31.二人で夕食
ルカ・ルーは3階まで階段を上がり、自分の部屋へと入っていく。
中は薄暗くなっていたので、光玉を作り出し、小棚のランプに封じ込めた。
魔法鞄から水筒を出して、水分を補給する。
ふうっと一息つき、両肩の力を抜いた。
ベッドに腰掛け、ゆっくり深呼吸をしながら少し瞑想にふける。
(今日もいろいろあったなー)
(ウイングボーンに来てから、予想外の事が起こりすぎて大変)
(でも、毎日充実していて、楽しいな)
(ベアバレーじゃ、絶対に体験できない事ばかりだ)
気持ちを落ち着けながら、この街に来てからのことを思い返す。
初めての命の奪い合い、大物狩り、パーティ結成・・・・・
急に人生の流れが速くなったかのように、めまぐるしく様々なことが起こった。
その一つ一つを思い返し、自分が全てに納得できていることを確認。
(うん。流されていない。自分がこうと決めたように進んできている)
(自分は、自分らしく、このまま続けていけばいい)
幼い頃から繰り返してきた、自分自身との対話。
ゆっくり自らの有り様を見つめることで、心が少し落ち着いた気がした。
(さて、ギルさんが夕食の時に来るって言ってたな)
(でも、今は、人が一番多い時間かなー)
(このまま横になって休んでいよっかな)
ころんっとベッドに横になり目を瞑ったら、いつのまにか意識が落ちていった。
◇ ◇ ◇ ◇
一刻くらい経過した頃、ルカ・ルーの部屋をノックする音。
コン、コン、コン
(う、なんだろ)
コン、コン、コン
(あー、私、寝ちゃったのね・・・・・)
「はい、はーい。今、開けますね」
ルカ・ルーはベッドから降りて、入り口に近寄る。
扉を開けると、ビオレッタの笑顔。
「風弓さーん、待ち人来たわよー」
「へ?」
「だから、鉄壁さんが会いに来たのよ」
「あー、もうそんな時間なのね」
「約束してたんでしょ?風弓さんいるか?って聞かれたもん」
「そうそう、約束してたのに寝ちゃってた」
「あらー、んじゃ、鉄壁さんを案内しておくから、準備してきてね」
「はい、すぐ行くね。また、目立たないところで、お願いね」
「分かってるってー」
ビオレッタはわざとらしく、ニッコリと笑って応えた。
そして扉を閉めて、部屋から離れていった。
ルカ・ルーは慌てて準備をする。
この日に買ってきたかわいい服を、魔法鞄から全部取り出し、ベッドに拡げた。
(あ、これかわいいー)
(あー、これはやく着てみたいな)
(いやいや、外に出るんだからもうちょっとしっかりしたの着なきゃ)
(うー、やっぱスカートがいいかなー)
(うーん、気分的にはこれかなぁ)
彼女が手に持って取り上げたのは、生成りのベージュ色のワンピース。
やわらかい素材でふわっとしていて、着心地が良さげ。
かわいいレースがあしらわれており、足首まで隠れる長い裾。
お気に入りの服になりそう。
着ていた服を脱いで、清潔と消臭。
丁寧にワンピースを身につける。
ゆったりと体に巻きつく、ひんやりした布が気持ちいい。
一瞬考えて、買ってきた水色のカーディガンをその上に羽織る。
(あ、なんかいい感じ)
そのままこの街に溶け込めそうな気分。
初めて着るワンピースは、少し自分を大人に後押ししてくれる気がした。
短剣と魔法鞄を、所定の位置に身に付ける。
靴も買ってきたかわいい木靴。
準備が整うにつれて、気分も高揚してくる。
(ふふふ、このカッコ見て、なんて言ってくれるかな)
(あ、でも、似合わないと言われたらどうしよう・・・)
(ううん、絶対似合ってるはず!)
