20.ギルバートとの約束
「おまちどおさま、こちらにどうぞ」
ビオレッタが戻ってきて、二人に声を掛ける。
彼女の案内に従い北側に移動し、壁に沿って奥に向かった。
テーブル毎にしきりのある、半分個室のようなスペース。
一番奥の人の出入りが少ないところに案内され、向かい合って座る。
静かな場所だったので彼らはホッとし、ようやく寛げた。
一旦奥に引っ込んだビオレッタが、お酒とつまみを持って戻ってくる。
二人とも思い思いに、改めて料理を注文した。
「ふぅ。ようやく落ちつける」
とルカ・ルーは独り言のように言う。
「緊張したのか」
とギルバートは笑いながら応じる。
「そりゃ、緊張しますよ。大勢の人が見つめるんだもん」
「そんなの気にしなければいい」
「うー、そういうのに慣れてないんですよねぇ。ギルさんは慣れていそうですね」
「いや、ぜんぜん。人が多いとうんざり。まあ、王都にいた頃は我慢してたけど。そういう仕事だったし」
「何事にも動じないように見えますね」
「そんなことない」
ギルバートとは年の差がかなりあるが、他の人たちよりも話しやすいと感じる。
(なんでだろ)
(ベアバレーの狩り仲間に似てるのかな。んんー、いや全然違うなぁ)
(お師匠様がくだけている時かな。んんー、それも違うなぁ)
勝手に一人で考えてにやける。
「なんか、ずるいことでも考えている?」
「えっ。そんなことないです!」
ルカ・ルーは急に突っ込まれて、びっくり。
「はは、なんか楽しそうな顔をしていた」
「そ、そうでしたか。自分では気付きませんでした」
「まあ、いいさ。しかし、参ったね。周りが大騒ぎしてて」
「ほんとですよねぇ。まさかこんなに多くの人が注目しているとは思っていませんでした」
「それだけ飛鷹騎士団が悪さをしていたってこと」
(吐き捨てるように話すの、ギルさんの癖っぽいな)
「ギルさんの事でみんな盛り上がっていると思っていたら、自分の話題まで出てきてびっくりしましたよ」
「はは。君だって大活躍だったじゃない」
「ええっ。私なんか少しお手伝いしただけで・・・・・」
「それ、本気で言ってるの?」
ギルバートが上目遣いに、ルカ・ルーを見つめる。
「はい。私はとにかくギルさんの邪魔をしないように、少しでも助けになればと」
「なるほどねぇ」
「何かおかしいですか?」
ギルバートが苦笑いしているのを怪訝に思う、ルカ・ルー。
「君さ」
「うん?」
「他人のことをよく観察しているし」
「うーん」
「実際よく理解しているようだけど」
「・・・・・」
「自分の事はほとんど何も分かっちゃいない」
そんなことありません、と言い切れない自分にやや動揺するルカ・ルー。
「そ、そうですかねえ・・・・・」
「ん」
「えと。どのへんが?」
「例えば、君、自分じゃ強いと思ってないんでしょ?」
「強いとは思ってませんねぇ」
「ほら、変だ」
「ええっ!!」
強いとよく言われるのだが、ルカ・ルーにはどうにも理解できない。
「まず、矢そのものの速さが凄い。しかも、連射速度が並外れている」
「ほえ」
「自覚ない?」
「うー、自分でもけっこう速く射れるようになってきたとは思ってました」
ルカ・ルーは褒められて、なんとなくくすぐったい感じ。
「狙いも極めて正確」
「ふむ」
「そのうえ動きが機敏でどこからでも撃てる」
「うーん」
「君、やっぱり自覚ないでしょ」
「そ、そんなことないですよ」
ギルバートの突込みが急に厳しくなってきたのを感じ、ルカ・ルーは慌てる。
「さらには矢を曲げてたね。あれもすごい」
「うぅ。しっかり見られましたね」
「なんだ、隠したかったのか」
「いえ、そういうわけじゃないんですが」
「極めつけはあの白い靄」
「うー、どれも特別な物じゃないんですけどね」
「あと、あの魔術士の攻撃をことごとく、防いでた」
「なんとなく、うまくいきましたね」
