28.報告
やがて冒険者ギルドに到着。
ルカ・ルーを先頭に、二人はスイングドアを押して中に入っていった。
朝に比べて、だいぶ冒険者の人数は減っている。
まだ依頼を終えて戻ってきている人は、少ないのだろう。
ルカ・ルーはフロア全体を見回す。
右端の受付にアンジェリクの姿があり、冒険者の対応をしていた。
彼女の前に一番多くの冒険者が並んでいる。
(受付に並べばいいのかな)
この街のギルドでの振る舞いに慣れていないので、やや心細い。
ギルバートの方を見ると、無表情のまま視線だけを受付に向けていた。
「アンジェさんのところに並ぶので、待っていて下さい」
スッと離れて行こうとしたルカ・ルーの左腕を、ギルバートが掴んで引きとめる。
「声かけて、サッサと対応してもらうといい」
「だめですよ、ギルさん、ズルしちゃ」
「ギルドからの依頼で行ってきたんだから、優先してくれるだろ」
「みんなキチンと並んでるんだから、うちらも見習わなくちゃ」
「む・・・・・」
二人がやり取りをしている姿に、アンジェリクが気付く。
ギルバートがルカ・ルーの手を掴んでいるのが目に入り、怪訝な様子。
しかし、目の前の冒険者に声をかけられ、慌てて対応に戻る。
ギルバートはチラッと受付に目をむけた後、急にルカ・ルーに向き直る。
目が合うと同時に、受付の一番左端の方を顎でしゃくって示した。
彼女はギルバートが示した方向に、目を向ける。
すぐに、こちらを見ているマルティナに気が付いた。
マルティナは右手を上げて、手を振りながら笑顔を向けてくる。
「鉄壁さんと風弓さん・・・・・あ、えーと・・・・・逆風ウインドさん!こっちに来てくださーい」
どうやら並ばずに手続きをしてくれるようだ。
ギルバートは手を離し、ほらな、って顔でルカ・ルーを見ていた。
彼女はギルバートを見返し、悔しそうに応える。
「今日はきっと特別なんですよ!」
「ふふん」
「もう、私がちゃんと手続きしますからね」
「よろしく」
俺は知らねえからさっさと手続きして来い、とでも思ってそうな雰囲気。
(もう、人が多くいる所だと、とたんにムッツリしちゃって)
(感じ悪いったら・・・・・ほんとに、まったく・・・・・)
(とにかく手続きしちゃわなきゃね)
◇ ◇ ◇ ◇
ルカ・ルーはマルティナのいる受付に向かう。
ギルバートは離れて壁際に移動していく。
「風弓さん、お疲れ様でした。どんな感じですか?」
「はい。なんとか討伐できました」
「おお。ありがたいです。ほんとに助かります」
「私はたいした事して無いですけどね」
「いえいえ。お二人には感謝します。証明部位は今持ってますか?」
「あ、ギルさんが持ってます」
「それ以外にも獲得品はあります?」
「はい、ギルさんが毛皮とか剥いでましたよ」
「ああ、んじゃ、ここでなくて別室で出してもらいましょうか」
「どこに行けばいいんですか?」
マルティナは受付の横から出てきて、少し階段の方に進む。
「御案内しますので、付いてきて下さい」
「はい。そんじゃギルさんも呼んできますね」
「お願いします」
ルカ・ルーは足早に、ギルバートの方に歩いていく。
壁際に立っていた彼は、ルカ・ルーに視線を向ける。
「ギルさん、別室で手続きするんだって」
「終わったんじゃねえのか」
「証明部位とか獲得品を、提出するみたい」
「む、そいつは俺が持ってたな」
「なので一緒に、マルティナさんについていきましょう」
「ま、しゃあない」
めんどくさそうにギルバートが動き出す。
二人そろってマルティナの元に移動。
「マルティナさん、お待たせしました」
「あ、ティナと呼んでくださいね」
「分かりましたー」
「では、こちらにどうぞ」
そう言いながらマルティナが先頭に立って、受付と階段の間の廊下を奥に進む。
ルカ・ルーは楽しそうに、ギルバートはいかにも面倒くさそうに付いていく。
逆側の受付で対応を終えたアンジェリクが、不思議そうにその光景を見ていた。
◇ ◇ ◇ ◇
少し進むと、左側に個室の扉がいくつか並びだす。
