27.帰り道
帰りの道中、二人は並んで歩いている。
ルカ・ルーは仕事を終えた安心感からか、緊張が抜けてリラックスしていた。
そろそろお昼を過ぎた辺りか。
太陽はほぼ真上に輝いている。
「風弓さん、強くてびっくりした。想像以上」
「ええっ!そんなことないですよ。ギルさんの方がずっと強かったじゃないですかっ!」
「それはルールを決めて、真正面からぶつかった時」
「それこそ地力の差が、モロに出ちゃいました」
「んー、そんな差は、実践だとほとんど意味が無い」
「そうでしょうか?」
「実際に本気でやりあうとしたら、その場の状況をフルに利用して、有利な戦い方に持ち込むだろ?」
「それはまぁ、そうするでしょうね」
「森の中だったら、風弓さんに勝てる気が全くしない」
「いかに自分に有利な状況に持ち込むかってことですね」
「結局、そこが分かれ目」
「なるほどなぁ。狩りでも確かにそういうところはありますねー」
「だろうね。命のやり取りって意味では同じ」
ギルバートの要点だけを抑えた、ぶっきらぼうな物言いがなんとも心地よい。
(狩人とか冒険者とか、あんまり気にせず必要な事をやっていけばいいのかな)
相手の考えてる事が、スッと入ってくる会話。
師匠以外とそんなことができるとは、思ってもいなかった。
(師匠の教えと同じように、ギルさんの言葉は分かりやすいな)
実力者であるギルバートと、戦闘に関する話題で会話が弾む状況。
ルカ・ルーは不思議に感じていた。
育ったベアバレーでも、ここまでいろいろ話し込んだ相手はいなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
ギルバートも不思議な居心地のよさを感じていた。
(この感覚はなんだろうな)
(妹とかいたらこんな感じなのか)
(というよりは、妹弟子とかか・・・・・)
男と女の付き合いを除いて、仕事以外で他人と親しくした事はほとんどなかった。
自分の言いたい事の伝わりにくさを感じて、彼はいつもイラだっていた。
(相性のいい相手って、意外なところにるもんだ)
まさか年の離れた全く接点のない相手と、こんなに楽に話せるとは思わなかった。
しかもそのことに、居心地の悪さを感じないとは。
(いつ以来だろう。こんなに穏やかな気持ちになれたのは)
(こういうのもなかなかいいもんだ)
もうグダグダ考えるのはよそう。
せっかくいい気持ちになってきてるので、頭を空っぽにするギルバート。
無意識に頭の後ろに両手を持っていって組んでいる。
空を見上げれば、どこまでも青く澄み渡っていた。
気持ちいい。
ただそれだけだった。
特に考えていたわけでもないのに、急に言葉が口から飛び出す。
「また、パーティ組みたいなあ」
自分がつぶやいたことを、不思議に感じるギルバート。
「えっ!いいんですか!」
聞いたルカ・ルーはびっくりして、大きな声を出す。
「私もちょうど、そのこと考えていたんですよ!」
「そうなのか」
「なんか師匠に・・・・・というと失礼ですが、教えてもらってる時と、同じ感じなんです」
「へえ」
「いろいろ教えてもらって、自分の成長を実感できる、この感覚が好きなんですよね」
「んー、なんとなくわかる気がする」
「私なんかじゃ、足手まといじゃないですか?」
「そんなこと全然無い。すごく楽しかった」
楽しかったと言われて、ルカ・ルーはうれしそう。
「それじゃぁ、また一緒に依頼を受けましょうか」
「ん、なんならしばらく一緒に続けてもいい」
「ええっ!それじゃあほんとのパーティ組むみたいじゃないですか!」
「俺はそれでもいい」
「マジですかっ!ギルさんてあまり他人とは組まずに一匹狼って印象なんですけど」
「んー、まあ、そうだったんだけど」
「でも、変わった?」
「というか、組みたいと思う相手がいなかったんだ、実際のところ」
「私とならいけそうだと?」
「だなあ、なんでか分からんがそう思ってしまった」
言ってからギルバートは、なんとなくそわそわしている。
ルカ・ルーは目を丸く開いて、ギルバートを見つめる。
「思っちゃったんですかー」
「思っちゃったんだなあ」
「あはははは!」
ルカ・ルーは、はじけるように笑い出す。
