32.乱入
食堂の入り口から、綺麗な赤い髪を後ろに束ねた人間の女性が入ってくる。
アンジェリクだ。
テーブルの間を歩いていたビオレッタが、すぐに気が付いた。
彼女はアンジェリクの方に歩み寄り、話しかける。
「あら、アンジェさん、めずらしい」
「ふふふ、ビオさん、お久しぶりね」
「こんばんは、お一人ですか?」
「んー、鉄壁さんと風弓さん、こちらに来て居ないかな?」
「いらっしゃいますよ。奥側で食事してます」
「そかそか。それなら、私もそこに混ぜてもらおうかな」
「えっ、お約束ですか?」
「んー、特に約束して無いけど、さっきまで一緒だったのよ」
アンジェリクはギルバートに会いに来た様子。
昼間の話し合いでも、まだ納得できない部分が残っていたのか。
「うーん、じゃぁ、まずは、向こうの二人に聞いてみますね」
「だいじょぶ、だいじょぶ」
「で、でも・・・・・」
「まぁ、行ってみましょ」
ビオレッタは楽しそうに話している二人の、邪魔になるのではないかと心配。
しかし、アンジェリクに促されて、厨房の方になんとなく歩みだす。
アンジェリクは追い立てるように、ビオレッタの後ろから付いていった。
◇ ◇ ◇ ◇
ビオレッタとアンジェリクが、ルカ・ルー達がいるテーブルに近づいてくる。
ルカ・ルーは人が近づく気配を感じて、顔を上げた。
ビオレッタの顔が見え、当惑している様子が伝わる。
どうしたのかとルカ・ルーも怪訝な顔になる。
「ん?どうかしたか」
「ビオさんが・・・・・」
ビオレッタの後ろから、いきなりアンジェリクが顔を出す。
「こんばんは。お二人さん」
「あ、アンジェさん。こんばんは・・・・・」
ギルバートは無言のまま振り返り、顔つきが少しきつくなる。
「お昼の時に、夕食を一緒にって言ってたので、こちらかと思ってね」
「・・・・・」
「私もご一緒させて欲しいんだけど?」
「アンジェ・・・・・。昼間、話したろ」
「あの話はいいのよ、もう。パーティの話は・・・・・納得したわ」
アンジェリクは勤めて明るく振舞いながら続ける。
「風弓さん、私も混ぜてもらってもいいかしら?」
「ええ、もちろん、いいですよ。こちらへどうぞ」
ルカ・ルーが椅子を壁側にずらし、隣の椅子を指し示す。
ギルバートは腕を組んで顔を上げ、背もたれに寄りかかったまま動かない。
アンジェリクはルカ・ルーの隣に座り、ビオレッタに二人と同じ物を注文した。
そして彼女はギルバートを見ずに、ルカ・ルーの方に顔を向ける。
「何の話をしていたの?」
アンジェリクが問いかける。
「えと、今後の方針とか、狩りの仕方とかですね・・・・・」
ルカ・ルーが慎重に答えた。
「そっかー。大切な事よね」
「はい」
「楽しそうで、うらやましいわ」
「いえ、そんなことないですよ・・・・・」
アンジェリクの真意が分からずに、ルカ・ルーは戸惑う。
「私なんか、日々、受付で依頼の対応ばっかでつまんないわ」
「えー、大事な仕事ですよー。みんなアンジェさんを頼りにしてると思います」
「もう飽きちゃったかなー。私もまた冒険者やろうかな」
「前は冒険者やってたんですか?」
「そうよー」
アンジェリクが自分のことを話したそうだったので、ルカ・ルーは話を振る。
「これでもレベル18なの。魔法もいろいろ使えるのよ」
「ほえー。そこまで上げて止めちゃったんですか。もったいないー」
「今思うとそうよねー。ただ、やめた時はもう限界と思っちゃってねぇ」
「限界?」
「んー、説明がむずかしいな。私の呼び名、知らないよね?」
「はい。まだ聞いたことありません」
アンジェリクは少しはにかみながら続ける。
「紅炎器用って呼ばれてたわ。嫌いなので、使わなくなったけど」
「ふむ」
「最初は紅炎だけね。この髪が赤いところと火魔法が得意なので紅炎ね」
「かっこいいですね」
「そこまではよかったの。でも、いろんな魔法に手を出したせいで、どれも中途半端になっちゃったのね」
「いろいろできると便利ですよねー」
ルカ・ルーも割と多くの系統魔法に手を出しているので、共感を覚える。
「私は、火魔法が攻撃系統、守備系統、補助系統の3つに、聖魔法も同じ3系統、そのほかにも無属性にも手を出しちゃってるから、分散しすぎなのよね・・・・・」
