30.買い物
「それでは、今日の報酬と獲得品、この前の討伐に関する褒章金、全部をまとめて明日、ギルド長から渡す事になりますけど、いいでしょうか?」
「はい、それでお願いします」
「昼頃に、いらしていただけるようですね」
「そのつもりです」
「着いたら、職員に声をかけてください」
「分かりましたー」
「それで、ギルさんとアンジェはどうしますか?」
ローペはアンジェを向き直り、話しかける。
「この部屋ちょっと借りてもいいかしら。少し話したい事もあるし・・・・・」
「ああ、今は混んでないからだいじょうぶですよ」
「俺は別に話す事なんか、ない」
「いいから、ちょっと付き合ってよ。お願い」
「んー、まあ。しょうがないか・・・・・」
ギルバートはめんどくさそうだが、無碍にもできずに従うことにした。
「では、私は帰りますね」
と、ルカ・ルー。
「今後の相談をする予定だったけど、すぐには無理そう。あとで宿屋に行く」
「私は買い物とか用事があるので、また夕食の時にでも、話しましょか」
「ん、それでいい」
「それでは、お先に失礼します」
ルカ・ルー以外の三人は、渋い顔をしたまま反応なし。
彼女は邪魔にならないように、そうっと部屋を出て行った。
◇ ◇ ◇ ◇
部屋から出たルカ・ルーは、廊下を入り口方面に歩く。
人は疎らだが、それなりに活気はあった。
(喉が乾いたな。緊張しちゃったしね)
(お茶でも飲んでいこうかしら)
(あー、でも注目されそうだから、さっさとギルドから出ちゃった方がいいな)
(露店で飲み物でも探そうっと)
彼女は廊下をゆっくり進む。
なるべく周りの人と、目を合わせないように心掛けた。
やがて入り口に到達。
スイングドアを押して、するりと外に出て行った。
(さて、どうしようかな)
(明日から忙しくなるかもだし、やっぱ今日は買い物よねー)
服や靴など、大きな街にいるうちに買っておこうと考えていた。
ある程度増やしても、どこに行っても、倉庫から出せるので持て余す心配はない。
(基本的には狩り装備が、どこでも楽なんだけどね)
(でも、かわいい格好したり、ゆったりくつろぐ時の服も必要よねー)
(お金は明日、いっぱいもらえそうだし、じゃんじゃん買っちゃおーっと)
通りを歩いてる若者たちの格好を、キョロキョロ見ながら街の中央方面に向かう。
あれも着てみたい、これも着てみたいとだんだん気分が高揚してくる。
(うー、でも、どこに行って買えばいいのかな?)
(歩いている人に聞くのもなんか、オカシイよね・・・・・)
通りには露店が並んでいたが、そのほとんどは食べ物屋。
中にはアクセサリーを売っているところもあったが、まずは服と決めていた。
ぶらぶら歩きながら、通りに面しているお店をちょっとずつ覗く。
しかし、雑貨屋とか、道具屋、食料品などが多い。
何を扱っているのかよく分からない店もあった。
(そうだ、宿に戻ってビオさんに聞いてみようっと)
(ついでだからお金もおろしていこうかな)
同じ年頃の知り合いを、頭の中で探していたら、ビオレッタのことに思い至る。
彼女なら、街の隅々まで詳しそう。
方針を決めたルカ・ルーは、まずは倉庫に向かって歩き始めた。
朝に寄った倉庫に立ち寄り、収納袋から銭袋にお金を多めに移動する。
逆に魔法鞄の中の邪魔になりそうな品々を、収納袋の移した。
収納袋は一人に一つ割り当てられており、大きさは決まっている。
中に入る物ならば自由に出し入れできる。
世界中どこでも倉庫があるところなら、引き出せるので大変便利。
ただ毎月定額の賃料がギルドカードから引き落とされている。
さらに収納袋を預ける時に、手間賃を必ず払う決まりとなっていた。
ルカ・ルーは準備を終え、収納袋と手間賃を倉庫番に渡して通りに戻った。
ダニーチェク宿屋に向かって、歩き出す。
露店でおいしそうな飲み物を見つけ、買って飲んでみる。
何かの果物をつぶしたジュース。
甘くてなかなかおいしかった。
天気はあいかわらず晴れ渡り、空には雲が少ししか見えていない。
真っ青な空と、優しい光を送ってくれる太陽が、一つに合わさったよう。
(うわー、なんか気持ちいいなー)
(昨日今日と、とにかく忙しかったからね)
(狩りも楽しいけど、やっぱりのんびりできるのがいいな)
顔も、態度もだらしなくなっているのを、ルカ・ルーは自覚。
それでも、全く気にせずにそのまままったりと歩いていく。
(こういう時に一緒にいると、楽しさを分かち合えるのになぁ)
