13.閉じ込められた二人
結界魔法は闇魔法の守備系統魔法で、ダークエルフが得意とする物。
ルカ・ルーは初めて見たが、話には聞いていたのですぐ状況は理解できた。
「閉じ込められたようですね」
ルカ・ルーが、諦めて動かなくなったギルバートに話しかける。
「の、ようだな」
「何が目的なんでしょうか?」
「俺たちを殺すためだろう」
「ひええ」
「まあ、慌ててもしょうがない。座って対策でも練るか」
ギルバートは剣を魔法鞄に戻し、来客用のソファーに腰を下ろす。
ルカ・ルーは立ったまま目を瞑って、辺りの探索をしようと努力する。
「結界があるから、周りの様子は分からんだろ」
「うー、これ相当強力な結界のようですね。外の様子がまるで見えません。天井と床には無いのかと思ったら、少し外側が覆われていました」
「ちょっと油断したな。弱いのばかりだったんで、なんとかなると思っちまった。強い術者が隠れていたか」
「ギルバートさんの力でも破れそうにないですか?」
「無理。俺は魔法より、防御とパワーが得意」
ルカ・ルーも脱出は諦めたように、ギルバートの向かいに座った。
ため息が一つこぼれ出る。
「ふぅ。どういう経過で、彼らと稽古をする事になったんですか?」
「んー。ここに来てから、団長と話してな。要求を全部飲んでくれたので、手打ちになった。そしたら、ぜひ部下に稽古を付けてくれと言われて」
「話し合いで解決したんですか?」
「相手が下手に出てたのは・・・・・」
ギルバートは渋い顔を、ルカ・ルーに向ける。
「部下を何人もけしかけて、弱ければそのまま倒しちまう。強ければ油断させて、閉じ込める算段だったんだろ、最初から」
「うーん、悪党ですね・・・・・」
ルカ・ルーはジルベスターの陰湿な視線を思い返し、嫌悪感を抑えられない。
◇ ◇ ◇ ◇
「一応、君の仇の話も聞いておいた」
「ふむ」
「団長も副長も、片目の虎人の剣士は知らないそうだ」
「そうですか・・・・・」
「どうやら無駄足で、窮地に落ちちゃったな」
ギルバートはまだ余裕ありげに話していた。
「ギルドの賞金首は団長と副長ともう一人いた、エルフの魔法士っぽいやつ」
「手ごわそうですね」
「まあ、いずれ相手がここに来るだろう。それまで待つしかない」
「来ますかね」
「俺のところに大金があるのを知ってるから、来るんじゃないか」
ギルバートは懐をポンと叩きながらニヤッっとする。
「お金を持ってきたんですか??」
「ん。交渉に使えと預けられてね」
「ふむふむ」
「さっき少し匂わせたから、懐を探りに来るはず」
「でも・・・・・」
「ん?」
「もしかしたら、鉄壁さんを閉じ込めておいて、依頼してきた貴族にねじ込みに向かうんじゃ?」
「む、そうか、そうするか、あいつらなら」
ギルバートは、顔をしかめながら思案する。
「んー、そうされるとまずいな・・・・・」
「でも、とりあえずここで待つしかないですねー」
「だなあ」
ギルバートもルカ・ルーも、今できる事が何も思い浮かばない。
そのままソファーに座って、様子を見るしかなかった。
「こんな強力な結界って、簡単にできるんですか?」
ルカ・ルーが思わず聞いてしまう。
「いや、こんな強力なのはあまり見たことが無い」
「そんじゃぁ、物凄い術者がいるのかな」
「んー、おそらく、この部屋に細工があるんだと思う」
「部屋に?」
「明らかに、この部屋まで誘導してきていたから」
「確かに案内の人も怪しそうでしたよね」
「王宮に強力な結界を張った部屋があった。凶悪犯を一時的に閉じ込めるため」
ギルバートが自嘲するように、かすかに笑みを浮かべながら話した。
「それに匹敵するくらいなのかなー」
ルカ・ルーは不安げに応える。
「まあ、こんな強力な結界がどこにでも張れるようなら、悪さなんか、し放題」
「あー、そうですね。ここにトラップを張ってたんですね」
「だろうな、油断しすぎた」
ギルバートは反省の言葉を口にしたが、それほど後悔しているようには見えない。
起こったことはしょうないと。
この後どうするかだと、気持ちを切り替えている様子が伺えた。
(まずは気持ちを落ち着かせて、次に備えなくちゃ)
師の教えを思い出しながら、ルカ・ルーは呼吸を整える事にした。
◇ ◇ ◇ ◇
ここまでの一部始終を、リリー・エフはこの家の屋根の上にへばりついて見ていた。
ギルバートが騎士団長と話した時に金の話が出たので、それを狙う事にしたのだ。
まとめて手に入れちまおうと考え、機を伺っていた。
まさかギルバートが閉じ込められるとは、考えていなかった。
この状況になって、彼女も困ってしまった。
(あらら。お宝ごと結界の中かぁ)
ダークエルフであるリリー・エフには、結界魔法は身近な魔法。
結界を破る事も可能だったが、目立たないように屋根の上でじっと待機していた。
結界を張った魔法士が手馴れた感じだったので、動くのは危険と判断したようだ。
黙ったまま半刻ほど過ぎた頃、屋敷内に動きあり。
数人が出かけていく様子。
屋根からそっと覗くと、騎士団長が部下を連れて、出発しようとしていた。
(あれ。鉄壁をほうっておいて、どこに行くんだろ?)