そのうちの一つのそばに、マルティナが近寄る。
小窓から、中を確認しているようだ。
ここは商談を行ったり、あまり公にしたくない相談を受けたりする個室。
奥に行くほど、少しずつ大きな部屋になっている。
最奥は貴族との対応ができるように、かなり豪華な部屋となっていた。
奥側のやや大きな部屋が空いているのを確認したマルティナ。
笑顔で二人に話しかける。
「こちらで対応しますね」
「よろしくお願いします」
とルカ・ルー。
マルティナを先頭に、三人が部屋の中に入る。
かなり広い部屋の中央付近入口寄りに、円形の大きなテーブルといくつかの椅子。
その向うに、小型の長方形のテーブルと豪華なソファが見えた。
窓から昼下がりの温かい日差しが注いでおり、のんびり寛ぎたい雰囲気。
壁に掛けられている絵画や、高級そうな調度品が全体的に落ち着きを与えていた。
ソファのところまで進み、マルティナが右手で示しながら話す。
「どうぞ、おかけください」
「はい」
ルカ・ルーが応える。
ギルバートは無言のまま、ソファにドカッと座った。
「それでは、まずは討伐証明部位を出していただけますか?」
「はい。ギルさんお願いします」
「ん」
ギルバートはルカ・ルーの指示通りに、魔法鞄から大きな魔物の爪を取り出す。
「見せていただきますね」
そう言いながら、マルティナはその爪を持ち上げて、シゲシゲと見る。
「こんなに立派な魔物の爪は、初めて見ました」
「私もです。ものすごい迫力ですよね」
とルカ・ルーも、素直な感想を口にした。
「さすがはギルさんって感じです。でっかい熊の魔物と力比べして、全然負けていませんでした」
「ひゃー、すごいですね」
「でも、もうちょっと大きかったら、ヤバかったかもしれません」
「俺はまだまだ余裕だったぞ。楽勝」
「ふふっ、そうかなぁ。まぁ、そういうことにしておきましょうか」
ルカ・ルーはうれしそうに、笑いながら応えた。
「あはは。なんかすごく仲が良さそうですね。鉄壁さんにこんな親しい冒険者がいらっしゃるとは思いませんでした」
「まあ、そんな、特別に親しいってわけじゃない」
「えー、そうなんだ?親しくしてもらってうれしいかったのにー」
「まあ、多少はな・・・・・」
どうにもギルバートは一人でいる普段と違って、調子が狂う。
ルカ・ルーは相変わらずニコニコしている。
「間違いなくジャイアントグリズリーの爪と確認しましたので、討伐依頼は達成で完了です」
「はい」
「この爪はどうされます?ギルドで買い取らせてもらえるならありがたいんですけど」
「ギルさん、どうしましょ?」
今までの量産型の毛皮や肉と異なるレア品なので、ルカ・ルーは対応に困る。
慣れていそうなギルバートに、判断を委ねた。
「ん、ルカが使わないんだったら、俺もいらんから売っちゃって」
「私、こんなの使いませんよ」
「では、うちで買い取りますね。他の戦利品も、出しちゃってください」
マルティナが促すより先に、ギルバートはさっさと魔法鞄から獲得品を取り出す。
それを目の前のテーブルに、どんどん載せていった。
マルティナは部屋の隅のから、大きめなトレイのような物を持ってくる。
テーブルの上に出された品々を確認しながら、一つずつトレイに載せ直した。
そして何かメモのような物に、文字を書き込んでいく。
ジャイアントグリズリーの牙、毛皮、肝臓と胆嚢、肉・・・
ライノルースの角。
アーメッドスパイダーの粘糸。
各種魔石。
出したらけっこうな量になった。
特にジャイアントグリズリーの素材は立派で、マルティナの顔が自然にほころぶ。
「どれも立派ですねぇ。いい値が付きそうです」
「まあな。あんなに大きなジャイアントグリズリーは初めて見た」
「大きいうえに、老獪で手を焼きましたです」
「あの辺の主みたいな感じだった」
「そんな感じですねぇ。よくお二人で倒せましたね」
「まあ、おれはもっと強いのでも倒せる。ロペさんもそのあたり分かってるんだろ」
「にしても何日も、かかるのかと思ってました」
「ルカの鼻が利くからな。あっさり見つけてくれたんで楽だった」