急に前に走り出して、少し離れ、クルリとギルバートを振り返る。
そして後ろで手を組んで、上半身を右に傾けた。
ニコッ
破壊力満点の笑顔を披露。
ギルバートは見とれたまま、動けなくなる。
胸がドキドキして、落ち着かなくなっていく。
「それじゃぁ、逆風ウインドでパーティを続けてみましょうか!」
ルカ・ルーがうれしそうに、ギルバートに伝える。
「おお、そうしてみよう。ただ・・・・・」
「う?」
「そのネーミングは、ちょっと、なんかな・・・・・」
「あああ、すみません。とっさなんでほんとに適当に付けました」
「まあ、名前なんて何でもいいんだが」
「何かいいのあります?」
「俺は全くそういうのダメ」
「私もです・・・・・お互い苦手ですよね・・・・・そういうセンス全然ないので・・・・・」
二人で顔を見合わせて、なんとなくバツが悪く苦笑い。
「んじゃ、まあ、そのままでいっか」
「だいじょぶでしょうか?」
「リーダーが決めたんだから、しょうがない」
「えええ!正式に続けるならリーダーはギルさんでしょ?」
「俺はそんなのやらん。団長とかもう懲りた」
「あー、そかっ。向いてないのに、がんばっていたってことですよね」
「そういうこと。やっぱ話がすぐに通じるのはいいな」
二人は再びゆっくり、歩き出す。
自分のペースで会話が進む心地良さを、ギルバートは感じていた。
「何か目標とか決めます?」
「ん、それはもう決まってる」
「ふむ」
「一つは、豪腕のジルベスターを捕まえるか、始末する事」
「あー、確かにこのパーティの目標にはちょうどいいですね」
「もう一つは、片目の虎人の剣士を見つけ出す事、だろ?」
「それって、手伝ってくれるって事なのかしら?」
「まあ、そういうことになる」
「ギルさん、ありがとうございます!」
「それと、もう身内なんだからギルって呼び捨てでいい。俺もルカって呼ぶか」
「ルカって呼んでもらえるとうれしいですね。でもギルさんはギルさんですよ。私は呼び捨てとかできません。尊敬してるんですから!」
「え、尊敬?そんなのしなくていい。やめてくれ」
「無理です。もう最初から尊敬してましたから」
照れもせずに、自分の気持ちを伝えるルカ・ルー。
ギルバートにはまぶしく見えた。
「んじゃ、まずは、ギルドに戻って手続きするか」
「ですね。討伐の報告をしなくては」
「だな」
◇ ◇ ◇ ◇
二人は並んで歩いている。
ルカ・ルーは来た時のワクワクした気分とは、また別の心地良さを感じていた。
何が起こっても大丈夫。
困ってもギルバートなら、最後まで助けて支えてくれるだろうという信頼。
今まで感じた事の無い安心感だった。
(やっぱりお師匠様と一緒にいる時と似てるかな)
(ちょっと突き放す感じも、妙に似てるかも、ふふふっ)
彼女は狩りを続けていたベアバレーでも、基本的にはソロで活動していた。
幼くして両親を失ったことから、他人との距離感はいまだにうまく掴めていない。
年の離れた師匠に育てられたことから、自分一人で何事も進める傾向が強い。
ルカ・ルーは気持ち良く歩きながら、いろいろ考えていた。
時折思い出したように微笑を浮かべたり。
獲物のことを考え、難しい顔をしたり。
いつもは狩りが終われば、『速歩』でサッサと街に戻ることが多い。
でも今日はなんとなくゆっくり歩く気分。
近くに他の人がいたら、彼女のクルクル変わる表情に驚いたに違いない。
ギルバートもなんとなく物思いにふけっている。
彼にしてはめずらしく、戦闘の反省もせずにゆっくり歩いていた。
街道の先に、ウイングボーンの石塀と建物の屋根。
南門も小さく見えてきた。
街が近づくにつれて街道が少しずつ、広くなっていく。
もう森の木々は無く、街道の両側とも草原が拡がっていた。
草原を撫でるように、やわらかい風が吹きぬけていく。
暖かい午後の草原の中を、ゆっくり歩いているだけで心が洗われる気がした。
名も知らぬ白い鳥が、草原の中に数羽。
草の根元をほじくり返して、エサをあさっていた。
南門がはっきり見えてきた時。
門が左右にゆっくりと、開きだした。
中から馬車が出てくる。
(そういえばソワイエ商会がそろそろ街を出るはずね)
(もしかしたら彼らかも?)
