゃああ」
副会長が大声で叫ぶ。
廊下をダダダダっと走る音が複数、聞こえてきた。
ダンッ
扉が勢いよく開けられた。
「兄貴っ。どうしたんでい」
「客人が逆上した。ラズも裏切った!」
「ええっ!」
「違う、そんなんじゃ・・・・・」
ラザールがあわてて訂正しようとするが、手下たちが大騒ぎをし始める。
「てーへんだー!殴りこみだー、みんな出合えー」
「くそっ、くそっ、なめやがって!」
怒りに混乱が重なって、ジルベスターは冷静に判断できない。
副会長を突き飛ばして、手を離す。
おもむろに剣を抜いて、手下の一人に討ちかかった。
「ぎゃあ」
斬られた手下は、その場に蹲る。
「やりやがったなっ。みんな掛かれっ。ヤツを倒しちまえ!」
副会長が手下を煽る。
「待てっ。みんな落ち着け。これは手違いなんだ」
ラザールが場を収めようとするが、もう止まらない。
ジルベスターに何人も斬りかかるが、そのほとんどを彼は返り討ちにする。
「もっと、どんどん呼べ。魔法撃てるやつも連れてこいよ」
邸に屯してた手下たちが、ぞくぞくと集まってくる。
仲間が倒されているのを見て、目の色を変えてジルベスターに突っかかる。
ジルベスターが押され始めて壁際に移動。
ラザールはジルベスターが危なくなったので近寄り、手下たちに声をかける。
「おめーら、剣を引け。これは間違いなんだ」
「ラズは裏切った。ジルと一緒に始末しろ。大勢で行けば怖くねーよ」
副会長は後ろから、ドンドンけしかける。
「団長、このままじゃヤバい。いったんフケよう」
「くっ、ちくしょう。それしかねーか!」
ジルベスターは剣を振り回しながら、窓のある方に移動。
数人を斬り伏せたところで窓に体当たりをして、破って外に転がり出た。
ラザールもタイミングよく後を追って、飛び出る。
「野郎、逃がすな!外に出て捕まえろ!」
「へいっ」
外に出た二人は、すぐに体勢を立て直す。
「団長、俺についてきてください」
「おうっ」
ラザールは裏庭を走り、ジルベスターが入ってきた裏門に急ぐ。
家の中で、大声で叫ぶ声や、人が走る音が聞こえてくる。
家の裏口が開いて、手下が何人も出てきた。
しかし、追いつかれるより先にラザールとジルベスターは裏門を蹴破る。
「団長ずらかりましょう。俺も付いていきます」
「ああ、家から出ちまえば、ヤツラも騒げねーだろ」
二人はなるべく目立たないように家々の間をぬって走る。
西門に向かって、狂狼会の邸から離れていった。