ともあれ屋敷内が手薄になるのは、リリー・エフには歓迎すべき事。
騎士団長を追いかけるのか。
このままま、ギルバートとルカ・ルーをの様子を見るのか。
どっちがいいのか少し考えて、動かず邸に残ることに決めた。
大金がギルバートの懐に残っていたからだ。
問題は、結界を張った魔術士。
出発するメンバーにはダークエルフは見当たらなかった。
(結界維持のために残るのかな)
リリー・エフはさらに半刻、身を伏せる。
出て行った人間が遠ざかり、再び邸の中は静かになる。
人が減って隙ができたので、平気そうだと判断した彼女は、動き出すことにした。
(あのエルフを通して、交渉してみるかぁ)
リリー・エフは屋根の上をそーっと這い、2人が居る応接間の真上に移動。
周りの様子を探っても、すぐそばには人の気配がなかった。
家の中にも新たな動きは感じられない。
廊下を挟んだ向かいの部屋で、2人の騎士団員が酒を飲んでいるようだ。
結界を張ったダークエルフはそのどちらかだろう。
(これならバレずにやれそうね)
リリー・エフは屋根から庭に、音もなく下りる。
そして2人が居る部屋の窓に近寄った。
騎士団員がいる部屋とはちょうど反対側。
彼女は小型のナイフを取り出し、窓の木戸の中央を少しこじ開ける。
そしてゆっくり音を立てずに扉を左右に開いた。
窓から覗き込むと、茶色の結界が見えた。
リリー・エフは結界破りの呪文を、頭の中で唱える。
すぐに目の前の結界に、小さな傷が付いた。
◇ ◇ ◇ ◇
ルカ・ルーは部屋の中で、目を瞑って瞑想していた。
異様な雰囲気を感じて、窓の方を向く。
茶色の結界の壁に、小さな傷が付いているのが見えた。
「どうした?」
とギルバートが話しかける。
「結界に傷が付きました」
「何っ!」
ギルバートが立ち上がり、窓に近づく。
ルカ・ルーもその後ろに続いた。
結界の外から、リリー・エフがぼそぼそと、小さな声で話しかけた。
「風弓さん、はめられちまったみたいだね」
「誰だ?」
ギルバートも声を落として問い返す。
「えへへ。正義の味方だよ」
とリリー・エフがおどける。
ルカ・ルーはすぐに気が付く。
「黒百合さんですね。さっきの行商隊の方です」
彼女はギルバートに向き直り説明した。
ギルバートが外に向かって問いかける。
「おい、この結果破れるか?」
「懐が寂しいとできないんですよ、お宝があればすぐにでも」
「お前、俺の懐の金、狙ってるのか?」
「ま、頂ける物ならぜひともね」
「・・・・・くそっ、足元見やがって」
ギルバートは金を渡すしかない状況に陥っているのが、なんとも腹立たしかった。
彼はしばし思案するが、他に手が無いことを理解せざるを得なかった。
渋い顔をしながら話を続ける。
「おい、半分、出してやらあ」
「半分ですかぁ。ほんとは全部、と言いたいところなんですがねぇ」
「お前、死にたいってのか?」
「鉄壁さん、すごんだって解決しないよ」
交渉は明らかにリリー・エフが有利。
そこにルカ・ルーが割り込んで話しかける。
「すみません、黒百合さん。半分で何とかしてもらえませんか?」
「む、風弓さんに言われると・・・・・困ったな」
ルカ・ルーの声を聞いたリリー・エフは、なんとなく落ち着かなくなる。
自分がとんでもなく悪いことをしている、と思わせられる声だった。
さっさと金を貰って助けねば、という気にさせられる。
「わかった鉄壁さん。半分で手を打とう」
「よし、それじゃあ、結界をやぶりな」
「いやいや、先に金を渡しておくれよ」
「渡してお前が逃げたらどうする」
「大丈夫。あたしは裏街道で生きてるけど、嘘をつくのが大嫌いなんでね」
「盗人が聞いて呆れるな」
「いやいや、本当だから。時間がなくなるよ。団長達が出て行って、一刻くらいになるかな」
邸内のどこからも、まだ音は聞こえてこない。
ギルバートはふうっとため息をついてから、キッと結界の傷を睨む。
「わかった。金を渡そう。ただし、お前の顔を見せろ」
「今、結界の亀裂を拡げるから、ちょっとお待ちを」
リリー・エフはナイフを持って、再び結界破りを唱えながら傷を拡げる。
頭の大きさくらいの穴が開く。
彼女はそこから中を覗きこむと、ギルバートとまともに目が合った。
「鉄壁さん、金を渡してくださいな」
「ほらよ。顔をもっとよく見せろ。騙しやがったら、必ず捕まえて八つ裂きにしてくれる」
「怖いなぁ」
「私にも顔を見せてください」
ルカ・ルーがギルバートを押しのけ、リリー・エフの顔をまともに見つめた。
明るい緑色の瞳。
なぜかキラキラと、すごく眩しくリリー・エフには感じられた。
体の奥の方まで、見透かされるような圧迫感を受ける。
リリー・エフの背中を、ジワリと冷たい汗が流れた。
(なんだこの目は。鉄壁より怖いなぁ・・・・・)
ギルバートが10枚の白金貨を、結界の外から伸ばされたリリー・エフの手に渡す。
その後、彼女は結界の裂け目を大きく開いた。
「あたしは、邸内の様子を見てくるよ。いい物頂いたんで、お手伝い」
そいうと同時にリリー・エフはパッと消えていなくなった。