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34.ギルド長リシャール


翌日の昼近く、ルカ・ルーの姿は冒険者ギルドの入り口にあった。

スイングドアをそっと押して中に入っていく。


閑散というほどではないが、朝の混雑に比べれば人の出入りは少ない。

訓練に勤しむ若者や、朝早くに始めた依頼の報告に戻ってきた冒険者たち。


彼女はウイングボーンの冒険者ギルドの雰囲気に、徐々に慣れつつあった。

いつものように受付の右端で、アンジェリクが冒険者の対応をしている。

依頼書を指し示しながら、丁寧に説明している様子。


ルカ・ルーはフロア全体を見回したが、ギルバートの姿は見えなかった。



(昼頃って言ってたから、待ってれば来るかな)


(この混み具合なら、ここで食事しててもだいじょうそうね)


(あ、でも、昼時にはだんだん混んでくるのかな?)


(まぁ、待つしかないからしょうがないか)



ルカ・ルーは意を決して、食事もできる喫茶コーナーにゆっくりと移動していく。

空いてるテーブルを見つけて座る。


彼女はウエイトレスの女の子を見つけて、手を上げた。



「はーい」


ウエイトレスが返事をしながら、近づいてくる。



「お勧めの昼食をお願いします」


「はい。了解しましたー」



ウエイトレスはにこっと笑いながら答える。

そして軽快な足取りで、カウンターの方に戻っていった。





◇ ◇ ◇ ◇





ルカ・ルーは魔法鞄から水筒を取り出し、喉を潤す。

ふうっと思わずため息を吐き出し、肩の力を抜いた。



(やっぱり大木はいいなー。気持ちよかった)


(時間があれば、もっとのんびりしたかったなぁ)



ルカ・ルーはこの日朝から、西門付近にある大木に会いに行っていた。

この街に来た時から気になっていた、普通のどこにでもある広葉樹。



ベアバレー村では四方の門の傍に、それぞれ1本の大きな木が植えられていた。

狩人はそれらの木を、単に『大木』と呼び、御神木として奉っていた。

狩りを終えて無事に村に戻ってきた時に、怪我がなかったことを感謝するのだ。


大げさに手を合わせる者。

そっと木肌に触れるだけで、立ち止まらない者。


形はどうであれ、ほとんどの狩人が子供の頃から毎日、大木と触れ合う。


狩りの後、村に戻って緊張感が解ける時に目の前にある大木。

村全体を抱え込むように、守ってくれる頼もしい存在なのだ。



この世界では新しく村ができると、決まって出入り口に大きな木が植えられる。

村の存在をアピールするためでもあり、魔物や動物への威嚇なのかもしれない。


種族によっては、村の中央に御神木を植える村もある。

特に改めて御神木を植えない村も、無いわけではない。

しかし概ね、各村の入り口付近には大木があるのが普通だった。


村が繁栄し町となると、全体の規模が大きくなり、出入り口の位置が動いていく。

御神木を新たな門に動かす場合もあれば、そのまま残しておく所もある。


都市まで発展すると、出入り口の門が、人の常駐する大きな砦のようになる。

そうなると、近くにわざわざ大木を置く事は少ない。


ウイングボーンは大きな都市なので、大木はすでに西門付近にしかなかった。

ただ長い間生きているためか、ひときわ大きく聳え立っていた。



ルカ・ルーはその大木の傍まで行き、幹に額を当てながら抱えてみた。

木肌の感触がどこまでも優しく、その温もりが彼女を癒してくれる。


大木の根元に座り込み、何も考えずにただ寄りかかる。

心が空っぽになり、無駄な部分が削ぎ落とされていくのを感じた。


そのままかなり長い間、動かずにぼーっとしていた。


緩やかな風が、大木の枝葉をかすかに揺らす音。


空っぽの体に、再びエネルギーが充填される。

まるで大木のと同じく、光合成をしているかのように。



昼近くまでそこで過ごし、ふとこの日の約束を思い出す。

名残惜しかったが立ち上がり、冒険者ギルドへと急いだ。





◇ ◇ ◇ ◇






運ばれてきた昼食を、一人で食べている時。


フロアからゆっくり近づいてくる人の気配を、ルカ・ルーは感じた。

顔をそちらに向けると、アンジェリクが近寄ってきていた。



「風弓さん、今、いいかしら?」


「あ、はい。だいじょうぶです」


「今日は、このあとギルド長のところに行くんだよね?」


「はい。その予定です。ギルさんを待っているところです」


「鉄壁さんはまだきてないね」


「ですです」



アンジェリクの機嫌が良さそうなので、ルカ・ルーは少しほっとする。



「そんじゃ、彼が来たら、私に声かけてね。案内するから」


「了解です」


「では、そのときにまた」


「はいー。ヨロシクです」



アンジェリクはニコッとしながら、去っていった。



(はぁ、緊張しちゃった)