「確かに多いですねー」
「一つを極めるよりも、いろいろできて気軽に立ち回るのが、良く見えたのよね」
「ふむふむ」
「ただ、攻撃も中途半端、守りも中途半端。回復だって強力とは言えない。なんでもできるけど、どれも微妙になってきて・・・・・追加された呼び名が、器用ってわけね」
「そうだったんですかー」
アンジェリクは自嘲気味。
ビオレッタが食事を運んできたので、彼女も食べながら話し続ける。
「器用って呼び名が付くと、まぁ、冒険者としては、二流の烙印ってこと」
「そうなんですか?」
「うん。器用になんでもできるけど、イザって時に、たよりないって意味ね」
「うーん」
「そう呼ばれだした頃から、冒険者を続ける気力が、減ってきてねぇ」
「それは・・・・・」
「んで、ギルドから職員として働かないかって、声が掛かってね。見切りつけて、ギルドで働く事にしたのよ」
「そうだったんですかー」
ギルバートは横を向いて、我関せずという趣。
「ただね、自分でも不思議なんだけどね」
「はい」
「器用になんでもできるって、実はすごく役に立つ事なんじゃないかと、最近思ってきたのよね」
「ふむ」
「多くの冒険者を見ててね、頭を使うことの大切さが分かったわ」
「頭ですか?」
アンジェリクはやや得意そうに、話を続ける。
「使える魔法が中途半端なのは確かなんだけど、それを突き詰めれば、どれもちゃんと役に立つようにできるし、役に立つ魔法がたくさん使えれば、トータルでパーティに貢献できると思うの」
「はー、私はパーティってあまりやった事ないので、よく分かりませんが、そうなんですねー」
◇ ◇ ◇ ◇
「それでね。今、ここに来たのは・・・・・私も逆風ウインドに入れて欲しいからなの」
「え!このパーティにっ?」
「ええ、そうよ」
ルカ・ルーはギルバートの方を見る。
彼は相変わらず、横を向いたまま反応なし。
アンジェリクはギルバートに向き直り、話しかける。
「ギール、私もパーティに入れてよ」
「無理だ」
横を向いたまま、ギルバートは即答した。
「あなたが、風弓さんとパーティを組むのはもう反対しないよ。それがギールのやりたいことなら、私も応援する。だから、私にも手伝わせてよ!」
「ふう。昼間話しただろ。俺はルカと組む。アンジーとは組まない」
「どうしてよ!ルカさんと組んで、私も一緒でいいじゃない!」
ギルバートは椅子に座り直し、アンジェリクを正面から見詰める。
「だから、何度も言ったろ。アンジーの事は好きだけど、一緒にパーティ組む気はないって」
「どうしてよ・・・・・。昼はルカさんと組むのを反対したけど、今は一緒でいいって言ってるじゃないのっ。何が不満なの!」
「不満とか、そういうんじゃない」
「じゃあ、何よ!」
「今のところ、君と一緒に、戦う気になれない」
「どうしてよ!」
「知らない」
ギルバートは正面からアンジェリクを睨みながら、簡潔に話す。
アンジェリクは納得できずに、だんだん興奮してくる。
「ねぇ、ギール。お願いだから、いいって言って、お願いよ」
「・・・・・」
「ねぇ、ルカさんからもお願いして、いいでしょ?」
「え・・・・・と。わ、私は・・・・・」
急に振られて、ルカ・ルーは戸惑う。
「ルカを巻き込むな」
「ルカさんがリーダーでしょ?」
「彼女がどうこうじゃない」
「それじゃなんなのよ!私が器用だから?魔法が中途半端だからなの?」
「そんなことじゃない」
「もう・・・・・分からないわ・・・・・」
アンジェリクが悔しそうに下を向く。
ギルバートはきつい目付きで彼女を見詰めていた。
「私に・・・・・一度チャンスをください。一緒に狩りに行って、役に立つ事を証明してみせる」
「違う。君が役に立つのは分かっている」
「それじゃ、なんで・・・・・」
「すまない。無理なんだ」
アンジェリクが膝に乗せた手が震えている。
感情をぶつける場所がない様子。
「ギール・・・・・私のことが嫌いになったの?」
急に顔を上げて、アンジェリクがギルバートと目を合わせる。
しばらく見詰め合う二人。
ギルバートがいったん目線を落とし、一息つく。
