19.賑やかな夜
とにかくこの場から離れよう、とルカ・ルーが思い始めた矢先。
向いに座っていたリオこと、リオネルが話しかけてきた。
「あんたもエルフさんだね。同じエルフ同士でよろしく。おれは冒険者やってるリオネル。リオって呼んでくれよ」
「私はルカ・ルーと申します。冒険者を始めたばかりなんです。宜しくお願いします」
『風弓』と名乗るのがなんとなくまずいような気がしたので、名前だけを告げる。
「さっきトンビさんも言っていたけど、あんた冒険者にしては丁寧すぎるね」
「すみません。よく言われるんですが、なんとなくこれが楽なもんで・・・・・」
「ああ、無理には崩す必要は無いよ。僕らにはちょっと新鮮なだけだからね」
ニコッと笑う顔は、同じエルフと言う事もあり、優しそうな印象を受けた。
「たぶんもう少し慣れたら、普通にくだけて話せると思います」
「そうか、早く慣れるといいね。しばらくこの街に居るのかい?」
「当面はこの街を拠点にしようかと思ってます。いずれは、いろんな街を見て歩くつもりですけど」
「いいね。俺もそろそろこの町を出ようかなぁ」
「リオさんはここに長いんですか?」
「俺はもう3年くらい居るかな。ここ居心地いいんでなかなか、外に行く気にはならなかったなぁ」
「いい街みたいですね」
ようやく普通の会話になってくれた、とルカ・ルーはホッとながら話を続ける。
「冒険者っぽく見えないって言ったら、失礼になるかな?」
「あ、それもよく言われるので、気にしないでください」
「ルカ・ルーさんは、かなり変わってるね。まあ、冒険者ってみんな変わってるけどね」
「私って変わってます?自分では普通だと思ってるんですが・・・」
「いや、悪い意味じゃないよ。まあぶっちゃけ、貴族のお嬢様って感じ。魔物とか盗賊とか殺すのは無理じゃないの?って感じかなぁ」
そう見えるのは自分でも自覚しているので、ルカ・ルーは苦笑せざるを得ない。
「人を殺すのって、確かにきついですねぇ」
「まぁ、あれは慣れだよ。冒険者やってる限り、避けて通れないしね」
「そうなんですよねー」
「あれだよ。相手を大猿とかトロールとかゴブリンだと思えば、気にならないよ」
「なるほど。そう考えると楽かもですね」
この日は、どうしても人と戦った事が頭から離れずに話題にしてしまう。
「後は考え方だね。相手を人間と考えるより、悪い生物と戦っていると判断するのがいいよ」
「ふむふむ。それはいいですね」
彼女は言われたことを、よく考えてみる。
「僕はあまり強くないけど、生き延びる工夫は多くしてるよ。弱者は頭を使わないと生きていけないのさ」
「リオさん、いい人ですね」
「ありがとう。そう言ってくれる人は少ないけどね」
リオネルは寂しそうに笑う。
「そうなんですか?」
「冒険者なんてさ。結局、強いか弱いかなんだよね」
「あー。確かにそんな感じありますね」
「だから僕はルカ・ルーさんて、変わってて面白そうだなぁと思ってさ」
「私、ぜんぜん、面白くありませんよ」
「僕は、君に興味を持ったよ、もっとよく知り合いたいな」
「私はただのよわよわエルフなので、興味持つような事ありませんよ」
「そんなことないよ。同じエルフだし、僕は好きだなぁ。もっといろいろ話を聞きたいよ」
リオネルの目付きが、少しいやらしい色を帯びてくる。
怪しい雲行きになってきたと感じ、ルカ・ルーはやっぱり席を立とう再び考えた。
◇ ◇ ◇ ◇
その時。
スッと入り口から、一人の男が姿を見せた。
ギルバートだった。
彼が入って来たと同時に、店内の賑やかさの質が少し変わる。
客の一部がお互い目を見合わせ、突っつき合い、入り口のギルバートに注目。
「おい。あれ、鉄壁さんじゃないか?」
「え、あの人がそうなの?」
「間違いないよ。ギルドで見掛けたし」
「ほんとか?俺はもっと大男だと聞いたぞ」
声を潜めて囁いている。
ざわめきは先ほどまでより、密やかになり細かく拡がっていく。
ルカ・ルーはギルバートが入って来るのを見た瞬間、思わず目を瞑った。
(あちゃぁ、来ちゃった! ヤバいなぁ)
さっさと店を出ればよかったと後悔したが、後の祭り。
そんなことをしても意味が無いのに、彼の目から隠れるように首をすくめる。