(アンジェさんの機嫌直ったようね)


(アンジェさんもギルさんを待っているのかな)



とりあえず食事に集中しようと前に向き直り、パンに手を伸ばす。



(ここの料理おいしいなぁ)


(ベアバレーのもおいしかったけどね。特にお肉がよかったな)


(パンはこっちの方が、ふわふわだー)



スープを飲んで、そのおいしさにも納得。

思わず笑顔がこぼれるルカ・ルー。



「なんか、ダラしない顔してる」


「えっ!」



いつのまにかギルバートが、すぐ近くまで来て話しかけてきた。



「ギルさん、いつのまに来たんですか!」


「は?普通に歩いて入ってきたぞ」


「そ、そうだったんですか。気づかなかったです・・・・・無念」


「うまい物、食ってる時が弱点か」


「ひー、それは否定できません・・・・・」



ギルバートは顔を緩めながら、ルカ・ルーの前の椅子を指さす。



「ここ、座っていい?」


「どうぞ、どうぞ」



ギルバートはドシンと、大きな体をぶつけるように座った。

そしてクルッと後ろを振り向く。



「昼のセットを一つ」


「はーい。受けましたー」



ウエイトレスに声を掛けて、注文をした。



「だいぶ待ったか?」


「いえ、さっき来たところです」


「なら良かった」


「ついさっき、アンジェさんが来てましたよ」


「ほう」


「ギルさんに用事があったのかな」



ルカ・ルーはチロッと上目遣いに、ギルバートの様子を見る。

彼はいつもと変わらず、平然としている。



「まぁ、後で会うだろ」


「そうですね。まずは食事ですよね」


「食べるの、ホント、好きそう」


「私は食べるのも、遊ぶのも、ゆったりするのも、なんだって好きですよ!」


「はぁ、忙しいこって」


「やりたいこと、たくさんありすぎて困っちゃいます」



ギルバートは呆れた顔で、ルカ・ルーを見る。

彼女は目が合うと、ニコニコと笑顔を浮かべ、右手の拳を前に出す。

それをギュッギュッと握り締めて、気合を入れるアピール。



「ふっ」


「笑われた・・・・・」


「いや、つい、つられて笑っちまった」


「えへへへ」



ギルバートは思わず顔が緩んで、かすかに吹いてしまう。

それを見てルカ・ルーはおどけるが、昨日と同じ雰囲気の彼に少し安心した。


ギルバートの昼食が運ばれてくる。

二人はその後、食事に集中した。





◇ ◇ ◇ ◇





「んじゃ、リシャさんに会いにいくか」


「ギルさんはギルド長とも知り合いなんですか?」


「ん、まあね」


「顔が広いんですねー」


「いや、一部だけ。どうでもいいヤツの顔はすぐ忘れる」


「あはは。忘れられないで良かった」


「忘れるかもよ?」


「ええっ!?」


「ふっ」



言われた内容よりも、ギルバートが冗談を言った事に驚くルカ・ルー。

ギルバートの機嫌がいいことを確信して、うれしくなる。


二人は立って、食器をカウンターに戻しに向かった。



「ごちそうさまでした。お会計お願いします」


「はーい。食器はカウンターに置いておいてください」



彼らは料金を支払い、そろってフロアに戻った。

ルカ・ルーは受付の右端にいるアンジェリクを発見。


二人の方を見ていた様子。

すぐに手を上げて、こっちに来いアピールをしてくる。


ルカ・ルーが先にたって、受付に向かう。

アンジェリクの前に、冒険者が数人並んでいた。

彼らは近づいてくるルカ・ルーを、なんだこいつ、という目で見ていた。


アンジェリクは後ろを振り向いて、他のギルド職員に声を掛けている。

そのまま受付から出てきて、ルカ・ルーに近づいてくる。



「じゃぁ、案内するから、付いてきてね」


「分かりました」



アンジェリクは、ギルバートにチラッと視線を移す。

彼は特に反応もなく、そのまま見詰め返した。



「こっちよ」


「はいー」



三人でゆっくりとフロアを横切り、階段を上がっていく。

前回入った副ギルド長の部屋を通り過ぎ、一番奥の立派な部屋の前にたどり着く。

扉には「ギルド長室」と書いてある。



コンコン



アンジェリクが扉を叩く。



「はい。開いてますよ。入ってきてください」