「ふう」
すぐに顔を上げてまたアンジェリクと視線を合わせる。
「さっきから何回も言ってる。君の事は好きだ。でもパーティは別の事」
アンジェリクの顔から表情が無くなる。
目を見開いて、ギルバートをただ見詰める。
「そう・・・・・そうなのね・・・・・」
「・・・・・」
◇ ◇ ◇ ◇
彼らが興奮気味に言い合ってたので、ビオレッタが心配して近寄ってきた。
「あの・・・・・だいじょぶですか?何かもめごとでも?」
「あー、ビオさん。ごめんなさい。うるさかったかしら?」
ルカ・ルーが取り成すように、ビオレッタに対応する。
「いえいえ、ここは端っこなんで、たぶん、他のお客さんに迷惑はかからないんだけど・・・・・」
ビオレッタは心配そうに、三人を交互に見回す。
アンジェリクは下を向いて、動かない。
ギルバートが椅子にもたれ掛かり、腕を組んでビオレッタを見る。
「ビオ、悪いな。もう店を出るよ」
「いえ、まだゆっくりしていってくださいな」
「いや、アンジェを家まで送っていく」
「私はまだ話があるわ!」
「ここじゃ他人に迷惑が掛かるから、家で聞こう」
「・・・・・分かったわ」
ギルバートがルカ・ルーに向き直る。
「ルカ。パーティの活動は、基本的にさっき話したとおりだ」
「はい」
「細かい事は、臨機応変で詰めていこう」
「分かりました。アンジェさん、だいじょうぶ?」
「ええ・・・・・」
ルカ・ルーはアンジェリクの肩に手を載せて、顔を覗き込む。
彼女の焦点の合っていない目付きに不安を覚えながら、ギルバートを見る。
「ギルさん、アンジェさんを、ちゃんと送ってってくださいね」
「ん、明日、昼にギルドで会おう」
「分かりました。今日はここの支払いは私がやっておきます」
「助かる。後で払う」
ギルバートが立ち上がり、アンジェリクの腕を取る。
アンジェリクは素直に立ち上がり、俯いたまま髪をかき上げた。
「アンジー、いくぞ」
ギルバートが手を引き、アンジェリクは無言のままうつろな足取りで続いた。
◇ ◇ ◇ ◇
残ったルカ・ルーとビオレッタ。
なんとなく目を見合わせて、動けない。
「アンジェさん、どうしちゃったの?」
「うー、ちょっと、いろいろあってね・・・・・」
ビオレッタは厨房を振り返って確認してから、ルカ・ルーの隣に座る。
「ちょっと、普通じゃなかったわね。三角関係のもつれ?」
「いやいや、そんなことじゃないよ。パーティ関係の話ね」
「ふーん、でも好きとか、嫌いとか聞こえてきたような・・・・・」
「気のせいです、気にしないでください」
ビオレッタは横目で、じっとルカ・ルーを見る。
ルカ・ルーはやや目をそらして、気まずい様子。
「まぁ、いいんだけどね。アンジェさんがライバルでも、私、風弓さん応援するからね!」
「ええっ!ライバルとかそんなんじゃないって」
「いいから、いいからっ」
「はぁ・・・・・」
「とにっかく、アンジェさんに負けないでねっ」
ビオレッタは目をまん丸に開き、にこっと笑顔を浮かべる。
ルカ・ルーはどう返していいか分からず、困惑。
「鉄壁さんの浮いた話の大半が、アンジェさんだから」
「へー」
「アンジェさんに勝っちゃえば、もう、こっちのもんよ!」
「だから、違うって・・・・・」
ビオレッタはすくっと立ち上がり、ルカ・ルーの背中をポンッと叩く。
「風弓さん、しっかりしてね。食事まだ残ってるでしょ。ゆっくりしていってね」
「はぁ、もう、食欲なくなったから部屋に戻るよ・・・・・」
「そかー。心配で食事も通らないってヤツね、ふふふ」
ルカ・ルーは目を細めて、じーっとビオレッタを見る。
ビオレッタは悪びれもせず、ニコニコ。
「はぁ、それじゃぁ、御代はこれ。ご馳走様でした」
「ありがとうございましたー、おやすみなさい」
「おやすみなさいです」
ルカ・ルーは食堂から出て、とぼとぼと階段を上がる。
(はぁ、あの二人、これからどうするのかしら)
(パーティについて話し合うのかなぁ)
(まぁ、ギルさん次第よね)
(はぁ、途中まで楽しかったのになぁ・・・・・)
心の中で愚痴りながら部屋に戻り、着替えて早めにベッドに潜り込んだ。