(だと、思うんだけどなぁ)
元来、さっさと決めて、さっさと物事を進める性格のルカ・ルー。
服を着たあとも自分の姿を見ながら、いろいろ考える様子はめずらしい。
(はっ、たいへん)
(遅くなったらギルさんに悪い)
(急いで行こう)
扉を開けて廊下に出る。
鍵をかけて、その鍵は魔法鞄にいれた。
廊下を移動し、階段を下りる。
食堂の入り口まで来ると、中からにぎやかな音が聞こえてきた。
(今日も人がたくさん居そうね)
(はぁ、やっぱ注目されちゃうのかな)
(ギルさんとパーティ組むと、こういうのにも慣れなきゃならないのかな)
ルカ・ルーは意を決して、食堂の扉を開ける。
中に入った瞬間、やはり注目を集めた。
どうしようかと戸惑っていると、ビオレッタが見つけて声を掛けてくれた。
「風弓さん、こっちよー」
ビオレッタが厨房の近くから、手を大きく振っている。
ルカ・ルーはすぐに気がついて、ビオレッタの方に向かって歩き出した。
通路を進んでいる途中で、テーブルに座っていた冒険者がいきなり立ち上がる。
「おっかないエルフのねーちゃん、今日もかわいいねぇ。また一段と貴族様みたいだ。今度、おいらとデートしてくんない?」
「おい、トンビ、やめろって。エルフさん、ゴメンなさい。こいつ今日はもうすっかり酔ってて・・・・・」
「おいらはまだ、酔ってねーっての。エルフのねーちゃん、かわいいうえに強いってんだから、惚れるのしょうがないべ」
「だから、絡むのやめろって。鉄壁さんだって来てるみたいだし・・・・・ほんとにすみません。もう連れて行きますので」
相変わらず賑やかなクラウスを、仲間が懸命に抑えている。
周りはその様子を見て、にやにや笑っている。
「いえいえ。まだ慣れてないのですみません」
とばつが悪そうに、ルカ・ルーが応えた。
見ていたビオレッタが、慌てて駆け寄ってくる。
「何やってるのよ。また、トンビさんが騒いでるのねー、ホントにもう」
「おいらは別に騒いでないって。エルフさんをくどこうとしただけだっての!」
「いいから大人しく飲んでてくださいね!他に迷惑かけるなら、出入り禁止にするからね!!」
「わ、わかったよー、おいらはただ、かわいいエルフの・・・・・」
「おいトンビ、行くぞ。これ以上はヤバいって!ビオさんツケといてねー!」
クラウスの仲間が彼を引っ張って、食堂から連れ出していった。
ビオレッタは腕を組んで、眉にしわを寄せている。
「ふぅ、風弓さん、だいじょうぶ?」
「私は、全然平気よ」
「とりあえず、向こうに行こうか」
「はい」
ビオレッタの後ろについて、ルカ・ルーは厨房の方に向かう。
途中で、テーブルに座って背を向けているギルバートが目に入ってきた。
「鉄壁さん、お待たせ。風弓さん、来たよー」
「ん」
ビオレッタが声を掛けると、ギルバートが振り返る。
ルカ・ルーと目が合うと、彼の目元が少し緩んだ気がした。
「ギルさん、お待たせしました。遅くなってゴメンなさい」
「いや。なんか向こうで騒いでたな」
「もうね、参っちゃうわ。風弓さんが、酔っ払いに絡まれてたのよ」
ビオレッタが憤慨したまま、ギルバートに告げる。
「む、呼んでくれたら、ぶっとばしてやったのに」
「ええっ。そんな過激な・・・・・」
「ルカも、しっかりしないとな。自分で簡単に追っ払えるだろうに」
「無理ですよー。このカッコですもん」
ルカ・ルーは両手を広げて、ワンピース姿をアピールする。
ギルバートはその姿をじっと見詰める。
しっかりと見られて、彼女は逆にあたふた。
「と、とりあえず、何にも無かったので、食事にしましょうよ」
「ん」
ルカ・ルーはギルバートの向かい側に座って、一息つく。
「それじゃ、注文もらっちゃおうかしら」
「よろしくお願いします」
彼らは、慌てて夕食を選ぶ。
どちらもお勧めの夕食セット。
ギルバートはお酒も頼んだ。
ビオレッタはそれを受けて、厨房に引っ込んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ルカ、そういう格好すると、ほんと、冒険者に見えん」
「やっぱ、そうですよねー。その自覚はあります」
「まあ、似合ってるがな」
「あ、ありがとうございます・・・・・」
まさかギルバートに褒められるとは思ってなかったので、動揺するルカ・ルー。
「田舎では女の子らしいカッコなんて、ほとんどしたことなかったので」
「ほう」
「ビオさんと一緒に買い物して来ました。いっぱい買い込んじゃいました」
「そいつは、よかった」
「これから他の街にも行くでしょうから、そっちでも服を買うのが楽しみになりました」