言われてみて、自分って結構いけるのかな、という気になってくる。
と同時に、よく見てるなぁ、と感心。
「俺はまだ何か隠してるような気もする」
「えっ。そこまで分かる物なんですか!」
「分かるよ。なんとなく」
「やっぱりギルさん、すごいですね」
「だから、君もね」
もう何年も前から知っているような、気安さを感じる。
とてもいい気分になってくるルカ・ルー。
◇ ◇ ◇ ◇
「冒険者のレベルいくつだっけ?」
「私はまだLV5なんです」
「信じられないくらい低い」
「うー、というかまだ冒険者になって1ヶ月も経っていないですので」
「んじゃ、あれか。狩人ギルドからの推薦でLV5開始?」
「まさしくそれです!」
「なるほどね」
今後は冒険者をメインやっていくのだから、冒険者のレベルをもっと上げたい。
レベルというか、冒険者としての経験か。
そうする事が重要だ、と改めて思う。
「期待の新人とでも思ってください」
「あはは。とても新人の動きじゃなかったけど」
「そう言ってもらえるとうれしいです。ちなみにどのくらいのLVに見えました?」
「そうだなあ、LV20以上?」
「えっ!マジですか?」
「まぁあ、ちょっとおまけも込みで」
「ですよねー。そういえばギルさんはいくつくらいなんですか?」
「俺か?今は30ちょっとくらい」
「うわー、30超えの人初めて見ましたっ!」
予想よりも高いレベルだったので、ルカ・ルーはびっくり。
「俺はまあ、前に騎士団にいたんで最初から高く始めさせてもらったから」
「へー」
「しかも偉い人の知り合いが多かったので、勝手にドンドン上げられて」
「でもすごいですねー。尊敬しちゃいます」
「レベルなんて気にしなくていい。実際の強さと関係ないことも多いし」
「そうなんですか??」
「そんなもん。君だって強さとレベルあってないだろ?」
「うー、どうなんでしょうかねぇ」
お互い褒めあってて変な感じだったので、ルカ・ルーは話題を変える。
◇ ◇ ◇ ◇
「さっきの話なんですけど」
「ん」
「昼間の戦闘なんですけどね。私、初めて人を殺したんです」
「そう言ってたな」
「その時、人を殺すのってどんなに嫌な物なんだろうって思ってたんですが」
「んー」
「実は、そうでもなかったんですよね」
「ほう」
「全力出して戦って、相手を打ち負かしたら、正直気持ちよく感じちゃったんですよね・・・・・」
「なるほどな」
「これまずいですよね?人間としてヤバいんじゃないですか?」
ルカ・ルーは不安に感じながら話す。
「何が?」
「えっ?だから人間を殺して喜んでね。もっと戦いたいとか思ってしまって・・・・・」
「それのどこが問題なの?」
「へっ?」
「君、真っ当。極めて正常」
「えええっ。そうなんですか?」
「良かった、やっぱり戦う人間なんだ。俺、戦闘前まで、君は冒険者に向いてないって思ってた」
「そうなんですか?」
ルカ・ルーは意外な事を言われてやや驚く。
「だって、のんびり歩いてる方が似合っていたし、殺す自信がなさそうな事言ってたし」
「まぁ、確かのその通りですね・・・・・」
「でも、これではっきりした。風弓さんは間違いなく冒険者。それも生粋の。戦いに身を置く俺らと同じってこと」
「うーん」
「そんじゃ、乾杯しよう。冒険者、風弓の誕生を祝って」
「あ、ありがとうございます・・・・・」
やや釈然としなかったが、ギルバートが事も無げに言うのでなんとなく安心した。
「これからどうするつもり?」
とギルバートが問いかける。
「私はしばらくこの町で、冒険者の修行をしようかと思ってます」
「ふーん」
「ギルさんはどうするんですか?」
「俺は、ヤツを追いかける。『豪腕』のジルベスターな」
「あー、なるほど。団長を逃がすわけには行かないですね」
ギルバートはさすがだなぁ、感心するルカ・ルー。
「まあ、数日はこの街にいる予定」