ギルバートは店内を、ぐるりと見回す。
店中の雰囲気が大きく変わり、ほぼ全員が彼を注目している。
しかし彼には全く気にするそぶりは見せない。
「あ、いた。風弓さん!」
彼がルカ・ルーに気付いて大きな声で呼び掛け、手を上げて合図を送る。
店中の視線が一斉に動き、ルカ・ルーに注がれる。
(ひぃぃぃ。マジですかっ!目立つ事やめてよね。お願いよ、もう・・・・・)
彼女は心の中で盛大に毒づきながら、周りを見回す。
皆が自分に注目しているのが分かり、引きつった笑いを浮かべる。
「こ、こんばんは。ギルさん・・・・・」
とルカ・ルーは仕方なく、小声で応える。
彼女が話すと同時に、客が一斉に沸き立つ。
「おおお。やっぱりそうみたい。鉄壁さんだってよ」
「すげえな。ヒーローの登場かよ」
「良く見えねえな。こっち向かないかな」
「それであのエルフは何なんだ?」
「鉄壁さんの彼女じゃないの?」
まるで晒し者。
想像を超えた状況にルカ・ルーは、もうすでに軽いパニック状態。
(ひぇぇ、すみません、すみません、すみません)
何を謝ってるのか、自分でも分からない。
それでも誰にともなく、心の中でそう呟くしかなかった。
ギルバートは変わらずマイペース。
空気が読めないのか、わざと読もうとしないのか。
「そこ空いているのか?」
「ええ、空いていますが・・・・・」
「座っちゃダメなところ?」
「いえ、ちょっと待ってください」
ギルバートが話すと、皆が彼を見てヒソヒソ。
ルカ・ルーが話すと、皆が彼女を見てヒソヒソ。
異様な雰囲気だった。
◇ ◇ ◇ ◇
ビオレッタが奥から、訝しそうに歩いてくる。
ルカ・ルーはすがりつく様な目で、彼女を見つめた。
「いらっしゃいませ。まぁ。鉄壁さんじゃないですかっ!!」
「ん、ビオか、久しぶり。じゃまする」
「ようこそ!いつ以来かしらぁ。だいぶ前よね、うちに泊まったの」
「だな」
「みんなすごいねっ。今日のヒーロー鉄壁堂々さんですよ!」
ビオレッタの明るい声が店内に響き渡ると、客が一斉に大声を上げる。
「うぉぉぉぉ。鉄壁さん、ありがとうう」
「鉄壁さん、ばんざーい」
「乾杯ーーー!!」
「鉄壁さん、すてきねぇ。きゃぁぁぁ」
いきなり店内が爆発したので、さすがのギルバートも目を白黒。
周りを見回して、呆れながら、ビオレッタを見返した。
「おいおい、止めてくれ。うるさいのは苦手。あそこの風弓さんと待ち合わせ」
「えっ。風弓さんの相手って、鉄壁さんだったんですかっ!」
ビオレッタはびっくりして、ルカ・ルールの方を向く。
ルカ・ルーが申し訳なさそうに、ペコリと頭を下げる。
ビオレッタは少し考えてから、店内に向かって話し出す。
「みなさん、すみません。鉄壁さんに迷惑が掛かるので、あんまり邪魔しないようお願いします」
「お楽しみは邪魔しねーよ。助けてもらったしな。ただちょっとだけでも話し聞きたいんだがな」
「トンビの言うとおりだ。詳しい話を聞きたくて、うずうずするぜ」
クラウスが声を上げると、彼の仲間も続く。
ビオレッタがそれを聞いて、ギルバートを見る。
「特にたいしたことはしていない。いつものように依頼をこなしただけ」
とギルバートは言う。
「騎士団の討伐がたいしたことないって・・・・・」
「一人でやったのですかい?」
クラウスが絶句した隙に、別のところから声が掛かる。
「いや、俺一人じゃない」
「やっぱりそうなんだ。噂じゃ凄腕のエルフと一緒だったとか」
「まあ、そうだな。その通り」
ギルバートがルカ・ルーを見ながら、事もなげに言う。
(ちょ、ちょっと。何を言い始めるのですか、あなた様は!!)
「んじゃ二人で、飛鷹騎士団を潰しちまったのかぁ、すごいな」
「まあ、成り行きでね」
「あそこには強いやつゴロゴロいたと思うんだけどね・・・」
「いたいた。火炎地獄とか恐ろしいのが居たジャン」
と別の男が話しに割り込む。
『火炎地獄』のグレゴワールは残忍で有名。
気に食わないと、相手を燃やして苦しめる性格で嫌われていた。
「ヤツは死んだよ」
とギルバートはあっさりと答える。
「マジですか!そいつは良かったなぁ」
「けっこう手強かったよなあ、風弓さん」
(やめてぇぇぇ!! 何で何回もこっちに爆弾を放ってくるのよっ!)