ルカ・ルーはジッと見つめたが、どうやら知らない行商隊のようだ。
「知ってる商隊か?」
「いえ、知り合いかと思ったけど、違いました」
「こっちの門は、人の出入りは多くない」
「そうなんですか?」
「ん。この街道はホースヴィラに向かう。なんも無い所だからな」
「そっかぁ、グランドパレスはこっちじゃないんでしたね」
ルカ・ルーはまだこの辺の地理が、把握できていない。
「門の近くにも人がいないだろ」
「そういえば北門とは違いますね」
「出入りが多い北門と西門にだけ、テント村ができてる」
「田舎の村だと、門外に野宿するなんてありえなかったので、最初見たときビックリしました」
「はは、まあ、村や町だと大きな門はないから」
特にこれといって内容のない話でも、なんとなく楽しく感じるルカ・ルー。
南門が徐々に大きくなってくる。
「グランドパレスには西門から出る街道を行く」
「ふむふむ。グランドパレスに行くなら西門ですね」
「そういうこと。まあ、今後のことは、街に戻ってから考えよう」
「了解であります!」
ルカ・ルーは右手で拳を作り、胸の前でグッっと握り締めておどける。
ギルバートは一瞬顔をしかめるが、すぐにフッと口元を緩めた。
◇ ◇ ◇ ◇
門を出てきた商隊が近づいてきたので、二人は街道からはずれて草原に立つ。
その横を馬に引かれた馬車が通り過ぎていく。
御者台に座って馬を操っていたのは獣人男性。
こちらを見ながら、片手で帽子を持ち上げた。
ルカ・ルーは笑顔で手を振り、挨拶を交わす。
馬車はスピードを上げながら、離れて行った。
二人は街道に戻り、門を目指して歩き始める。
近づいたところで門が開き、門番が顔を出した。
朝の門番と同じ人だった。
「お帰りなさい。無事で何より」
「ただいまです。天気も良くて気持ちよかったです」
ルカ・ルーは明るく応える。
門番にもいるんな人がいるようだ。
生真面目で厳しい人。
杓子定規で無口な人。
陽気で朗らかな人。
この門番はかなりフランクなタイプらしい。
「んじゃ、ギルドカードを見せて」
「はーい。これです」
二人はそれぞれ、自分のギルドカードを出して門番に見せる。
「はい。確認したよ。英雄のご帰還~~」
「あはは、なんか偉そうですねっ」
「いや、偉いんだから。みんな感謝してるよ」
「ギルさん、ますます有名になっちゃいますねぇ」
ルカ・ルーがキラキラした目で、ギルバートに振り向く。
「おい。くだらんことくっちゃべってないで、行くぞ」
ギルバートは少し不機嫌そうに、吐き捨てる。
「はーい。それじゃぁ、おじさんまたですー」
「おいおい、おじさんって・・・・・やめてくれよ、まだ若いんだっての」
ルカ・ルーは気分が高揚しているのか、笑顔のまま門を通り抜ける。
ウイングボーンのセキュリティがしっかりしていることに、安心感を覚える。
ギルバートは出発する前と同じように、渋い顔になっていた。
門から入ると、街中は相変わらずの人出。
昼下がりの通りをのんびり歩いている人もいれば、仕事で急いでる人もいたり。
「まずはギルドに戻って報告するんですよね?」
「ん、そうだな」
「それじゃぁ、このまままっすぐギルドに向かいますね」
「そうしよう」
「なんか、ギルさん、街中だと不機嫌ですね」
「ん?そんな事ねーよ」
「さっきまでと雰囲気違うじゃないですか!」
「まあ、外の方が気持ちいいのは確かだ」
街中に入ったとたん、表情が固くなったギルバートを呆れて眺めるルカ・ルー。
それでもなんとなく彼の性格を把握したので、気にせずそのままぶらぶら進んだ。