(一緒に来てくれたら、良かったのにー)
(って、私、誰のことを言ってるんだろう・・・・・)
知らず知らずのうちに、ギルバートと並んで歩く事を想像していたルカ・ルー。
いつのまにか、一番身近にいる人間として認識しているようだ。
そのことを自分では不自然に感じていない様子。
通りをぶらぶらしている楽しさを満喫しながら進んで行くと、宿屋に着いた。
ダニーチェク宿屋の入り口の扉は開いていたので、そのまま入っていった。
食堂の入り口に回り、覗き込むようにしながら中に入っていく。
昼時のピークは越していたが、まだかなりの人数の客が食事をしていた。
奥の方を見ると、ビオレッタとは異なるウエイトレスの子が歩き出したところ。
真ん中付近のお客に、食事を届けようとしている。
すぐにルカ・ルーに気が付き、声を掛けてきた。
「いらっしゃいませー」
目が合ったルカ・ルーはペコリと頭を下げて挨拶し、その場で待機。
配膳を終えたウエイトレスの子が、ルカ・ルーの方に近づいてくる。
「お食事ですか?」
「あ、いえ、違うんです。ビオさんがいるかなと思って・・・・・」
「ビオに用ですかぁ。今は奥にいるので、こっちに来るよう声を掛けてきますね」
「すみません。お手数かけます」
ウエイトレスはゆっくり奥に戻っていく。
(もっと空いてる時に来ればよかったかな)
なんとなく迷惑をかけている気分になり、落ち着かなくなるルカ・ルー。
しばらく待っていると、ビオレッタが出てくる。
いつもと変わりなく、にこにこしていたのでルカ・ルーはホッとする。
「風弓さん、お待たせー」
「ビオさん、ごめんね、お仕事の邪魔してない?」
「いんや、混雑はだいぶ収まってきたところ。もうこっちの手伝いは終わったのよー」
「あー、ならよかった。ちょっと教えてもらいたい事があるのね」
「ん?何かしら?一応、店の外に行こうか」
ビオレッタがルカ・ルーを連れて、入り口から出て行く。
二人は宿屋の受付付近で立ち話。
「服を」
「ん?」
「かわいい服、買えるお店を教えてく欲しいのっ!」
「は、はい・・・・・」
「いっぱい買うつもりー」
「なんか、風弓さん、入れ込んでるねー」
「うー、なんか私だけ、田舎っぽくて、ダサい気がして・・・・・」
「えー、そんなことないでしょ。地が綺麗なんで、何を着てもかわいいから、うらやましい」
「いやぁ、通りで見てると、みんなかっこよく見えて。うー、私も綺麗な格好したいのよ」
ルカ・ルーは腕を組んだり、人差し指を顎に持っていったり。
表情の変化も交えて、ビオレッタに訴える。
「そかそか、分かったよ。それじゃー」
「うん」
「どうせなら、私が案内するから一緒に買い物行こうか?」
「えっ!いいの?」
「うん。今、昼時の手伝いも終わったし、次は夕食前には手が放せなくなるけど。少し出てきてもいいか、おかみさんに聞いてくるね」
「やたっ!それじゃぁ、私はここで待ってるね。あ、いや、ちょっと部屋に行ってくるね」
「はーい。許可もらったら、部屋に行くよ」
ビオレッタは早足で、奥に向かって走っていく。
ルカ・ルーは期待しながら階段を上がり、部屋までたどりつく。
部屋に入り、魔法鞄の中から邪魔になりそうな物を取り出し、ベッドの上に置く。
魔法鞄もベッドに置いたまま、着替え室に入り、狩り装備を脱いでいく。
『清潔』
『消臭』
脱いだ狩り装備と自分自身に生活魔法を使い、綺麗にしておく。
棚に置いた服の中から、昨夜に来た服をもう一度選び出し、身に付けた。
(今あるのじゃ、これが一番かわいいのよね)
(狩り装備のまま行こうと思ってたけど、ビオさんが一緒ならねー)
ルカ・ルーは服を身に付けて、身だしなみを整えた。
部屋に戻り、窓辺に移動。
窓からウイングボーンの街並みを見下ろす。
人が多く居そうな辺りに目をやり、逸る心をなだめた。
コンコン。
入り口の方からノックの音。
扉を開けると、ビオレッタが笑顔で待っていた。
「風弓さん、今日もかわいいカッコだね」
「うー、これしかなくて・・・・・」
「とても似合ってるよー」
「そ、そうかなぁ。ビオさんこそ、かわいいのに着替えてきたのね」
「お買い物だしね!おかみさんが行ってもいいよって」
「わぁ、うれしい!いろいろ教えてねー」
「では、さっそく、私のお気に入りのお店から案内するね」
「お願いします!」
二人は笑顔で話をしながら、ダニーチェク宿屋から出て行った。