ローペの声が聞こえた。

同時にタッタッタッと中から人が近づいてくる音が聞こえた。


アンジェリクが扉を開けると、まず目に入ってきたのはマルティナの驚いた顔。



「アンジェさん!私が案内するはずだったでしょっ」


「いいのよ。私、ちょうど空いてたから」


「そうじゃなくて、この件にアンジェさん関わらないように、朝、ギルド長から言われたでしょ」


「いいの、いいの。私も話聞きたいし」


「ダメだって言われたんだから、諦めないと・・・・・」


「んー、ここで言い合っててもしょうがないから、中に入れて欲しいんだけど」



どうやらアンジェリクはこのこの会見にはタッチしないように、言われたようだ。

彼女はそれが不満なので、ルカ・ルーとギルバートを1階で捕まえてきたらしい。



(何かもめそう・・・・・だいじょぶかな)



なんとなく異様な雰囲気を感じて、ルカ・ルーは少し不安を覚える。

ギルバートの顔つきが、やや厳しくなった気がした。



「ティナ。とりあえず入ってもらいなさい」


「はい。ではどうぞお入りください」



ローペが入室を許可し、マルティナがルカ・ルーとギルバートを入室させた。



かなり広い部屋の中央に豪華なソファアセット、その向こうに大きなデスク。

高価そうな椅子に、髭面の貫禄あるエルフが座っている。

年の頃は、50歳を優に超えているか。



二人はソファを迂回して、デスクの前に移動。

来客用の椅子が二つ置いてあった。


アンジェリクもしっかりと入り込み、ソファの横で目立たないように佇んでいる。

ローペはデスクの横に立ち、二人に来客用の椅子に座るよう指示した。



「ギル、久しぶりだな。留守にしててすまんな」


「いや、リシャさんはいつも忙しいから。そんなもんかと」


「そう言ってもらえるとありがたい。いない間はロペがしっかり見ていてくれるから、助かってる」



そう言いながら、ギルド長のリシャールは、ローペをチラッと見た。



「リシャさん、煽てたって、やることはキチンとやってもらいますからね」


「ふふっ、分かってるって。ああ、あなたが風弓さんだね。わしはここのギルド長をやってるリシャールと言う。よろしく頼む」


「私はベアバレーからやってきた、ルカ・ルーと申します。まだ初心者ですがヨロシクお願いします」


「いやいや。報告は聞いたよ。すごい活躍じゃないか。みんなが実際会ったらギャップに驚くと言ってたんだけど」


「はい?」


「確かに、びっくりだね。ここに来てからの実績と、見た印象があまりにも違う」


「そ、そうでしょうか、すみませんです・・・・・」


「いや、こっちこそ、すまん。悪く言ってるわけじゃないんだ」



なんとなくリシャールが慌てて訂正してるのが、可笑しかったルカ・ルー。



「ふふふ」


「それで、リシャさん、話を進めよう」



何故かやや不機嫌にギルバートが、話をせっつく。



「だな。今日は、飛鷹騎士団討伐の褒章と獲得品の分担。あとジャイアントグリズリー討伐の報酬と素材の買取。まずはこの清算だな」


「ん」


「それからパーティ結成は承認したよ。うれしいぜ、うちに登録してくれて」


「まあ、付き合いも長いし、前から言われてたし」


「王都のギルド長の悔しがる顔が浮かぶよ、むっふっふ」


「いやらしい笑いしちゃって・・・・・」



髭面のおっさんが、ニタニタ笑うのを見て、ギルバートはドン引き。

ルカ・ルーは目を点にして、呆気に取られる。



「リシャさん・・・・・もうちょっと威厳を持って、ちゃんとしてくださいよ」


「わしはちゃんとしとるぞ!」



ローペに突っ込まれて、慌てるリシャール。



「んん、まぁ、逆風ウインド、これからガンガン活躍を期待してるぞ!」


「いや、のんびりやる」


「ですね」


「そうなのか・・・・・普通はパーティ結成だとウォーとかイエーとか・・・・・」


「リシャさん、いいから、あんまり興奮しないでくださいね」


「ああ、分かってるって!」



ローペが呆れた顔を左右に振っている。

ルカ・ルーはなんとなく、リシャールに親しみを覚えた。

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