「いえいえ、私は探したのと、おびき出したのくらいですよ」
急に話を振られたルカ・ルーが、慌てて応える。
「だから、それが大変なんだって」
「そうなんですかねぇ。確かに狩りも見つけて近寄るまでが大事ですね」
「そんなもん」
「これからも索敵と状況把握は任せておいてください!」
「まあ、その辺は頼む」
仲良さげに話す二人を見て、マルティナは意外な顔つきで聞いていた。
「鉄壁さんって、いつもそんなにしゃべりましたっけ?」
「俺はいつも変わらん」
「嘘ですよぉ。ギルさんは町の中と外じゃ全然違うもの」
「む、そうか・・・・・」
「はい。街に入った途端、ムッツリするんですから」
「自分じゃ気づかなかった」
「そうなんですか。まぁ、街での雑用はできるだけ私がやりますね」
「任せる」
「なんか、このままパーティを続けるような雰囲気ですね」
マルティナは半分冗談めかして、二人の顔を見る。
「そうだ、ティナさん。このままパーティを組むには、何か手続きはいりますか?」
「え?二人でこのまま続けるんですか?」
「はい、当面は。さっき、そうしようって話してたんですよ」
「ええええええっ!鉄壁さんがパーティを組むんですかっ!?」
「だから、そう言ってる」
マルティナがあまり驚くものだから、ギルバートは呆れて応える。
「こ、これは。依頼どころじゃない、一大事ですっ。ちょっと待っててください。ロペさん連れてきます!」
「いや、そんな大げさにしなくていいって」
「ですよねぇ。パーティ組んでる人なんて、いっぱいいるじゃないですか」
「と、とにかく、このまま待っていてください。すぐもどりますから!」
◇ ◇ ◇ ◇
マルティナはあわてて部屋から出ていった。
ルカ・ルーはあっけにとられたように、マルティナを見送った。
ギルバートはやれやれと呆れ、両手を頭にのせてソファーに寄り掛かる。
「な、なんだろう。ギルさん、どうなってるんでしょうか?」
「さあな、俺は知らん」
「うー、なんか、一大事とかなんとか・・・・・」
「どうでもいいけど、報告はどうなったんだ」
「報告書ここに置いてありますね」
「はあ・・・・・」
ギルバートはいかにもめんどくさげに、溜め息をつく。
ルカ・ルーは状況が掴めないまま、呆然としてしまう。
「ギルさんって・・・・・」
「ん?」
「ギルドでどういう扱いを受けているんですか?」
「知るかっ!」
「変人扱いってのは、間違いなさそうだなー」
「ふんっ」
ギルバートは再びため息をついて、窓から外を眺めだした。
(あ、獲得品も置いたままだ)
(なんであんなに慌てて出て行ったんだろ)
よく状況が理解できないまま、ルカ・ルーは大きい魔石を手に取って見てみる。
(これはたぶんジャイアントグリズリーのかな)
(こんなに大きな魔石もあるのねー。すごくきれい)
(これ高そう。少しはお裾分けもらえるのかな)
ルカ・ルーは普段見たこともないような魔石の美しさに、目を奪われ見入ってる。
それに気付いたギルバートは、少し表情を緩める。
「それ、なかなかいいだろ」
「すごいですね。こんなに大きくて、きれいなのを初めて見ました」
「そこまで育つのはそうない」
「ふむ。やっぱり年を経るほど大きくなるんですか?」
「んー、その辺はまだわかってないところもある」
「調べてみたら面白そうですね」
「だな。そういうのに興味あるから騎士団を辞めたのさ」
「へー。斬った張ったばかりが、嫌になったってことですか?」
「いや。戦いは嫌いじゃない。というかそれは仕事」
「ふむ」
「魔物の生態とか、狩り方とか、自然の仕組みとかさ」
「いいですね」
「ん、そういうのになんか心惹かれる」
「私も同じなので、なんかうれしい」
「自分でもよく分からんが、とにかくそういうのが好きなんだ」
「うんうん」
見た目も、今までの経験も、何もかもが違っている二人。
なのに、彼と同じ感覚を持ってることが、ルカ・ルーにはうれしかった。
師匠が言っていた通じ合える相手とはこういうことなのか、と考える。