そして通りを中央方面に向かって、歩き出した。
◇ ◇ ◇ ◇
夕暮れ時となり、西日が強くなってきた頃。
ルカ・ルーとビオレッタは並んで、ダニーチェク宿屋に戻る道を歩いていた。
「ビオさんおかげで、服とかかわいい小物とかたくさん買えたよー」
「よかった。買い物を楽しんでもらえたなら、うれしいな」
「とても楽しかった、うんうん。自分じゃ、分からない事が多すぎだもん」
「私も田舎の村出身なんだけど、村じゃ、服屋なんてほとんどなかったから、ここに来た時はどうしたらいいのか途方にくれたのよね」
「ホント、そうなのよねー」
自分の境遇も似ていると思い、親近感が増すルカ・ルー。
「いっぱい買っちゃったけど、お金はだいじょうぶなの?」
「まぁ、依頼の報酬とかもらえそうだから、なんとかなるかと、うふふ」
「ちゃんと稼げるからすごいなー。宿と食堂のお手伝いじゃ、なかなかお金はたまらないのよね」
「そのうちステキな人に見初められて、楽しい生活ができるようになるでしょ、きっと」
「鉄壁さんみなたいな人とか?、ふふふ」
「えー、なんでそこでギルさんが出てくるのー」
「だって見初められたみたいじゃない!うらやましいー」
「全然違うから。単にパーティ組んで、ギルドの仕事をするだけだから!」
「それがすごいのよねー。聞いて、びっくりしちゃった。鉄壁さんがパーティ組むなんて、ビッグニュース」
「あああー、あんまりいいふらさないでね。お願いだから」
「分かってる、分かってるって。でも、すごいなー」
二人は仲良く話しながら、ダニーチェク宿屋に入っていく。
受付のところにミロスラヴァの姿。
「ビオ!いつまで遊んでるの!さっきからお客がひっきりなしよ」
「あー、おかみさん、すみません。すぐ手伝います。遅くまで遊んできてごめんなさいです」
「甘い顔をするとすぐこれだから。もたもたしてると給料から差っぴくよ」
「ひー、すぐに用意します。あ、待って、おかみさん、ビッグニュースなのよ!」
「何が?」
「風弓さんが鉄壁さんと、パーティを組んで活動するそうですよ」
「へー、あの鉄壁さんがねぇ。風弓さん慌しくてごめんなさいね」
話題に出てきたので、ミロスラヴァはルカ・ルーに向き直りながら話しかけた。
「いえいえ、遅くまで付き合ってもらっちゃって、私の責任でもありますから」
「いやいや、どうせビオが引っ張り回したんでしょ?ほんとにこの子は」
「全然違いますよ!私が引っ張りまわしちゃったんです」
口では文句を言っているが、実際にはそれほど怒っているわけではなさそう。
遅くまで付き合わせちゃって申し訳ない、と思う反面少しほっとした。
「鉄壁さんとパーティ組むってホントなの?」
「まぁ、一応そういう流れになってるみたいです、はい」
「気をつけてね。危ない依頼とか多いんじゃないかしら」
「あー、それはそうかもですね、今日も早速、おっかない熊と戦ってきましたし」
「無理しないで、きつい時はちゃんと泣くのよ。男なんか、胸に飛び込んで泣いちゃえば、もうこっちのもんよ」
「おかみさん、風弓さんに何を教えてるのよ!」
「まぁ、ビオにはまだ早いからね、ふふん」
「それより、風弓さんのパーティの定宿を、お願いしといた方がいいんじゃないの?私が言いたかったのはその話!」
いつになくノリがいいミロスラヴァに対して、ビオが仕事の話に戻す。
ミロスラヴァはアッと気づいて、少しテレ気味。
「そ、そうね。風弓さんのパーティ・・・・・名前はなんと言うのかしら?」
「逆風ウインドです。逆風の風ってへんなんですけどこうなっちゃいました」
「素敵な名前じゃない。それで今後はうちを定宿として使ってくれませんか?」
「私はここ、とても気に入ってるので、全然いいんですけど。ギルさんと今度相談してみますね」
「お願いします。パーティが大きくなっても、うちならちゃんと対応できますので」
「ウイングボーンにお越しの際は、是非、ダニーチェク宿屋をご利用ください!」
ミロスラヴァの話の最後に、ビオレッタが茶目っ気たっぷりに割り込んだ。
ルカ・ルーもつられて、笑い出す。
「うふふ、是非そうさせてもらいますね」
「いずれ、逆風ウインド御用達の店って看板出さなきゃならないかもね」
「ええっ。そんな大げさですよ」
「ビオッ。バカ言ってないでサッサと支度しに行きなさい!」
「はーい。それじゃぁ、風弓さん、またねー」
「はい。今日はどうもありがとうございました」