「なんか依頼というより、旅行に行く感じ」
「そ、そんなことないですよ!ちゃんとお仕事もしますから」
「まあ、期待しておこう」
ルカ・ルーは顔を少し赤くしながら、ギルバートとの会話を楽しむ。
「昼間はどうでした?」
「どう、と言うのは?」
「アンジェさんとの話し合いですよ」
「ん、普通」
「普通って・・・・・、どう普通なのか全然分かりません」
ギルバートとアンジェリクの関係がマズくなったのかと、不安なルカ・ルー。
つい口に出してしまう。
相変わらず、言葉が少ないギルバート。
「まあ、今までと変わらん。ルカとのパーティには納得してもらった」
「そうなんですかー。アンジェさんに悪い事しちゃったかと心配しました」
「いや、ルカが悪いことは無い。ちょっとした食い違い」
「ならいいんですが・・・・・」
ギルバートはこの話題を、続けたくはなさそう。
ルカ・ルーはすぐにそう感じ取り、話題を変える。
「それじゃぁ、逆風ウインドは正式に決定ですか?」
「そういうこと」
「ほっ、よかった」
ギルバートの落ち着いた様子から、今後もパーティを続けられる事を確信。
知らないうちに自分が緊張していたことを、彼女は実感した。
「では、改めて、これからよろしくお願いします」
「まあ、気楽にやっていこう」
「ふむ、今後の方針とか、話をしましょうね」
「そのつもり」
ギルバートはようやく、にこりと笑顔を見せた。
普段はほとんど笑顔を見せないだけに、ルカ・ルーはすごく気持ちが和んだ。
夕食が届き、二人は食べながら話を続ける。
「まずは、活動方針としては、昼も話したように、飛鷹騎士団の団長を探して捕まえるか、倒すのが最初の目標になりますよね」
「ま、そうなるか」
「となると、どこに潜んだかですよねー」
ルカ・ルーは腕を組んで、顎を引いて考える。
「明日、リシャさんに会う時に、その件も相談してみるか」
「うん、ギルドで情報を集めたいですね」
「ん、あと、面白そうな依頼、平行してこなそう」
ギルバートの提案に、ルカ・ルーにパーっと笑顔が戻る。
「あー、いいですね。今日のジャイアントグリズリーみたいな獲物はとても勉強になります」
「どの町にも、ああいうやっかいな依頼が残ってるもんだ」
「そういうのをどんどんクリアしてあげると、喜ばれますね」
「別に喜ばれなくてもいいが、一人じゃキツかった魔物も、今日みたいにいけそうだ」
「うんうん。ギルさんが抑えられれば、なんとかなる感じですね」
昼間の戦いを思い返しながら、ルカ・ルーが応じる。
「素早くて抑えられないのや、魔法を撃ってくるのもいるから」
「ふむ」
「全部うまくいくとは限らない、あと大群で来る相手も」
「うー、確かにそうですねー」
「相手を見極めるのが大事」
「もっと仲間を増やせば、強い敵も倒せるようになりますね」
「んー、合わないやつとは組みたくない」
「ですよねー。二人でもうまくいくか分からないのに先走りしすぎました」
「そういうこと」
ギルバートのスイッチが入りそうになったのに気付き、ルカ・ルーはすぐに謝る。
「明日、ギルドで手続きしたら、とりあえずは用事は済みますよね」
「だな。俺の剣の手入れも終わるだろう」
「なら、数日をめどにこの街から出発になりますか?」
「んー、団長の行方次第。この街に隠れている可能性もある」
「あー、そっか。やっぱり、まずは情報集めてからですね」
「んむ」
当面の予定がまだ漠然としているが、ルカ・ルーには不安は見られない。
うまく連携が取れて狩りを楽しめれば、成長する事に繋がる自信があった。
「戦闘の仕方は昼みたいな感じで、いいですか?」
「ん、問題ない」
「ギルさんが敵のターゲットになって、私が後ろから急所を狙う」
「そんな感じ。まあ、臨機応変」
昼の戦いで、ライノルースの体に矢が簡単にはじき返された事を思い出す。
「弓の攻撃力が低いので、硬い敵には歯が立たないかも」
「やりようはある。例えば毒矢とか」
「毒かー。お師匠さんは好きじゃないって言って、あまり使わなかったな」
「そうなのか」
「はい。毒矢で倒すのは、毒の勝利だ、弓矢での勝利じゃない・・・・・って感じですね」
「んー、そういう考えもあるのか」
「もっとも、矢じゃ倒せない相手に毒を使う事も無いわけじゃなかったので」
「ん」
「場合によって、使い分けしますね。絶対使いたくないわけじゃありません」
「判断は任せよう」
「はい」
ルカ・ルーは、二人で大物に立ち向かう姿をイメージ。
いろいろな戦闘場面を考えながら、どう動くのか想像してうなずいたりしている。
ギルバートはその様子を見ながら、ゆっくりと酒を飲んでいた。