「他にもやる事あるんですか?」
「まずは一緒にギルドに行くのが明後日でしょ」
「あー、そうでしたね」
「あと剣を鍛えてもらってる」
「なるほど」
(やっぱり違うなー)
(私なんか、やろうと思ったのが、服買うとか、大木を見に行くだもんなぁ)
「そうだ。ギルさん」
「ん?」
「まだこの街にいるのなら、私にも稽古つけてもらえませんか?」
「稽古を?」
「ギルさんと副長さんの戦いを間近で見て、正直感動したんですよね」
「え、感動したの?」
「はい、特にギルさんの動きのタイミングが素晴らしくて」
「んー」
「つい、自分が戦ってる気になって、いろいろ考えたら楽しくて」
「明日時間をとる。模擬戦やることにするか」
「やった!」
ルカ・ルーはワクワクする自分を感じた。
「何時頃がいいですか?」
「朝にするか。ギルドの闘技場でいいか」
「わかりました。とても楽しみです」
「んー、どういう形で勝負するかな」
「そうですねえ、怪我したらまずいですね」
「俺が練習用の剣使って、君はいつもの矢でいい」
「ええっ。危なくないですか?」
「こっちは完全防御でいく。矢が俺の防具に当たればそっちの勝ち。剣が君の体に当たれば俺の勝ち」
「いいかも」
頼んでいた料理を持って、ビオレッタがやってきた。
「おまちどうさまです」
「おいしそうですね」
とルカ・ルーが目を輝かせる。
「腹減ったな、食おう」
二人は黙って食事に集中。
食後は酒を飲みながら、当たりさわりのない会話をした。
「それじゃ、俺は帰って寝る」
「はい。分かりました」
「明日、朝、ギルドな」
「よろしくお願いします」
「飯代は払っておく」
「えっ、いいですよ、私、払います」
「いいから、年寄りに任せろ」
「・・・・・それではお願いします。ごちそうさまでした」
「おう」
ギルバートはビオレッタに声を掛けて清算。
硬貨で支払い、店から出ていった。
◇ ◇ ◇ ◇
ルカ・ルーはビオレッタに声を掛ける。
「ビオさん、ごちそうさまでした」
「ねえねえ、風弓さん」
「はい?」
「鉄壁さんとどんな関係なの?すごくいい雰囲気だったんだけど」
「ええっ。ただの知り合いよー」
「んーんー、なんか恋人同士みたいな感じだった」
「ち、違いますよ。そんなんじゃありません!」
ビオレッタはずるそうな目つきで、ルカ・ルーを見つめる。
「そうなのかぁ。鉄壁さん、いい男だし、強いので女子人気すごいんだけど」
「そうでしょうねー」
「本人まったく、相手にしないらしいからね」
「へー、そうなの?」
「うん、たまに浮いた噂はあるんだけど、だいたい特定の人だねー」
「ほぇぇぇ。そうは見えませんね」
「とにかく誰が話しかけても相手にされないんで、声を掛ける人があまり居なくなったようよ」
「そなんだー」
「今日の様子は、たぶんめずらしいんだと思うよ。風弓さんに気があるんじゃない?」
ルカ・ルーはいきなり突っ込まれ、顔を真っ赤にして、左右に強く振る。
「ま、まさか、そんなことないって!」
「そうかな?」
「だって、私、ギルさんって、お師匠様みたいだと思っているもの!」
「へっ?」
「人生の師というか。いろいろ教えてもらうというか」
「はぁ。風弓さんって天然系?」
「はっ?」
「いや、いいや、すみませんでした。とにかくがんばってね」
「はい。とりあえず今日はもう寝ます。おやすみなさい」
「おやすみなさいー」
◇ ◇ ◇ ◇
ルカ・ルーは、食堂から出て階段を上がり、自分の部屋に戻る。
部屋に戻って灯りを点けて、ベッドにうつぶせに倒れこんだ。
(つ、疲れたぁ。今日はいろいろありすぎだよー)
この日はもう早く寝て、翌朝に備えることにした。
着替えなきゃ、とは思ったが、体が重くてすぐ動く気にはなれない。
しばらくそのままでいたら、いつの間にかウトウトし始めていた。
コン、コン
(うん?何だろ?)