ルカ・ルーは絶対にこっちに来てほしくないと思っていたネタ。
ギルバートから普通に投げこまれて、動揺する。
引きつった笑顔が、さらにこわばるのを抑えることができなかった。
「え、ええ、そうですネ」
もう棒読み状態。
その時再び店内がのボルテージが上がる。
ビオレッタが目を見開いて、ルカ・ルーに話しかける。
「風弓さん、現場に居たんですか!?」
「ええ、まぁ・・・・・」
「居たも何も、火炎地獄を殺したのが、風弓さん」
ギルバートは無頓着に、爆弾発言を続ける。
(・・・・や、やってくれるよ、この人はっ!!)
「えええええっっっ!!!」
店内のほぼ全員の目が限界まで広がる。
「鉄壁さんと一緒に戦ってた弓エルフってルカ・ルーさんなのっ?」
向かいのリオネルが大声を上げる。
「ええ、まあ・・・・・」
すでに思考は麻痺し、同じ言葉しか出てこないルカ・ルー。
この場をどう取り繕ろえばいいのか、全く分からない。
もう開き直るしかないと覚悟する。
「ギルさん、お昼はありがとうございました。ビオさん、二人で食事取れる場所は無いですか?」
「あ、そうね、そんじゃ鉄壁さんと風弓さん、向こうの仕切りある方に場所作るから待っててね」
そう言ってビオレッタはいったん引っ込んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇
ギルバートはルカ・ルーの方に、歩き始めてる。
ルカ・ルーはため息をつきながら周りを見回す。
リオネルやグスタフ、シャルロットが遠慮したように、自分を見ていた。
「グースさん、黙っていてごめんなさいね。なんかすごい話になっていたので言い出せませんでした」
「いやいや、わしらの方こそすまなんだ。街の恩人なのに勝手に噂しちまって」
「ぜんぜんお気になさらずに」
「いやびっくりしたわい。お嬢ちゃんが鉄壁・・・さんの仲間だったとはな」
グスタフは少しホッとしたように返す。
ギルバートが近づいてきたのを意識して、言い直すのがなんともおかしい。
「あんた、見掛けとやること全然違うんだねぇ。こんなに驚いたこと初めてだよ」
シャルロットが少し笑いながら話してくる。
「驚かせてすみません。というか私も驚いたんですよ」
「そうなのかい。しかし、あんたが火炎地獄をねぇ」
シャルロットは困惑気味に、頭を左右に振る。
「風弓さん、周りになんて言ったんだ?」
近づいてきたギルバートが呆れたように話してくる。
「いえ、さっき起きてきたばかりで。特に昼のことは誰にも話してないんですよ。あまり話したいとも思わないし・・・」
「あはは。俺もそうだ。こんなの人に話してもしょうがない」
「ですね」
「でも昼に話しがあるって言ってたのは、あれに関することじゃないのか?」
「まぁ、それはそうなんですけど」
二人が親しげに話し始めるのを、多くの人が見つめている。
ルカ・ルーが火炎地獄を射殺した、というのはどうにも理解できない。
しかし二人が仲間同士なのだというのは、見てすぐに理解できた。
あれ誰だ?何者なんだ?という囁きがそこらじゅうから聞こえてくる。
寄ってくるギルバートを迎えるためにルカ・ルーも立ち上がる。
座っている時は見えなかった客が、立ち上がったルカ・ルーを見て、一様に驚く。
「あの娘がほんとに冒険者なのか?お前知ってたか?」
「あの格好で人が殺せるのかい?あの凶悪なやつら倒したってほんとかなぁ」
「でもかわいいな。俺も殺されてみたいもんだ。あはは」
ヒソヒソ声で話しているのが、嫌でも耳のいいルカ・ルーには聞こえてくる。
もう針の筵に座っている気分。
しかし、ギルバートを見るとあいかわらず飄々としていた。
「風弓さん、なんか昼とは見違える格好」
「そ、そうですか。宿に居るので普段着でいいかなと」
「もちろん、かまわない。ただ驚いただけ」
「驚かせて、すみませんです」
ルカ・ルーは着替えてきたことをやや後悔した。
(まずったなあ。変に目立っちゃった感じ)
(やっぱり狩り装備が、一番、無難なのよね)
ギルバートはいい意味で驚いていた。
しかし彼女はそれには気が付かず、自分の格好がおかしいのではないかと考える。
(田舎くさくて、野暮ったいのかなぁ。もっと着る服を研究しないと・・・・・)
考え込んだルカ・ルーと、ぼーっと立っているギルバート。
向き合ったまま動かなくなって、店の中で二人だけが浮いてるように見える。
他の客たちは、徐々にいつもの騒がしさを取り戻してきつつあった。