コン、コン
窓の外の木戸を誰かが叩いている。
ルカ・ルーは重い体を起こして、窓際に歩いていく。
「どなたですか?」
「あたしよ、あたし」
「はっ?」
「黒百合だっての!」
「あああ。今開けますね」
ルカ・ルーは木戸のかんぬきをはずして、リリー・エフを招き入れる。
「こんばんは!」
元気にリリー・エフが挨拶してくる。
「こ、こんばんはです」
「なかなか部屋に戻ってこないんだもん。待ちくたびれちゃったじゃないの」
「うわ、ずっと待ってたんですか?」
「いや、ずっとじゃないけどね」
「それならよかった」
ずっと待たせたかと思って、一瞬、動揺する。
それほどじゃなくてよかった、とホッとした。
「今日すごかったね。あんた強いじゃない」
「そ、そうでしたか?」
「うん。マジで見直しちゃった」
「あ、そうだ」
「何?」
「黒百合さんも報奨金もらってください」
「報奨金?」
「はい。飛鷹騎士団の討伐と指名手配の懸賞金です。黒百合さんもお手伝いしてくれたのでもらう権利あると思います」
「マジで?いいのかい?」
「はい」
リリー・エフは自分の働きを評価してくれる彼女の言葉が、とてもうれしかった。
「そいつはうれしいねぇ」
「私が貰った報奨金の半分をお渡ししますね」
「ありがとね」
「明後日貰いにいくので、その後ならいつでも取りに来てください」
「わかったわ」
ルカ・ルーは自分だけが報奨金を貰うのが、なんとなく心苦しかった。
リリー・エフにも渡せそうで少しホッとする。
「私がここに来たのはね」
リリー・エフが話を続ける。
「はい」
「何か面白いことがあるんなら、わたしもまた仲間に入れて欲しくてね」
「いやぁ。特に何かをやる予定は、今のところありませんよ」
「そうなのかい。つまんないわね」
「すみませんです」
「いや、こっちの勝手だから気にしないでね」
ルカ・ルーはすまなそうに続ける。
「昼間はほんとに助かりました」
「いやいや、こっちこそ楽しかったわよ。儲かったし」
「黒百合さんいなかったら閉じ込められたままでした」
「あの時の鉄壁は傑作だったわね」
「でも強かったですよ」
「そりゃあねぇ、そうそう敵う人がいるわけないし」
「ですよね」
ルカ・ルーはどこかうれしそう。
「とにかく、また鉄壁と一緒に何かやるなら、私も一枚かませてもらうからね」
「分かりました」
「私への連絡は、ソワイエ商会に頼むわね」
「はい。商隊はもう出発しました?」
「いや、まだよ。でももう少しで出発かな」
「それでは、元気でがんばってくださいね」
「御互い様ね。明後日以降どこかで顔を出すからね」
「はい。お待ちしております」
「んじゃね!」
リリー・エフは来たときと同じように、窓から外に出て行った。
(ふぃぃぃ、マジで疲れたぁぁ)
ルカ・ルーはちゃんと寝ることに決め、寝間着に着替える。
ベッドに入るとすぐに、ぐっすり眠り込んだ。




